2011年03月31日 17時38分

皆さんに感謝を込めて「ズームイン!!」

今日、「ズームイン!!SUPER」は最終回。
「ズームイン!!朝!」時代から32年続いた歴史に幕を下ろしました。
これまで全国各地の情報を伝えてきた系列各局が東日本大震災で被災した皆さんに生中継で励ましのエールを送るという特別企画を放送しました。
中京テレビの番組最後の中継場所は名古屋城からの中継。
これまで何度この名古屋のシンボルに朝、お邪魔したことだろう。今朝は人気者の「名古屋おもてなし武将隊」の皆さん。
地元で活躍するユニークな方々に「ズームイン」は支えられてきました。
キレのあるパフォーマンスで中継に花を添えてくれました。
そして、キャスターは3人全員が最終回にして初めて揃い踏み。
番組担当歴13年の本田恵美、5年の尾原秀三、そして20年の私が年度末の名古屋の朝を伝えました。

長らくこの番組をご覧いただいた視聴者の皆さん、中継に協力してくださった皆さん、どうもありがとうございました。

皆さんの幸多き未来に、「ズームイン!!」。

2011年03月30日 18時25分

いよいよファイナル「ズームイン!!」

明日、いよいよ「ズームイン!!SUPER」は最終回。
私が若き日から何度も中継したこの現場から中京テレビ最後の生中継をお届けします。お楽しみに。
髪型が今と違いすぎるって?
知るかっ!!

2011年03月29日 18時20分

さよなら、ズームイン!!その14

3月31日で終了する「ズームイン!!SUPER」。
「ズームイン!!朝!」時代から32年、日本の朝に全国の情報を生放送で伝えてきました。

私が中京テレビのキャスターになった1991年、番組はこんな内容でした。

午前7時ちょうどに日本テレビ・マイスタ前に福留さんが登場。
ピックアップされた全国4~5局がその日の中継現場から「天気リレー」。

そして「NSヘッドライン」。これもマイスタと各局を結んでテンポ良くニュースを紹介するコーナーでした。

そして、それぞれの局から天気予報。この時間、中京テレビは独自の「お天気キャスター」を立てて東海三県の天気を伝えました。

本田恵美アナや前田麻衣子アナもこの仕事をしていました。

程なく、「プロ野球いれコミ情報」。
セントラルリーグの本拠地がある局が地元チームを応援する名物コーナーです。

その後、「朝のポエム」という週替わりで著名人が詩を朗読するコーナー。ここまでで7時30分になります。

そして、約3分の生放送のリポートを3局が伝える「朝生リポート」。

それが終わると主に関東の某所に突然ウィッキーさんが現れ、街ゆく人に英語で話しかける「ウィッキーさんのワンポイント英会話」。スリリングでした。

そして、特集ともいうべき約8分の「ズームインズーム」。
8時を少し過ぎると「情報トレイン」。

ひとつのテーマをもとに地方色を出し合い「おらが国では…」を強調しお国自慢する人気コーナーでした。

リーダーとなった局が仕切り、その局を含め4局ほどで8時17分頃まで展開しました。

その後は、「見て聞いてホント」。中京テレビはこのコーナーを東海三県向けにローカル放送し、地元の話題を伝えました。

最後はまた各地の天気。残り時間によって中継する局の数が変わる時間調整も兼ねたコーナーでした。

懐かしく思い出した方、いますよね?
写真は「ペンギンを飼っている幼稚園」という話題の生中継の真っ最中に撮影したものです。

2011年03月13日 0時00分

さよなら、ズームイン!!その13

今月末で「ズームイン!!SUPER」が終了する。
番組担当20年、私は前身の「ズームイン!!朝!」時代からこの番組に出演してきた。
1991年4月、レギュラーになった当時、番組はこんな構成でした。

当時メインキャスターは徳光和夫さんの後を受けた福留功男さん。東京・麹町の日本テレビ前から「朝一番は○○に向かって、ズームイン!!」と言って右の人差し指を突き出すポーズで番組はスタート。

宮川泰さん作曲の軽快なテーマ曲がかかると「朝一番」に指名された局が「広めの画」で中継場所の絶景を見せます。

知多半島や渥美半島、木曽三川や伊勢志摩国立公園等、風光明媚な場所に行っているときは指名される確率が高いのです。

この時、「広い画」に「ズームイン!!朝!」のタイトルがシャボン玉と共に浮かび上がるとともにサンバホイッスルの音が鳴り、

それがその日の栄えある中継1局目のキャスターしゃべりだしの合図です。「天気リレー」のスタートです。

当時、その日の「天気リレー」参加4局のキャスターは、必ず「おはようございます!」からコメントを始めました。

歩きながら中継現場の地名、土地の話題や景色の説明をひとネタしゃべり、番組名物・巨大温度計の横でピタリ停止。

気温と降水確率、その土地の今日の天気予報でまとめると次局へのフリです。

「続いては北海道です。森中さーん!」と都道府県名とキャスター名をセットにしてバトンを渡します。

名前で呼ばれる人は、既に番組内でステータスを手にした人といっていいでしょう。

「ノンちゃーん」は福岡放送の堤信子さん(当時)。
「まきちゃーん」は札幌テレビの今中麻貴さん(当時)。
「ようすけさーん」は高知放送の浜田容助おじさんでした(当時)。

私は大抵「佐藤さーん」とそのまま苗字で呼ばれていましたが、読売テレビ森さんや札幌テレビの森中さんが「ハジメくーん」と呼んでくれるようになった時、ズームキャスターとして認めてもらったような気がして嬉しかったものです。

2011年03月10日 2時00分

さよなら、ズームイン!!その12

3月31日(木)に終了する「ズームイン!!SUPER」。
「ズームイン!!朝!」時代から32年続いた名物番組です。
20年この番組を担当した私には、全国に多くの「キャスター仲間」がいます。

今回ご紹介するのはご存知、沖縄の川満聡さんです。
「ズームイン!!サタデー」でも「さすらいの味覚人」のコーナーで活躍していますよね。
川満さんは沖縄の有名な喜劇集団で人気者になった地元の大スターです。

確かにプロ野球キャンプ取材で沖縄に行った際、向こうで「川満さん知ってる?」と聞くと、全員が「あぁ、知ってるよ。『川満しぇんしぇー』ね」と答えます。
「川満しぇんしぇー」というキャラクターの知名度は抜群なのです。

黎明期のズームは各局キャスターは局アナではなくタレントや一般人だったそうです。
それが徐々に局アナが担当するようになり、私も1990年に仲間入りさせていただいたということです。
そんな風潮の中、突然現れたヒゲ面の男のインパクトは強烈でした。

彼がズームに登場した時は衝撃でした。
いかにも沖縄の人…という風貌と方言丸出しのリポート!
番組冒頭の「天気リレー」でも「おっっはよーごじゃいまあああしゅ!」と異文化全開。

台風中継では暴風雨の中、マイスタからの問いかけが聞き取れず、「じぇんじぇん聞こえましぇーん!」と絶叫。情報の乏しい内容でした。

でも、この人にしかできない独特の人なつっこいリポートはすぐに番組名物になったのです。

私も中継現場で自分の出番を待っているとき、川満さんのリポートが聞こえてくると、緊張感の中でも顔がほころんだものでした。

私が印象に残っているのは、彼が初めて参加した「全国キャスター会議」での突然の行動です。

彼は会議中に持参したウコンをおろしがねで擦り出し、みんなに振舞い始めたのです。

いまだにあの行動の意味は不明ですが、激務のキャスター仲間の体を気遣ってくれたのでしょう。

いやぁ、面白いよね!この人。

2011年03月10日 1時00分

さよなら、ズームイン!!その11

3月31日に最終回を迎える「ズームイン!!SUPER」。
「ズームイン!!朝!」時代から20年出演してきた私には日本テレビ系列の各局に「キャスター仲間」がいます。
今回、ご紹介するのはご存じ札幌テレビの森中慎也さん。
ズームキャスターのリーダーとして卓越した存在です。
森中さんのリポートの声の心地よさ、安定感、面白さは絶品です。
メインキャスターが休暇を取る時、森中さんは代役に起用され日本テレビのマイスタを仕切っていました。
その実力は我々系列局のキャスターの中でも際立っています。
「大切なのは基本だよ」。
会議で同席した時、森中さんに何度かこう言われました。
正しい発声、言葉遣い、サービス精神。
森中さんは私の憧れのアナウンサーです。
こんなことがありました。
出張の際、森中さんを訪ねた時、札幌駅にある高さ160mの「JRタワー」の展望台に連れて行ってくれました。
四方の景色を眺めながら、森中さんは「あそこはね…、あれはね…、」と指差しながら街のあれこれを教えてくれたのです。
極上のガイドを独り占した贅沢な時間でした。
その博識ぶりと話術には「北海道への愛」が感じられ、「地方局のアナウンサー、かくあるべし」を実感したものです。
ズームインが終わってしまうと名古屋で森中さんのしゃべりが聞けなくなるんだよなぁ…。残念。

2011年03月10日 0時00分

さよなら、ズームイン!!その10

3月31日に最終回を迎える「ズームイン!!SUPER」。
「ズームイン!!朝!」時代から20年出演してきた私には日本テレビ系列の各局に「キャスター仲間」がいます。
1991年4月にズームキャスターになった「番組同期」は私を含め4人でした。
広島テレビの田坂るりさん、テレビ大分の茶園かずえさん、そして四国放送の保岡栄二さんです。
保岡さんとは年齢も一緒。お互い20年、ズームをラストまで担当し続けました。
彼のリポートはとにかく流暢。しかも、情報を詰め込んでテンポよくしゃべっても早口に聞こえないというワザを持っています。
日本テレビ系列の「アナウンス大賞」も受賞している実力者です。
毎年2回開かれる「全国キャスター会議」で会うのが楽しみでした。
以前、こんなことがありました。
2006年のプロ野球日本シリーズ「中日対北海道日本ハム」。
私がナゴヤドームで第1戦の取材を終えた時に保岡さんからの携帯に「第2戦のチケットある?」
急に言われても困るのですが、翌日の昼前、たまたま1枚用意できたので「手に入ったけど、もう遅いよね…」と一応連絡すると「今から行く!」。
それから彼は徳島から車を飛ばし名古屋にやってきたのです。
試合開始後、到着した彼はナイター終了後、「あすの朝のラジオでネタが欲しかったんだ」と言ってすぐに徳島に戻って行きました。
放送に対する貪欲さに驚かされました。
ズームキャスターにはパワフルでユニークな仲間が揃っています。

2011年03月09日 0時00分

さよなら、ズームイン!!その9

3月31日に最終回を迎える「ズームイン!!SUPER」。
「ズームイン!!朝!」時代から20年出演してきた私には日本テレビ系列の各局に「キャスター仲間」がいます。
先日の系列局の会議ではテレビ新潟のアナウンス室長・堀敏彦さんとも再会しました。
私と同い年の堀さんは元タレント。
ズームキャスターの先輩で長く活躍されました。
その後、テレビ新潟の局アナに転身。今も地元の番組の「顔」です。
同じ場所で中継をしたことはありませんが、東京と名古屋で掛け合いを何度もしました。
軽妙で軽快な堀さんのトークはいつも聞き易くお手本でした。
そしてこの堀さんのあるリポートが、長年私がこの番組に関われるキッカケになったのです。

それは私がズームのキャスターになった年。1991年7月26日の中継でした。場所は三重県の「ナガシマスパーランド」。
8時過ぎのコーナー「情報トレイン」の企画、「夏天国・絶叫プール」でした。

各地のウォータースライダーを紹介したのですが、その時私は左手の指を2本骨折していたため実際に体験リポートすることが不可能でした。
中京テレビは苦肉の策として後輩アナに滑らせて私が実況するというスタイルにしました。
それがウケたのです。4月にズームキャスターになって33回目の中継で初めて本番中、私のコメントに福留さんが笑ってくれたのでした。
後輩アナが急角度のウォータースライダーを滑り降りてきて、恐怖で顔がひきつり感想がなかなか言えない状況を「今、エラ呼吸しています」と意味不明の表現をしたところ福留さんが爆笑。

続いて「東京マリン」からの中継で堀さんが登場。更に強烈な角度のウォータースライダーに挑戦しました。
あろうことか堀さんは途中で水を飲んでしまい、終わったあとのリポート中、むせこんで水を吐き出したため福留さんは大爆笑。
画面がマイスタに切り替わると笑いすぎで涙目になっていました。
堀さんのリポートでコーナーは大いに盛り上がって終了。
私も担当して4ヶ月、初めて充実した気分で会社に帰れました。
というのもそれまで下手なリポートばかりで番組に迷惑をかけ、暗い反省会が当たり前だったからです。

その日の日本テレビの反省会で福留さんが私のリポートについて「今日は面白かった。アイツは不器用だけどもう少し見てみよう」と言ってくださったと人づてに聞きました。
あの中継がなかったらズームキャスターとして短命に終わっていたかもしれません。
堀さんに会うと、私はあの夏のプール中継を思い出すのです。

2011年03月08日 0時00分

さよなら、ズームイン!!その8

3月31日に最終回を迎える「ズームイン!!SUPER」。
「ズームイン!!朝!」時代から20年出演してきた私には日本テレビ系列の各局に「キャスター仲間」がいます。
先日、系列局の会議でかつての「キャスター仲間」と再会し旧交を温めました。
現在テレビ金沢の制作担当部長・平体好孝さんです。
長い間、同局の顔として出演していた彼とも一緒に中継をしたことがあります。
1998年3月31日。江戸時代の風情が残る金沢市の「ひがし茶屋街」からの生中継でした。
かつての「ズームイン!!朝!」ではメインキャスターが休暇を取り番組を休む時は、各局がエリアの名所から全編生中継で番組を盛り上げました。その際、応援でキャスター仲間がお手伝いに呼ばれるのです。
古い町並みを2人で歩き、金沢名物の金箔などを紹介しました。
忘れられないのは中継の終盤、本番中にキャスターに見せるテレビモニターの画面があろうことか「めざましテレビ」になっていたことです。
私に見やすいようにモニターを持ってバックステップしながら頑張ってくれていたスタッフが何らかの誤操作をしたのでしょう。
朝の陽の光で画面がよく見えなかったこともあり、平体さんも私も「変だな」と思いながらもモニターを正視せずリポートを続けたので混乱しませんでしたが前代未聞の出来事でした。
平体さんと言えば刑事姿で仕切るテレビ金沢の名物企画「妙な事件簿」を思い出しますが、最も妙だったのはこの一件ではなかったでしょうか。
このほかにも私は応援キャスターとして、テレビ信州の「野尻湖中継」、広島テレビの「鞆の浦中継」、静岡第一テレビの「浜名湖中継」に出演。各局のスタッフとの共同作業はこの番組ならではの醍醐味がありました。

2011年03月07日 0時00分

さよなら、ズームイン!!その7

3月31日に最終回を迎える「ズームイン!!SUPER」。
「ズームイン!!朝!」時代から20年出演してきた私には日本テレビ系列の各局に「キャスター仲間」がいます。
前回のブログに書いた「槍ヶ岳中継」ではテレビ信州の伊東陽司キャスターと一緒でした。
同い年のキャスター仲間なので会えば話が弾みます。
しかし、あの登山の時はあまりの疲労困憊でお互い無言の行軍でした。
先日、各局のアナウンサーの責任者会議に出席した際、伊東さんと久々に会いました。
やはり懐かしい「槍ヶ岳」の話題で笑いました。
自分の会社だけでなく、系列の各局に仲間ができることが「ズームイン」の魅力の一つでした。
次回も懐かしの「ズームキャスター」を紹介しましょう。



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