2013年05月31日 20時15分

トロッコ王国美深(3)エンジン付きトロッコに乗車。

エンジン付きトロッコを運転するには普通自動車免許が必要です。私は免許を持っているので運転が可能となりました。

ところでこのトロッコは私が実際に運転した車ではなく、記念写真用に乗った車両で20号車です。ここトロッコ王国美深には1号車から20号車までの最少で4人乗りから最大9人乗りまであります。

実際に運転した6人乗りの12号車。ここからこの風景の中を走ります。その運転前にまずは係りの方から、トロッコの操作方法(アクセル、ブレーキ、サイドブレーキの使い方)と運転上の注意(踏切は自動車優先などいろいろ)を聞きます。とはいっても踏切で交差する道路は除雪されておらず、「ここが踏切かぁ」と思うだけで一応気分だけ出して徐行したりしました。雪がなくなれば車優先となりますが、さてどれくらいの確率で車に遭遇するのでしょうか?

今年の北海道は春の訪れが遅いと言われていましたが、ここ美深トロッコ王国も同じで、今年は4月27日の開国ギリギリまで除雪に追われたそうです。それはこの風景を見れば一目瞭然。人為的に除雪をしなければこの線路も雪を被ったままであろうことは容易に想像できました。

ゴールデンウィーク中にも雪が降ったそうで、私が訪れた5月9日も白いモノがちらついていました。係りの方の話しでは、この時期、雪が全く無いという事はないそうですが、それでもここまで雪が多い年は稀だそうです。

2013年05月30日 20時05分

トロッコ王国美深(2)仁宇布まではデマンドバス。

美幸線が廃止になったあと、平行道路には転換バスが走っています。

「美深ターミナル」(美深駅前にあるバス停)~「仁宇布」(「トロッコ王国美深」の目の前)間に名士バスは今も走っています。但し、毎便必ず走る定期バスではなく、ダイヤは決まっているものの利用者が予約した時だけ走るデマンド(予約)バスです。

念のため町役場に観光客の利用が可能かどうか聞いたところ「名士バスに電話して予約していただければ利用できます」とのことでしたので、そのようにしたのですが、美深ターミナル発8:20のバスの利用者は予想通り私だけ。また折り返しの便にも予約があったとは思えず、片道550円で貸切り状態でした。

実は帰りの仁宇布発11:50の利用客も私だけで、結局1100円で片道20キロ以上の距離を2往復してもらったことになります。相当に気が引ける状態で、こんなことなら名寄でレンタカーを借りるべきだったのだろうかと考えてしまいました。ただ、利用者数のカウントとしては貴重な一人になりそうで、それはそれで良かったのかもと自分を慰めています。

で、広い道路から「トロッコ王国美深」に曲がるところには一際目立つ看板がありました。そこには足こぎの車が飾られており、開国(オープン)時の平成10年(1998年)当時はひょっとしてこの足こぎタイプで線路を爆走したのでしょうか?

「トロッコ王国美深」は広々とした風景の中にありました。36年前の記憶はまったくなく、こんなところに「仁宇布」駅があったのだと感慨にふけるひと時でした。

さて王国への入国には1200円が必要で、それを支払うと「入国旅券 PASSPORT」が発行されます。因みに“乗車券”は毎年作り変えているようで小さな文字ですが「2013年ご乗車記念」とあり、裏面には『0484』のナンバーがふられており、私が今年484人目の入国者なのだそうです。

こうして私は平成25年5月9日(木)、無事「トロッコ王国美深」に入国しました。

2013年05月29日 19時59分

トロッコ王国美深(1)美幸線の思い出。

今回の北海道「鉄」旅の第2の目的は昭和60年(1985年)に廃止された「美幸線」の線路跡を利用している『トロッコ王国美深』でエンジン付きトロッコを運転すること。その話しをする前に「美幸線」の思い出を少々。

昭和52年(1977年)2月12日は「羽幌線」(幌延~羽幌)、「留萌本線(増毛~深川)を乗車。2月13日は「深名線」(深川~名寄)に乗車した後、宗谷本線「美深」駅から美幸線に乗りました。

まずは美深駅の入場券。その料金に注目!30円です。

925Dに乗車。美深発12:52、仁宇布の駅には13:22に到着しました。駅舎が思いの他立派な建物で驚きましたが、折り返しの13:28発926Dに乗車のため、この写真と入場券を買ったところでタイムアップ。今、駅舎の写真を見直してみたら煙突から煙が出ていました。いい雰囲気です。

当時、美幸線は営業係数で『日本一の赤字線』として有名な存在でした。(地元ではそれを逆手にとった宣伝をしていましたが、今は忘れ去られているでしょう)

1閉塞で途中駅での列車交換はなく、1日5往復が行き交っていました。その美幸線の終点「仁宇布」駅は何と!!有人駅!で入場券を売っていました。その料金は60円!「美深」駅と同じ日に買っているにも関わらず料金が違います。理由は簡単。本来なら美深駅の入場券には「料金変更」の印が押されるべきなのですが押されていなかったという事でしょう。それより運賃値上げは前年の11月で、利用者数がそれほど多いとは思えないこの駅で「60円」があったことが驚きでした。因みに発行No.は“0018”で、私が60円の入場券を買ったのは18人目ということになります。

2013年05月28日 19時04分

宗谷本線各駅停車の旅(10)美深駅今昔。

時計塔が町のシンボルと言ってもよさそうな「美深」駅舎。

一方、昭和52年(1977年)2月13日の美深駅は雪の中。昭和の「美深」駅の出入り口の両サイドには、氷柱(つらら)が下がり、北海道の冬に旅した者にとってはいい思い出となっています。もっとも地元の人にとっては珍しいことではなかったでしょうが…。

ところで今回、このブログを書いていて気付いたのですが、画面一番左側に写っている公衆電話は「黄色」です。今更ながらですがこちらは懐かしいの一言です。

駅前の旅館に入り、夕食後にしばし散歩。時間は19:10頃。19:16発の上り特急「スーパー宗谷4号」を待っている人影は一つでした。

美深駅で「スーパー宗谷4号」と交換する4339Dが到着。駅前の駐輪場からは思いのほか多くの自転車が出ていきました。

2013年05月27日 21時01分

宗谷本線各駅停車の旅(9)シカに注意!

「佐久」の次の駅「筬島(おさしま)」駅を出て直ぐに急ブレーキ。エゾシカです。

写真の⇒の先にいるのが分かりますでしょうか?お尻が見えています。

「天塩中川」を出てからここまでに1回「シカとの遭遇!」の警笛&ブレーキがあり、それでカメラを一応用意して待ち構えていました。ただカメラで追いかけるのは難しかったです。で、私がシカに注意を払ったのはここまで。この写真の時もブレーキをかけただけで停車するまでには至らなかったのですが、私は過去2回、急停車を経験しており、最大5分弱の遅れが出ました。

また今回は他の場所で20頭近い群れがいるのを見たりもしており、事の善し悪しは別に、珍しいことではなくなったこともあります。

秘境駅ランキング29位の豊清水駅で4337Dと交換。時間は夕日が綺麗な17:34頃。私は美深までの乗車でしたので、これが最後の交換列車となりました。

美深着17:55。私を含め4名乗車での到着でした。

ここで思いのほか多い10名ほどの方が乗車。

こうして3時間43分の普通列車の旅は終わりました。テールランプの赤色が妙に旅情をそそりました。

2013年05月26日 13時32分

宗谷本線各駅停車の旅(8)秘境駅「糠南」。

秘境駅ランキング14位、宗谷本線では1位の「糠南」。

のんびりとした風景の牧草地の中の駅。申し訳程度の待合室(?)がご愛嬌ですが、冬場には乗客の生死に関わる存在でしょう。北海道の鉄道に乗り直しに来るようになるまで、秘境駅と言うのは山懐に抱かれた場所にあるか、森の中もしくは海岸縁にへばり付くように存在するようなイメージでしたが、平原の中の秘境駅も確かにありうると感じ、牛山隆信氏のランキングの面白さに改めて敬意を表した次第です。

「天塩中川」で61D特急「サロベツ」と交換。

この日の「サロベツ」は少々遅れ気味で、4334Dの運転時刻に影響を与えるほどではなかったのですが、原因は「ひょっとしてシカで急ブレーキ?」とか思っていました。

「天塩中川」で4331Dと交換。この4331D名寄発稚内行きは、音威子府駅で特急「サロベツ」に先を譲るため15:09~16:31まで1時間22分停車します。それだけ長く停車していれば音威子府駅名物「常盤軒」のそばが何杯も食べられそうですが、それでもきっと時間を持て余すでしょう。ほどほどというのはなかなか見当たりません。

4334Dの1分停車ではソバを食べることは望むべくもありません。

2013年05月25日 13時27分

宗谷本線各駅停車の旅(7)「Sohya」のステッカー。

右側に停車中の列車はキハ45 513の4333D稚内行き。左側に停車中の列車が正に私が乗っているキハ45 505の4334D旭川行き。

そのキハ45 513の車体に貼ったあったステッカー。デザイン化された『利尻富士』(多分…)と『Sohya』の文字の下には『NORTH LINE』、そして小さく『宗谷北線運輸営業所シンボルマーク』と入っていました。

その周りには漢字表記にすると名寄⇒美深⇒音威子府⇒天塩中川⇒幌延⇒豊富⇒南稚内⇒稚内といった駅名がぐるっと一周していました。何故かそこには名寄~旭川間の駅名がなく、元々はこんなステッカーがあるんだ程度でこの写真を撮ったのですが、読んでいて不思議に思えたのですが、それよりキハ45 505にはこのステッカーは付いておらずますます謎が深まっていきました。キハ45 513は「名寄」~「稚内」の限定運用車ということはあるのでしょうか?

キハ45 505で見つけたドアに貼ってあったステッカー。こちらは日本語&中国語と英語で書いてある注意書き。内容はワンマン運転時乗降用に開くドア位置を示すものですが、日本語より中国語が目立った感ありでそれだけ中国系の方の利用が多いという事なのでしょう。

写真は雄信内~糠南間の風景です。北海道の原野を走っている感じがとても良かったので一枚、パチリ!

2013年05月24日 19時22分

宗谷本線各駅停車の旅(6)幌延駅、運休の思い出。

降りしきる雪の中を黙々と歩く人たち。その光景に惹かれて撮影した一枚。(だと思う…)

灯火式の信号機の手前、恐らくホーム上ではないかと思うのですが、今一つこの写真のシチュエーションが分かりません。無責任で恐縮ですが、この日の雪の状況の参考なればとUPしました。この写真もまず間違いなくホームの屋根の下で構えていたはずです。

こちらは音威子府発稚内行きの333D(だと思う)。幌延には定刻ならば7:44でした。(実時間不明)

この雪の中、鉄道マンはポイント部分の雪かきを黙々と続けていました。

この後、1824D定刻8:02から羽幌線は動くこととなり、何と手元のノートでは定刻に幌延を出発しています。冬の北海道で雪害による終日運休も体験している私にとってはまずは動いて良かったといった気持だったはずです。

参考までに1824Dは旭川行きで、留萌から1816D急行「るもい1号」として運転されていました。昭和の時代は今や夢幻の世界です。

2013年05月23日 20時05分

宗谷本線各駅停車の旅(5)昭和52年の幌延駅。

昭和52年(1977年)2月12日にこの駅を訪れたのは明確に「乗りつぶし」で未乗の羽幌線に乗るためでした。

季節が違うのでしっかり雪景色の幌延駅ですが、この駅に到着したのは早朝の5:50。当時は、今と違って私は軟弱では無かった(?)ので、夜行列車を頻繁に使っており、この前日、函館本線「砂川」発定刻では22:44、実時間では23:44に317レ急行「利尻」に乗車。遅れは回復せず、一方で広がることもなく1時間遅れの5:50にここに到着しました。

さて本来ならここから5:10発の羽幌線850D留萌行きに乗車し留萌に向かう予定だったのですが、雪害のため運休。その次の4802D急行「はぼろ」札幌行きも運休。取り敢えずなす術もなくただ駅にじっとしていました。

ホームに停車中のDD14形ロータリー式除雪車の姿を捉えていますが、どのタイミングで撮影したかは覚えていません。ただ羽幌線の除雪をしたのではないかと言う確信が今もあります。

この写真は稚内からの338D(幌延着7:38)だと思います。(ノートに列車名が書いてないので…)そう思う理由は右端に写っている黒い影で、恐らくこれは跨線橋の柱。私は雪の中でカメラを構えていたとは考えづらく、ホームの屋根の下で狙っていた可能性が高いからです。

2013年05月22日 20時58分

宗谷本線各駅停車の旅(4)トナカイの里・幌延。

この駅で4329D名寄発稚内行きと交換。4329Dはここから4333Dを名乗ります。

15:14着の15:49発の35分停車。私の乗ってきた列車が38分停車ですので、長時間停車という事ではいい勝負です。停車位置表示の連続が面白かったのでこんな構図にしてみました。

ここ幌延町は「トナカイの里」として売り出しているようで、トナカイ観光牧場という施設があり、HPによれば中に入るだけなら無料とありました。

このブログではこの1枚だけUPしますが、駅だけで一体何頭のトナカイのイラストがあるか数えきれないほどです。

停車しているのは15:19発の「沿岸バス」留萌行き。幌延駅と留萌本線留萌駅を結んでいた国鉄羽幌線が昭和62年に廃止された後、代替バスとして誕生した路線です。稚内と名寄方向から鉄道で来た乗客と、ここ幌延からの乗客を合わせ10名程度が車内にいたような感じです。時間があればこうした『転換バス』の旅も良いかもしれません。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!