2018年01月16日 21時54分

2月3日(土)放送、「芸能界鉄道研究会 鉄研2018」を収録。

今日は、「芸能界鉄道研究会 鉄研2018」を収録しました。

さてどんな内容かはまた追ってお伝えしますが、今日はここまで。

一方、2月4日(日)開催のイベントに向けては、展望ビデオ撮影でお世話になった2社の名古屋駅でのポスター掲出が行われています。

まずは近鉄名古屋駅。

こちらは名古屋臨海高速鉄道(あおなみ線)名古屋駅。

両駅とも分かりやすい場所にありますので、機会があったらその場所を探して見て下さい。

2017年12月25日 21時34分

来年2月3日(土)、4日(日)は中京テレビ/鉄道の日!

年明けの2月3日(土)、4日(日)は中京テレビが鉄道色に染まります。

2月3日(土)24:55~、満を持してあの伝説の鉄道バラエティー番組が中京テレビに復活。

その名も「芸能界鉄道研究会 鉄研2018」。出演者はお馴染み中川家(剛・礼二)、ホリプロマネージャー/南田裕介、タックイン/三根孝彦。

今月のとある日、こんな階段を下りた先でロケをしていました。

さてどこでしょう?2月3日をお楽しみに。

2月4日(日)はイベント「チュウキョ~くんの鉄道フェスタ」。

名古屋に新しくできた街・ささしまライブは、もともと国鉄の貨物駅があった場所。現在も、JR東海をはじめ名古屋鉄道、近畿日本鉄道、名古屋臨海高速鉄道と各社の線路がささしまライブを囲むように張りめぐらされており、鉄道ファンにとっては「聖地」と言っても過言ではない場所であります。そこで、ささしまライブに拠点を置く中京テレビでは、鉄道をさらに身近に感じてもらうべく、誰でも楽しめる鉄道イベントを実施いたします。

詳しくは中京テレビホームページ「http://www.ctv.co.jp/event/tetsudo/」をご覧ください。

現在、プラザCで開催する南田裕介さん、スギテツさんが出演する定員制イベントの参加者を募集中。締切は1月16日。皆さんのご応募をお待ちしております。

2017年09月15日 20時55分

ささしまウェルカムバスがスタートします。

明日、9月16日から名古屋駅とささしまライブ24を結ぶ「ささしまウェルカムバス」がスタートします。

写真はその試運転時(間違いないと思う)ですが、運行会社は名鉄バスで来年の3月末までの社会実験。ルートは名古屋駅(ミッドランドスクエア前)→ささしまライブ24→名古屋駅(名鉄名古屋駅前)で、あおなみ線がささしまライブ24とJR名古屋駅太閤通口(新幹線口)との足ならば、こちらは桜通口・名鉄・近鉄・地下鉄との足になりそうです。

ところでバスの話をもう一つ。

会社の近くでたまたま見かけた黄色いバス。一瞬「これが噂に聞いたJR東海バスのドクターイエロー(乗務員訓練車)か?」と思ったのですが、塗り分けが違う!で、よく見たら名鉄観光バスの運転教習車。

この場所が西三河なら岡崎市のオーワバスが黄色なので、バスの塗色としてはさほど珍しくは無さそうですが、何せ名古屋では見かけない色。いずれにせよドクターイエロー並みの珍しさであることは間違いなさそうです。何か良いことあるかな?

(おまけ)会社の近くで見かけた看板。

貼り紙は分かりますが貼り「札」って何のこと?まあ意味合いは分かるのですが早速「貼り札」を調べてみました。

軽犯罪法第一条  左の各号の一に該当する者は、これを拘留又は科料に処する。

三十三  みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をし、若しくは他人の看板、禁札その他の標示物を取り除き、又はこれらの工作物若しくは標示物を汚した者

法律では「札」って言うのですね。勉強になりました。

2017年07月30日 20時57分

笹島駅(4)愛知の鉄道 100年フェア。

昭和61年(1986年)4月29日から5月5日のゴールデンウィークの7日間、廃止を目前に控えた笹島駅で「愛知の鉄道 100年フェア」が開催されました。

※愛知の鉄道が開通したのは明治19年(1886年)。

私も取材で行った会場。とにかく人で溢れていた思い出だけが今も残っています。

左からEF661(現在、広島車両所にて保存されている)、EF6466、クモヤ193(電気計測試験車)、DE10(清流ながら号/車番は読み取れず)。

それにしても今なら大騒ぎになりそうな車両たち。

笹島駅の信号扱所。の右側はC56160。

「1世紀号」が走った武豊線は当時大騒ぎで、平成25年2月に運転された「SLあおなみ号」と匹敵する人気ぶりでした。とかいいつつ私は撮影していません。仕事のローテーションで休みが取れなかったと記憶しています。

「愛知の鉄道 100年フェア」の印のある駅弁の掛け紙。4月1日の発売ですからその時期にはもう売られていたのですね。

愛知の鉄道100年と言えば名古屋駅開業100周年でもあります。

それにしてもこれほど大掛かりな鉄道イベントは名古屋ではもう開かれないかもしれません。

何せ本線と繋がっている線路のある広大なスペースは、もう名古屋エリアにはなさそうです。

2017年07月29日 20時54分

笹島駅(3)名古屋駅改築笹島駅開業15周年の冊子から。

名古屋駅改築笹島駅開業15周年の冊子。15周年ですから昭和27年(1952年)の発行と思われます。

明治20年頃の名古屋駅は、開業時の唯一とされている写真。

一方「名古屋駅の威容」で「あれっ」と思ったのが「青年の像」が無いこと。考えてみれば「青年の像」の完成は昭和33年(1958年)で、それが無くとも当然ですが、私にとってというか昭和の時代に名古屋で育ち生活していた者にとって名古屋駅前のシンボルがないのは何か不思議な感じがします。

つばめの展望車。当時は高嶺の花だったでしょうから、今ならば「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」の展望車でしょうか?もっともこれから新型オハ35系の『マイテ49形』復刻版が運転を開始するので、少しは庶民の手に届くようになるかもしれません。

名古屋駅(3代目)前を走るD51の写真も、当時を語る際には必ずと言っていいほど出てきます。JR東海が出したオレンジカード「思い出の名古屋駅ビル。 心から消えないみんなの駅」の写真もこれです。

笹島駅の写真ですが真ん中のメインで使われている写真には荷馬車が一杯写っています。昭和27年ならさすがにトラックがいてもおかしくはないと思うのですが…。

2017年07月28日 20時51分

笹島駅(2)馬車が荷役の主役だった頃。

今回、笹島駅の第21代そして最後の駅長であった青木英明氏からお手持ちの笹島駅に関する資料を多数お借りしております。

青木氏は中京テレビの笹島移転にあたり、平成28年11月21日放送の「キャッチ!」にご出演頂いており、そのご縁で今回もご協力頂きました。

木造時代の笹島駅舎。各事務所から出ている煙突の1本から煙が出ており、暖房がストーブであったことを窺わせます。

最後の笹島駅舎。「くらしを運ぶ・・・国鉄コンテナ」の看板がありますが、当時、笹島駅は旅客の取り扱いが無かったこともあり私自身、一度も足を運んだことがなく、こんな大きな看板を含め、今回お借りした写真で初めて駅舎を見ることになりました。もちろんこの広大な駅の存在は知っていましたが、国鉄笹島駅の正式な駅名が「ささじま」と「し」ではなく「じ」であったことを知ったのもつい最近の事です。

馬車が運搬の主役だったころの貴重な写真。今も東海道・中央本線高架下に残る石畳があった理由がこれで納得できました。

「笹島駅鉄道倉庫」とある写真。列車は私の単なる想像の域を出ませんが、9600形の牽く名古屋港線の貨物ではないでしょうか?根拠としては名古屋駅付近の高架化に伴い中央本線の線路は東海道本線の東側から西側に移っており、その線路を名古屋港線の列車も走っていたことによるのですが…。

笹島駅の空撮。昭和28年(1953年)の撮影で、丁度私が生まれた頃ですが、東海道本線が稲沢まで電化されたのがこの年です。

笹島駅でのコンテナ扱いが全盛期の頃の1枚。新幹線の0系も目を引きますが、ここの場所が今やささしまライブ24として高層ビルが立ち並ぶ景色となるなんて、当時は誰も思わなかったでしょう。

2017年07月27日 15時31分

笹島駅(1)昭和に生きた貨物駅。

四国シリーズはしばし中断中。

この6月8日まで連載していた「名古屋の古地図」シリーズの続編。笹島駅の変遷について書き留めます。笹島駅は昭和12年(1937年)2月1日に開業し、昭和61年(1986年)10月31日に廃止。その前身を含め昭和に生まれそして昭和の終わりとともにその役割を終えた駅です。

この図(名古屋付近鉄道路線略図)は笹島駅の開業前ではあるものの「名古屋駅」の貨物駅として既に営業を始めていた時代のモノ。笹島駅の名前はまだありません。

昭和3年(1928年)開業の「名古屋港(なごやみなと)線」が堀川口まで開通している一方、昭和25年(1950年)6月1日開業の西臨港線(今のあおなみ線)が計画線という時代が見て取れます。

こちらは絵葉書で、「名古屋貨物駅構内」とあり昭和5年(1930年)に完成した中川運河がその存在感を見せています。

上下逆さまの昭和30年(1955年頃)の笹島駅の配線図。ピンクの○がほぼ今の中京テレビの場所。そこはもともとホームがあった場所で、現本社の建築時、笹島駅で使われた古レールが発見されたのもむべなるかなといったところです。

昭和57年(1982年)の笹島駅略図。

以前の図面と大きく異なるのはコンテナホームがあること。貨物の輸送方法も時代によって進化しているのですが、駅の配線図からもそれが読み取れます。

2017年06月08日 20時22分

1963年(昭和38年)6月10日発行 名古屋観光案内/アルプス社

※名古屋の全域の地図はあくまでも全体の雰囲気ということでご覧ください。

昭和38年発行の「名古屋観光案内」。

鳥瞰図の時代からイラストの時代に入った。などと私の個人的な感想。

地形や縮尺等の正確さはともかく、雰囲気は気持ちよく伝わってきます。

名古屋の西側から名古屋の街を望むスタイルなのは、先に紹介した鳥瞰図と同じなのですが、何か理由でもあるのでしょうか?

それはそれとして名古屋駅を西向きにしているのはご愛嬌(あいきょう)で、やはり正面を描かなければ名古屋の玄関とは言えません。

一方、笹島駅の向こう側を走る東海道本線を走る列車はどこか“おもちゃ”的な感じで、これもなお良し。

2017年06月07日 20時19分

1961年(昭和36年)4月発行 名古屋市街図 /和楽路屋

※名古屋の全域の地図はあくまでも全体の雰囲気ということでご覧ください。

昭和36年発行の「名古屋市街図」。まだ緑区・守山区(昭和38年~)がなく、天白区・名東区がそれぞれ昭和区・千種区に含まれていた時代です。

※天白区・名東区は昭和50年に新設。

名古屋駅界隈は今に通じるものがありますが、国鉄名古屋駅に「鉄道弘済会」「日本交通公社」があり、その北側には「中央郵便局」もあります。

また地図中の名鉄電車のルートは、何となくホームのカーブの具合を見て取れ、興味深いものがあります。

また地下鉄は当時、「名古屋」が終点で、錦通りから名古屋駅への回り込み具合がすさまじい。路面電車顔負け。もっとも多少デフォルメされているかな?

それでもやはり東海道新幹線が開通する前の古き時代。

2017年06月06日 20時18分

1960年(昭和35年)頃の絵葉書/大名古屋

昭和35年頃に売られていたと思われる絵葉書。

題して「大名古屋」。そういえば昭和の頃は「名古屋」ではなく「大名古屋」をよく使っていた記憶あり。

今年50年を迎える名鉄バスセンター(昭和42年竣工)はまだなく、一方で地下街への入り口があることから少なくとも昭和32年以降の撮影であることは間違いありません。

この風景はそろそろ「懐かしい」と思う人が多くなるはず。バスが並んでいるのは、名古屋駅前にあった日本交通公社前の郊外バス乗り場。名鉄バスを中心に各社のバスがここを起点に四通八達しており、私もここからバスに乗って出かけ、そして名古屋に戻ってきていました。

もっともバス好きな方は左に並んでいる名鉄バスの一番奥のバスのフロントガラス上に“ひさし”が付いているのに反応するかも?

地下鉄名古屋駅と地下街。服装に時代を感じるだけではなく、駅名が「伏見町」「栄町」というのもノスタルジー。「栄町」が「栄」になったのは昭和41年。私が中学生の頃です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!