2017年08月10日 20時06分

土佐電(11)続・昭和53年4月15日。

昭和53年4月15日の『乗りつぶしノート』。

伊野からは国鉄で高知駅まで戻り桟橋線の乗りつぶし。

40年前の桟橋通五丁目。

高知駅前に11:55に戻り、12:41の226レ高松行きに乗車しています。それにしても客車列車とは言え、高知から多度津までの所要時間は約5時間。参考までに今のダイヤと比較すると4232D高知発10:43に乗れば多度津着は14:46。

1時間の短縮となっているのはディーゼルカー効果もありそうです。

2017年08月09日 20時59分

土佐電(10)昭和53年(1978年)4月15日。

ここで40年前の土佐電。

後免線後免町。600形623号、、、って、今シリーズ(6)の5枚目の写真の電車だ。違いは方向幕。昭和は布で平成はLED。

場所不明。併用軌道だけど線路上が舗装されていないパターン。

はりまや橋を過ぎた「鏡川橋」が『ごめん』発電車の終点。待合室がある風景。今はどうなっているのでしょうか。

伊野線朝倉?でタブレットの交換。40年前もきっと名物だったのでしょう。だから写真が残っている気がする。

伊野電停。昨日までの写真に混ぜてもこれが昭和とはきっと分からない。もっともお店の看板と車でばれるかな。

2017年08月08日 20時49分

土佐電(9)高知は餃子の街だそうです。

高知県立高知城歴史博物館には入りませんでしたが、その前の道路を歩いていたらミストのサービスあり。5月29日はとても暑く、わざわざ浴びながら歩く。気持ち良い。

お昼ご飯は前日断念した観光客の定番「ひろめ市場」へ。まずはカツオのタタキをメインにしてジョッキを飲み干す。

ホテルの方のお勧め高知名物は何と「餃子」。高知の人にとって「屋台の餃子で一杯」は定番とのこと。「ひろめ市場」の中のお店は、焼き上がりまで数十分待ち。タタキを食べつつ時間を過ごしていたのでまあ何とでも言えそうですが、それでもこの選択はありだと思います。

「うちのタタキは高知で一番…」というキャッチフレーズはともかく、この旅で3回タタキを食したのですが、意外にも各店で思いのほか味が異なっていることを知りました。この写真の「勝手に思うちゅう」は、確かにそう書くことはあり!だと納得した瞬間。

それにしても「ひろめ市場」は混んでいた。余談ですが、お店の方によれば海外からの観光客とは言葉が通じるわけではないものの、何となく雰囲気で注文が分かり、美味しそうに食べているのを見れば出した品があっていた!と思うとのこと。国際交流ここにあり。

2017年08月07日 20時44分

土佐電(8)劇混みの高知城。

桂浜のバス停で発行してもらった帰りの乗車券。市内のはりまや橋までの乗車ですが、手書きの券面を久しぶりに見ました。もちろん車内清算も出来るのですが、降車時の手間(私&運転士さん)を減らすつもりだったのが思わぬ結果に繋がりました。もっともこれを手元に残そうとはせず、写真だけ撮って下車時に運賃箱に投入しました。

たまには旅に出るのも良いもんだ。「たまには…」って、どの口が言う、、、でしょうがそれほどの感想を持ったという事で…。

続いてやって来たのは高知城。

この日が高知城への初めての登城。というかそもそもちゃんと高知城を見たのも多分、初めて。

天守閣からの絶景。

「情報通さん」から、天守閣から土佐電が見える場所があると聞いていたので探してみようかと思っていたのですが、インバウンド(高知港に大型クルーズ船が入港していた)の影響で、ここ高知城は劇混み。天守閣を登るのにも長蛇の列に並びここまで来るのもやっとこさ。とても電車を探せる状況になく撃沈。私たちの登城が30分ずれていたらとは後の祭り。

板垣退助さんにご挨拶して高知城観光は終了。

さらば高知城。

2017年08月06日 14時41分

土佐電(7)桂浜に行ってきました。

集合時間が近づき、はりまや橋から歩きながら高知駅まで戻る。

200形の新旧カラー。こうした写真もそのうちに記録として意味が出てくるかもと思いつつ撮影。

左の210がとさでん色で右の205が土佐電色。205は車体が更新され前面中央の窓が210に比べ大きくなっています。同じ形式でも表情が異なっているのがよく分かりますね。

高知駅前の記録。以前あった場所から少し移動しただけなのに本当に使いやすくなりました。

ここからはしばし観光編。行ってきました桂浜。

「ズームイン!!朝」を担当していた時は、台風が日本に接近するたびによく見ていたお馴染みの風景。

高知に来たのは多分5回目のはずなのに、これまで一切観光をしたこと無し。「鉄」ではなく会議で来た時も会議だけ出席して観光なしのパターン。ということで今回が初の高知観光。とても新鮮です。

今回の旅は、鉄だけではありません。でなければ同行者も付き合ってくれなかったと思う。

2017年08月05日 20時37分

土佐電(6)生まれて何回目かの(プチ早起)朝練。600形2態。

平成29年5月29日(月)。この日の予定も盛り沢山。

高知発6:00の南風2号岡山行き、アンパンマン列車。

望遠レンズで見たら柱の間からお顔が覗いていました。

で、同行者との待ち合わせ時間まで朝練。さすがに「一緒に行く?」とは聞けませんでした。とさでんカラーの600形(602)。「ごめん」と平仮名で書かれた行先板と連結器があれば私はOK。

それにしても朝7:20頃の土佐電は本数が多い。この画面だけでも5両が写っています。

土佐電カラーの600形(623)。次から次へと来る電車群に早起きして良かったと思う。もっとも数年前までは撮影のために早起きするなどという「撮り鉄」行動はほとんどしたことがない。変われば変わるものだと自分でも思うが、ここが高知だからということもあると思う。土佐電効果。

朝7:30過ぎのアーケード街。電車と車の音がしているはずなのに何故か私には聞こえていなかった。街が動き始める前のひと時。

2017年08月04日 20時35分

土佐電(5)鉄道の見える部屋(トレインビューホテル)。

大橋通からほど近いアーケード街の飲食店はインバウンドと国内観光客の波が押し寄せ、店に入ろうとしても空きがない。やっと20分待ちの店を見つけ土佐三昧を堪能。地酒を頼んだら箱ごと登場。旅の空の下、全国津津浦浦色々なお店に入っていますが、箱ごと出てきた冷酒は初めての体験。美味しかったのはともかく驚いた一幕。

ホテルの部屋からの撮影。高知と言えばアンパンマン。

土佐電とのツーショット。参考までに高知21:53発のあしずり11号中村行き。中村着は23:36なので高知のアンパンマンは結構夜更かし。

シャッター速度は1/8秒。ISO-12800。手持ちの限界に挑戦。

2017年08月03日 20時32分

土佐電(4)乗換券。

市電の走る街。やっぱりいいなあ。

桟橋通五丁目。望遠で狙ってみる。

桟橋車庫から高知駅前行きの電車に乗り晩御飯に向かう。100形(ハートラム)101号とすれ違う。登場して既に15年。方向幕がLEDでないことにプチ驚き。

はりまや橋で乗り換え。ここでも束の間の撮影。

2000形との出会い。

伊野線大橋通が目的地なのではりまや橋下車時にもらった乗換券。介良通(けらどおり)と曙町東町(あけぼのちょうひがしまち)までが市内の均一料金区間。

ところで介良通は難読名ですね。初見で読める人はまずいないのでは?一方「町」が2つ続く電停名は珍しいと思います。初見でも何となく「あけぼのちょうひがしまち」と読んでしまったのですが「ちょう」と「まち」と使い分けているというのは少し興味あり。

時間は18:01。まだまだ夕方。さあっ!食べるぞ。と、この時は思っていました。

2017年08月02日 20時26分

土佐電(3)桟橋車庫。

土佐電気鉄道=とさでん交通。私の年代であれば、同じ「とさでん」でもやはり漢字の「土佐電」の方がしっくりくるのではないでしょうか。

さて桟橋通五丁目まで桟橋線の電車に揺られてきたのは「車庫見学」をするため。今回の旅の同行者は付き合ってはくれたものの“非鉄”なので多分大ご迷惑大会絶賛開催中。因みにというほどではありませんが、この日この時までは、鉄分高めでも面白がってくれていました。

車庫の事務所に顔を出し、撮影の許可を得て足を踏み入れる。土佐電カラーの電車が勢揃い。

維新号とポルトガル・リスボン市電。その後ろにはオーストリア・グラーツ市電。色だけ見れば名古屋市電のワンマンカー。

こちらは「とさでん」カラー。平仮名と漢字の違いあり。要は「とさでん交通」になってから、そのコーポレートカラーに塗り替えられた電車です。見ていて違和感なし。

車庫内に川が流れている。それとも水路?そしてこの川が境界となって、ここから先は私たちのような訪問者は立ち入ることが出来ません。

さて手動ポイントを撮影したのは630号が手前の線路からこのポイントを通過しており、その時、転轍機が一旦持ち上がり電車通過後にまた元の位置に下がりました。まあスプリングポイントというものもあることですから驚くことでもないのでしょうが、結構な音が響くのでそれで気が付きました。

2017年08月01日 20時24分

土佐電(2)元名鉄車両。

駅前から土佐電に乗る。

「高知駅前」電停。17:04発の桟橋通五丁目行きに乗車。

日本車輌の昭和32年(1957年)製造。

 

591号は我が地元・名古屋鉄道の移籍車。こんな案内があるとは思っていませんでしたが、岐阜(美濃エリア)から来た人には懐かしいでしょうね。

車窓から見る「はりまや橋」。

個人的には「はりまや橋」は「橋」よりもこの風景。

終点、桟橋通五丁目電停。20分ほどで到着。

最初にここに来たのは昭和53年(1978年4月15日)。人の記憶は年を経るごとに薄れていくものですが、はりまや橋から南の桟橋通がこれほど広い道路だったとは思い出せなかった。忘却の彼方。一度来た場所でもたまには再訪すると新鮮な発見があります。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!