2013年09月30日 21時26分

東日本大震災からの復興と風化(1)

9月27日(金)と28日(土)の2日間、宮城県内の「東日本大震災」被災地を、東松島市、南三陸町、石巻市では被災された方々のお話しをお聞きしながら回ってきました。またJRの不通区間の列車代行バスの現状も見てきました。

これから暫く、今回は鉄道に限らない話もありますが東日本大震災の特に津波被害からの『復興と風化』をテーマに私が感じたことを書かせて頂きます。津波の力、避難、仮設住宅、2年半の歳月、、、「生の声」の重さを少しでも感じていただければ幸いです。言葉足らずな話も多々あるかと思いますがなにとぞご容赦下さい。

※記事の紹介順はお話を聞き、また見てきた順番です。また内容は今回私が見たり聞いたりしてきた範囲内です。各地の詳しい情報については書籍も多く出版されていますし、ネット検索でも出てきますのでそちらをご覧ください。

※使用する写真は今回(9月27日・28日)私が撮影したものです。

※撮影場所については通常立ち入れない場所も一部ありますが許可を得て中に入っています。

今日の写真は宮城県南三陸町です。

東日本大震災の前、ここには街並みとほぼ真ん中にJR気仙沼線「志津川」駅がありました。

何も知らなければ、この更地はズーッと前からこうだったの思う人がいても不思議ではない、そんな気がしてしまいました。

2013年09月29日 22時36分

トーマスクック/ヨーロッパ鉄道時刻表の思い出。

フランクフルトから上海・浦東空港までの機内。

モニターを見ていたら、何故か飛行経路がジグザグになっていました。

機内では全く気づきませんが、風の影響を受けたりして、きっと本当にこんな風に飛んでいるのでしょうね。(だったら楽しいですね)

2013年6月20日(木)、上海・浦東空港は霧の中。フランクフルトからの便は(奇跡的に)着陸しましたが、着陸できない(離陸できない)便が続出していました。

9:15発予定の名古屋(中部国際)行き。

上海・虹橋空港で待機となっていた機材がいつこの空港に着いたかは分かりませんが、結局搭乗できたのは13:00頃。ただ空港閉鎖の時間が長かったこともあり離陸便が混んでおり、誘導路で更に1時間待たされました。(「1時間」というアナウンスが流れたら、機内ではトイレに行列が出来ました)

ただ5時間遅れようと「飛んだだけまし」という気分ではありました。

最後にトーマスクックのヨーロッパ鉄道時刻表。

実は2013夏・秋版では6月9日からのダイヤが掲載されており、今回の旅は正にそのダイヤ改正日から始まったのですが、残念ながらこの時刻表の発売は出発に間に合わず、買うのは止めようと思っていました。ところがその本家本元が休刊となり日本語解説版も休刊との記事が突然掲載され、その結果この号が最終となるという事で思わず買いました。

ヨーロッパの鉄旅は今回で4回目。その都度買いましたが、1グラムでも重さを軽くしたい海外旅ということもありいつも必要な部分だけを切り取って出かけていました。ということで今回買ったこの時刻表が私にとって最初で最後の無傷の保存書となりました。

(平成25年6月のドイツ「鉄」旅これにて終了。長期間読んでいただきありがとうございました。明日から国内に戻ります)

2013年09月28日 22時22分

フランクフルト空港のモノレール。

フランクフルト空港には11:40分頃到着。ロレックスの時計は腕時計をそのまま大きくした感じでクスッとしてしまいました。

搭乗まで3時間近くもありましたが、イミグレーション(出国審査)や手荷物のチェックで思いのほか時間がかかることもあると聞いたので早目にチェックイン。(昼食をゆっくり食べたかったということもありましたが、さすがに早すぎたと思っています)

そして中国東方航空のターミナルまでは“モノレール”で移動。建物のガラスに反射するモノレールが分かりますでしょうか?

この“モノレール”、日本で言えば新交通システムでしょうが、ルフトハンザ航空のHPでは『the Skyline monorail』と書かれています。モノレールというには違和感がありますが案内方式が中央案内式のため、見た感じというか雰囲気がちょっとモノレール的です。

UPにするとこんな感じ。

この写真は2両連結の片方からもう一方を撮影したもので、これが私の精一杯の車両写真でした。

最近の巨大空港では新交通システムなど鉄道系交通機関のある風景が一般的になっていますが、そうしたものにもつい反応してしまう私は何者なのでしょう?家族はとっくに諦めの境地ですが、もし非「鉄」の友人と同行の場合だとどんな反応をされるのでしょう?

先日、社員旅行に出かけた「鉄」の方が、駅で出発のギリギリまで写真を撮りまくり、上司から「電車がでるぞ!」とキツーイ一発を浴びたとぼやいていました。因みにその方は最近増殖中の女性の「鉄」です。

外国の方には、なんで空港のターミナル移動で写真を撮っているのか理解できないでしょうね。

2013年09月27日 22時17分

フランクフルト市内のトラム(2)大道芸人(?)のいる風景。

日本からドイツに旅行される方にとって、フランクフルトは玄関口として一番馴染みのある町と言っても過言ではないと思います。そのフランクフルトの市街地の交通機関としてトラムは活躍しています。

この写真の様な高層ビル+歴史的建造物+トラムの風景はフランクフルトらしい良い感じです。

中央駅からほど近いレーマー広場での撮影ですが、この方たちは何か芸をするわけでもなく、この化粧と衣装で観光客のカメラに収まり、それでチップ(収入)を得ているようでした。

もっとも私のチップが少なすぎて何もしてくれなかったのかもしれません…。

振り返ればそこにはトラムの姿が…。この2人とトラムとの組み合わせは抜群ですね。日本でもこんな風景が見られるようになればとは思うものの、公道でのパフォーマンス(チップを渡すことを含む)は市民権を得ているとは思えず難しいでしょうね。

2013年09月26日 22時14分

フランクフルト市内のトラム(1)

2013年6月19日(水)、14:40発の上海行きに乗る前に一寸散歩。

フランクフルト中央駅の駅舎の正面建屋は工事中でしたが、足場の外側には駅舎の絵が描かれていました。広告がビール会社と言うのがドイツらしいですね。

2011年11月20日の同駅。日の出前の写真で恐縮ですが、一応「絵」との比較という事で…。

ドイツと言えばプレッツェル。朝7時過ぎに開いていたパン屋さんで、いかにもドイツパンと言いたくなるサンドウィッチをセットで買い、朝ご飯にしました。

もっともプレッツェルは朝には食べきれず、空港でのパスポートコントロールの果てしない行列に並んでいた時にお腹に入りました。

ところでトラムの乗り場にあった啓発ポスター。ゴミを捨てないようにという事でしょうが、世界共通の課題の様ですね。

2013年09月25日 20時29分

ナウムブルクからフランクフルトへ(2)私の乗る列車は?

17時を少し回ったところでフルダ駅に到着。駅員さんにチケットを見せて「フランクフルト中央駅に行きたいのですが…」と尋ねたところ「ディスホーム.ネクストトレイン」と言われました。

とにかく乗る予定だったICEがとっくに出発していたことだけは分かりました。でも駅の時刻表では当分この駅に停車し、フランクフルト中央駅に向かう列車はなし。

と思っていたらいきなりホームにICEが到着。ホームの案内表示を見たら直前には無かった「フランクフルト」の文字が!駅員さんと目が合い、そうしたら「ディストレイン!」と大きな声で言われました。とりあえず事情は呑み込めてはいないものの万が一間違っていたとしても今日中にはフランクフルトに着けるだろうと、もうあきらめの境地の中で列車に乗り込みました。しかし、写真を撮影する余裕なし。

まずこの列車の行き先がよく分からないし、こんな時間に停車するICEがあるとはどこにも書いてなかった…。

更に列車に乗って備え付けの時刻表を見て「エっ?ありえない…」と訳が分からなくなり、暫くしてやってきた車掌さんにフランクフルト中央駅に行くことを確かめた時にやっと全身の力が抜けました。

そしてフランクフルト中央駅が見えたのは18:10でした。

因みに乗車した列車はICE79。ハンブルク発スイスのバーゼル行き。何とフルダは本来通過駅で臨時停車をし、私のような乗り継ぎ客の救済を図ったことが推察されました。

その柔軟な対応に驚かされましたが、結局この日の予定でいえば“わずか”40分弱の遅れでフランクフルトに到着できたのは奇跡とさえ思えました。

※ICE79のフランクフルト中央駅には定時だと18:00着。

そんなことがあって昨日のブログに書いた『・・・日本に帰ってから思った・・・』のくだりになるのですが、時間的には南駅での乗換とかICとICEの違いがあるので微妙なのですが、精神的には「フルダの乗り継ぎはしんどかった」が本音です。

ホテルにチェックインし、気を取り直して今回のドイツ「鉄」旅、最後の夕食へ。結局昼間と同様の豚肉にしました。ただ骨付きのワイルドさは何となく予感があったのですがこの大きさは想像していませんでした。

※主食はベイクドポテト。ヨーグルトベースのソースがかかっておりさわやかで旨かった。

2013年09月24日 20時05分

ナウムブルクからフランクフルトへ(1)列車が来ない!?

ナウムブルクから日本に帰るためにフランクフルトへ移動。

14:33発のIC2356に乗り、Fulda(フルダ)に16:42着。

16:47発のICE691に乗り換え、フランクフルトには17:44に到着の予定でした。あくまでも予定ですが…。

14:50にICEが…。

この時点で、フルダの5分乗り継ぎはどうなるのだろうと心配が募り、血圧は上がるは動悸はするは・・・。

14:52にまたICEが…。

ドイツ語の案内放送は私にはわからない…。

何故か点々ばかりの文章です。写真は撮っていますが気はそぞろ。

15:00にIC2356/フランクフルト空港駅行きがやっと到着。15:03に30分遅れで出発しました。

さてフルダでの乗り換えはどうなるのでしょう?

車掌さんにチケットを見せ「乗り換えできますか?」と聞いたら、勢いよく「ノープロブラム!」と言われました。この時は「接続のICEも遅れている…」程度に考えていました。

それにしても日本に帰ってから思ったのですが、IC2356はフランクフルト中央駅には寄らないもののFrankfurt (Main) Süd(フランクフルト南駅)は停車するのでそんな選択肢もあったはずです。などと言えるのはこの後、思わぬ出来事があったからです。

(余談)

1)このICには冷房が無く、一方外は30度を超える猛暑。乗客は窓を開けて涼んでいました。

2)IC2356は「ナローの蒸気機関車・リューゲン軽便鉄道シリーズ」のリューゲン島「Osteebad Bintz」始発で、「Stralsund Hbf」~「Berlin Hbf」を経由しており、つまり私のドイツ「鉄」旅とはかなりかぶったルートを走っています。単なる私のイメージですが、青森県の八戸線久慈駅を出て八戸で折り返し、東北本線~武蔵野線を経由し成田空港に向かう列車と言った感じでしょうか?まあ日本ではありえませんが…。

2013年09月23日 11時05分

ナウムブルクの単車トラム(5)

昨日の地図に「Depot」とあったところ。

電車の後ろには車庫がありました。

ナウムブルクのトラムの全線の所要時間は10分。基本的に30分間隔なので通常ならば電車は1両あれば足りる計算になります。

パッと見、外の側線に5両。車庫の中に2両の姿がありましたが、この内、何両が現役かまでは分かりませんせんでした。

ナウムブルクのトラムは、路線は短いもののどこでも絵になります。また上下合わせて必ず15分間隔で来るので、そのほどほどさも気に入りました。

さてトランクを持ち歩いて旅をする私は、ここナウムブルクではコインロッカーに預けていました。

多分あるであろうとは思っていましたが、正直なかったらどうしようとも思っていたことをここで白状しておきます。

※私のトランクの大きさは中くらいだと思うのですが、日本でこれが入るコインロッカーがあるのは大きな駅だけではないかと思います。なおドイツでは地方駅でもこのタイプのコインロッカーを多く見かけました。

2013年09月22日 19時57分

ナウムブルクの単車トラム(4)廃線跡。

平成25年6月18日(火)の話しも3か月経つと記憶が薄れつつあります。資料が無いととても書けません。寄る年波には勝てませんね。(悲)

トラムの車内にあったパンフレットの地図。

そこには現在の路線だけではなく、廃線となった区間も描かれていました。赤い部分が今も現役の区間ですが、以前はドイツ鉄道の駅と市街をグルッと周遊するルートだったんですね。

また市街地のど真ん中でも残存路線から分かれ、「Markt」を経由する路線が1892年から1976年まであったことが見てとれます。

そして「Markt」(マルクト)の電停があったであろうマルクト広場を何気なく大聖堂を目指して歩いていた時、何と今も残る線路を発見!

更に!カフェのテーブルの下にも線路を発見。いやはやとんだところで廃線跡巡りになりました。

ここの廃線跡は私にとっては当然未知の存在だったのですが、きっと知る人ぞ知る存在なのでしょう。

一応「Hauptbahnhof」に戻った時に路線があったと思しき場所を少し探したのですがそこでは廃線跡を見つけられませんでした。

昼食はシュバイネハクセ (Schweinshaxe)という豚の脚肉のロースト。無難な選択をしましたが、毎度同じコメントで恐縮ですが美味しかったです。

 

(お詫びと訂正)

このブログをお読みいただいたHさんから、間違いの指摘を頂きました。ここでお詫びすると共に過去に遡って本文を訂正しましたことを報告します。

 

1)9月7日UP「ベルリン・ヴォルタースドルフの2軸単車トラム(3)ドイツの森を走る。」の中で『「Berliner Platz」(ベルリナー通り)』と書きましたが『Platz』には『通り』という意味はありません。

じつは「Berliner Platz」の直前に「Thälmannplatz」という電停名を書いているのですがそこでは「テールマンプラッツ」としており、お恥ずかしい限りの確認漏れでした。

 

2)9月19日UP「ナウムブルクの単車トラム(2)」の運転席を写した写真の感想で、『運転席はマスコンの古さは否めませんが恐らくこの電車が作られた時とは相当に姿が変わっているはず。…』と書きました。

しかし、「昭和34以降の製造であり、一見古そうだがこのようなパネルを使っていてもおかしくはないのでは?」との指摘を受けました。私個人の感想を書く場合、これまでは断定的な言い方はしないように注意していましたが今回は、独断に過ぎる表現になっていました。

よって「マスコンも時代を感じさせますが、右側にある手動式のブレーキには感動すら覚えました。」と変えました。

2013年09月21日 22時39分

ナウムブルクの単車トラム(3)感動の大聖堂。

ナウムブルク市の中心部にある「大聖堂」。

その歴史は1028年から始まっているとのことですが、その「初めの大聖堂は200年間存在」したそうで「2つ目の大聖堂は13~14世紀に建てられた」と日本語の案内に書いてありました。この建物は2つ目の大聖堂のようです。

大聖堂の入り口(受付)には各国語のラミネート加工された紙のガイドが置いてあり、係りの方に「ジャパニーズ?」と聞かれ「イエス」と答えたら日本語の案内を渡され、私はそれを見ながら大聖堂を回り始めました。(無料ですが要返却)

そして中に入り、ここの素晴らしさに気づきあわてて受付にもどり2ユーロの撮影料を支払った上で許可証を受け取り、首にかけ一周しました。

ナウムブルク市で“観光”をする予定は全くありませんでした。

10:30過ぎにこの街に着き、14:30過ぎの列車に乗るまで約4時間が滞在を許された時間だったのですが、折角なので一寸だけ寄るつもりだったのが思わぬ展開になり我ながら驚いた次第です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!