中京テレビ

2017年12月28日 19時17分

いろいろあった1年でした

今年は本当にいろんなことがあった1年でした。

何といっても、個人的にはアナウンス部に戻ったことが

今年1番のビッグニュースでしたね。

キャッチでは「神ひろしのおじゃまします」という中継のコーナーまで作ってもらい

いろんな場所に行かせてもらって、いろんな人に出合わせてもらってます。

急に娘もできて、いつも世話になっています。

来年からは「一期一会」の気持ちでいろんなものに感謝しながら生きて行こう、

仕事をしていこうと思っています。

こんなハトやすべてのものに、感謝の気持ちで、

よし、魚にも感謝したいのでやっぱり釣りに行こう。

皆さん来年もよろしくお願いします。

2017年12月13日 18時49分

爆買いしてしまいました

今日の「おじゃま中継」は三重のジャズドリーム長島からでした。

「BANANA REPUBLIC」という洋服屋さんでのディスカウントの様子を

お伝えしましたが、あまりの安さにびっくり。

イメージ的にも似合いそうな雰囲気で(と、勝手に思い込んで)

普段、洋服をあまり買わない私も爆買い。

空き時間に、コートやパンツなど7点も買ってしまいました。

そのあと紹介したケーキ屋さん「カフェ・タナカ・ジャズ」のケーキ。

クリスマスバージョンで本当にきれいで、おいしかったです。

モンブランパイも甘さ控えめで、私でもペロリ。

女性が買い物で時間を潰す楽しさが、ほんの少し理解できました。

※前回のブログでお伝えしたラーメン企画の放送は

15日(明日)の予定でしたが、こちらの都合で数日延期になりました。ごめんなさい。

2017年12月12日 18時48分

この歳でまだ珍しいものが・・

先日取材にお邪魔した一軒のお店。おしゃれなレストランという感じです。

今回の企画は佐藤アナと二人、オヤジコンビでの取材です。

この二人の取材は実は初めてなんです。

取材内容は、女性に人気のラーメンをお伝えするというもの。

最初に訪れたのは、日進市にあるスリー・リトル・ピッグスというお店。

カフェバーのような店内はまるでアメリカにいるようです。

水もこんな感じ。

扇風機もしゃれてます。

要するにこんなお店なら女性でも一人で入店し、ラーメンが食べられるということ。

この日ランチ会を開いていた幼稚園児つながりのママ友の皆さん。

ご協力ありがとうございました。

この他のラーメン店と肝心のラーメンはキャッチを見てのお楽しみ。

放送は15日。金曜日です。

 

2017年12月06日 18時09分

ちょっと気まずい昔話

中京テレビの社屋がまだ昭和区の八事にあった頃のちょっと気まずい話。

用を足そうと手洗い所のドアを開けて中に入ると、

同年代の他部署の男性が洗面台で手を洗っていた。

鏡越しの彼に会釈をするともなく、

迂闊な僕は何も考えずに、二つある個室の一つに足早に入りドアを閉めた。

「バタン!ガチャ」

しかし次の瞬間、僕の視覚と聴覚は

自分が無意識に行った2分の1のギャンブルに負けたことを悟らせた。

使用後にタンクに水が補給されたあとも

便器の中をチョロチョロと流れるごく少量の水と音。

さらに、やや遅れて臭覚で得た目に見えない、だが確固たる状況証拠も加わって

明らかに、たった今使い終わったことが立証された。

きっと手を洗っている彼は、僕の入った個室のドアを

鏡越しに後ろめたそうに眺めているだろう。いや、そうに違いない。

他に誰もいない二人だけの空間に、気まずい空気が立ち込めた。

「・・・・・・・・・・・・」

これも運命かと一度は腹をくくろうと思ったが、状況はどうにも受け入れがたかった。

数十秒後、蛇口を閉める音に続いて人が出て行く気配を感じ取ると同時に

「今だ!」

息を殺していた僕は下げかけたズボンを押さえながら素早く隣の個室に移動した。

「ふうー、ミッション成功」などと言いながら

なぜか彼に罪悪感を感じつつ用を足している僕。

その数分間に一人来場者があり、再び洗面台を使う音が聞こえてきた。

「キュッ!ジャー、ゴシゴシ」

この人は入ってきて直ぐなので、

排泄ではなく、手にインクでも付けたか何かで洗いに来たのだろう。

そんなことを考えながら一仕事終えてすっきりした僕は

個室のドアを開けて立ち尽くした。

そこにいたのは、他部署のさっきの男性だった。

まるで親の目を盗んで悪さをする少年のように個室を変わった僕。

そして、知りたくもなかったその事実を突きつけられてしまった彼。

丸めた背中の向こうの鏡の中で、上目遣いの彼と目があった瞬間、

さっきの20倍は空気が気まずくなった。

神様は何と残酷なドラマを用意してくれたことか・・・。

もはや二人に交わす言葉は無かった。

「・・・・・・・・」

今でもあの時の事を時々思い出すが、

あれはどっちの方がより恥ずかしかったのだろうかと考えてしまう。