2018年02月28日 16時47分

今宵は指宿温泉(3)宿。

この日の宿に到着。実はその旅館に泊まるのは2度目。20年以上前に旅番組の下見で1泊。その時の印象が良かったので今回の宿もそこにした次第。

まずは指宿名物である天然の砂むし温泉を堪能!砂むし風呂に入っているところは宿の方が有料で撮影してくれます。当方も1枚買ったのですが、今回の公開は差し控えさせていただきます。(笑)

それにしても温度が思っていたよりも熱く、頑張って長時間入っていると低温やけどを起こすので注意!だそうで私は10分ほどで出ることにしました。

日本旅館の料理も様変わりしていると思った前菜。

刺身には細工された昆布。

鹿児島名物黒豚の角煮。

鹿児島にあって、あえて焼酎ではなく地酒(日本酒)を選択。

七草がゆで〆。正月気分。

2018年02月27日 16時46分

今宵は指宿温泉(2)指宿駅前は菜の花が盛り。

JR九州名物?「床に座らないでください」。

大隅半島を見ながら、いつしかガラガラになった列車は指宿(1343Dの行く先は山川)を目指す。

※喜入~前之浜間で撮影。

指宿に定時の16:15到着。

指宿駅前は菜の花が全開。これを見るのも旅だ!!!

2018年02月26日 16時44分

今宵は指宿温泉(1)桜島。

平成30年1月6日(土)。

川内駅14:41発のさくら409号で鹿児島中央駅へ移動。僅か12分の乗車です。

鹿児島中央駅発15:01の1343Dはキハ200-503。『なのはな』塗装は観光地に向かう列車ぽくって良いのですが、何せロングシート。鹿児島中央駅では座れず、途中でやっと席を手に入れる。

平川駅辺りで鹿児島湾(錦江湾)が見え始めます。

鹿児島のシンボル桜島。

瀬々串(せせくし)駅到着。15:33。

多分この辺りで交換と待ち構えていた「指宿のたまて箱」号。

この列車に最初に乗ったのは2011年3月24日。東日本大震災の直後の事でした。

2018年02月25日 16時40分

おれんじ食堂(20)東シナ海に一番近い駅!!

薩摩高城駅に戻ってきました。

14:02に放ちの鐘ではなく、出発の鐘が鳴らされました。話は変わりますが、この写真の撮影とブログでの掲載の了解はこのスタッフに取っていますが、最近ブログやSNSで見かける「許可を得て撮影」の文言について、私はこのブログでどこまで書くかをいつも自問自答しています。基本的な姿勢として、このような写真を撮影する場合は「撮影して良いですか?」と聞いており、まあ観光列車で断られたことは一度もありません。逆に“普通”の列車では、乗務員さんを写すことは状況により遠慮する場合もあります。「許可を得て撮影」は免罪符ではなく、私自身の考え方としてはマナーとして書いている場合もあります。

それはさておき「東シナ海に一番近い駅!!」での散歩は終了。

地元の方が見送る中、定時で出発。オレンジ食堂の充実したイベントが全て終わりました。満足!

14:19定時に川内(せんだい)駅到着。

さあこれから新幹線で鹿児島中央駅に戻ります。

2018年02月24日 16時37分

おれんじ食堂(19)放ちの鐘。

海岸に出てきました。

恋愛パワースポットだそうな。

恋愛のパワースポットなのに「放ちの鐘」だそうな。

“放し事”“捨て事”“絶ち事”“縁切り”とあり、恋愛パワースポットとはえらい違い。

この鐘を私も同行者も鳴らしたけれど、私たちはいったい何を願ったのだろうか?

解き放された鳥たち。なのかな?

この日は風が強かった。

「放ちの鐘」…。因みに平成27年に作られたものです。

2018年02月23日 16時35分

おれんじ食堂(18)薩摩高城駅。

西方駅で6136Dと交換。(6136Dの西方発は13:43)。くまモンとはこの駅で本当にお別れです。

※こうした写真を撮影していること自体、鉄ちゃんの証。でも観光客も興味津々の様子。さすがくまモン。(←あなたも観光客です)

人形岩。「薩摩川内観光物産ガイド」のホームページによれば「地元では、この岩は子供を抱えた母子の姿に見えることから、漁から帰らぬ夫の無事を祈り続けたまま息絶えた母子を不憫に思った海底の守り神が、岩の塊に変えてしまったという伝説が語り継がれています。※人形岩の伝説には諸説あります。」とのこと。

車内でも同様の案内放送があり、それで撮影した1枚。

薩摩高城(さつまたき)駅到着。急なカーブにある駅のため車両とホームの間に大きな隙間があり、こうした渡り板が用意されています。決して東武鉄道浅草駅ではありません。ここは鹿児島県です。

※薩摩高城は難読駅名です。今回の肥薩おれんじ鉄道の旅では駅名にルビを振っていますが、ここのような明らかな難読駅だけではなく、八代、日奈久温泉、佐敷、津奈木、水俣、出水、阿久根の各駅も、知らないと読み方を間違える駅だと思ったのがその理由です。

巣箱が取り付けられている。

薩摩高城駅は13:48着で14:05発の17分停車。その時間を使い、海岸を目指す。

途中で振り返ればそこには駅がある。周りには何も、、、ない。

2018年02月22日 20時33分

おれんじ食堂(17)デザート登場!

阿久根駅のお土産。

いずみ鶏のパン粉焼き(チーズとハーブ)熟成トマトソース。伊佐米。本日の漬物。薩摩汁。

阿久根駅出発直後の13:08撮影。はっきり言ってコース全体では女性で完食するには量は多いと思います。もっとも満足感は十分にあります。

何枚写したか分からない海の景色。でも、岩の上に鳥居を見つければそれは別。ここにはどんな歴史があるのでしょう?参考までにネットで検索すると「すみっ瀬」という名前が出てきます。

牛ノ浜駅。ここで約10分停車。運転停車なので扉は開きません。6333D(牛ノ浜発13:23)に先を譲ります。

信号が変わり13:28に出発。こうして撮影していると旅番組のロケ気分。「時間がゆっくり流れているのを、各駅停車の列車に追い抜かれることで表現…」とかね。

平成30年(2018年)の最初の鉄活。1月6日(土)の『おれんじ食堂2便(下り)飲食付きパッケージプラン SPECIAL LUNCH[スペシャルランチ]』は13:27に撮影したこのデザートで終了。

「おれんじ食堂」の旅も残すところ約50分。

肥薩おれんじ鉄道の八代~川内間は116.9キロ、運賃は2620円。第3セクターでは一番の長距離路線。そしてこの路線を各駅停車で乗りとおすと全線で2時間半程度はかかります。などなどランチが終われば結構現実的なことも考えている私。

2018年02月21日 16時31分

おれんじ食堂(16)あくねツーリングSTAYtion。

「あった」と過去形で、その存在は知っていた「あくねツーリングSTAYtion」。一般的にはライダーハウスと呼ばれるオートバイなどで旅をする人を対象にした寝台列車を改装した宿泊施設。

「なは」の文字が読み取れる。

「見学ご希望…」との表示があるので、多分、中を見ることが出来るのでしょう。(2014年に営業を止めたらしい)

オハネフ25 2209。「DUET」とある独特な窓の配置。

オハネフ25 206。

こうした寝台車改造の宿泊施設には停まったことがありません。そもそも20年以上前に、寝台特急さくら号で名古屋から小倉まで乗車して以降、夜行列車そのものに乗ったのが平成27年(2015年)2月27日の「北斗星」まで空白期間があり、食わず嫌い状態だったとも言えます。今更ですが、動く寝台列車だけではなく、こうして動かない寝台列車にも興味が湧いている今日この頃。

雨ざらしの実物の寝台車を見るにつけ、残念さとこうした施設運営の難しさを感じた次第。

なぜかここだけ説明あり。理由は不明。

おれんじ食堂の停車時間は、貴重な鉄道遺産(と言ったら叱られるかな?)巡りをすると時間が足りない。

2018年02月20日 20時29分

おれんじ食堂(15)阿久根駅。

阿久根駅は12:54着で13:05発。

既に3時間近く車内の人。「想像していたよりも飽きないね。」とは同行者の弁。

モダンな外観の駅舎。

駅の中にあるには、阿久根特産のボンタン(文旦)で多分正解だと思う。

(改宗された)駅舎は水戸岡鋭治氏のデザインで、木をふんだんに使っていることで、凝った造作にも関わらず落ち着きを感じさせます。

阿久根屋には地元の物産が勢揃い。

この駅ではレンタル傘もあります。ついこういったところにも目が行く。

2018年02月19日 15時27分

愛知環状鉄道の電車がささしまを行く。

一仕事終わったところでの休憩中。

何と眼下を行くのは愛知環状鉄道の2000系。

ここささしまでこの電車を見るのは初めて。JR東海の名古屋工場での整備を終え、これから戻るところを偶然見かけたようです。

携帯電話のカメラを起動させるだけで精一杯。そもそも普段は一眼レフどころかコンデジも持ち歩いていません。

これはトリミングした写真。携帯カメラの限界ですね。JR東海の313系と同様の配色ならばともかく、ぱっと見これだけだと私にはJR西日本の車両の印象あり。名古屋市内居住とは言え、愛知環状鉄道の車両を見ることは何年ぶりだろう。

高層ビル群を行く愛知環状鉄道2000系。事前に公表されていて、私が知っていればちゃんとした記録写真を撮影すべく、と言ったところですがこればかりは仕方がない。

かと言って社内をいつも一眼レフ片手に歩く勇気なし。というよりそれ以前の問題。



ADVERTISEMENT

カレンダー

2018年2月
« 1月   3月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!