2014年07月31日 19時46分

三陸鉄道1日乗車券の旅(8)三鉄を2度目の完乗!

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三陸鉄道南リアス線「三陸駅」。運転再開を祝う横断幕がありました。

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恋し浜駅(元の小石浜駅)は、以前私がこの線を乗ったときはまだ無かった駅です。

ところでこの駅には、AKB48のメンバーが書いた絵馬があったのですが、私が乗った直前の5月23日にそれがなくなっていることが分かったことで思わぬ形で有名になりました。

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19:01に盛駅着。日の長い時期とはいえ夕闇に包まれ始めていました。

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到着ホームからは跨線橋を渡らず、その先にあるJR大船渡線(BRT)盛駅の構内踏切(?)を通って駅舎に向かいました。事情が呑み込めなかったものの他の乗客の方の後をついていったのですが、これが正式に認められたものなのか、便宜的なものなのかは今も分かっていません。

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駅にあった大船渡線発車時刻。

でも鉄道ではなく、バス(BRT)なんですね。

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1984年(昭和59年)9月2日の盛駅。これほどまでに車が駅前を占めているこの姿は今はありません。

2014年07月30日 19時39分

三陸鉄道1日乗車券の旅(7)南リアス線で盛を目指す。

平成26年(2014年)5月31日(土)。晴れ。

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三陸鉄道「釜石駅」のホームからJRのホームを見たらSL銀河の客車(ディーゼルカー?)が停まっていました。

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1984年(昭和59年)9月2日の釜石駅。三陸鉄道といえばやはりこの36-100形のイメージですね。

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こちらは平成26年の釜石駅。新車の36-703が待っていました。

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クウェート政府の援助で導入された車両であることがこの国章からも窺えます。

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車内には各ボックスにテーブルがあり、これは観光客にとっては嬉しい装備でした。かくして18:07に盛行きは定時に出発しました。

2014年07月29日 19時33分

三陸鉄道1日乗車券の旅(6)釜石駅にて。

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1984年(昭和59年)の釜石駅。

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そして2014年(平成26年)の釜石駅前には定時の17:28に到着。駅前の風景には30年の月日の流れを感じさせます。

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こちらが三陸鉄道南リアス線「釜石駅」の入り口。矢印の場所が、津波の来た高さです。

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駅舎内にはジオラマがあります。なんといっても目立つのは「鉄道男子」!

2014年07月28日 20時16分

三陸鉄道1日乗車券の旅(5)宮古~陸中山田~釜石。

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宮古駅前から15:15発の「岩手県北バス」田の浜行きに乗り、まずは陸中山田(バス停の名前は「みちの駅やまだ」)を目指します。東日本大震災でストップしているJR線には代行バスがあってもよいはずなのですが、宮古~釜石間はもともと山田線沿いに路線バスがあったということで代行バスはなく、その路線バス(岩手県北バス・岩手県交通)を乗り継がなければ先に進めません。ここ三陸を公共交通機関で横断するのは大変なことなのです。しかもそれなりに大きな荷物もありますしなどと愚痴を言ったところで何ともなりません。それぞれの地元にそれぞれの事情があるわけですのでこれは従うことが旅人のマナーです。

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山田線津軽石駅の現状です。

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バスの車窓には悲しいほどまでに美しい海が続きます。

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「道の駅やまだ」に16:15の定時到着。ここで乗換えです。岩手県北バスはこの先にもまだ路線が続いていますが、岩手県交通はここが始発となります。

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16:40発に乗車ですが、ここからも所謂路線バスタイプで『旅』気分とはほど遠い感じでした。

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そんな車窓からこんな道路標識を見つけました。(JR吉里吉里駅近く)

初めてこの道路を通る人でもいざという時の地震~津波の際にどこまで逃げれば安全なのかの目安となりますが、1キロを越える距離は珍しいものではなく今回の津波被害の甚大さが改めて窺い知れました。

2014年07月27日 19時10分

三陸鉄道1日乗車券の旅(4)宮古駅・AKB48顔出し看板。

お座敷列車から降りたので今日からタイトルを「三陸鉄道1日乗車券の旅」に戻します。

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さて宮古駅に30年ぶりに降り立ちました。それにしても「30年ぶり」という言葉を一口に言っている自分は何者と一人突っ込みをしてしまいました。

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昭和の宮古駅とは建物の色の違いを除けば建屋自体に大きな変化はなそうですが、周りの風景は隔世の感があります。

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宮古駅を出て直ぐの場所にはAKB48の顔出し看板がありました。総選挙1位のまゆゆの隣で撮影できるのは嬉しいかもしれませんが、ええ年こいたおっさんがここから顔を出して、通りがかった人に写真を撮ってもらう勇気などあるはずもなく、これが私の限界でした。

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駅周辺の探索を追え、もう一度駅舎の中に戻りお土産品を見ていました。そこにはこんな寄せ書きがあり、感無量になりました。

 

さあこれからバスを乗り継ぎ、JR山田線沿いに釜石に向かいます。

2014年07月26日 19時06分

三陸鉄道お座敷列車の旅(8)ネコのいる宮古駅。

駅に到着したときにお約束で撮影している風景なのですが、下車するお客さんがホームからいなくなるのを待っていたら、改札を抜けるお客さんが、ニコニコしながらざわついていました。

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あれっ?

決して広くないホームの改札の手前壁に何かあります。

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その名も「落ちないにゃんこ神社」。

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最近、和歌山だったり、那珂湊だったりにいる(生きた)駅ネコがいるようではなさそうですが、この風景には何となく癒されます。皆さんも是非、記念写真を撮ってください。もっともここに何故「落ちないにゃんこ神社」があるのかは聞きそびれました。悪しからずご了承下さい。

2014年07月25日 19時04分

三陸鉄道お座敷列車の旅(7)車内乗車券。

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田老駅で交換。36-207の単行の車内は思ったより乗客の方がいましたが、地元客というより観光客が多いように見受けられ、鉄ちゃんらしき姿も確認できました。

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三陸鉄道田老~宮古間は、国鉄宮古線の時代の昭和53年(1978年)8月29日に乗りました。その後、三陸鉄道になり、北リアス線となって開業した昭和59年(1984年)にも乗っているのでこの区間は3度目の乗車となりました。

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13:54、宮古駅着。

車内乗車券

(余談)考えてみればもっと早く気付くべきでした。

いつもはワンマン運転が多い三陸鉄道ですが、この列車は3両編成で車掌が乗務している!!ということは車内券がある!

実は車掌さんがいるのは分かっていた(お話しもしていいますし…)のですが、車内券の販売をしているとは…。

車掌さんが途中駅から乗られた方に車内券を発行しているのに気付き、慌てて買いました。と言ってもタイミングの問題で、宮古駅に到着後に他の乗客の方が改札を出てからの発行となりました。それにしても東京までの乗車券を買う方はいるのでしょうか?

 

こうして“北三陸鉄道”の「じぇじぇじぇ」な旅は終わりました。

2014年07月24日 19時00分

三陸鉄道お座敷列車の旅(6)ウニあわび弁当。

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プレート設置区間の撮影を終えたのでゆっくり昼食です。予約しておいた「ウニあわび弁当」の包装紙を外すとそこには三陸ワールドが広がっていました。

お味の方はGOODです。何より車内、しかもお座敷で食べているというシチュエーションも楽しいです。

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堀内(ほりない)駅から海を臨む。

ここ堀内駅は「あまちゃん」では『袖ヶ浜』駅でした。ここでレトロ車両の団体さんが数組下車し、狭いホームがごった返していました。

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田野畑駅近くも津波被害を受けています。初めて見る方にとっては、これが最初からの風景だと思われるかもしれませんがそんな事はありません。

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三陸鉄道の車両と同じ塗装の平井賀川の水門は往時のままの姿でした。車内でも多くの方がこの風景を撮影されていました。

2014年07月23日 19時55分

三陸鉄道お座敷列車の旅(5)復興支援のプレート。

陸中野田駅を出て暫くすると線路の道床の色が変わるところがあります。

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そこが震災で被害を受けた区間と受けなかった区間の境目です。これを平静な気分ではなかなか見ていられません。

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この区間は既にこうしたプレートが設置されていますがこの写真では分かりません。

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このサイズだと少し分かるでしょうか?

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この写真は昨日UPしたモノのプレート部分をトリミングしたものですが、それにしてもこのように一枚一枚手間を掛けてでも支援者にお礼をしていきたいという気持ちに心が打たれました。

実はこの区間の運行再開前、支援者限定でこの区間を歩くイベントがありました。私は日程が合わなかったため行く事が叶いませんでしたが、この日こうして車内から見ているだけでも運行再開を地域の住民の方そして鉄道事業者と喜びを共にしている気持ちになりました。

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この水門のある場所あたりでプレートの設置区間は終了です。皆さんも三陸鉄道北リアス線に乗られたらこの区間の復興を体感していただきたいと思います。

※36Z1の運転席横は所謂車内お立ち台ともいえる場所で、三陸鉄道の方に聞いたところその場所にいることは問題ないとのことでしたのでこの撮影をしています。またプレートの設置区間についても三陸鉄道の方に教えていただき撮影しました。

(追伸)

私のブログには「みんなの書き込み」欄がありますが、以前、あまりにもスパム書き込みが多くなったため現在、受付けをしておりません。よろしければ中京テレビHPトップページの下のほうにある「視聴者センター」(ご意見・ご感想はこちらから)~「ご意見・ご要望・ご感想受付フォーム」~「お問い合わせ内容を下記からお選び下さい。」~「HPについて」に書き込んでいただければ幸いです。必ず目を通し、フィードバックできるものについてはこのブログ本文にて掲載していきたいと考えています。

2014年07月22日 19時49分

三陸鉄道お座敷列車の旅(4)トンネルの向こうに明かりが見える。

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平成26年5月31日、久慈を12:15の定時に出発した列車は快調に北リアス線を走っていきます。

三陸鉄道はこの4月に全線での運行を再開しました。

長いトンネルを本当の意味で抜けられるかはこれからの乗客の動向次第ですが、三陸鉄道の方はこの列車の様に3両編成が満席になるのは例外中の例外だと仰っていました。

(写真は久慈~陸中宇部間で撮影)

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陸中野田で下り列車と交換。

三陸鉄道支援証明書

この陸中野田~野田玉川間の“震災から復興した”区間の枕木には、復興支援に協力した方たちの名前のプレートが設置されています。私も協力した一人で三陸鉄道からはこうした復興支援証明書を頂きました。今回の旅はその区間を我が目で確認する旅でもありました。

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これが三陸鉄道から届いた復興支援枕木プレート設置証明書です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!