2012年02月29日 20時04分

豊橋「おんでんしゃ」2012(5)夕闇の豊橋駅前。

私たちの乗った貸切の特発「おでんしゃ」は夕闇迫る豊橋『駅前』に到着。やっと「おでん屋」らしい時間帯になったところで会は終了です。

そして、車庫に戻る3203号をペデストリアンデッキから見送りました。薄暮の中、尾灯の輝きが増していく電車の後ろ姿は哀愁が漂っていて、私は結構好きですね。
まあ、年齢の所為かも知れません。

余談ですが、冬の「おんでしゃ」と夏の「ビール電車」では、「おでん」があるのかどうかという違いは当然過ぎて書くのも憚られますが(書いていますが…)、また単に季節の違いではなく、ビールメーカーが違います。
夏が「キリン」で、冬が「アサヒ」です。

夏には夏の、冬には冬の楽しみがある豊橋鉄道です。そして路面電車そのものの楽しみ方ですが、これはあくまでも私個人の感想ですが、複線区間あり、単線区間あり、センターポールあり、安全地帯の無い電停ありで、路線長の割には見所タップリです。なおかつそれこそ路線長の割に車種(タイプ?)が豊富(と言っても良いですよね?)といった点も挙げられます。

2012年02月28日 20時01分

豊橋「おんでんしゃ」2012(4)「運動公園前」の名物自販機。

さて、木村裕子さんがカメラで撮影しているのは、どこからどう見ても飲料の自動販売機です。何か変わったものでも売っているのでしょうか?

この自動販売機があるのは豊橋市の「岩田運動公園」で、「おでんしゃ」が『トイレ休憩』をする「運動公園前」電停からほど近い場所です。
で、どういう特徴があるかと言うと、パッと目を引くのが自動販売機の上にある赤い回転灯です。この回転灯は伊達ではなく、『赤』で分かることから「警察」公認というか、「警察」が設置しています。
その名も『おたすけ自動販売機』と言い、回転灯の右側にある小さな赤いボックスは防犯カメラで、飲料の見本の下にある、今正に木村さんが撮影している場所に「110番への直通電話」が内蔵されており、「中の電話で警察と話せます!」と書いてありますから、恐らくこの蓋の中に電話があるはずです。流石にこれを“何も無い時”に開ける勇気(勇気と言うより悪戯になりそう?)は持ち合わせていませんが…。

この自動販売機は愛知県警とコカコーラが共同開発したもので確か、4~5年前に全国で初めてこの場所に設置されたものですが、この自販機が有名になったのは設置されて直ぐに壊されたことによるものです。そのニュースは私も覚えがあったのですが、ここ「岩田運動公園」に設置されていたことは覚えていませんでした。

実は、私が「岩田運動公園」にこの自販機が設置されているのを知ったのは、先回の「おでんしゃ」か「ビール電車」の時に参加者の方から教えられたことによるもので、それを今回木村さんに教えたのですが、『鉄』に徹するのも良いですが、たまにはこんな“途中下車”を楽しむのも乙なものと心得ています。

2012年02月27日 19時59分

豊橋「おんでんしゃ」2012(3)何故かピザが・・・。

賑々しい装飾のおでんしゃで私と乾杯しているのはいつもの制服姿ではなく私服の木村裕子さんです。それでも「赤い」コートを着ているのは流石です。
木村さんが今回参加することと相成ったのは、昨年末に『名古屋レールアーカイブス(NRA)』の見学に来られた際、NRA会員で日本路面電車同好会の会員でもあるUさんが、以前から『「おでんしゃ」に乗ってみたい』と言っていた木村さんを誘い、そうして彼女の何年越しかの願いが叶ったと言う次第です。

で、下段写真の『ピザ』の話しはあとにして、この「おでんしゃ」の定期運行時の定員は28名。でも貸切の際は30名となります。
その内訳は「ロングシート1列7名×4=28名」+「中間扉の所に椅子2つ(それぞれのテーブルに1つづつ)」=最大30名となっています。この上段写真を撮影してくれたのは、正にこのエキストラシートに座っていた方です。(今回の会の幹事さんでした)
はっきり言ってロングシートの1列に大男が2人もいれば“窮屈!”ですが、不思議なもので「乾杯!」をするとその狭さが親近感に変わります。

さて、下段写真の『ピザ』ですが、この「おんでしゃ」は「おつまみ」「ソフトドリンク」の持ち込みが自由です。但し、食中毒が心配されるものや、匂いの強いものは当然、お断りとなるのですが、そこで「日本路面電車同好会 名古屋支部」の『おでんしゃ』名物とも言えるのが、この『ピザ』の持ち込みです。見た通り普通の“宅配ピザ”ですが、切れ目が参加者30名に合わせ、特別に16等分をお店にお願いし、それを2枚持ち込んでいます。

さてこの『ピザ』はどこで持ち込んだのでしょうか?
それは始発や折り返しの電停ではなく、実は「競輪場前」電停。ここの電停の目の前と言うか、営業所の留置線の直ぐ隣にピザ屋があり、この「おんでしゃ」の到着時間に合わせて『ピザ』を焼き上げ、届けてもらっています。

こんな楽しみも工夫できるのが「おでんしゃ」です。

2012年02月26日 17時10分

豊橋「おんでんしゃ」2012(2)おつまみ弁当の歴史。

3年連続で「おでんしゃ」ということは、3年間の『おつまみ弁当』の歴史を紐解けることになるのです。

最上段は平成22年1月30日に撮影した「おでん」+「おつまみ弁当」です。(平成22年3月2日~にこのブログでUPした時に、この『弁当の中身』は紹介していません)

中段写真は昨年の2月5日に乗車し、平成23年2月6日からUPした時の『弁当の中身』ですが、実は2月7日UP分にこの上・中段の写真を使っています。

そして下段写真が今年の『おつまみ弁当』で、比較のため3年分を並べてみた次第です。同じ写真を再使用した事は、多分皆様にご理解いただけるものと信じています。「おでん」の具は私の記憶間違いでなければ変わっておらず、今年の写真では省略しています。

「おでん」の美味しさもさることながら、『おつまみ弁当』の中身が「今年はどんなだろう?」と考えつつ蓋を開けるのも、実は「おでんしゃ」の楽しみの一つだったりするのです。

PS.今日は私がこのブログを始めて2年が経った記念日です。思い起こせば2年前の2月26日、レギュラー番組「芸能界鉄道研究会 鉄研」が終了した後に、決して鳴り物入りではなく、ひっそりと始めました。始めた当初はこれほど長く続けられるとは自分自身思っておらず、今回が何と1323回目のUPというのも驚きです。

ブログを始めた当初、まだ番組のHPでは「俺の一枚」が更新されており、そこを見に来てくれた方がついでにこのブログを覗いてくれたものと思っています。
たぶんに私の備忘録的かつ個人の想いを連ねた内容で、一方で “鉄”的な深さが乏しいにも関わらず、今では思いもかけず多くの方においで頂いており、ここまで続けてこられたのは本当に皆さんのおかげだと感謝しています。今後もお付き合い頂ければ幸いです。

2012年02月25日 18時08分

豊橋「おんでんしゃ」2012(1)「赤岩口車庫」から出発。

豊橋鉄道名物というか冬の風物詩「おでんしゃ」のこの冬の運行は今日(2月25日)が最終日です。

それにも関らず私の今冬の「おでんしゃ」の話しは今日スタートです。いささか時期を逸した感ありですが暫くお付き合いください。

私にとって3回目、しかも連続3年の参加です。 “鉄道系イベント”で毎年欠かさずに参加しているのはここの「おんでんしゃ」だけで、毎年声をかけてくれる「日本路面電車同好会名古屋支部」の方達に感謝です。
もっとも“呑み鉄”イベントというか “車内” 呑み鉄イベントだからこそ参加しているといっても過言ではありません。

“同好の士”の方々と居酒屋さん等で酒を酌み交わすのは私の人生の楽しみの一つ(少々、筆が滑っていますが決して大袈裟な表現ではありません)と確信を持って言い切れますが、それが電車内であればその楽しさが更に膨らみます。
また、日常的に乗車する“列車”内で呑むのに比べ、鉄道の話しを心おきなく大声でしていても、誰にも顰蹙(ひんしゅく)を買わないどころか、より一層場が盛り上がります。
等と酒飲みというか飲兵衛(のんべえ)の言い訳がましい言葉を連ねていますが、そういえば最近、「飲兵衛」という言葉を聞きませんが、まだ死語になっていないですよね・・・。

さて本題ですが、今年の2月11日は好天に恵まれ、一方で気温が低く、正に「おでんしゃ」日和で、昼から一杯やるには最高の日となりました。

今年の出発地は、いつも(通常運行)の『駅前』ではなく、『赤岩口車庫』でした。この「赤岩口」ではなく「車庫」というのが味噌で、「運転体験」に酔いしれ、そこから引き続き酔うことと相成った次第です。

2012年02月24日 18時45分

閑話休題。いりなか駅の案内表示。

昨年の12月15日に、名古屋市営地下鉄鶴舞線の「LED式案内表示装置」の置き換え工事が始まっていると書きましたが、先週の土曜日にたまたま「いりなか」駅から乗車したところ、既に新しい案内表示が稼働していました。
私はてっきりN3000形の運転開始と同時くらいの切り替えかと思っていましたが、一足早い登場でした。

「川名」駅、「御器所」駅でも使用されていたので、恐らく鶴舞線全駅で切り替わったのではないでしょか?(確かめてはいませんが…)
ところで手前の旧タイプは、今後撤去される運命にあるので、こうしたツーショットが見られるのはそう長い期間ではなさそうですが、「成程」と思ったのは、旧タイプの“時計”がまだ生きていたことです。本当にこの場所から無くなるか、何らかの方法で時計を隠さない限り『今は動かないその時計』として放置しては、乗客サービス上問題があるでしょう。

個人的な感想ですが、『隠す』よりは、こうして2つの時計が並んで時を刻んでいる方が好ましいですね。

今日は閑話休題と言うことで失礼します。

2012年02月23日 19時21分

豊橋鉄道「運転体験」(8)工場見学。

「運転体験」“名物”、工場見学です。ここだけは私たちが勝手に見学することは『当然のこと』ながら許されておらず、ヘルメットを被り、豊橋鉄道の方の説明を聞きながら立ち入っています。

早速ですが、上段写真のように電車を下から見るという行為は滅多やたらにできることではありません。先回の運転体験の時もこの工場内に入っているのですが、残念ながら既に記憶の外でした。
ということで、少々暗い映像でフラッシュをたくべき(今の時代に「フラッシュ」という言い方は古すぎですね。ストロボでした)だったと反省しきりですが、台車を下から見たところです。そう言えば電車そのものの写真をUPしていませんが、3202号(3200形)です。

また中段・下段写真は787号(780形)の台車で、特に下段写真の『心皿』の部分を垣間見ることが出来たのは、一寸どころか相当に『お得』な気がしました。

「運転体験」は話しはこれが最終回です。

(お詫び)
本日、今回の記事をUP(19時21分)した後、写真が添付されていないことに夜11時に気付きました。その間、写真が見られなかったことをお詫び申し上げます。

2012年02月22日 18時18分

豊橋鉄道「運転体験」(7)運転体験の全貌!

今回と言うか、毎度の運転体験でどれ位の距離を走るのかを定点観測(そんな大層なことではありませんね)してみました。これで全走行区間の50メートルです。

上段写真が出発点で、下段写真が終着点です。
ワイドレンズですので、相当な距離を走っているかのように見えますが、まあ「さほどでもない距離(『運転』を終えたと同時に上から目線ですね)」とは言ってよいでしょう。
すこし解説すると、この方向(上段写真⇒下段写真)で「運転体験」しており、手前(下段写真の位置)から、向こう(上段写真の位置)への移動は、“本職”の方が運転されています。何せ狭い車庫内での『運転体験』ゆえ、安全対策としてこれで国土交通省の許可を取っているとのことでした。このような形態のため、この『運転体験』で一番忙しいのは実は“本職”の方です。
例えば、私が運転台に着席したとすると、既にいつでも運転できるようにブレーキハンドル等がセットされています。で、下段写真の位置に「私が運転して到着」すると、直ぐに運転に必要なハンドル類は抜き取られ、“本職”さんが逆エンドに持っていき、電車を移動させ、出発の定位置に着くと、私の座っている運転台にハンドル類をセットします。
私はただ座っているだけで、かつ2回運転したのですが、“本職”さんは、参加者24名×運転体験回数の2回の計48往復も車内を行き来した事になります。この方にとっては「運転体験」の担当にならない限り、通常では絶対にありえないことだったでしょう。この場を借りて「お疲れさまでした」そして「ありがとうごさいました」と御礼を書かせて頂きます。

なにはともあれ運転体験はこうして終わりました。

ところで路面電車の車庫の留置線の長さは、全国どの路線でも豊橋鉄道同様、あまり長くはないと思っています。ここの「体験運転」の50メートルという距離は短いようですが、考えようによっては長いとも言えそうです。
また電車が車庫から出払い、入れ替えの無い昼間の時間を縫って「運転体験」が行われることになりますが、今後ともこうしたイベントが継続開催されるための条件として、鉄道事業者が安全に注力するだけではなく、参加者である私たち自身が、安全に留意する必要もあると感じました。

2012年02月21日 20時25分

豊橋鉄道「運転体験」(6)3102号の車内。

運転体験時、3班に分かれていたことは既に書いたとおりですが、運転をしないグループの内、1班は『工場』見学で、もう1班は車庫内の自由見学となっていました。(勿論、安全確認は個人の責任で十分に留意しています)

でこの日、運転体験参加者のために3102号の車内が公開されていました。
『最後の思いでに』という気持ちもあったのですが、結局車内の写真はこの2枚プラス社内全体が入った写真を数枚撮影した程度です。

何といっても、まずは運転席。最新式のワンハンドルものマスコンも良いですが、私にとって『市電』のマスコンはやはりこれです。しかもこの形です。
「何故?」と言われても、私が生まれてから名古屋市電廃止までの約20年間、日々記憶に刷り込まれていった歴史の重みです。誰が何と言ってもこれだけは譲れません。

それはそうとして(自分で言うのは何ですが、気持ちの切り替えが早い!)運賃箱を思わず撮影してしまいました。何故ならICカード非対応の運賃箱は私が日常的に使う交通機関で見ることがないからです。
ほんの少し前まで、こうした運賃箱は日本中、どこでも見ることが出来、今回の様に「懐かしい!」という気分からこんな写真を撮影してしまった自分がいるのが不思議です。

3102号もさることながら、運賃箱も合わせて、私にとって一つの時代の終焉を感じさせてくれるには十分でした。

2012年02月20日 20時27分

豊橋鉄道「運転体験」(5)3102号。

この写真は、元名古屋市電1400形、豊橋鉄道では3100形となった内の1両、3102号です。

上段写真は赤岩口車庫の片隅で休む平成24年2月11日の姿です。今は検査切れのため本線を走ることはありません。残念ながら…。

下段写真は今から2年前、平成22年の8月22日に撮影した豊橋鉄道での“現役時代”の写真です。この日、先に書いたとおり「運転体験」に参加しており、その“お迎え”電車がこの3102号でした。

1400形が豊橋鉄道に移籍されたのは名古屋市電の全廃に先立つ昭和46年ですが、1400形自体は昭和49年の全廃まで名古屋の街を走っており、私にとって正に“足”だった電車です。まさか下段写真を撮影し、そして乗り込んだその時が、私と1400形との現役最後の出会いになっていたとは、今でも信じがたい現実です。とても残念な気分ですが、ただ“現役”時代が長く続くとも思ってはいませんでしたが・・・。

ところで3102号の方向幕は「団体」で、今回の“お迎え”電車801号の方向幕は「貸切」でした。この違いはどこにあるのでしょう?
本来「団体」と「貸切」では、考え方が異なり、「団体」では1車両の“貸切”にはならないはずですので、801号の「貸切」が・・・、等と考えるのは無粋ですね。
単にそれぞれの電車に用意されている方向幕の都合なのか、それとも豊橋鉄道さんの粋な計らいであったかは謎ですが、私としては今回の写真を見て単純に面白いと思った次第です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!