2017年04月27日 20時52分

スギテツさんのイベント/リニア・鉄道館vol.2

4月16日の曲目。

*私のお気に入り

*夢と想い出のミュージアム(「リニア・鉄道館」CM音楽)

*桜ソングメドレー

*銀河鉄道999

*恋

スギテツさんはこれまでプロのオーケストラから学生さんのオーケストラ、アマチュアの吹奏楽団と数々の共演をしていますが、さすがにこれは初めてであろう“チアリーダー”との共演。

始めはどうなることかと思いきや、これが楽しい!

ピアノとバイオリンの演奏で踊るのもなかなか。どういうきっかけでこのアイデアが出たかは聞いていませんが、観客の反応も良く、これはありのパターンです。

最後にチアの皆さんと記念写真。

こうした構図はきっとスギテツ史上初。チアの皆さんもお疲れ様でした。

2017年04月26日 20時46分

スギテツさんのイベント/リニア・鉄道館vol.1

4月16日(日)のリニア・鉄道館。

スギテツさんと「JR東海音楽クラブ」の皆さんとのコラボレーション。

スギテツさんとこのクラブとの共演を聞くのは2014年10月12日の「東海道新幹線開業50周年記念トリビュートコンサート」以来。

その時のコンサートとの違いは…クラブの方の制服の色が違う…ということもありますが、奥の新幹線車両が変わったことが大きいかな?「のぞみ」の時代を築いた300系と700系の並びに敬意を表します。

ただ個人的な好みとしてはこちらの背景もたまりませんですなあ。

杉浦さん。

モハ52形をバックに演奏する岡田さん。

音響はともかく、演奏を行う会場としてのリニア・鉄道館は私の好きな場所です。

もう30年以上も前の私の個人的な話ですが、オーケストラの番組を担当していたことがあり、こうして写真を撮っていると何台もあるカメラのカット割りをしている気分です。

3カメでスタンドプレイUP。なんてね。

おおっ、誰かと思えば鉄道アーティストの小倉沙耶さん。学生時代に、部活でテナーサックスをやっていたということで今回実現したスペシャルコラボレーション。

ところでこの演奏の1時間以上前、イベントへの出演等は場慣れしていて、いつもなら緊張感の中にもどこか和やかさを漂わせる小倉さんの笑顔がいつもの笑顔じゃない。

で、演奏が終わった後はいつもの『沙耶ちゃん』。

2017年04月25日 20時32分

「JNR to JR」そして「のぞみ」25周年。

今年は国鉄が民営化されて30年の節目の年。

ということでやはり買ってしまいました記念トイカ。

そしてもう一つ忘れてはならないのが右側に置いたしおりで分かるように「のぞみ号」が登場して25年であるということ。1992年(平成4年)3月14日から名古屋人には忘れがたい「名古屋飛ばし」が始まり、「のぞみ誕生」よりもそちらの方が地元ではインパクトのあるニュースになったのも今や語り草です。

それにしても新幹線で「のぞみ」が「ひかり」を凌駕する時代となるとは当時は夢にも思っていませんでしたし、今も思い返せば不思議な感じです。

さて以前にもご紹介したアルバム「JNR to JR」。その発売を記念したイベントが各所で行われているのですが、その内、地元名古屋で開催された回を明日から紹介します。

※アルバムのプロデューサーはスギテツの杉浦さん。勿論、スギテツのお二人の演奏も入っています。

2017年03月29日 20時50分

トリビュート・アルバム「JNR to JR」本日発売。

日本国有鉄道がJRとなって今年で30周年。それを一つの節目としてトリビュート・アルバム「JNR to JR」が本日、キングレコードからリリースされました。

プロデュースしたのは中京テレビのイベントでもお馴染みのスギテツの杉浦哲郎さん。

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詳しくは「JNR to JR」のサイトでご確認頂きたいのですが、トリビュートとはいえ、レコード会社の枠を超え、アイドルから俳優さん、更に今話題の演奏家と、このアルバムでなければあり得ない方たちがこの1枚(CD+DVD)に参加しています。

またDVDも盛りだくさんの内容。SUPER BELL”Z野月さんとホリプロ南田マネージャーの(鉄道が好きな方にとっての)爆笑トークは必見です。で、とある日の名古屋市内のとあるお店。このアルバムに関わった名古屋在住の方たちで編集を終えたばかりのアルバムを試聴&試写。といいつつ軽い打ち上げも兼ねての集まりです。

試写会

写真の前列左側が鉄道アーティスト/小倉沙耶さん、右側の女性と後列左側の方がアルバムを制作した会社の方。私の右に写っているのは東海ラジオの会社公認鉄アナ/源石和輝さん。「顔」より「アルバム」を主張しているのが杉浦さん。もう一人の方はとあるお店のオーナーさん。

※前列右の女性は、私も参加した名古屋市営バス「幸せつかもう!ハート♡バス」のプロモーションビデオの監督さんです。

全体の感想。CDを頭から順番に聞いたのですが(当たり前ですが)何とも気持ち良い並び。このCDに限らず、曲をどういう順番に収録するかで、アルバムのイメージが変わることもあるとは聞いてはいるものの今回、改めてそれを実感しました。

個別の感想。どちらかと言えば驚きの部類ですが、私立恵比寿中学の廣田あいかさんによるJR貨物の社歌がなかなか。JR貨物に社歌があったとは今回、初めて知った(JR貨物さん、すいません)のですが、それをまたいい感じで歌っています。

2016年10月18日 20時56分

中京テレビ本社移転!フィルムカメラ。

DSC_0099本社移転もあって、以前使っていたフィルムカメラもお出ましです。

主にニュースの取材用に使っていたもので、これらのカメラでは16ミリのフィルムで100フィート(約30メートル)の長さのポジフィルムを使っており、ASA100のものが主で、時々比較的暗い現場に出る時はASA400のフィルムを使っていました。

1秒24コマで撮影できる時間は3分弱。この2つの機種では音が入らず、隔世の感ありですね。

DSC_0103

キャノンスクーピック。扱いやすいカメラで事件・事故の現場等で、機動性を重視して三脚を使わない時はほぼこのカメラを持ち出しました。私が左目を開けているのは、現場で周りの様子を見るために、時々は左目を開けて確認していたことを再現しているものです。

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こちらはベルハウエルDR。ズームレンズではなく3本のレンズをくるくる廻して使うタイプ。しかもぜんまい駆動でバッテリー不要です。

また1眼レフではないため、レンズに書いてある1mとかそういう距離を感覚的に合わせて撮影しており、使い始めた頃は何度か「ピンボケ」で使い物にならない映像を撮影していました。(恥)

※正確に言うと、レンズを通してピントを合わせる機能は付いているのですが、それを使うには結構な時間がかかり、現場ではそれをしている余裕もなく、使い方は知っているが殆ど使うことに無い機能で、三脚を使いきっちりした絵を撮る時限定でした。

さて左目でファインダーを覗いていますが、これがDRの流儀。おでこにカメラ本体をつけ、安定させて手ブレを防ぐための手段です。

この2種類のカメラは確か昭和50年代まででその役目を終えており、今回は久しぶりにその感覚を味わいました。

2016年10月17日 20時34分

中京テレビ本社移転!さようなら、Bスタジオ。

一寸鉄道から離れます。

中京テレビの本社は来月(11月)21日、名古屋駅地区ささしまライブ24に移転します。今の昭和区高峯町の地で過ごす時間もあと僅か。現本社で一番大きいスタジオ/Bスタジオで制作する番組は既に笹島の新社屋で制作されており、Bスタジオは今はこんな感じになっています。何も無い。

DSC_0097

僕らはここで生きてきた。

DSC_0098もう使わない壁面(ホリゾント)にはスタッフが描いたチュウキョ~くんがいるだけではなく、スタッフや出演者が思い出を書いています。

DSC_0107恩田アナウンサーのデビューは1990年4月25日放送の「ルックルックこんにちは」のアシスタント。入社して直ぐで、テレビ初登場が全国ネットの生放送でした。いつもの「ルックルックこんにちは」なら日本テレビの女性アナウンサーの担当なのですが、名古屋に来られないということで、だったら「うちの新人アナウンサーでどうですか?」と日本テレビのプロデューサーに提案をしたら一発OK。偶然の産物でした。

DSC_0200

その時の台本。私は中京テレビのプロデューサーでした。

DSC_0092

こちらはサブ(サブコントロールルーム・副調整室)。この真ん中がディレクターの座る席で、複数台のカメラの映像の切替を始め、映像・音声・照明に関する全てのコントロールを行うところです。

喜びも悲しみも幾歳月。その映画ほどのことは無かったものの、私にとってはこちらも思い出が一杯です。新人ディレクターの頃は本番前から心臓バクバクで、VTR収録であれ生放送であれ、いつも本番はあっと言う間の出来事でした。

1981.07.02 6時のNews D写真こちらはBスタジオではなくAスタジオ(Aサブ)での本番中。1981年(昭和56年)7月2日の日付けがあるので「6時のNEWS」という夕方ワイドニュースの本番中の写真と思われますが、この写真は数年前に技術スタッフの方から貰ったもので、そもそも写された記憶がありませんでした。参考までに私の左側の方が技術の責任者で、カメラの切替を行うスイッチャー。右側の女性はタイムキーパーで時間の管理を行う担当です。更にこの右側に音声さん(出演者やVTR、音楽等の音関係の担当)の居場所です。

このAスタジオもお別れです。

 

 

 

 

2016年08月28日 18時14分

8月28日。

今日は24時間テレビ「愛は地球を救う」。

木村裕子さん

今年も木村裕子さんがサンシャインサカエの募金会場に来てくれました。そして名古屋鉄道名古屋乗務区の乗務員の方々の募金をお預かりました。

今回の募金箱はEL120形。そのデキ、いや出来は素晴らしく、また木村さんとの鉄トークも最高でした。

※中京テレビのスタッフであると他の方から認知できるようにしてこの写真は撮影しています。ただ観客席での撮影は控えました。

久野知美さん1

今日はもう一つ名鉄繋がり。名古屋乗務区のある神宮前駅には名鉄カルチャースクールがあり、そこで「女子鉄アナウンサー」久野知美さんによる『女子テツ談義』と題した講座があり、それを拝聴に伺いしました。

久野さんはホリプロ所属。ホリプロと言えば南田裕介マネージャー。久野さんはその南田さんの愛弟子???ということで女子鉄のジャンル、海外鉄などについて語られ持ち時間はアッという間に過ぎました。

久野知美さm2

10月には南田さん+久野さんのお2人による講座もあるとのこと。

「芸能界鉄道研究会 鉄研」のご縁はまだまだ続きます。

2016年08月12日 16時50分

名駅物語~地名になった駅の130年~

KITTE名古屋2

名古屋の新名所/KITTE名古屋。

KITTE名古屋1

そのアトリウムで「名駅物語 地名になった駅の130年」と題して、名古屋駅の開業から今年までの歩みを写真、地図、資料類で振り返る展示が始まりました。

KITTE名古屋3

私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスでは、この展示に所蔵写真、地図、資料類の提供で協力させていただいています。

1942 鉄道温故資料 初代駅舎 名古屋鉄道局

130年前の開業時の写真。名古屋駅の歴史を語る際には必ず登場する1枚ですが、当時の写真はこれしか残っていないとされています。今回は1942年に発行された「 鉄道温故資料」という本に掲載の写真です。

2016 名古屋駅

こちらは今年の姿。この2枚の写真を繋ぐ名駅のドラマは是非、会場でお楽しみ下さい。

8月21日(日)までの開催で入場無料です。

2016年08月06日 23時28分

昭和の名古屋を満喫できる鉄道本。

都市交通研究家でNPO法人名古屋レール・アーカイブス会員の服部重敬さんがトンボ出版から『「汽車・電車・市電」昭和の名古屋 鉄道風景』を上梓されました。
この本は服部さんが高校生の頃から一人で撮影された写真だけを使用しており、写真点数は530点とのこと。同い年の私としてはただただ驚くばかり。それにしてもよくもまあこれだけ色々な場所で様々な季節に多種多用な形式の車両を撮っていたもんだというのが素直な感想。先立つものと時間があったとしても出来るものではありません。コツコツという地道さが、歴史を記録させたと思います。

鉄道本

昭和40年代以降の思い出が詰まった一冊が、私の本棚に並びました。

2016年07月22日 20時48分

東海道新幹線開業記念切手。

切手2先日届いたゆうパック。12枚貼られた切手の中に1964年発行の「東海道新幹線開業記念切手」があり、嬉しい反面「えっ」という驚きあり。

切手のブームは随分前に終わっており、発行枚数が多かった記念切手の中には額面割れで取引されることも珍しくはないと聞いています。そのため一番損をしない使い方はこうして「切手」として使う事ということもあるそうで、もっともそうは言うもののやはりこの切手を見る気分は複雑です。

東海道新幹線

参考までにということでも無いのですが、私のコレクションにはシートがあります。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!