2017年09月13日 20時40分

JR可部線乗りつぶし(2)あき亀山駅。

あき亀山は無人駅で、自動券売機でここに到達した記念に乗車券を購入。因みに運賃はマナカで支払っています。

駅から高台の住宅街が見えました。これから利用者が増えるのでしょう。

あき亀山駅の駅名標。この駅のシンボルは亀なのですね。

また亀のところに4本の縦線がありますが、これはあき亀山駅の線路の数かな。またその下の○が「河戸帆待川」駅で、さらにその下が交換可能な可部駅であろうと勝手に想像していました。

そんなことを考えつつ駅の構内写真を撮り直し。

あき亀山駅を16:25の電車で折り返し。

太田川の景色が見え始めれば終点広島まであと少し。

17:22に広島駅に到着し、1735発ののぞみ50号の乗客となる。名古屋着は19:53なので当然晩御飯は駅弁。広島旅弁当(たこ飯)が旅のお供。

こうして5月26日から31日までの6日間の旅が終わりました。

2017年09月12日 20時39分

JR可部線乗りつぶし(1)新設の踏切。

803M、広島発15:28発あき亀山行き。

227系電車は初乗車。レッドウィングという愛称がついているのをここ広島に来て知る「乗り鉄」な私。

可部駅16:05着。115系と交換。ここまでで交換した電車が全て227系だったのでホッとした気分。もっともあき亀山からの戻りでは115系との交換があったのでたまたまだったかも。

可部線の延長の意味は単に廃止路線が復活しただけではありません。それは踏切が新設されたこと。法律上は特例で認められましたが、それゆえかこんな目立つ形になっていました。これは驚き。

あき亀山駅16:12着。

構内は思ったよりも広く側線もあります。

駅前はまだこれから開発が進むのでしょうか。

2017年09月11日 16時37分

広島電鉄で広島駅へ向かう。

広島にやって来た訳。それはJR可部線の新線区間可部~あき亀山間、1.6キロの乗車。かつて三段峡までレールが繋がっていた昭和54年(1979年)5月29日に乗っているのですが、第3セクターに転換された路線を乗り直すことはしなかった私でも、新規開業は別とばかりに足を運ぶことにしました。それにしても手の込んだルートを考えたものだと自画自賛。

ということで広島港から広島駅に広島電鉄で向かいます。個人的にはこの元大阪市電の762号に乗りたいのですがそれは叶わぬ願い。

5系統広島駅行きは814号。5系統は連接車ではなく単行車で運転されているようで、折角広島に来ても“広島らしい”連接車に乗れないのは残念。もっとも紙屋町乗り継ぎで横川駅に出る手もあるのですが、時間がかかりそうなので諦めたという事情もあります。

乗った電車は14:32発で広島駅は15:02に見えてきました。

(オートファーカスで撮影しており、手前の運転機器にピントが合っています。m(_ _)m)

同じくピントが合っていませんが広島駅の混雑ぶり。

それにしても想像以上×2倍いや3倍?

2017年09月10日 16時36分

瀬戸内を船で行く。早い!

13:00発のスーパージェット広島港行き。その向こうを小型のフェリーが行き交い、旅心はここに来てクライマックスを迎えていました。

この船は松山観光港を出港したのち、広島県の呉港に寄り14:17に広島港着。フェリーならば2時間40分かかるところが1時間17分で到着はさすがに速い。もっとも足が遅いフェリーでも2時間台ということで、松山~広島間は意外と近いのだなあというのが私の感想。

カモメに見送られて、と思ったらアオサギ。気分的にはここはやはりカモメに見送られたかった。

呉港に入港。倉橋島と本土を結ぶ音戸大橋をくぐります。

広島港に定時到着。17分という細かい時間設定でも定時なのが凄い。船旅を満喫。

2017年09月09日 20時23分

昭和53年の伊予鉄道郊外電車

昭和53年(1978年)4月13日の伊予鉄道の高浜線、横河原線、郡中線に乗車。

この日、市内電車に乗車後、郊外電車を制覇しました。

最初に向かった高浜駅。折り返し時間が2分なのでこれが限界だったのでしょう。

なぜか伊予鉄道の郊外電車の写真は1枚も残っていない。多分、撮っていない。でも駅舎の写真だけはかろうじてある。横河原駅の写真はバスを楽しんで下さい。3分で折り返し。トホホ。

郡中港も3分折り返しゲーム感覚でただ乗るだけのある意味修行時代の私です。映画のポスターが懐かしいけど、このポスターに反応できるのは多分アラカン世代以上の方でしょう。

電車がかろうじて、しかもチラッとだけ写っている松山市駅。この写真はフィルスキャンを始めたころにデジタル化したモノで、何せスキャナーの性能に限界がありこれが精一杯で、何卒それを含みつつご覧いただきたいのですが、実は時刻表に松山から各地への航路の時刻表も掲出されています。その中には今は運航されていない岩国や尾道の名前を見られます。改めて時間の経過を感じます。

時間の経過と言えば、広島と松山の間に船ならぬ飛行機が飛んでいた時代があったのを知っている人ももうほとんどいないかも。

2017年09月08日 20時22分

伊予鉄道(12)松山観光港。ターミナルでランチ。

高浜駅からは連絡バスで松山観光港に移動。

その前に少しだけ駅の撮影。もっとも電車からバスに乗り換える最後のお客さんがバスに乗り込むほんの1~2分が私に許された時間。

足早にバスに乗車。

バスから見た高浜駅。

松山観光港が近づいてきました。この日、私は松山からは船で広島に向かいます。

13:00発の船に乗り込む前に昼食。ターミナル2階テラスにてゆったりとした気分で私には不似合いなお洒落な『ランチ』を味わう。たまにはそういったこともあり。

フェリーが出入りするのを見ていると何だか鳥羽にいる気分。でもここは四国松山。

2017年09月07日 20時20分

伊予鉄道(11)目指すは高浜。

古町からは高浜線高浜駅を目指します。電車は11:34発でほんの少しの時間を使って車庫ウォッチング。

古町に11:16に到着した坊っちゃん列車は方向転換を終えて11:47の出発までしばしの休憩。

11:27に古町を出発し平面交差を渡る2101号。

郊外電車の車庫は京王電車のオンパレード。

11:34発の電車到着で車庫撮影タイム終了。いよいよ四国から旅立つ時間が近づいてきました。

穏やかな伊予灘にこれからの旅が平穏である予感。

高浜駅11:51の定時着。ちゃんと時間通りに列車が運行される日本の鉄道の日常がそこにあります。

2017年08月28日 16時50分

昭和53年(1978年)の伊予鉄道市内電車。

昭和53年4月13日の伊予鉄道市内電車。

写真のような感じで乗りつぶし。

何故かこの時の訪問で撮影した1枚目の写真。環状線(城北線)から乗り始めたからでしょうがよりによって電車内からの撮影。当時は「乗った証拠」を手元に残す発想が無かったので、まあこんなところでしょう。

道後温泉駅。国鉄駅前から環状線(大手町線、城北線)、城南線を乗り継ぎ10:18頃に到着。ここでの滞在時間は4分。

その間に留置線も撮影。

当時の路線図。松山城に登城するロープウェイが『駕籠(かご)』風なのがご愛嬌。なお今回のブログの線名はこの路線図に依っています。

多分本町6丁目。

11:05に松山市駅について市内線全線乗車。それから約40年が経ちましたがこの写真に写っている電車が今も現役なのは、ちょっと嬉しい。

2017年08月27日 9時48分

伊予鉄道(2)鉄道の見えるホテル。

24時間テレビのスタッフに入らなくなって早2年。四国の旅を続けます。

5月30日(火)の晩御飯。居酒屋さんか寿司屋さんで瀬戸内三昧!に出撃する余力はなく定食。もっとも内容的には十分。

ホテルの部屋はトレインビュー。シャッター速度は1/40。ISO=6400。デジタルカメラならではですね。

煌々(こうこう)と輝く「電車のりば」の看板。市電の走る街。

このホテルの部屋にはヘルメットが常備されており、これには驚かされました。過去、旅館、ホテル、ユースホステル、民宿等々宿泊施設に何泊したか数え切れませんが、さすがに部屋の中のヘルメットは初めての体験です。意外性もありますが、宿泊者の安全対策としてはユニークな発想であると感心した次第。因みに会社の事務所には人数分のヘルメットの用意があります。

2017年08月26日 16時46分

伊予鉄道(1)大手町に参上。

18:27に松山駅に到着。

駅を出て目の前が伊予鉄道のJR松山駅前。JR以前は「国鉄駅前」。でもこの雰囲気も電車も昭和から変わっていない。多分。

振り向けばJRの松山駅。「松山駅」の「駅」が「驛」だったりしてレトロ感がたっぷりです。

2105号。この2100形もデビューして早15年で、低床電車もすっかり街の風景に溶け込んでいます。

取り敢えずやってきました大手町。松山に来たらまずはここにご挨拶に伺うのは鉄道趣味も持つ者の礼儀かも。

54号と700系(元京王5000系、新塗装)の出会い。

54号と700系(元京王5000系、旧塗装)の出会い。京王5000系は私の大好きなデザインの一つ。

18:50。夕闇が迫りこれにて一旦撮影終了。先の2105号の戻り。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!