2009年08月23日 12時51分

本日、私は2本立てです。

今日、8月23日(日)は私、2つの番組に連続登場します。
まず午後4時30分からの「あなたに逢いたくて」。
本多小百合アナウンサーがこの地方のいろんなところに出かけ、
人々と触れ合う番組です。
その冒頭、私のナレーションが入っています。
僅か数秒ですが・・・。
でも、私の番組ナレーションって珍しいんですよ。
ですから、写真も載せておきます。
それが終わったら午後5時から「スポーツスタジアム」。
ドラゴンズとジャイアンツの激しい争いの今後を占います。
あの人とあの人、そしてあのキャラクターが出演です。
お楽しみに。

2009年08月14日 22時34分

着陸!終わった。

8月11日午前5時7分、静岡県で発生した地震の被害をリポートするために十数年ぶりに苦手なヘリコプターに乗り込んだ、「乗り物酔い大魔王」の私。

この日は県営名古屋空港から静岡県上空を3往復、延べ7時間のフライトを経験した。

1回目は地震によって東名高速道路にできた段差と崩落現場を探してリポート。

2回目は「東名高速崩落現場」の牧之原市上空から「ストレイトニュース」・「おもいッきりDON!」の生中継のため。

3回目は崩落現場のその後を「ニュースリアルタイム」で生中継する予定で飛び立った。

しかし、3回目はリポート前に静岡市内で大雨が降りだし、雨雲が西進してくるのがヘリから確認できたため危険回避することになり、まさに「飛んで逃げた」のだった。

私が最も恐れていた五臓六腑の変調は…、
幸いにもなかった。

ローターの振動こそ意識したが、嘔吐感には至らなかった。

過去の「ヘリ体験」では常に三半規管の敏感さに敗北してきた私だったが…。

なぜ、今回は大丈夫だったのか?

隣県の地震という状況での緊迫感か、
久々の報道中継という緊張感か、
大規模災害に至らなかったことへの安堵感からか、
新型機の安定感からか、
三半規管が老化したからか…、

わからない。

ただ、ヘリコプターへの嫌悪感は少し後退した。

でも、他のアナウンサーが搭乗可能なら、
やはり私は乗らない。

アナウンス部のデスクは私だ。

おしまい。

2009年08月13日 13時18分

「ゲロリスト」、飛ぶ。

8月11日、県営名古屋空港から中京テレビのヘリコプターに乗り込んだ「乗り物酔い大魔王」の私。

十数年ぶりに搭乗した当社のヘリは新型機になっていた。私をかつて苦しめた旧型機に比べ、スタイリッシュで機内の装備も性能も格段にアップしていた。

フライト直前、私とパイロットの間で交わされた会話は、
佐藤「エチケット袋どこですか?」
パイロット「ありません!」

まずい!不安になった私はカバンにスーパーマーケットのポリ袋が入っていたのを思い出し、ローターが回り始めた時にそれを握りしめた。

怖い。高い所を飛ぶのが?否。ヘリが?否。
「ゲロリスト」が本領を発揮し新型機とパイロット、副操縦士、伊藤カメラマンに圧倒的な臭気で迷惑をかけるのが怖かったのだ。

震度6弱を観測した静岡県西部を飛行中、「東名高速道路で土砂崩れしているところに向かえ」という指令を受け、それがどこかをパイロット、カメラマンと探しながら東名高速道路浜松上空を東へ進んだ。

そして発見。機内のモニターに上り東京方面の路肩が約40メートルにわたり崩落している様子が映し出された。

撮影とリポートを敢行していた最中、更なる崩落が起き、走行車線のアスファルトの一部が裂けるように落下するという場面に遭遇した。

つづく。

2009年08月11日 23時52分

何年振りだろう?

8月11日、午前5時7分。
つけっ放しの自宅のテレビから緊急地震速報のアラーム音が…。
名古屋では震度4。
お隣の静岡県では震度6弱を観測した地域もあった。

その2時間後、私は県営名古屋空港からヘリコプターに乗り込んで静岡県牧之原市で起きた東名高速道路の崩落現場上空に向かった。

この日は空港と現場上空を3往復。
報道番組での中継リポートは3年前の「長久手立てこもり事件」以来だ。

そして、ヘリコプター。搭乗は久しぶりだ。
記憶をたどってみたが、多分十数年ぶり5回目。

20年のアナウンサーキャリアからすると搭乗回数は少ない。
実はヘリコプター取材から逃げてきたのだ。

ではなぜ、この日は私が?
ただ単に他のアナウンサーが忙しく、時間的に可能な勤務だったのが私だけだったからだ。

実は私、自他共に認める「乗り物酔い大魔王」なのだ。
子供のころから観光バス・船・電車・池の手漕ぎボート・ブランコとありとあらゆる乗り物に三半規管を刺激され続けてきた。

そして、この仕事に就いてからの最大の敵が漁船とヘリコプターなのだ。

業務上、どうしても乗らなければならなくなった時は、
「仕事だから…」と渋々乗り込むものの、結局「ゲロリスト」になって不愉快なエンディングを迎えるという結末が常だった。

果たして今回は…、

つづく。

2009年08月02日 0時00分

ここは私が「発進」した場所

7月28日、私は巨人中日戦の行われた東京ドームに行きました。
8月2日、本日夕方5時から生放送する「スポーツスタジアム」の事前取材です。
今回の企画は「アライバだけ!」。
ドラゴンズが誇る二遊間コンビ、セカンド・荒木雅博選手とショート・井端弘和選手を試合中、専用カメラで追って、その凄さに迫ろうという企画です。
守備だけでなく、1番井端・2番荒木の攻撃面にも目を向けました。
解説は去年まで中日のコーチだった高代延博さん。
独自の視点と愛情たっぷりの語り口で二人の魅力を語ってくれました。
収録した場所は東京ドームの「日本テレビ第二放送席」。
実はここ、私がアナウンサーになって初めて放送で声を出した場所なのです。
かつて、中京テレビでは巨人中日戦の中継時、副音声で「ドラゴンズ応援放送」という名物企画がありました。
1990年6月10日の日曜日。新人だった私は、この放送席でアナウンサーとしての第一声をマイクに向けました。
覚えています。
「巨大空間、ビッグエッグ、東京ドームです」。
まだできて3年目だった東京ドーム。当時は「ビッグエッグ」という愛称がついていました。
彦野選手が香田投手から逆転満塁ホームランを放ち、ルーキー与田投手が締めて勝つという好ゲームでした。
解説は三沢淳さん、ゲストは女優の冨士真奈美さんでした。
入社から6年間、副音声実況を担当していた私の「デビューの地」。
今回、14年振りに懐かしい場所で再び仕事ができる機会を与えられ、思わず撮ってもらった一枚です。



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