2012年06月02日 20時04分

富山地方鉄道富山市内軌道線(7)。

富山市内軌道線の再スタートです。

新「富山大橋」を後にした私は、「南富山駅前」まで電車に揺られました。
昭和53(1978)年9月11日以来ですから、30有余年振りになります。ここに到着したのは17:38。この写真を撮影したのは17:42頃で、不二越・上滝線の電車は17:41発の「電鉄富山」行きです。この2ショットは不二越・上滝線の電車の本数が少ないだけに、今回はすんなり撮影できましたが、思いの他そのハードルは高かったりしそうです。
とか書いていて、『不二越・上滝線』という表現はひょっとしたらこの写真については『不二越線』と書くべきだったかと悩んでしまいました。一般的には『不二越・上滝線』の電車といっているものの、走っている区間は間違いなく『不二越線』です。どうしたもんでしょうか?やはり『不二越・上滝線』と言う方がしっくりきますね。

それにしても富山地方鉄道の『富山市内軌道線』(「南富山駅前」~「大学前」間)という言い方も、正確には「本線」「支線」「安野屋線」「呉羽線」が一繋がりの路線を形成しているというのが正しいでしょうから、全くもってこの鉄道は一筋縄では行きません。

そして“一筋縄”ではないと言う意味でこの「南富山駅」も外せません。何と駅舎(上段写真の右奥)の屋上に「踏切」を発見(下段写真)したのです。この駅舎内には『富山地方鉄道研修センター』があり、その研修用に使用されているのではないかと思ったものの、見た瞬間、他局の番組ではありますが「ナニコレ珍百景」の映像で、“珍百景”の対象に絵が段々寄っていく時の音楽が頭の中で鳴っていました。

2012年05月30日 19時00分

富山地方鉄道富山市内軌道線(6)。

平成22年4月に登場したT100形(SANTRAM)。
3車体連接2台車の車両編成で、新「富山大橋」の完成により、やっと神通川を渡れることになり、こうした写真も撮影できるようになりました。
今回は残念ながら乗車することは出来ませんでしたが、新しい風景は、新しく“登場”(乗り入れが可能となった?)した電車で体験したかったですね。
その内に、・・・等というのは簡単ですが、次に富山を訪れる日はいつ来るのでしょうか?まあ、取り敢えず記憶に留めることにしておきましょう。

話しはこの写真(風景)そのものに変えますが、この橋の上のみならず、今回の併用軌道の新設区間には、富山ライトレールでも取り入れられている、欧米の所謂『LRT(Light Rail Transit)』の技術が取り入れられていると聞いています。その乗り心地の良さや騒音の少なさといった快適さは、7000形に乗車していても実感できます。そんなことを考えながらサントラムを見ていたら、如何にもこの風景が『LRT』というか路面電車の現時点での完成形に思えました。勿論、『LRT』と呼ぶには単に『軌道』の構造や『低床車両』の導入であるだけではなく、もっと様々な要件があると思いますが、それにしてもこの風景は、富山の路面電車の更なる近代化への第一歩であることは間違いないでしょう。

富山ライトレール・富山都心線の開業から始まり、次に控える富山市内軌道線と富山ライトレールの連結と言うように、当面、富山市内の路面電車の動向から目が離せません。

2012年05月29日 19時33分

富山地方鉄道富山市内軌道線(5)。

ところで「富山大橋」としてこの3月まで使用されていた『道路(線路)』はどうなっているかというのが今日の3枚の写真(5月1日撮影)です。
「新富山」から「安野屋」に歩いて向かいながら撮影したもので、上段から下段への順番となっています。

1)「新富山」停留所付近。
*1本の線路の両側に安全地帯が見えています。なお、紅白の柵の中には入ることは出来ません。
2)橋のとっかかり付近。
*この段差のあるところからが“橋”ですが、この様に線路と道路のアスファルトが剥がされたところもあります。
3)「安野屋」停留所付近。
*新「富山大橋」の開通で、「安野屋」側の線路が、どう変遷したかが一目瞭然で分かります。

橋の撤去にはこれから1年以上かかるそうですが、この線路は早晩、消えていくのだろうと思っています。昨今“廃線跡”を巡る人が多くいらっしゃいますが、『付け替え』られた“廃線跡”を新旧比較で、これほど生々しく出来る場所は滅多にありません。
そもそも間違いなく跡形もなくなるであろうこの線路は、今、記憶に留めなければもう2度と会うことはありません。

ということが分かっていながらこうしてブログにUPする写真を選んでいて、もう少し撮影に工夫があって然るべしと反省しています。そんな写真を皆さんにお見せするのは恐縮ですが、それでも現在の姿は見ていただきたいとの気持ちを持ったことをお許し下さい。

さて、富山地方鉄道富山市内軌道線の単線・複線の『複雑』な線形や、この“廃線跡”を見られるのは間違いなく期間限定でしょう。一見の価値ありと思っています。

2012年05月28日 18時59分

富山地方鉄道富山市内軌道線(4)。

「安野屋」を出発した「大学前」行きの電車は複線のまま新「富山大橋」を渡り、「新富山」に到着します。(上段写真)
そしてしばし停車。
そのうちに、「南富山駅前」行きの電車が「新富山」に到着(中段写真)すると、おもむろに「大学前」行きの電車が出発(下段写真)し、「南富山駅前」行きが走ってきた線路に入ります。

つまりここ「新富山」から「大学前」までは新「富山大橋」開通前と同様、単線であることが分かります。
一昨日の写真で、一見「大学前」付近が複線になっているように見えるのは“仮”の姿で、実はまだ『複線』にはなっていないのです。
よって中段写真の7020号「大学前」行きは、交換待ちの停車中だったことになります。

お恥ずかしい話しですが、こんな状況になっているとは露とも知らず、「富山駅前」から「大学前」まで乗車した電車の車内では「ボーっ」としていて、「安野屋」の停留所に着くころにやっと気付きました。

私の思い込んでいた情報は、新「富山大橋」の開通により、「大学前」まで全線が『複線化』されたというもので、まさかの出来事に大いに狼狽え(うろたえ)ました。

2012年05月27日 17時53分

富山地方鉄道富山市内軌道線(3)。

私が説明するに分かり易くするため、一旦「諏訪川原」(すわのかわら)停留所まで巻き戻らせていただきます。(すいません。私の頭の整理の問題です)

上段写真は「安野屋」停留所の近くから「諏訪川原」の停留所方面を臨んだもので、こちらに向かってくる「大学前」行きが、一見、「富山駅前」方面の線路に入っているかのように見て取れます。

つまり「諏訪川原」から「安野屋」までの区間は単線になります。
次に下段写真ですが、上段写真と同じく「安野屋」停留所近くで、「大学前」行きの電車を撮影したもので、ここからまた複線になります。参考までに「安野屋」停留所は旧の停留所のあった場所から「富山駅前」方に約140メートル移動しており、その分「諏訪川原」の停留所との距離がとても近く感じます。

2012年05月26日 19時00分

富山地方鉄道富山市内軌道線(2)。

今回、「富山大橋」の架け替えにともない、「安野屋」~「大学前」間の複線化を進めることになりました。その工事区間で停留所の位置が変わっていないのは、ここ「大学前」だけです。もっとも場所は変わっていませんが写真でも分って頂けるとおり、上屋が新設されました。
これで電車を待つ間、雨に濡れずに済むと思うのは早計で、実は私がこの停留所に着いた16時25分頃、丁度大学の講義が終わり下校時間に合ったのか、電車を待つ人の列はこの停留所から繋がる歩道橋の階段区間を越えて、“橋”の上まで出来ていました。軌道線が『市民の足』というのを思いがけないことで発見した次第で、流石に一番乗客が多い時間に合わせて上屋を作ろうにも歩道橋の階段や“橋”の区間に作ることは無理でしょうから、ここを利用する市民にとって一定の快適さが確保されたとして喜ばしいことと思っています。
因みに歩道橋の階段は、安全地帯の幅に合わせてあるようでそれほど広くはなく、私は人波をかき分けて(正確には譲り合いながら)この写真を撮影した場所に移動した感がありました。

もう一点、この写真で見て取れることが…。軌道敷きが新しくなった(?)感じがします。富山地方鉄道に取材している訳ではないので確証はないのですが、“新品”の匂いを私は感じました。

こうして歩道橋の上から16:29発の電車を見ていると、何故か新設された路線みたいで、いい気持ちに浸っていました。

2012年05月25日 18時58分

富山地方鉄道富山市内軌道線(1)。

今回、5月1日(火)・2日(水)の2日間、富山に言った目的は、一つは富山ライトレール(ポートラム)について知りたいことが幾つか出てきたこと。(追って報告します)
もう一つは富山地方鉄道富山市内軌道線の「富山大橋」の架け替えによる新線区間の現状を確かめることでした。

上段写真は、平成24年3月24日に開通した“新”「富山大橋」の全景(一寸分かりにくいかも?ビル群の直ぐ上で、川の見切れるあたり。橋の真ん中を7000形も走っているのですが…)で、下段写真は新設なり、複線化された「新線」区間を行く7019号(デ7000形)です。
立山連峰を背景に走る路面電車は本当に“富山らしさ”を感じます。天候が今一つなのは残念ですが、それでも私には十分楽しめるものでした。ピンポイントの日程で出かけたわけですから、贅沢を言ってはいけませんが、人間は(私は)、見えなければ諦めがついたかも知れませんが、『少し』見えるのは、心理的にはかえって「何だかなあ…」などと思ってしまいます。
そんなことはさておき、照明を高い位置に置いた優れたデザインのセンターポールにシンプルカテナリーの架線の美しさは、はっきり言って私好みです。

ところで「橋」の上は出来たてのホヤホヤの美しい姿ですが、旧線区間の撤去は『直ぐ』とは行かないようで、まあ一歩ずつ進んでいくようですが、それとは別に、この「富山大橋」の架け替えによる、富山市内軌道線の運行で、なかなか興味深いことをいくつか発見しました。

鉄道雑誌での既報や、諸兄がUPされているブログ等でも出ていることも多いと思われますが、あくまでも私の『楽しみ方』ということとご容赦いただきたいのと、また情報は5月1日時点と言うことでご承知ください。

2010年06月21日 9時08分

富山ライトレール

『黒部ルート見学会』を終え、その日は富山駅近くの
ホテルに宿泊。
翌6月10日(土)、平成18年4月29日に開通した
「富山ライトレール」(ポートラム)を乗りつぶしました。

『富山駅北』を6:35に乗車し、『岩瀬浜』6:57着。
快適なLRTの一時でした。
(写真は『岩瀬浜』)

私はこのポートラムの前身となる国鉄(JR)富山港線を、
昭和53年9月28日、
121M(富山発5:30~岩瀬浜着5:46)で
乗りつぶしているのですが
早起きなのが何故か共通しており、
「乗り鉄」にとって『早起きは3文の得』と
いったところでしょうか?

ところでポートラムに戻りますが、
折角の新しい発想の鉄道にも関わらず、少し不満。
ヨーロッパ並みの車輌の快適さはOKなのですが、
工費の問題はあったにせよ、せめて路面区間は複線化し、
将来の発展構想に備えてほしかった。

(報告)
6月18日(金)夕方の本ブログで
「高熱隧道」の話題を少しだけ書きましたが
知人から「どんなに熱いの?」と聞かれ
誤解を招いていると思いここに説明を追加します。

「“高熱”」と括弧書きにしていますが
私にとって初めての経験である“温かいトンネル”を
表現するために使用しました。
今の温度は、火傷しない程度と思われます。

2010年03月04日 12時30分

富山セントラム

「おでんしゃ」はちょっと休憩。

私の『本職(?)』である乗り鉄の話し。
しかも大好きな路面電車です。

新線が開業するとなるべく早い時期に乗るべく
いつもジリジリするのですが、
名古屋から比較的近いにもかかわらず
富山のセントラムは1月中旬に
やっと乗りに行ってきました。

最新の電車9000系の乗り心地は最高で
気持ちよさは格別でした。
お客さんも私が予想したより多く乗っており
しかも比較的短距離の人が多く、
便利さを享受しているようでした。
●プチ情報…車内からの前面展望ビデオの
 撮影がしやすいですよ。

ヨーロッパでは(最近ではアメリカでも)
路面電車の新線開通ラッシュですが、
日本の路面電車の新線開通は富山が
これで2線区続いたものの
一方で堺市や宇都宮市では計画が頓挫しており
富山を見習うべしと思うのであります。
豊橋の「ほっトラム」導入の経緯もそうですが、
路面電車を生かすことを考える市民が生活する町は
はっきり言って素敵です。

PS.ボディーの「DEBUT」の文字は
   いつまであるのでしょうか?



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!