2012年11月30日 21時48分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(9)、最高です!『雨宮21号』。

通常の運行では一周10分強です。

この写真の場所は、木々の間を走り抜ける区間で、10名近い「撮り鉄」の方が様々なアングルで狙っていました。(10:30発、撮影時間10:39)

また「撮り鉄」が多いということもあってか、『雨宮21号』は他の区間にもまして煙を吐いてくれます。(11:00発、途中で『廃線跡』見学会が開かれていた関係で撮影時間は11:26)

最後に、この森林鉄道の資料を展示している「郷土資料館」横で狙ったものです。腕木式信号所を意識してみました。(11:30発、撮影時間11:40)

この日、「乗り鉄」ではなく「撮り鉄」したのは、10:30発、11:00発、11:30発の3本です。

ここを訪問し、まず何度も何度も足を運ぶ人がいることを知り驚きました。そして実際に私自身がシャッターを押していてそれだけの魅力がここにあることも知りました。今年は12月15日(土)、16日(日)の2日間、『雪中特別運行』も行われます。ナローゲージの“現役”蒸気機関車が雪景色の中を走る姿はいつか私も見てみたいと思っています。(今年は行けそうにありませんが…)

 

2012年11月29日 20時42分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(8)、『雨宮21号』撮り鉄しています。

8の字型のエンドレスで一周2キロ弱とのことですが、見所というか撮影スポットは数えきれません。

プラットホームを出てからの順番に紹介します。まずは鉄橋を渡ります。写真では『雨宮21号』が木陰に入っており、少々残念ではありましたが、太陽の当たっているところでは鉄橋の陰に編成が隠れてしまう状況でした。(11:30発、撮影時間11:31)

前の写真と近い場所で、あおって(見上げて)撮ってみました。(11:30発、撮影時間11:34)

半周するとこんなに広々した場所に出ます。後ろにチラッとダム湖が見えています。(11:00発、撮影時間11:12)

実はこの列車は動いていません。撮影用に停車しているわけではなく、実は遠軽町が実施している『廃線跡』の見学会とのことで、今列車が止まっている場所の少し先に現役時代と同じ場所を走っている区間があり、そこで参加者がその説明を受けている最中でした。

(参考)現在のレールは15kgとのことですが、現役当時は10kgを使っていたそうです。

2012年11月28日 22時00分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(7)、爆走!『雨宮21号』。

午前10時、ダイヤ通りに『雨宮21号』は出発。

いつもなら無理にでも多くを語ろうとする私ですが、今回はただここ「丸瀬布森林鉄道」をお楽しみください。

小さな動輪が一生懸命回る姿が、見飽きることがありません。それに伴い、機関車の直ぐ後ろについた石炭車の車輪が、これまた懸命に回る姿も楽しい!と一言です。

後ろを振り向けばこんな風景は広がります。例年なら10月14日は『紅葉のピーク』の時期だそうですが、今年は遅れているとのことでしたが、そんな欲張ってはいけません。晴れただけでもラッキー!

2012年11月27日 22時36分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(6)、『雨宮21号』間もなく出発。

2004年に「北海道遺産」に登録され、そしてJR北海道の「準鉄道記念物」に、正に私が訪問した平成24年10月14日に選定された「森林鉄道蒸気機関車雨宮21号」。一週間後の10月21日にJR北海道により『指定書贈呈』がされていますが、その贈呈式も見たいとは思ったものの、記念すべき日にここにいられたことの幸せをまずは感じていました。(と思ったのは10月14日ではなく、名古屋に戻って“選定”の記事を読んでからでした)

石炭車はこんな感じで、当たり前ですが薪と石炭が積まれていました。

客車の中はこのようにしっかり整備されています。十分に魅力的な車内でしたが、私は走っている列車の同乗写真を撮影するベストスポットであるオープンデッキの最後尾の車両に乗り込みました。

2012年11月26日 21時31分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(5)、『雨宮21号』出発準備完了。

車輌格納庫エリアをぐるぐる廻っている間に、いつの間にか「雨宮21号」は車庫を出て、観光客を乗せる客車を引っ張るために客車の車庫の方に移動していました。そして9時20分過ぎ「石炭車」「客車」(客車1両+オープンデッキ車4両)をひいて出てきました。

この客車は「鉄道ホビダス 編集長敬白 アーカイブ2007年9月22日」他の掲出で『木曽森林鉄道B型14号客車』とあり、さすれば1974年9月26日に撮影したこの木曽森林鉄道の写真に同型車が写っているかも?(木曽森林鉄道「滝越」近くにて撮影)

※B型13号客車のNo.が確認できる写真は1枚ありましたが、14号を特定できる写真は見つかりませんでした。何せ1回だけの訪問で、枚数が少なすぎる…。

さて「雨宮21号」が客車群をひいて出た後、木を積んだ貨車と緩急車が残されていました。この2両も連結されていれば…というのは欲張り過ぎ…ですよね。

2012年11月25日 20時20分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(4)、『丸瀬布森林公園いこいの森』到着。

平成24年10月14日(日)、『丸瀬布森林公園いこいの森』には午前9時頃に到着。「森林鉄道蒸気機関車 雨宮21号」の運転開始時間10:00に間に合えば良しとしていた私でしたが、時間的に余裕だったので、『いこいの森』の中をまずはゆっくりと回ることにしました。

こここから「丸瀬布駅」への戻りは12:33発の町営バスを予定していたので、時間はたっぷりあると思っていました。まあ名古屋まで戻ることを考えれば、それで帰るしか選択肢はなく、じたばたしてもしょうがないという側面も無きにしも非ずでしたが、それでも3時間半もあれば「雨宮21号」を堪能できると思っていたのは事実です。でもこの風景を見てそれは考え直さざるを得ませんでした。そしてそれは時間が経つにつれて「もう少しここにいたい」「もう一度ここに来てみたい」という想いに変わっていきました。

庫(くら)の中で出庫準備作業中の「雨宮21号」が見えたので、そこで作業をしていた方に承諾を得て中へ…。

サイドタンクに水を入れるところは生まれて初めて見ました。きっと私だけではないはず…。これは早く到着したからこその出来事で、「石北本線」~「タクシー」と乗り継いできたことは“正解”だったと思いました。『早起きは三文の徳』ならぬ『早着は無限大の徳』。

2012年11月24日 22時18分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(3)、「丸瀬布」駅にて。

「白滝」行き4620Dは8:45の定時に「丸瀬布」到着。ここから『丸瀬布森林公園いこいの森』までは…、町営バス路線もあるのですが、町営バスの「丸瀬布駅前」発は、7:15、12:05、16:00の3本。

公共の交通機関で向かうのは到底困難であり、では歩くとすればどうなるか?

この名所案内にある通り、何と9キロありこれは非現実的の極みです。何せこの日は日曜日。私は10月14日中に名古屋に戻らねばなりません。

でどうしたかと言えば、写真の「丸瀬布駅」の前に停車しているタクシーで向かうことにしました。

このタクシーの手配は、前日に宿泊したホテルでタクシー会社(丸瀬布ハイヤー)の電話番号を調べてもらい、既に遅い時間だったため直ぐに電話をかけギリギリで予約ができたものです。

そうなんです。駅前に常駐ではなく、私がお願いしたタクシーです。タクシー会社の人と話しをしていて知ったのですが「タクシーは町内(丸瀬布地区)に1台だけで、日曜日は週に一回の休みを取っており、(前日中に)電話をもらってなければ、お断りするしかありませんでした」とのこと。一方、平日なら平日で町内の「病院通いの方の送迎」で予約が入っており、やはり朝の9時前後は結構稼働していると聞きました。前日に予約を入れたのは、単純に4620Dの到着に合わせてタクシーが待っていることはなかろうと考えたからですが、想像以上の“厳しい現実”を乗り越えたことを知りました。

実は私と同じ列車から下車した方で、観光客風の方がおられ、タクシーを利用したそうな感じだったので運転手さんから「目的地が同じ方向なら同乗しませんか?」と声をかけてもらったのですが断られました。

その方がそれからどうされたのか今も気になっています。

丸瀬布駅からタクシーを利用される方は必ず予約することをお勧めします。

2012年11月23日 21時13分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(2)、「遠軽」駅の今。

「遠軽」から「丸瀬布」へは4620D(「遠軽」発8:23の「白滝」行き)に乗車。跨線橋の下に見える単行の『キハ40 1735』がその列車です。

前日は世間が闇に包まれてからの到着だったので、この日は朝8時前には駅に着いていろいろと観察していました。さて昨日UPした旧・名寄本線方面を撮影して振り向いてからこの写真を撮ったのですが、よくよく見るとこの写真は少し不思議です。何が?

まず「遠軽」の駅舎は見えている跨線橋の左のはるか奥にあります。因みにこの駅は、現在はスイッチバックの駅で、この写真で私のいる場所まで列車が来ることはなさそうです。ここで私が思った『不思議』と大仰に構えるほどのことでもないのですが種明かし。それは跨線橋を上り下りする階段が、駅舎とは反対側(写真の手前方向)にも付けられていること。この駅が2つの本線の接続駅で、長大編成の列車が往来していた頃の名残でしょう。この写真では分かりにくいですが、一応、階段の上り口の所に鎖がかけられ、利用してはいけないことになっています。

さて跨線橋を上って隣のホームの2番線へ。跨線橋は懐かしの“板張り”で、そうそうどこでも見られる代物ではありません。とことん昭和レトロを感じましたが、鉄道の栄枯盛衰を一番感じているのはこの板の一枚一枚かもしれません。

この古レールも利用した木組みのホーム屋根は、私にとって“正しい”ホーム屋根の在り方です。

2012年11月22日 20時25分

平成24年の「丸瀬布森林鉄道」(1)、秋晴れの「遠軽」駅にて。

平成24年10月14日「鉄道の日」。私はこの記念すべき日にどこに行こうかと思案し、今年出かけるに相応しい場所として「丸瀬布森林公園いこいの森」で動態保存されている『丸瀬布 武利意(むりい)森林鉄道 蒸気機関車雨宮21号』に会いに行くことにしました。

まずは「遠軽」駅。抜けるような青空とはこういうことを言うんだ!と思うほど素晴らしい青空が広がっていました。週間予報どころか前日朝の予報でも「晴れマーク」はなかったのですが、実に清清しい朝を迎えました。日頃の心がけの良さはこうした「絶対に晴れて欲しい」と思ったときに報われるのだと改めて自画自賛していました。(妄想です)

でもそこは北海道。朝の寒気は名古屋と大違い。待合室のストーブには火が入り、思わず手をかざしてしまいました。

さて列車の出発までの時間を利用し、構内を一巡。この写真は、かって「名寄本線」が繋がっていた方向を写したもので、一見、このまま列車が走って行くような不思議な錯覚に捕らわれました。名寄本線の廃止は平成元年で、もう24年も経っています。

2012年11月21日 23時19分

特別快速「きたみ」で遠軽へ(5)「遠軽」到着。

今更ながらの“特別”快速「きたみ」のサボです。サボの示す通り、その所要時間は「旭川」~「遠軽」間なら特急と比しても遜色がありません。でも、『キハ54 503』の単行は…。

そして17:13に「遠軽」到着。日は暮れましたが、それでもまだ群青色の空がかすかに見えています。

この日は「遠軽」駅前から恐らく一番近いであろうネットで予約したホテルに宿泊。こじんまりとしたその宿は、昭和の時代の「商人宿」が「ビジネスホテル」に変身したような感じで、部屋はバストイレ付きの和室でした。その和室のメリットを少々。まず小さいながらも座卓があり、そこにパソコンや時刻表を広げられます。弁当もゆったり広げられます。そして何よりも“蛍光灯”が明るい!老眼の私にとってこの部屋の明るさはとても在り難かったです。またインターネットは有線LANと無線LANの両方から選択でき、私は有線LANでネットに繋ぎました。(10月にして、今年初めての“ストーブ”も体験!流石北海道)

近くにコンビニはありませんでしたが、5分少々歩いたところに「コープさっぽろ」があり、営業時間は夜9時までとなっており、弁当・惣菜・果物の種類も多く、地元の居酒屋で舌鼓と言った“プチ”贅沢をしなくても良い方には晩御飯調達の選択肢にいれても良いでしょう。

 

遠軽に宿泊をされる際の参考になれば幸いです。

とはいうものの今後、私が「遠軽」を訪れることはもうないかもしれません。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!