2015年03月31日 19時52分

渓湖糖廠の五分車(12)まだまだやることはあった。

それで出発準備が終わったと思ったらまだまだでした。

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機関車だけ切り離され、少し先にあった水道のある場所に移動。ホースを持ったスタッフが動き始めました。

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最初は水タンクに給水。水が無ければ蒸気機関車は動かない。

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更に何かをしている…。

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石炭に水をかけていました。

それにしても蒸気機関車と言うのは走らせるまでの準備が大変なんですね。

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そして9時半過ぎにやっと客車に連結されて出発準備が完了とあいなりました。

2015年03月30日 20時48分

渓湖糖廠の五分車(11)転線。

平成26年12月1日(月)。動き始めた機関車は転線。

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客車の連結に向かい始めました。確かに「渓湖糖廠の五分車(2)」で機関車の向こうにいたのは観光用五分車で乗車する客車ではありません。そう言えば私たちが火起こしを見ている時に、隣の線路に客車を牽いたディーゼル機関車が入って来ていたのを思い出しました。

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そして客車が連結されて一息ついたと思った9:10頃に「機関車を動かすから乗らないか」と声がかかり慌てて乗車。

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つまり先の場所は出庫準備をする場所で、乗車するのは製糖工場の横にあるこの場所であることがやっと分かりました。

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輝く真鍮(しんちゅう)から漏れる煙。美しい!

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製糖工場の巨大さに改めて驚かされました。現役の頃を髣髴(ほうふつ)させます。

2015年03月29日 20時46分

渓湖糖廠の五分車(10)蒸気機関車の出発準備完了。

再び台湾シリーズ。

平成26年に戻ります。立ち入ることは出来ませんが見ることは出来たところ。

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2年前にはあった線路が無くなっていました。

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でも怪しい(私好みの)気動車は残っていました。今後、このスペースも観光施設として整備するのでしょうか?

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さて蒸気機関車の出発準備が完了したようです。

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平成26年12月1日(月)の朝9時。遂に346号が動き始めました。火起こしから1時間もかかっておらず思ったより短い時間でした。

とはいうものの私たちの乗車する列車は10時頃に出発すると聞いていたのでどえらい早い…、、、まだ何か作業があるのかな?と思いつつ…。

2015年03月28日 20時00分

「若桜鉄道」の『SL走行社会実験』。

写真は全て2010年6月19日撮影。

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鳥取県の第3セクター「若桜鉄道」が4月11日(土)に『SL走行社会実験』を行います。区間は若桜~八東間の9.4キロ。そこを時速10キロ前後でゆっくり走ります。

2010_06_19若桜鉄道SX10_26

今回はSLの集客効果と経済効果を検証するという目的で行われますが、いくつかの興味深いというか今まで誰も考えつかなかったのではないかと思うアイデアで溢れています。

1)鉄道の車検を通していない蒸気機関車C12167が本線を走る。

本来これは法律上認められることではありません。そのために定期列車を1往復運休させ線路を閉鎖することで可能となりました。

※その変わり代行バスの運転あり。

2)撮り鉄対策を万全に行い、恐らく日本初の撮り鉄さんから“稼ぐ”。

有料予約制の駐車場や撮影場所を設定し、それにより想定される撮影地の奪い合いを回避します。更に宿泊プランやお弁当も用意しています。余談ですが、スピードが遅いだけに撮りがいもありそうです。

3)鉄道ファン向けイベントの実施。

これは全国の“公募”社長さん達が勢揃いしてトークイベントをするというもので、由利高原鉄道、山形鉄道、ひたちなか海浜鉄道、いすみ鉄道、若桜鉄道の各社長たちが一同に会してステージに登壇するというのは興味津々。何れも個性的な方たちだけに未だかつて聞いたことが無い“苦労話”が聞けるかもしれません。

4)地域ぐるみの支援体制。

行政だけではなく、宿泊業者、市民団体、住民、ボランティアが「沿線サポート委員会」を結成し、各駅でイベントを行うそうです。

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ところで若桜鉄道のC12は運転体験できることで知られており、私は2010年6月19日(このブログでは6月23日~UP)に行きました。圧縮空気を動力にしているので最初はどうなのかな?という気持ちもあったのですが、始まってしまえば「これが蒸気機関車か!」と楽しい時間を過ごしました。本来は本線を走ることのない(出来ない)この機関車が今回、煙はでないものの特に帰路(八東⇒若桜)は編成の先頭に立ちます。考えるだけでもわくわく気分です。一方、往路のDD16牽引も私には十分魅力的です。

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因みに客車の乗客はこの方々です。

詳細はウェブサイト「鳥取因幡観光ネット」でご覧頂くことになりますが、地方鉄道の今後の生き残りの手段の一つとして今回の『SL走行社会実験』の結果は注目に値します。私自身は残念ながら行く事は出来ないのですが、是非多くの方が若桜に足を運び、撮り鉄を楽しみつつ公共交通の今後について考える時間を過ごしてくれることを願っています。

そしてこの試みが1回だけで終わらず次に繋がり、将来自走できる蒸気機関車として復活し、本線上を走るようになることを切に期待しています。

2015年03月27日 22時32分

瀬戸蔵ミュージアムの瀬戸電(2)緑の電車754号。

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754号の半分が展示されている「瀬戸蔵ミュージアム」。緑の電車が走っていた時代を知る者にとっては郷愁を感じます。ただ知ってはいるものの尾張瀬戸に瀬戸電で来たのは昭和53年(1978年)11月26日の栄町乗り入れ後で、600ボルト車であるこの電車に乗ったことはないはずです。

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「手動扉の電車って何よ?」と反応する入場者は見ていた限り皆無。しょうがないかな…。

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白熱灯はこのほの暗さが持ち味。これでも昔は明るく感じたのものです。

2015_03_21 瀬戸電&瀬戸蔵ロボット博_73台車。実はこれ、鏡に反射させて入場者がその特徴ある形をホーム上から見られるようにしてあるもの。ただこの写真を撮っているのは残念ながら私ぐらい。

念のため付け加えておきますが、「せとものの歴史」も私はちゃんと見ています。この瀬戸電の展示もその流れの中にあるわけで、ここを訪れた時は是非すべての展示に目を向け、瀬戸の歴史とこの電車が登場した背景を肌で感じて欲しいと思っています。

ところで今年は「せとでん」の110周年。1905年(明治38年)4月2日に瀬戸自動鉄道により瀬戸駅~矢田駅間が開通しており、その記念すべき年に「せとでん」に乗りここを訪れるのも一興でしょう。

(余談)

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瀬戸蔵に何故かビリケンさんがいました。

2015_03_21 瀬戸電&瀬戸蔵ロボット博_78足をコチョコチョしていろいろお願いしました。叶うと良いな。

 

2015年03月26日 22時16分

瀬戸蔵ミュージアムの瀬戸電(1)色が変わっていく。

今回、瀬戸蔵に行った最大の目的。それが瀬戸電との出会い。

コロンブスの卵ではありませんが、ロボット博の会場が「瀬戸蔵」がだったからここに来たと言えますし、「瀬戸蔵」に行きたいと思いつつ何となくきっかけがなかった私の背中をロボット博が押してくれたとも言えます。

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“せとものの歴史”に触れる「瀬戸蔵ミュージアム」の中にかっての名鉄瀬戸線「尾張瀬戸駅」が再現されています。

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その駅舎を照らす照明が時間によって変わっているとは知りませんでした。

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往時の雰囲気を本当によく再現しています。ちゃんと作ってあるとは知人から聞いてはいたものの私自身は「再現でしょ」と半信半疑で、この場に立って本当に深く反省していました。

2015_03_21 瀬戸電&瀬戸蔵ロボット博_70このベンチは実際に尾張瀬戸駅で使っていたそうです。今はもう見ないですね、こうしたタイプ。

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再現された尾張瀬戸駅で見つけた“ロボット”達。ロボット博期間中の限定展示かどうかまでは確認していませんが、おそらく間違いないのではと思っています。担当者の気持ちが伝わってきます。(違っていたらすいません)

2015年03月25日 22時02分

瀬戸電撮り鉄/尾張瀬戸駅界隈。

瀬戸蔵ミュージアムの入場者が多かったので閉館時間が近づいてから撮影することにし、それまでの時間を使って尾張瀬戸駅付近限定で撮影できるポイントを探しました。しかしこれが意外と難しい。

瀬戸市の真ん中を流れる瀬戸川と瀬戸電を組み合わせると言うこと自体は、まあイメージとしては誰でも考えそうではありますが撮影のベストポジションがどこかは…、ともかく挑戦することに意義があります。

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線路手前の道路に車が来ないことを祈りつつもう少しギラッと光る車体を期待していたものの撃沈。この場所は太陽の位置を研究して再履修する必要がありそうです。

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尾張瀬戸駅を出て直ぐの場所。

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瀬戸市役所前駅方面に少し歩き、尾張瀬戸駅行きを正面から狙いました。

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歩いているときに見つけた蒸気機関車の「踏切あり」道路標識。懐かしくて思わず1枚。瀬戸電が非電化だったのは明治時代の開業当初のほんの数年だったのですが、全国的に新設踏切の標識が蒸気機関車デザインだったのはいつまでだったんでしょう?素朴な疑問が湧きました。

それにしてもにわか撮り鉄はなかなかしんどい。何故かと言えばこの踏切も予想以上に交通量があり、この写真を撮影するまでに何本電車を見送ったことか。電車の本数が多いので実際にはそれほどの時間はかかってはいないのですが、私にはつらかった。

2015年03月24日 22時24分

瀬戸蔵ロボット博2015。

台湾シリーズ再度の中断です。すいません。

名鉄瀬戸線に乗り、先週の土曜日(3月21日)、愛知県瀬戸市の瀬戸蔵で開催されている「瀬戸蔵ロボット博」に行ってきました。

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瀬戸市のイベントなのだからか知名度は今一つですが、「ロボットと未来の夢」のキャッチフレーズどおりの楽しさが盛り沢山で大人でも見応えがあり、家族連れを中心に多くの観覧者で賑わっていました。

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瀬戸蔵に入ったところにある「ロボミッド」(ロボット+ピラミッドの造語です)。ロボットのおもちゃの変遷が見て取れますが、登場の年代順にこだわりを持って並べられており、これが個人のコレクションだとは驚き!

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これはロボットがラジオ体操やダンスを踊るステージ。製作者の株式会社MANOI企画さんの了解を得てUPしています。他にも『ロボット楽団オルディオン』(何と遠路はるばる鹿児島高専の出展)という人と共演できるロボット楽団等々があります。

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知人の鉄腕アトムコレクター、小池信純氏のコレクション展示もあったりします。

今週末の29日(日)までこのイベントは開催されており、日時限定のショーなどもありますが、“ついで”もいろいろあるので瀬戸に出かける良いきっかけになりますよ。えっ?ついでって何?とか言われそうですが、そりゃあ瀬戸電(名鉄瀬戸線)しかありません。

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この写真は瀬戸蔵の展望塔から撮影した尾張瀬戸駅。電車に乗って瀬戸まで来たのは一体何年ぶりなのか記憶が蘇りません。今回はプチ撮り鉄を楽しみつつ瀬戸蔵ミュージアムの中にいる754号とも初対面してきました。来ようと思っていてもあまり近すぎ過ぎると却って遠い場所ってありますよね。

2015年03月23日 20時44分

渓湖糖廠の五分車(9)今はここには入れません。

2013年(平成25年)2月23日(土)の訪問記を続けています。

今回の渓湖糖廠訪問で入れなくなっている場所があるのに気付きました。

2013_02_23 渓湖糖廠_9

それがここで、廃車体がズラリ並んでいました。

2013_02_23 渓湖糖廠_10

何とも不思議な場所にいる気動車と思われる車両。

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車庫らしきところにも用途が分からない事業用と思しき車両。何とも魅力的というか悪魔の囁きに誘われてその術中にはまってしまった感じでした。

とそんなこんなでこの時は台北に戻ることにしました。

2013_02_23 渓湖糖廠_12

台鉄員林駅までの戻りは路線バス。少し迷って、道を聞きながら辿り着いた渓湖のバスターミナルです。

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そこから乗って員林駅のバスターミナルで降りたのがこのマイクロバス。バスターミナルで聞いて乗ったので間違いはないと思うのですが、何せ走った道路はマイクロバスでもやっと一台が通れるかどうかと言いたくなる街中の細い道。日本でも地方で路線バスに乗ると郊外では広い道を走り、集落では旧道を走るパターンがありますが、それをより極端にした感じです。往路で利用したタクシーとは通った道が全然違っており、どうもメインではない路線バスに乗ったようでした。これも旅の醍醐味???

2015年03月22日 20時40分

渓湖糖廠の五分車(8)渓湖糖廠のもう一つの面白さ。

今回の渓湖糖廠の五分車(4)で取り上げた車両の屋内展示スペースもじっくりと時間をかけて見学し、その上で撮影もしています。

 2013_02_23 渓湖糖廠_6

それはさておきオープンエリアの構内の見学自体は自由という雰囲気だった(多分そう言ってくれていたと思います)ので、2014年では歩いていない場所にも行っています。緑地の中にいた内燃機関車。少し大きいと思ったら「七分車(1067ミリゲージ)」。

2013_02_23 渓湖糖廠_7

ふと貨車の連結器を見たら自動連結器とピンリンク式の両方がありました。珍しいものを見せてもらいました。

※今回の台湾製糖鉄道の旅で、製糖鉄道と台鉄の接続ポイントでは、ナローと1067ミリの3線区間があったのを知りましたので、そこで入替用に使われていた車両かもしれません。

2013_02_23 渓湖糖廠_8

構内の側線の造形美。こうした配線は結構見かけるのでそれほど珍しいものではありませんが、ナローと言うだけで何だか楽しい気分でした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!