2010年12月30日 17時09分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(11)蒸気機関車あぷとくん。

「碓氷峠鉄道文化むら」名物『蒸気機関車あぷとくん』です。

今回、ここ「碓氷峠鉄道文化むら」そのものの紹介は
あまりにも有名なので書きませんでしたが、
とにかく“鉄”なら『一度は足を運ぶべし』と実感しました。
かくいう私は、今回が初訪問で偉そうなことを言える立場に
ありませんが、行くだけの価値は十分あります。

そんな中、ナロー好きの私の心を擽(くすぐ)ってくれたのが
軌間610ミリ、路線長約800メートルの『あぷとくん』です。
DL「10000」と、
この蒸気機関車「3950 GREEN BREEZE」が
3両の客車を牽引しています。
ここの自然環境とイギリス生まれの「3950」のマッチングは
抜群です。(25日の写真も見てください)

時間の都合で、今回、この列車には乗れませんでしたが
次回は是非乗ってみようと思っています。

ところで、今回、「EF63」運転体験を終えて
思ったことがあり、単なる夢想なのですが書かせていただきます。
それは、この「3950」を運転してみたいと思ったこと。
お客を乗せての運転は、如何に「遊園地の乗り物」とは言え
許されないとは思いますが、「お客を乗せなければ…」と
思ったのです。
「EF63」の運転をした後は、一息ついて
引き続き「蒸気機関車あぷとくん」の運転。
考えただけでもワクワクしませんか?(私だけ?)
平日や閑散期のアトラクションとして“鉄”の
注目を集めるのでは無いでしょうか?

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(了)
「文化むら」の皆様、お世話になりました。

2010年12月30日 8時58分

「碓氷鉄道文化むら」EF63運転体験(10)運転中。

平成22年12月5日(日)午前11時半過ぎ、
「EF63」実機運転を終え、ポーズを取っている私です。

片道400メートルの区間を1往復。
ただそれだけのことなのに、血圧が一気に上がりました。

《出区点検と私》
1)パンタグラフ上昇。
 ⇒パンタグラフが架線に接した瞬間、
  私のアドレナリンも上昇しました。
2)空ノッチテスト。
 ⇒上手くノッチが入らないというか、焦ってしまって
  何ともならない。頭の中の『ノッチ』はどうなった???
3)通電テスト。
 ⇒ここはボタン類の操作のため、落ち着いて…、
  できる訳もなく、違うボタンを押しそうになってしまった。
  体内電流も上手く通電されていない状況。
4)ブレーキテスト。
 ⇒これまでの何度かの運転体験を少しは生かせると思っては
  いたものの、惨敗!焦る心にブレーキをかけたいのだが…。

とりあえず他にもあるのですが、次に実際の運転を。

《運転と私》
とはいうものの、ノッチもさることながら、ブレーキは
何度やっても『一筋縄ではない』ことを
改めて確認しただけで終わってしまいました。
正直、運転前は“25パーミルを楽しもう”を
余裕をかましていましたが・・・、そんなものですね。
指導してくれた方から、
「せっかく高いお金を払っているのだから楽しみなさい」と
言われていたのですが何ともならず、
写真のポーズが私の精一杯だったことを最後に報告します。

運転体験200回を越える人たちもいるそうですが
そこまではいかないまでもあと10回位は運転してみたい。

2010年12月29日 18時16分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(9)夕刻のEF63。

夕刻ともなると、前照灯がいい味を醸し出します。

峠越えの仕事を終えたプッシャー(後補機)が
仕事を終えて開放され、山を単機で下ってきたような
ほんわかした光景ですが、
実際にはこの機関車の中で「運転体験」参加者が格闘中で、
その方の気持ちを察すると…、
というようなことを考えることも無く
ただ、「いい感じだなあ」と思ってシャッターを押しました。

この写真は、12月5日(土)の学科・実技講習時のモノで
時間が遅くなってきたのでこんな写真が撮れました。

ところで今朝の続きですが、
赤字ローカル鉄道各社の悩みは様々ありますが
例えば、樽見鉄道や明知鉄道では「気動車」のエンジンの
修繕費用に頭を悩ませています。
勿論、車両もさることながら『保線』も
手間の掛かる大変な作業と聞いています。

ここ、「碓氷峠文化むら」の線路の保線が
どのように行われいるのかを聞いていないので
何とも言えませんが、何せ運転整備重量が108トンという
日本でもトップクラスの重量機関車が、時に重連で走ります。
正直言って「非営業鉄道」の範疇を越えています。
これを含め、「ぶんかむら」の方たちの努力の結晶のおかげで、
私たちが「運転鉄」を楽しめていると、
実は名古屋に戻ってから改めて感じました。

イギリスでは、大型蒸気機関車を走らせている保存鉄道が
各所にありますが、限られたスタッフ・予算の中で
どんな風に保線をしているのか聞いてみたい気がしています。

2010年12月29日 9時07分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(8)EF63運転中。

残念ながら私が運転しているわけではありませんが
右端の「EF63 11」では、今回の「運転体験」参加者が
多分、必死の形相で運転中と思われました。(笑)
※実際に運転席に座れば(笑)などといえる状況では…。

「運転体験」で使われる「EF63」は全部で4両。
一次形の「EF63 11」「EF63 13」
二次形の「EF63 21」「EF63 25」
となっていますが、使う車両は1か月ごとの
ローテーションということでしたので
何度もここに通う人の気持ちが少しは分かりました。
※左側のEF63達が“動態保存”の仲間です。

また、1両ごとに“乗り味”“運転感覚”も違うそうです。
それを楽しむのも、ここ「碓氷峠鉄道文化むら」に通う
醍醐味かも知れませんね。
尤(もっと)も、“違いが分かる”ようになるには
いったい何度ここに足を運ぶ必要があるかと考えると
気が遠くなります。

一方で、一見まだまだ現役の感のあるこの機関車達ですが
実際には作られてから40年以上も経っている引退車両。
「文化むら」の方達の整備で、今は動いていますが
いつその限界が来るかは分かりません。
JR等が「業(仕事)」として運転しているSLは
それなりに恵まれた環境で整備されていると
私は思っていますが、ここの小さな組織で
『巨大電気機関車』を整備する大変さに心が至りました。
もう一点、それは今日の夕方にでもUPします。

2010年12月28日 18時00分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(7)旧丸山変電所への道。

旧丸山変電所を訪ねた時に、
トロッコ列車の「まるやま」駅ホームから撮影した写真です。
「横川」方面を覗いていますが、かなり急な下り坂であることが
見て取れます。
※左側に遊歩道が見えます。この道を歩いてきました。

で、驚いたのは既に「EF63」が走らなくなったにも係わらず
架線がそのまま残されていたことです。
今、ここを行き来するのは「トロッコ列車 シェルパくん」のみ。
勿論、この少し手前まで「体験運転」の「EF63」は
走ってはいるものの、ここ「まるやま」駅や
トロッコ列車の終点「とうげのゆ」駅まで来ることはありません。

通電の関係で“こうなっている”のかなという気が
しないでもありませんでしたが、結構、新鮮な発見でした。
ひょっとして将来、「トロッコ列車」が生まれ変わり
「EF63」の牽引する客車が観光用に上り下りする姿が
見られるようになるのでは等、
あらぬ妄想を広げてしまいそうでした。
もしも今も、この架線に通電されているのならば
「運転体験」区間の延長が可能となるのではという事も
思ってしまいました。
もっともその場合、急勾配過ぎて「素人運転」は
難しいかも知れませんが…。
※個人的には、“発電ブレーキ”でこの坂を下ってみたい。
 (すいません。又しても妄想です)

2010年12月28日 9時00分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(6)旧丸山変電所。

平成22年12月5日(日)、「EF63」の体験運転の前に
『旧丸山変電所』を訪ねました。

旧信越本線の複線部分のうち、上り線が遊歩道として
整備されており、その遊歩道をゆっくり歩いて
20分ほどの距離でした。(宿から2キロ弱)

ここは国指定重要文化財(建造物)となっていますが
登録されている正式名称は「碓氷峠鉄道施設」。
おさらいですが、
●5つの橋梁…第二橋梁~第六橋梁
●10のトンネル…第一随道~第十随道
●2つの施設…旧丸山変電所蓄電池室、旧丸山変電所機械室
以上、17施設合わせての登録となっています。

平成6年に重要文化財に指定されたこの建物、
平成14年に修復も完成し、今の姿となっています。
前夜、お世話になった「東京屋」のご主人のお父上も
ここで働いておられたとのことでしたが
昭和38年までこの変電所が現役であったことを考えると
実はそんなに昔の話しでもないような気もします。
(私も生まれていたわけですし。ならば十分昔?)

歴史の生き証人として、
指定基準…1)技術的に優秀なもの 2)歴史的価値の高いもの
とある通り、その価値は間違いないのですが
鉄道系の「重要文化財」はそれほど数多くはないだけに
『もう少し「趣味の対象」として注目されても良いのでは?』等と
思いつつも、こう書いている私自身が、地元三重県四日市市の
『末広橋梁』を一度も訪ねたことが無く、反省しきりの
「旧丸山変電所」への道でした。

2010年12月27日 18時04分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(5)東京屋

平成22年12月4日、翌日の「碓氷峠鉄道文化むら」での
“EF63運転体験”本番に備え、「文化むら」の紹介で
目の前にある「碓日のお宿 東京屋」に宿泊しました。

上の写真がその外形で、下の写真は部屋から見た
「碓氷峠鉄道文化むら」です。
全部で5部屋のこじんまりしたアットホームな旅館で、
料理も美味しく、
私を含め初対面の3名(“EF63運転体験”参加者)の
“鉄”話しも楽しい夕餉となりました。

ちょっと驚いたのは、もう一組の“鉄”ではない
ご夫婦の宿泊客で、「旧中山道」を歩いているとの事。
宿の方に話しを聞いたら、この旅館の宿泊客は“鉄”も多いが
実は「旧中山道」を歩いている方も多いそうです。
それも殆どの方が「東海道」を既に完歩しているそうで、
つまり、「東海道」を達成したら、
次は「中山道」ということのようです。
こんな話しを宿泊客同士でできるのもこの宿の良さですね。
※「旧中山道」を『いちにちじゅうやまみち』と読んだ
 某放送局のアナウンサーの話しはテレビ業界では
 有名な話しですが、『言い得て妙』とも言えますね。

話しを戻しますが、「私は乗り鉄」ということは
プロフィールにもある通りですが、
私が、まず最初に全線乗ったのは『国鉄』、
次に『私鉄』(路面電車を含む)、
最後に『ケーブルカー』という順番でした。
東海道を『国鉄』に例えるなら、このご夫婦は
正に『私鉄』の完乗を目指している最中?
思わず別の意味で親しみを感じてしまいました。

●この宿のご主人のお父上は、国の重要文化財「旧丸山変電所」に
実際に勤務されていたということで
「碓氷峠」越えの鉄道に関する資料もお持ちです。
また、食堂には「アプト」の模型もあり、
“EF63運転体験”をされる方はここに一泊することを
お勧めします。楽しいですよ!

また、12月23日にUPした
「新宿湘南ラインを信越線にまねこう!!」の署名活動の話しも、
ここで教えてもらいました。

2010年12月27日 9時00分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(4)遊輪。

講習時の説明で、「EF63」という碓氷峠のシェルパ独特の
構造・運転について様々なことを学びました。
流石に66.7パーミルという急勾配を上り下りするだけあり、
特に、峠を下る(軽井沢⇒横川)際の安全対策として
「列車を安全にかつ確実に止める」ことに主眼を置いた
各種機器の存在は、何度もお世話になっていて何ですが
遅まきながらやっと知ることになりました。
多分この機関車は、その登場した昭和38年頃の
技術の粋を集めた最高傑作であったのであろうと
今更ながら感じています。

その中で、私が知らなかっただけかもしれませんが
中間台車に取り付けられた小さな車輪に
心惹かれました。(写真でもわかりますよね)

「速度検出用遊輪」と言って、
碓氷峠越えでは必需品だったそうです。
通常、列車の速度は車輪の回転数で検知しますが
速度検知“専用”の車輪「遊輪」を持っていた車両は
この「EF63」だけとのこと。
万が一、動軸が空転・滑走した時でも正しい速度が
分かるシステムだそうで、
最悪の事態でもその時の速度を知ることで
様々な手を打つことを可能にしたそうです。
●大体、こんな説明があったかと思います。

実際にこの「遊輪」が役に立つ事態なぞ
考えたくもありませんが、
我々にこの機関車の構造の講義をしてくれた
「EF63」機関士OBの方は、実装された機器の中で、
『この装備は運転中に使ったという話しを一度も
聞いたことが無い』という説明があったりして
安全対策に“この程度”で大丈夫という考えが
無かったことを知りました。

2010年12月26日 18時03分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(3)証明書。

かようにして私は写真の「EF63形機関車運転体験証明書」を
GETしました。
※「GET」なる言葉を久しぶりに使いました。
 結構新鮮な気分です。

そんなことはともあれ、これで晴れて「機関士見習い」には
なれました。ちょっと嬉しかったのは事実です。

これを提示すると、ここ「碓氷峠鉄道文化むら」に
『EF63形』の運転体験時に訪問した際は
「入場料」(大人500円)が不要になります。
ただ、これを忘れると“本人証明”するものが
全くありませんので、入場のみならず運転体験できなくなる
ことも考えられ、相当に注意が必要そうです。

ここに来る時は、家を出る際、荷物の中に『証明書』『制帽』
『軍手』が入っているかを、何度も“指差呼称”をする必要性が
ありそうですね。
※『制帽』は、受講料に含まれています。
※“指差呼称”(ゆびさしこしょう)は何か正式な呼び方が
あるのでしょうか?“指差喚呼”(ゆびさしかんこ)というのも
聞いたことがあります。
このブログを始めて、「これってこんな言い方で良かったっけ」
とか思うことが多くなりました。

話しを戻して、何故こんなことをあえて書いているか…。
実は私は、「碓氷峠鉄道文化むら」からもらったE-Mailに
“受講の際の携行品”として、『顔写真』『軍手』が
書いてあったにも係わらず、家の机の上に忘れて出かけ
講習会の担当者の方にすっかり迷惑をかけてしまいました。
お恥ずかしい限りですが、この場所をお借りして
改めて“文化むら”の皆様にお詫びいたします。

2010年12月26日 8時26分

「碓氷峠鉄道文化むら」EF63運転体験(2)ご対面。

午前中の学科講習を終え、いよいよ午後の実技講習です。

殆ど運転らしい運転はしないとわかっていても
「EF63 11」とのご対面ともなれば
緊張感が一気に高まります。

参加者の皆さんも落ち着かない様子でした。
ところで、ここから先、実技講習を終えるまで
私はあまり写真を撮っていませんし、
そもそも車内の私が写っている写真は一枚もありません。

そんな雰囲気すらなかったのは事実です。
所詮「遊び」なのだから…、私は「お客」なのだから
『自由にさせてよ』とは口が裂けても言えるような
雰囲気ではありませんでした。

なぜなら、慣れてしまえば簡単なことかもしれませんが
過去、私の数少ない体験運転の中でも
間違いなく“覚える”必要がある操作が圧倒的に多く
とても心の余裕がありませんでした。

かくして講習の時間は終了し、
実はこの日の講習の中で一番緊張したかもしれない
「修了テスト」です。
まあ、無事に通った訳ですが
多分、受講者全員が間違いなく合格するであろうとは
思いつつも、学科・実技の講習をある程度は真面目に
受けていないとOUTな内容でした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!