2012年02月23日 19時21分

豊橋鉄道「運転体験」(8)工場見学。

「運転体験」“名物”、工場見学です。ここだけは私たちが勝手に見学することは『当然のこと』ながら許されておらず、ヘルメットを被り、豊橋鉄道の方の説明を聞きながら立ち入っています。

早速ですが、上段写真のように電車を下から見るという行為は滅多やたらにできることではありません。先回の運転体験の時もこの工場内に入っているのですが、残念ながら既に記憶の外でした。
ということで、少々暗い映像でフラッシュをたくべき(今の時代に「フラッシュ」という言い方は古すぎですね。ストロボでした)だったと反省しきりですが、台車を下から見たところです。そう言えば電車そのものの写真をUPしていませんが、3202号(3200形)です。

また中段・下段写真は787号(780形)の台車で、特に下段写真の『心皿』の部分を垣間見ることが出来たのは、一寸どころか相当に『お得』な気がしました。

「運転体験」は話しはこれが最終回です。

(お詫び)
本日、今回の記事をUP(19時21分)した後、写真が添付されていないことに夜11時に気付きました。その間、写真が見られなかったことをお詫び申し上げます。

2012年02月22日 18時18分

豊橋鉄道「運転体験」(7)運転体験の全貌!

今回と言うか、毎度の運転体験でどれ位の距離を走るのかを定点観測(そんな大層なことではありませんね)してみました。これで全走行区間の50メートルです。

上段写真が出発点で、下段写真が終着点です。
ワイドレンズですので、相当な距離を走っているかのように見えますが、まあ「さほどでもない距離(『運転』を終えたと同時に上から目線ですね)」とは言ってよいでしょう。
すこし解説すると、この方向(上段写真⇒下段写真)で「運転体験」しており、手前(下段写真の位置)から、向こう(上段写真の位置)への移動は、“本職”の方が運転されています。何せ狭い車庫内での『運転体験』ゆえ、安全対策としてこれで国土交通省の許可を取っているとのことでした。このような形態のため、この『運転体験』で一番忙しいのは実は“本職”の方です。
例えば、私が運転台に着席したとすると、既にいつでも運転できるようにブレーキハンドル等がセットされています。で、下段写真の位置に「私が運転して到着」すると、直ぐに運転に必要なハンドル類は抜き取られ、“本職”さんが逆エンドに持っていき、電車を移動させ、出発の定位置に着くと、私の座っている運転台にハンドル類をセットします。
私はただ座っているだけで、かつ2回運転したのですが、“本職”さんは、参加者24名×運転体験回数の2回の計48往復も車内を行き来した事になります。この方にとっては「運転体験」の担当にならない限り、通常では絶対にありえないことだったでしょう。この場を借りて「お疲れさまでした」そして「ありがとうごさいました」と御礼を書かせて頂きます。

なにはともあれ運転体験はこうして終わりました。

ところで路面電車の車庫の留置線の長さは、全国どの路線でも豊橋鉄道同様、あまり長くはないと思っています。ここの「体験運転」の50メートルという距離は短いようですが、考えようによっては長いとも言えそうです。
また電車が車庫から出払い、入れ替えの無い昼間の時間を縫って「運転体験」が行われることになりますが、今後ともこうしたイベントが継続開催されるための条件として、鉄道事業者が安全に注力するだけではなく、参加者である私たち自身が、安全に留意する必要もあると感じました。

2012年02月21日 20時25分

豊橋鉄道「運転体験」(6)3102号の車内。

運転体験時、3班に分かれていたことは既に書いたとおりですが、運転をしないグループの内、1班は『工場』見学で、もう1班は車庫内の自由見学となっていました。(勿論、安全確認は個人の責任で十分に留意しています)

でこの日、運転体験参加者のために3102号の車内が公開されていました。
『最後の思いでに』という気持ちもあったのですが、結局車内の写真はこの2枚プラス社内全体が入った写真を数枚撮影した程度です。

何といっても、まずは運転席。最新式のワンハンドルものマスコンも良いですが、私にとって『市電』のマスコンはやはりこれです。しかもこの形です。
「何故?」と言われても、私が生まれてから名古屋市電廃止までの約20年間、日々記憶に刷り込まれていった歴史の重みです。誰が何と言ってもこれだけは譲れません。

それはそうとして(自分で言うのは何ですが、気持ちの切り替えが早い!)運賃箱を思わず撮影してしまいました。何故ならICカード非対応の運賃箱は私が日常的に使う交通機関で見ることがないからです。
ほんの少し前まで、こうした運賃箱は日本中、どこでも見ることが出来、今回の様に「懐かしい!」という気分からこんな写真を撮影してしまった自分がいるのが不思議です。

3102号もさることながら、運賃箱も合わせて、私にとって一つの時代の終焉を感じさせてくれるには十分でした。

2012年02月20日 20時27分

豊橋鉄道「運転体験」(5)3102号。

この写真は、元名古屋市電1400形、豊橋鉄道では3100形となった内の1両、3102号です。

上段写真は赤岩口車庫の片隅で休む平成24年2月11日の姿です。今は検査切れのため本線を走ることはありません。残念ながら…。

下段写真は今から2年前、平成22年の8月22日に撮影した豊橋鉄道での“現役時代”の写真です。この日、先に書いたとおり「運転体験」に参加しており、その“お迎え”電車がこの3102号でした。

1400形が豊橋鉄道に移籍されたのは名古屋市電の全廃に先立つ昭和46年ですが、1400形自体は昭和49年の全廃まで名古屋の街を走っており、私にとって正に“足”だった電車です。まさか下段写真を撮影し、そして乗り込んだその時が、私と1400形との現役最後の出会いになっていたとは、今でも信じがたい現実です。とても残念な気分ですが、ただ“現役”時代が長く続くとも思ってはいませんでしたが・・・。

ところで3102号の方向幕は「団体」で、今回の“お迎え”電車801号の方向幕は「貸切」でした。この違いはどこにあるのでしょう?
本来「団体」と「貸切」では、考え方が異なり、「団体」では1車両の“貸切”にはならないはずですので、801号の「貸切」が・・・、等と考えるのは無粋ですね。
単にそれぞれの電車に用意されている方向幕の都合なのか、それとも豊橋鉄道さんの粋な計らいであったかは謎ですが、私としては今回の写真を見て単純に面白いと思った次第です。

2012年02月19日 20時00分

豊橋鉄道「運転体験」(4)3502号の運転台。

皆様ご存知のように、豊橋鉄道3500形はもと東京都電の7000形で、もともと作られたのは昭和30年・31年で、私が就職した昭和52年に現在の車体に更新されています。そしてこの3502号は、平成4年にここ豊橋の地にやってきました。参考までに一昨年運転した3503号は平成11年の移籍組です。
ところで都電7000形と言えば、相変わらず都電荒川線の主力と言える存在です。“豊鉄”を運転しながら“都電”を運転する気分も味わえるという「1粒で2度おいしい」グリコのアーモンドチョコの様な電車です。(このキャッチフレーズを知っているのは何歳まで?最近は聞かないですよね)

等と言う話しはさておき、上段写真の右側に鎮座まします『ブレーキ』の壁に今回も苦しめられました。頭ではわかっていてもなかなか体というか手がついていきません。自己採点は50点(甘すぎる!)と言うところでしょうか?

さて今回の参加者は24名。8名ずつ3班に分かれて運転体験を行ったのですが、その参加者の中に遠路はるばる九州・熊本からやってきた方がおられ、その方が持参の熊本市電・運転体験(平成23年11月19日・20日実施)時の手袋(下段写真)を私たちのグループではお借りし、それを着用しています。昨日UPした写真にも写っています。

(参考文献)
*豊橋鉄道「でん車図鑑」
*日本路面電車同好会「日本の路面電車ハンドブック2011年版」

2012年02月18日 17時41分

豊橋鉄道「運転体験」(3)いざ!運転。

今回、運転体験をした電車は3502号(3500形)。豊橋名物「ヤマサちくわ」の広告電車とあって、地元では『チクワ』号の愛称で親しまれているようです。(一部の人だけ?)
どうでも良いことですが、私は「ヤマサちくわ」の『いわし玉』が好きで、取材で豊橋に来るといつも東名高速豊川インターチェンジの入り口近くにある「ヤマサちくわ」の売店により、お土産+取材車中でのおやつに買っていました。懐かしい思い出です。

話しを戻して、先回の運転体験(平成22年8月22日、このブログでは同年8月23日~UP)で運転したのは同じ3500形の3503号。
ということで、中段写真の私は“余裕の笑顔”です。因みに写真を撮ってもらったのは、『運転』前です。まあ、「現実の壁」にぶち当たる前は、こんなものだという典型的な写真です。

参考までに下段写真で、私同様、“余裕の笑顔”どころか“満面の笑み”を浮かべピースまでしているのは鉄道アーティストの小倉沙耶(こくらさや)さんです。
小倉さんも私と同じ2回目ということで、流石のゆとりですが、もっとも私もそうでしたが、小倉さんも僅かこの数分後に『奈落の底』に落ちていく運命が待っていることを、当然分かっていたはずですが、まだ「知りたくない」「信じたくない」という気分でした。(実のところ小倉さんはそんなことは無かったようですが、少なくとも私はそうでした)
※上記、小倉さんの名前のブロックは、彼女のブログ「小倉沙耶のやわやわ日和」にリンクが貼ってありますが、私のブログの今後UPする内容の一部“ネタばれ”があります。ご注意ください。

2012年02月17日 20時08分

豊橋鉄道「運転体験」(2)「赤岩口車庫」“中”まで直行!

「駅前」を12:18発の「運動公園前」行きに続行する形で出発した我らが「801号」は、「赤岩口」に12時48分頃に到着。
定期電車が同じ区間を22分で走るのに比べ、ゆったりと30分ほどかけて走り、「駅前」を12:25に出発した後続の「赤岩口」行きに追い付かれました。(上段写真)
もっとも追い付かれたというよりは、「競輪場前」から先の閉塞(へいそく)の関係があったのかもしれません。

ところでプラス8分の過ごし方ですが、2月11日は「鬼まつり」(国指定重要無形民俗文化財)の開催日で、その祭りの舞台である「安久美神戸神明社」(「市役所前」電停から直ぐ)を車窓から楽しんだり、豊橋鉄道の方からここの電車の“信号”等について解説を受けたりで、その30分は却って至福の時間でした。

そしてこの日の最初のハイライト!
「赤岩口」の電停を通り過ぎ、電車に乗ったまま「赤岩口車庫」に突入です。(下段写真)
私は、「競輪場前」を過ぎたころからこの光景を見るべく、この写真を撮影した場所に立ちその瞬間を待ち続けました。
しかし、ここで写真を撮り続けていたのは今回の参加者では私だけといっても過言ではない状況で、他の方は実に平然とされていました。

(発見)
ご存知の方も多いのでしょうが、私は初めて知りました。
道路上にある「赤岩口」の電停の先にある“引き込み線”から車庫に折り返すためのポイントが“手動”であることを!
『道路上』で“手動”の転轍機は「意外」の一言です。ところでここで『分岐器』ではなく『転轍機』という言葉を選んだのは、豊鉄の方による操作を見ての印象です。私の気分を何となくお分かりいただけますでしょうか?

2012年02月16日 20時02分

豊橋鉄道「運転体験」(1)「貸切電車」。

さる2月11日(土)、私は「豊橋」にいました。目的は、「日本路面電車同好会 名古屋支部が開いた冬の特別企画『「運転体験」と「おでんしゃ乗車」』に参加するため。
で、まずは「運転体験」のため車庫のある「赤岩口」に向かうべく“お迎え”を『駅前』電停で待つこと暫し。そして登場したのが右側の「801号」です。
時間はお昼の12時10分頃で、左側の12:11発「赤岩口」行きの出発を待って入線してきました。

「日本路面電車同好会 名古屋支部」の「運転体験」会への参加はこれで2回目ですが、先回も“お迎え”電車の形式をリクエストしており、私としてはこれが結構楽しみだったりします。
ところで、「801号」(800形)と「T1001」(1000形)には共通点が複数あります。
まずは何れもローレル賞を受賞していること。
*「800形」…2001年
*「T1000形」…2009年
そしてもう一つ。それは半径11メートルカーブが回れず、「運動公園前」に入線できないこと。
また、少々無理がありますが、豊橋鉄道では少数派の低床車です。(800形は???でしょうか)
その他にもあるかもしれませんが、私の能力ではこれが限界です。

ところでこの日の集合時間はお昼のジャスト12時。
ということで渥美線の『なのはな』号を撮影しようと少々早めに着いたのですが・・・。
昨年撮影した「新豊橋駅」を出発して田原方面に向かった地点(平成23年2月6日にこのブログでUP)に向かおうとしてショック!!!
何と“菜の花”が咲いていた見通しの場所に新しい建物を建設の真っ最中で、撮影しようにもほぼOUT。
しかも、11:30の電車の出発時間まで既に10分を切っており、他の場所に移動することもできず、泣く泣く撮影を断念しました。

2010年08月26日 18時04分

豊橋鉄道「市内電車運転体験」プラス1

豊橋鉄道「赤岩口」の車庫の片隅というよりは真ん中に、
マスコンとブレーキが置いてありました。
勿論、現役ではなく廃車体から降ろしたものです。
あらためて言うまでもありませんが
運転士さんの研修用ではありません。

マスコンもブレーキも固定してありますので
動かすことが出来ます。
※直接制御のマスコンは、動かすのに想像以上に力が必要で、
 ちゃんと固定していないとノッチは入れられません。

で、早速運転士気分。
ブレーキを緩め位置にし、ノッチを入れ、
直接制御のコントローラーっぽく
「ウー」というモーター音も1段ずつ低い音から
段々高音になって行く様を、
他の人に聞かれないように口真似して、一人遊んでいました。
※ホリプロの南田裕介さんならきっとやります。間違いない!
※この写真撮影の時は勿論、無音。さすがに小っ恥ずかしい。

豊橋鉄道でも同タイプの運転装置は現役ですが、
私にとって、路面電車のノッチは何と言っても直接制御。
で、誰がこれを使っているかというと
車庫近くの中学生たちが、時折これで遊んでいるそうです。
(勿論、構内の安全第一をクリアしてですが)
私も子供の時にこんなところが近くにあったら
きっと一日中いたのではないでしょうか…。

最後にお世話になった豊橋鉄道の皆様と
今回、お声をかけてくださった日本路面電車同好会の方々に
感謝をしつつ、「納涼ビール電車」と「運転体験」の話しを
終えます。本当にありがとうございました。
とても楽しかったです。
次回は、今泉さんに「合格!」と言われるよう頑張ります。

2010年08月26日 9時00分

豊橋鉄道「市内電車運転体験」出発進行!

平成22年8月22日(日)午前11時10分、
いよいよ運転開始です。

まず最初にノッチの使い方、ブレーキのかけ方について
豊橋鉄道の今泉さん(写真の制服の方)の
手ほどきを受けました。

そしてメインスイッチ(これは誰でも出来ます)を入れ、
ノッチを2段目まで入れ…、そこまでは何とか…。
ところが、問題はブレーキ。これが意に反して上手くいかない。
※今泉さんの言葉を借りれば予想通り。
 トレイン・シミュレーターで普段遊んでいる中学生くらいの
 子供が平均的に運転(ブレーキ)が上手いそうです。
 トホホ。
確か、「一段制動、階段緩め」と仰っていたかと思いますが、
一度制動をかけ、あとは段階的に緩めるのがコツだそうです。

豊橋鉄道の運転体験は、片道50メートルを2回運転しますが
私の場合、1回目のブレーキは殆ど急ブレーキで、
「グッ、グッ、グッ、ゴン」という感じでした。
2回目はまだましでしたが、停車位置より手前に停車。

あと2回くらいチャンスがあれば『完璧』だったのにと
強がりを言わせてください。
それと昨日の『50メートル』の件、
「奥が深い」と訂正させてください。
そして一からの『出直し』を心に誓った瞬間でした。
(「出直す必要は無い」という“天の声”が聞こえそうです)



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!