2016年02月29日 20時09分

札幌市電都心線開業(3)バックミラーのお話。

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すすきの電停には折り返し線が設けられています。ただ上下線の間の中線方式と言うのは路面電車では他地区で見かけた記憶がありません。ひょっとしたらササラ電車の待機場所にも使うのかな?などと考えると楽しくなります。

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札幌三越の南側の道路にはイルミネーションがあり、それとの込み込みを狙ってみました。鉄道写真としてはどうよ!とかいうのはともかく風景としてご覧下さい。

2016_02_08 札幌市電

『札幌市交通局からのお願い…路面電車の運転手が右側の車と自転車に注意しながら運行するため、車体の右側にバックミラーを設置』ということで、写真の様に西4丁目電停~すすきの電停間では進行方向右側もバックミラーを使っています。一昨日の1枚目の写真をご覧頂くと分かるように閉じている時はまるで三猿の「見ざる」の様なユーモラスな表情となっていますが、運転士さんがおもむろに右側のバックミラーを出した時にはビックリしたのは事実で、でも確かにこれは必要な訳でしてサイドリザベーション化の一面を見た思いです。

2016年02月28日 11時01分

札幌市電都心線開業(2)コーヒーブレイク。

札幌市電を15:30頃から撮り始め、まあ乗るのは後回しでも良いかと構えていました。そして30分ほど歩き回っていざ乗る前にコーヒーブレイク。

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その場所は西4丁目電停(南1西4交差点)の北東にある札幌三越3階の宮越屋珈琲。鉄友から札幌三越にはこの交差点を見下ろす喫茶店があるよ!と聞いており、それで参上。

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私は3階の店に入りましたが、後で調べたら他の階にも同様の場所に喫茶店があり、どの高さを選ぶかはその時の気分かも?ただどんな景色が見えるかまでは確かめていません。

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スマホで撮影した連続写真。

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20分ほどこのお店にいたのですが、その間ほぼ毎回内回り、外回りが同時に眼下を通過しており、札幌の街歩き(撮り歩き)に疲れた時に美味しい珈琲を飲みながら市電を見下ろすとは何たる贅沢。

(札幌市電都心線完乗)

*西4丁目発16:33頃

すすきの着16:37頃

乗車時間4分でしたが、歩いてもあまり時間は変わりません。

※この写真は札幌三越様の承諾を得て掲載しています。

2016年02月27日 20時53分

札幌市電都心線開業(1)サイドリザベーション。

札幌市電の都心線(西4丁目~狸小路~すすきの)が昨年の12月20日(日)に開業しました。様々なメディアで取り上げられていますので詳細はともかく、まず今回の目玉は都心ループの新線というだけではなくやはりサイドリザベーション。

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その方式の名前の通り道路の中央ではなく歩道に寄り添って線路が敷かれています。

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都心線から山鼻線に入っていく電車の動きも、これまでの路面電車の見慣れた感じではなく、道路端から道路中央に入っていくことになるため正直、慣れないと言うか不思議な感じです。

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信号で停車中の電車を正面から見てもなかなか面白いですね。

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さてサイドリザベーションの最大の特徴とも言えるのは歩道から直接電車に乗り降りすること。

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実際に体験してみましたがこれははっきり言って素晴らしいです。私が路面電車好きであるからということではなく、利用者の視点でも横断歩道を渡らないというのはメリットが多いと思います。勿論、歩く距離的には差し引きゼロですが、それでも狭い電停ではなく、歩道をゆったり使って電車を待てるのは良いですね。

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私が見た限りの電車の利用者ですが、従来のターミナルである西4丁目、すすきのでの利用者が多いのは当然ですが、それぞれの電停でお客が入れ替わり、かつ狸小路の電停も思ったより利用されています。この都心ループの開業で利用者が増えたという報道が出ていましたが、今後にも期待が持てそうです。

2016年02月26日 20時48分

789系と新千歳空港駅。

平成28年3月26日(土)にJR北海道では大規模なダイヤ改正が行われます。ここ新千歳空港を発着する列車にも大変化があり、快速江アポートは6両編成で統一され、一方で旭川に直行する列車はなくなります。

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で、新千歳空港14:18発のエアポート143号~スーパーかむい23号旭川行きに乗車。この列車に乗ったのは時間の都合によるたまたまなのですが、一寸得した気分。

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789系(&785系も)の姿をこの駅で見られるのももう暫くの間なのですね。もっともカバン一つの身軽な時はともかく、そうでなければ2ドアのしかも5両編成の列車は個人的には今一つの存在でした。

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車内にあった懐中電灯。いつからこうしたものが装備されていたのでしょうか?789系には昨年の夏にも乗っているのですが気付きませんでした。

2016年02月25日 20時31分

厳冬の北海道への旅立ち。

2月18日(木)の昼下がり。

2016_02_08 札幌市電_1

中部国際空港から札幌へと旅立ちました。

その1番の目的はまあ察しがつく方もいるかと思われますが、

1)札幌市電の新規開業区間の乗車

2)急行「はまなす」の乗車

※カシオペアは10時打ちに4回チャレンジするも撃沈!

以上の後は19日(金)に仙台に移動し、

3)仙石東北ラインに乗車

4)復旧した仙石線乗車

5)復旧した石巻線女川駅探訪

更に20日(土)は東京~横浜を回りました。

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それにしても飛行機の前後の名鉄、JRの運賃を含めても新幹線で東京に行くより安い時代が来るとは驚きです。

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荷物を預けていたので、いつもの機体前方&通路側ではなく機体後方のA席に搭乗。風景を堪能しつつの快適なフライトとなりました。

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北の大地が見え始めました。しかし雪が無い!と思っていたら直ぐに白い風景となり、何故だか安心しました。

(追伸)昨日始まった「NAGOYA-DAGAYA」展ですが、14時からのテープカットのセレモニー後、河村名古屋市長、堤監督さんらに「懐かしの名古屋の鉄道アーカイブ」の展示をご覧頂きました。

NAGOYA-DAGAYA5

NAGOYA-DAGAYA6

遅まきながら報告いたします。

2016年02月24日 16時40分

今日から「NAGOYA-DAGAYA」展。展示方法の秘密に迫る。

2014年11月からこれまでに3回放送したナゴヤ深堀番組「NAGOYA-DAGAYA」。その番組をベースにナゴヤの魅力を写真と映像で伝える「NAGOYA-DAGAYA」展が今日から名鉄百貨店7階催場で始まりました。

NAGOYA-DAGAYA2

このイベントには私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスも昭和の鉄道風景の写真展示で協力しており、名古屋市電を中心に瀬戸電(お堀電車)、名鉄電車、地下鉄、東山公園のモノレール・東山湖畔電車等の懐かしいナゴヤを並べています。

NAGOYA-DAGAYA3

そうそう、一番手前には昭和36年(1961年)4月の名古屋市電の系統図とその右側には昭和37年(1962年)3月の系統図を並べてあります。たった1年で何が違うかといえば昭和36年は名古屋市電の最盛期であり、昭和37年は最後の新規開通区間である「開橋」~「昭和町」間の表示がある一方、「池下」~「星ヶ丘」が(地下鉄工事による)代行バス区間になっており、名古屋市電にとって正に時代の変わり目を象徴する2枚の系統図なのです。

3月1日(火)までの短い期間でのイベントですが、是非ごらんいただければと思います。

ところでこのイベントのもう一つの楽しみ方というか、まあこのイベントに限らずですが、写真(ビジュアル)を使った展示をする場合に、今時のデザイナーは何を考えているかということです。

名古屋レール・アーカイブスが自主イベントを行う際は、基本原則は手持ちのB1パネルに使用する写真をA4もしくはA3の写真用紙に出力し、それをパネルに並べたところでキャプションは普通紙に印刷して切り貼りしていきます。

一方外部からの委託展示の場合は、その発注者のイメージに合わせて写真・キャプションを一体でデザインし、それをB0、B1等の展示会場のレイアウトに即した用紙に1枚で出力し、それを会場に並べていくこともあります。

上記の写真パネルも1枚ごとに一体出力されているものですが、このイベントでは使用する画像及び使い方に応じて様々な出力方法を採用しています。

例えば、壁面1面分を1枚に出力しそれを壁全体に貼り付けていたり、昔の名古屋城の写真は写真用紙に出力してそれをそれぞれ1枚ごとにパネルに入れています。当然パネルに入れればそこだけ浮き上がるのでその写真は強調されて我々観覧者の目に飛び込んできます。

パネルに入れないまでも写真をボードに貼り、それを壁面に据えるだけでも立体的な感覚を醸し出すことが可能となります。限られた空間をどう利用し、どうお客さん達に楽しんでもらおうかという工夫も折角も機会ですから合わせてご覧ください。

2016年02月23日 20時16分

私的昭和の鉄道/北海道(5)海峡線。

昭和63年(1988年)7月1日。その年の3月13日に開業した海峡線/木古内~中小国に乗りに渡道。

津軽海峡冬景色の時代に2往復した海峡を空から眺めて名古屋からANA391便で函館に直行。

1988_07_01JR海峡線

函館駅は曇り空。

1988_07_01JR海峡線2

10:39発の快速「海峡6号」に乗り込みます。津軽海峡線(これは愛称名)専用のED79形に牽かれる客車列車は平成26年ともなると風前の灯。良い時代だったなあ。

1988_07_01JR海峡線3

奥に連絡船施設(貨車航送用)が後ろに見えています。使われなくなり暫く経っていましたがこうして見るとまだ現役感がありました。

1988_07_01JR海峡線4

この時は普段撮影していない「はこだて」の駅名標を撮影していたりしています。

1988_07_01JR海峡線5

「海峡」のヘッドマークも勿論撮影しています。定期の快速列車のヘッドマークは恐らく日本ではここだけで、やはり私自身、同じ昭和63年4月10日に開通した本四備讃線と合わせて日本の4つの島が一つになったこともあって気合が入っていたようです。

1988_07_01JR海峡線6

「入り口から30km」。今見ても感慨深いものがあります。そして青森には13:18の到着。

※本四備讃線は昭和ではなく平成に入ってからの平成元年(1989年)12月28日に乗りました。

2016年02月22日 20時14分

私的昭和の鉄道/北海道(4)石勝線。

昭和56年(1981年)10月1日。石勝線千歳空港(現・南千歳)~追分および新夕張~新得間が開業しました。

ということで同年10月20日に石勝線乗車。

1981_10_20石勝線・夕張・楓

帯広を基点に12:25発の「おおぞら4号」に乗り、14:23に新夕張で下車。

1981_10_20石勝線・夕張・楓2

そして何故か2度目の夕張に到着したのは15:10。そしてまたもや5分間の滞在で折り返し列車に乗り、新夕張着15:41。

1981_10_20石勝線・夕張・楓3

新夕張発16:00の楓行きに乗り、石勝線で一駅の楓着16:10。

楓駅は元々夕張線の登川支線(紅葉山/現新夕張~登川)の中間駅だったのですが、石勝線開通当時、新夕張~楓間に一区間だけの普通列車が6往復設定されており、それに乗りました。新夕張~新得間にもかつて特急以外の普通列車が走ったこともあったという時代のお話しです。

2016年02月21日 20時13分

私的昭和の鉄道/北海道(3)札幌市電そして富内線日高町駅。

昭和52年(1977年)2月17日のスタートは札幌市電から。

1977_02_17札幌市電すすきの

すすきのを6:52に乗り、西4丁目に7:35に到着。

この後、札幌の地下鉄を完乗し、9:21にさっぽろ駅に到着。

続いて札幌発8:58の急行すずらん2号で苫小牧へ。そのすずらん2号は定時なら乗れなかったのですが、9:34と遅れての出発だったことで乗れました。冬の北海道では列車の遅れは想定内のため、すずらんに間に合ったことでこうした選択をしたはずです。

1977_02_17日高町

苫小牧発11:14(実際には11:27)の4937Dで富内線日高町駅へ。到着は14:02(定時)。「12月25日祝SLホテルオープン」の横断幕があり、前年の年末に79616(9600形)+寝台車を使った宿泊施設がオープンしていた様ですが、この頃は脇目も振らずに乗り鉄をしており、今思えば泊まればよかったなどという感想となりますが、後の祭り。

この写真を撮影後、冬場も通行止めにならない国道274号線日勝峠(日高地方と十勝地方を結ぶ)をヒッチハイクで越えて富良野に抜け、その日は旭川に泊まっています。

それにしても北海道の方は本当に親切でというか、当時はヒッチハイクで旅する若者も多かった時代なので、多分ドライバーも慣れていたものと思います。

1977_02_19常呂駅

2月19日の勇網線(中湧別~網走)常呂駅。昭和49年2月10日に中湧別~常呂間を乗っていたものの、その時は勇網線全線を乗っていません。理由は…、雪害で中湧別から乗って列車が常呂で打ち切りになったためです。

昭和49年当時はまだ全線完乗など考えていなかったのでそれほどのダメージは無かったのですが、昭和52年にこの駅前に立った時は、結構メゲた気分した。

で、定刻13:12(実際には13:17発)の925Dで勇網線完乗。

1977_02_19美幌駅

相生線と言っても兵庫県ではなく北海道の美幌~北見相生を結んでいた線。その起点である美幌駅。

15:47発の727Dに乗り北見相生駅着16:53。そもそもこの相生線は釧路まで結ぶはずだったということでこの日は阿寒湖まで行き、翌2月20日に釧路まで抜けました。

2016年02月20日 20時11分

私的昭和の鉄道/北海道(2)夕張線夕張駅。

昭和52年(1977年)2月15日は、道央の炭鉱路線の乗りつぶし。歌志内線~幌内線~万字線と乗り、夕張線夕張駅15:12着。それにしても雪が深い。

1977_02_15夕張駅_1

後ろに写っている炭鉱の建屋のつららが長い!

1977_02_15夕張駅_2

この頃はまだ炭鉱は生きていたのでしょうか?それにしても最末期であることは間違いありません。

1977_02_15夕張駅_3

セキ(後方の貨車)は現役。

折り返し15:17の732Dに乗っているので写真は以上。それでも撮っているだけ私にとっては例外中の例外。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!