2012年09月30日 17時59分

日本最西端の駅。

「赤嶺」駅とは違い、『日本最西端の駅』のモニュメントは、ゆいレールの改札手前の右側にあります。勿論、雨に濡れることはありませんし、風に負けることもありません。東経127度39分8秒、北緯26度12分23秒の文字が刻まれていますが、日本最西端の証しが東経にあることは言うまでもありません。

モニュメントの上には「観光客の皆様めんそ~れ沖縄」とあり、正にここ那覇空港に降り立ち、ゆいレールで市内に向かう人たちを出迎えているようでした。ところで真ん中のブロンズ部分ですが上は「ゆいレール」の「車両」であることは間違いないと思います。一方、下のものは「大根」に見えたもののその由来等は確認していません。

さて今回の発見ですが、ゆいレールの運賃は隣駅ですと『おとなりきっぷ」ということで100円です。恐らく日本でも有数の安さのはずで私の知識の範囲で恐縮ですが、北大阪急行電鉄の80円がこれに勝っているだけではないでしょうか?

またここ「那覇空港」駅の近くに『ゆいレール展示館』があります。

展示内容については『沖縄都市モノレール株式会社 ゆいレール』のHPに出ているので省略しますが、今回は訪れていません。開館時間が、月~金の平日の9:30~16:30のためで、今回の仕事内容と業務時間の関係からあきらめざるを得ませんでした。因みに金曜日も仕事が終わったのは17時過ぎで、これでも予定より30分早かったのですが、そんなこともあってそもそも見学を予定するのは無理で、それにしても土曜日か日曜日に開館していればとは思いました。まあ人の手配の問題はあるでしょうが…。

「赤嶺」駅のモニュメントと合わせ、もう一度那覇にくる理由ができたと思えばそれはそれでよいのですが…。

(閑話休題)

那覇市内の荒物店の店頭で、、、荒物店という言葉は最近使わなくなりましたが、生活雑貨・料理道具の お店だと思っていただいて間違いないのですが、そこで480円で売られていたプラスティック製のかごに猫がいました。最初、置物かと思ったら生きていてビックリ!「看板娘」ならぬ「看板猫」のようでしたが、こうした「鉄道」とは分野の異なるスナップは、このブログを始める前から結構撮影しています。話しを戻してこの猫ですが、人見知りはしない性格のようで、私が触ったら嬉しそうに首を長くしてくれました。さすがに観光の街だけあって猫もフレンドリーであると感じ入った次第です。(そんなことは、この猫はきっと思ってもいないでしょうが…)

2012年09月29日 20時53分

日本最南端の駅。

一昨日、昨日とブログの更新をお休みしました。

沖縄・那覇に水曜日から出張があり今回はUPをギブアップしました。

で、昨日(9月28日)仕事が夕方に終わり、本音としては一泊して今日(9月29日)帰るつもりでした。が、台風17号の接近で今日の那覇空港発着便は早々に全便欠航が決まってしまい、なおかつ日曜日(9月30日)は、名古屋を台風が通過する予報も出ていたので、最悪の事態を避けるため何とか金曜日中に帰ろうとしても時間的に間に合う便は満席だし・・・と思っていたら、JAL(JTA)が19:50発の臨時便を飛ばすということで何とかそれに搭乗することができました。

なお、この情報は同行の方が偶然見つけて教えてくれたもので、それがなければこのブログも那覇のホテルで書いているはずでした。こうして今、名古屋にいることでもう年内の「運」は使い果たした気がしています。

さて本題ですが、那覇空港で時間が少しできたので、とりあえず日本最南端の駅、ゆいレール「赤嶺」駅(だけ)を目指しました。乗車したのは「那覇空港」発17:44で「赤嶺」着17:47。そして駅前(本当に目の前)にある『日本最南端の駅モニュメント』に行こうとしたのですが、台風接近により強まっていた“風雨”のため、ずぶ濡れになるのは覚悟すれば済むのですがカメラが危ないと思い断念し、コンコースの顔出し看板で『良し』としました。ニュースで那覇の映像が放送されていましたが、被害が最少で済んでいることを祈るばかりです。

※ゆいレールは平成16年5月15日に乗車しています。(『ゆいレール』の開通は平成15年8月10日)

(忙中閑あり)

懇親会で出かけた沖縄料理の店で見つけたその名も「翌ケロGOLD」。ネーミングが強烈で思わず一本買ってしまいました。大きさは高さ10センチにも満たないモノで、琉球大学の研究によるウコン「琉大ゴールド」の生搾りとのことで、味については『ウコン』としておきましょう。私は初めて見ましたが皆さんは如何でしょうか?

 

 

2012年09月26日 22時08分

市バス・地下鉄とことんスタンプラリー(5)

地下鉄に乗っては降り、降りては乗っているといろいろ思うところと、発見することがあります。

例えば「この座席は7人掛けです」の文字は、縦書きなのになぜ「七」ではなく「7」なのだろうかということもその一つ。本来、縦書きなら『漢数字だろう』と突っ込みを入れたくなります。とはいうもののこの表示はいつからあるかも思い出せないほどですので、もうすっかり定着していると言えます。そもそもこうした表示の場合、縦書きであっても漢数字を見ることの方が珍しいというかそもそも見た記憶が無いといっても過言ではありません。

その7人掛けのシートですが、席が空いた状態でお客がどっと乗り込んだ場合は、キチンと7人座るのですが、空席が目立つ状態からだんだん乗客が増えていく場合には、そうはならないことが多いということが見て取れました。また、7人座っていた席から一人一人降りていくと、例えば写真で右端から2番目に座っている人は、3番目の人が下車すると端に座っていた人と微妙に距離を開けていきます。

通勤時には気にもしなかった日常の営みの機微が、今回のスタンプラリーで再発見できました。

2012年09月25日 21時28分

市バス・地下鉄とことんスタンプラリー(4)

古池さんからお借りした「路線賞」「パーフェクト賞」は、「名古屋」駅の交通局サービスセンターで交換したそうです。

引き換えると写真のように『引き換えました』という証明のためのパンチが入ります。古池さんから、「スタンプ帳にパンチが入るとは思わなかったけど、他の駅はひょっとしたら違うパンチが入るのでは?」との話しがありました。

結果はその通りで、このM型は「金山」駅のパンチ。

もう一丁、このパンチは「伏見」駅のものです。因みにこれは昨日、私が会社の帰りに自力で回った「東山線」「鶴舞線」2線のピンバッジを引き換えに行った際に入れられたものです。皆さんはご存じだったでしょうか?引き換える駅によって『パンチ』が異なることを!

私は、全く知りませんでした。家族で回られた方は、1冊ずつ引き換える場所を変えれば、最大4種類のパンチを集めることもでき、それを“家族”のコレクションにすることができたということになります。

名古屋市交通局も味なことをするものです。その遊び心は賞賛に値すると思いました。

※写真のトリミングのサイズがあっていないことをお詫びします。まあ、パンチの形の検証用と言うことで…。

2012年09月24日 21時32分

市バス・地下鉄とことんスタンプラリー(3)

本日、私は「東山線」と「鶴舞線」のピンバッジを手に入れました。「今頃?」と言われそうですが、22日(土)、23日(日)とも、スタンプ帳を持ち歩く人を駅で見かけました。

ところで今回、2線でも回ろうと決心したのは『路線賞』『パーフェクト賞』の実物を見たのがきっかけで、お金で買うのではなく、「コツコツ」地道な積み重ねの成果というのもチャレンジ精神を呼び起こしてくれたものと思っています。その結果、「やってみるものだなあ」と改めて感じたことが幾つかあります。

一つは地下鉄「八田」駅に初めて降り立ち、初めてJR「八田」駅の駅舎の写真を撮影したことです。そして「近鉄八田」駅から初めて電車に乗ったことです。こうしたことでも無ければ恐らく私の人生で「八田」を体感することは無かったのではないでしょうか。

まずJR八田駅を撮影したのは9月22日(土)の15:49頃。名古屋駅まで戻る予定だったので、JRでも近鉄でも良かったのですが、JRは15:47に出たばかりだったので、写真を撮影した後、高架下の駅構内を通り抜け、近鉄に向かいました。

近鉄の発時間は16:04。ここで発車までのほんの数分ですが、ホームの桑名よりで“撮り鉄”をしていました。そうしたら、思わぬ2ショットを撮影することに!

JRは南紀6号(名古屋着16:07)で、近鉄は甲特急14レ。近鉄名古屋には南紀と同着の16:07であることは家に帰って時刻表を見て知りました。まあ「鉄道写真」としては如何かというレベルですが、記録としてはまずまずの価値を自分では思っています。もっとも定時で電車が動いていれば撮影できそうではありますが…。

もう一つ、地下鉄「高畑」駅での折り返し時に車内清掃をする係員の姿を見たこと。車掌さんや運転士さんが折り返し時に車内を見回っているのは何度も見かけているのですが、スタンプを押しているとこんな発見もあるのですね。

2012年09月23日 22時17分

市バス・地下鉄とことんスタンプラリー(2)

今回、名古屋市交通局の“本気度”が一つ一つのスタンプのデザインで分かります。まあ「名古屋市交通局」と「駅名」があるのは当然でしょうが、その図柄に選ばれているのは駅近くにある名所・旧跡や縁の人物で、それだけでも楽しめるように工夫されています。

この写真は8月の早い段階に押されたものですので鮮明ですが、9月22日時点で私が回った駅で押した感じでも、スタンプ部分が擦り切れて印影が薄くなっているようなものはありませんでした。

で、こちらはスタンプ帳の中の「路線賞引換え印」「パーフェクト賞引換え印」の部分をトリミングしたものです。マスコットの「ハッチー」くん、おっと“くん”ではないですね。「ハッチー」は男性でも女性でもありません。そういえば「ハッチー」を「シャッチー」と呼んで『名古屋市民として気持ちはわかるけれど名前が違うよ!』と指摘されたことも思い出しました。

話しが脱線して申し訳ありません。でその「ハッチー」の『パーフェクト賞』の「よくできました」の文字が何とも可愛らしく気分は「はなまる」で、子供の年齢でなくとも嬉しくなってしまいそうですね。

(追伸)

ある一定の年齢以上の方には「はなまる」という言葉は通じないのでは?小学校等で、子供が何かに頑張った時、例えば作文等に押す「努力賞」の意味合いのスタンプですが、私の子供たちがまだ小さかった時に初めて見て「成程」と思いましたが、少なくとも私が子供の頃にそんな存在はありませんでした。

Facebookの「いいね」みたいと例えると「そんなに簡単に押せない」と言われそうです。

 

2012年09月22日 23時15分

市バス・地下鉄とことんスタンプラリー(1)

8月1日から今月末まで「(名古屋)市営交通90周年 市バス・地下鉄とことんスタンプラリー」が行われています。そのスタンプラリー用の台紙は開始初日の8月1日にUPしましたが、地下鉄全駅87駅+市バス沿線6施設の内、4施設を回ってスタンプを集め、記念品をもらった方も多いと思われます。

その記念品には『路線賞』と『パーフェクト賞』があり、私は“パーフェクト”を早々に諦めたものの、取りあえずどんな記念品なのかを知りたくなり、既に8月中に『パーフェクト賞』を達成していた鉄道写真家古池直之さんから一式をお借りしました。

まずは『路線賞』のピンバッジ部門で、左上が名城線・名港線「2000形」で、27駅を回った成果です。次に右上で鶴舞線「N3000形」は20駅の成果。

3つ目は左下の桜通線・上飯田線で「6050形」と「7000形」が並んでいるのが可愛いです。最後が右下の東山線21駅を乗ったり下りたりした「N1000形」となっています。想像していたよりもズーッと出来が良いと言うと名古屋市交通局の方に叱られそうですが、地下鉄全駅を巡る人が今日も多く見受けられたのは納得です。

実は“パーフェクト”を目指すことはしていないのですが、他路線に比べ比較的回りやすいと思った「東山線」「鶴舞線」の2路線だけは会社の帰りに乗ったりしていました。私の手元に2個のピンバッジが来るのも時間の問題です。

そしてパーフェクト賞の記念品がこれ!「市電」「市バス」「地下鉄」のクリアファイルセットで、ファイルの右下にある“パーフェクト賞”という文字が何ともそそります。なおそこに使われている写真の選定は、相当に悩んだと関係者に聞きました。その理由はファイルを見て納得しました。

2012年09月21日 21時02分

「天竜浜名湖鉄道」(天浜線)文化財めぐりの旅(25)。

最後に昭和54年(1979年)9月16日の2枚の写真です。

まずは「新所原」駅で、2番線に停車する「掛川」行きは懐かしのバス窓キハ17形ですが、それよりも注目は車両の右奥に見える分岐線です。「新所原」駅を掛川方面から右方向も分岐していく鉄道路線は今も昔もありません。では何でしょうか?ヒントは一旦右に分岐しつつ高度を上げて左にカーブしていることです。ご存知の方には何の不思議もないのですが、当時の国鉄「二俣線」は、東海道本線上り線を立体交差でオーバークロスし、そして下り線に繋がっていました。二俣線から「豊橋」までの直通列車も設定されていましたが、そうでなくともそもそもこの「二俣線」を建設した理由は『海際を走る東海道本線を国防上の理由から海岸線から離す』ことであったことから、当初からこの立体交差は建設されていたものと思われます。(すいません。ちゃんと調べているわけではありませんがそのように推察されるとご理解ください)なお、この写真は「乗車の証拠写真として撮影したもので、決して“オーバークロス”を意識したものではありません。

こちらは「掛川」駅で、今も全く同じ姿を保っています。Wikipediaによれば『新幹線停車駅では唯一、木造駅舎』とありますが、決して装飾的に優れた駅とは思わないものの、シンプルなデザインで如何にも『木造』を感じさせるその“風合い”は天浜線の「有形文化財」に決して引けを取らないというのが私の感想です。“東海道本線”の駅らしいその威風堂々(この表現が大袈裟とは思っていません)とした建築物を天浜線への“乗り換え”だけで通り過ぎるにはあまりにも勿体ない存在です。是非、ご堪能ください。

2012年09月20日 21時00分

「天竜浜名湖鉄道」(天浜線)文化財めぐりの旅(24)。

天竜浜名湖鉄道HPのキャッチフレーズ「日本の原風景に出逢う旅」は定時の15:39に終わりました。途中「遠州森」でも8分ほどの停車があり、『登録有形文化財』を楽しみました。

「掛川」駅には写真の看板が出迎えてくれ、だからなんなのだと言われそうですが、やはりこうした「天浜線の鉄道施設36箇所は国の有形文化財に登録されています」の文字は、起点駅に似合っている感じがします。

昭和の時代の国鉄二俣線「掛川」駅の時代には当然のことながらこの駅舎は無く、木造の国鉄「掛川」駅を私は利用しました。ところで今回、私は「天竜浜名湖鉄道」の天浜線内全線『1日フリーきっぷ』を使っています。「新所原」~「西気賀」間510円、「西気賀」~「天竜二俣」間560円、「天竜二俣」~「掛川」間610円の合計1680円に対し、1500円であり、元は取れているという言い方をここではしますが、ただ全線を乗るだけなら1280円ですので、途中下車をすらなら『フリーきっぷ』をお勧めします。また私のように、交換待ちの時間に駅の改札を出て、“文化財”の写真撮影する際にも何の説明も不要というメリットもあります。

2012年09月19日 20時36分

「天竜浜名湖鉄道」(天浜線)文化財めぐりの旅(23)。

7月28日の14:38。30分以上遅れていた下り「新所原」行き列車の折り返し「掛川」行き『TH3501』号は定時で「天竜二俣」駅に到着しました。

「新所原」の折り返し時間の17分や交換待ちの時間、停車時間の余裕を調整したのだろうと思われましたが、私のような「金指」駅見学は無理だったでしょう。

さてこの『TH3501』。私がここ「天竜二俣」に来る途中、「西気賀」駅で出会っていますので、『見学ツアー』が終わったらこの車両に乗って「掛川」に向かうことは承知していました。

ただこの車両は1形式1両という珍しさがあり、天浜線を乗るにあたって、体感したい車両ではありました。全線で67.7キロという距離があっても一つの路線ゆえ出会う(見る)ことは絶対に出来ますが、実際に乗車するのは16両を所有する天竜浜名湖鉄道ゆえ偶然に左右されます。もっとも乗車して「得した」気分になれるのは、多分にそのカラーリングにあり、もしもこの車両が他の車両と同じ塗装であれば、私のような乗り鉄の場合、これほど『ラッキー』とは思わなかったかもしれません。

かくして14:47、「天竜二俣」駅を定時に出発しました。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!