2015年12月15日 20時10分

おでんしゃに乗ろう!(3)おでんの前に運転!

平成27年12月12日。いよいよ豊橋鉄道3502号の運転です。

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これから「おでんしゃ」で味わうことになるおでんのネタがヤマサちくわだからということもあるのでしょうか?運転の面白さが味わえるモ3500形の中から、通称「ヤマサちくわ」号が選ばれています。

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市内電車の開業90周年エンブレムもGOODです。

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赤岩口車庫内で運転する距離は約70メートルで他社の運転体験に比べ決して長くはありません。

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しかしここの醍醐味は停止位置でちゃんと停まること。

目の前には土に埋もれた線路&小さいながら崖があり、これは結構圧迫感があります。

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緊張の面持ちですが、これはむべなるかなということになります。

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運転が終われば車内見学。ローレル賞のプレートを見たりして余裕のひと時。

2015年12月14日 22時09分

おでんしゃに乗ろう!(2)赤岩口車庫に進入。

昨日書き忘れましたが、『サハリン(樺太)鉄道旅』シリーズはしばらくお休みします。2015_12_12 豊橋 運転&おでんしゃ_20

ますはお迎え電車の車内からのショット。敷石が如何にも昭和の路面電車感ありありでかつ坂道と言う点が私には高評価の場所です。丁度後続の電車が近付いて来たので撮影してみました。

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ここは最近、レール交換を行い改修した所。敷石が無くなったのは残念ですが、走行音がここは静か!その違いは歴然です。

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今日の話の〆は車庫への直接乗り入れ。運転体験のためのお迎え電車ならではの楽しみです。

2015年12月13日 10時02分

おでんしゃに乗ろう!(1)その前に運転体験。

2015_12_12 豊橋 運転&おでんしゃ_1昨日の12月12日(土)、豊橋鉄道の「おでんしゃ」に乗るべく朝9時過ぎに動き始めました。

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途中の知立駅にて急行から特急に乗り換え。高架工事でこれからどんどん風景が変わっていきそうです。

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今日も今日とて「おでんしゃ」の前に赤岩口車庫で運転体験。ということで本日のお迎え電車は3202号。11:43に「駅前」電停到着。

さて今回の「おでんしゃ」は私の知人が幹事の貸切電車。いつも参加させて頂いている日本路面電車同好会名古屋支部の会ではなく、別のグループ(参加者の大多数は非鉄)の会で、そこに急用で参加できなくなった方がおられ、(幹事さん以外にも私の知り合いがいたこともあり)急遽声が掛かりました。今年度のおでんしゃは例年以上に予約の埋まりが早い印象で、年明けに「個人」枠の空きを狙って出かけようとしていた方の中にはギブアップ宣言をしている方もいます。

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赤岩口に向かう電車内で豊橋鉄道の方からのお話で成程と思ったこと。

この写真で線路が一部白くなっているところがあるのが分かりますでしょうか?これは落葉の時期に、電車がそれを踏んでスリップしないように撒いている砂とのこと。

電車がブレーキをかけ、かつ出発する(並木道にある)電停でそれを見ることが出来ます。

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電車のマスコンのところに置いてあった牛乳パックの中身がその「砂」でした。

2014年10月30日 19時35分

中京テレビ45周年記念「NAGOYA-DAGAYA」。

 

1972_02_29名古屋市電_11

かって名古屋の市内を市電が縦横に走っていた時代がありました。

名古屋市電・栄

名古屋駅にも栄(栄町)にも市電が走っていました。

そんな時代の話も一杯出てくる中京テレビ45周年記念「NAGOYA-DAGAYA」が11月1日(土)朝10:30~11:25で放送されます。

NAGOYA-DAGAYA詳しくは中京テレビの番組HPをご参照下さい。

名古屋の本山で育ち、市電の思い出を語ると留まることを知らない映画監督「堤幸彦」が熱く『名古屋』を語ります。

番組では私が会員となっているNPO法人名古屋レール・アーカイブスの所蔵写真とネコ・パブリッシングから「名古屋市電 上・中・下巻」を上梓したばかりの服部重敬氏が撮影された貴重写真も使われています。

是非ご覧下さい。

※上記の2枚の写真が番組で登場しません。私の“思いで”です。

2014年04月26日 21時58分

コンビニのコピー機、恐るべし。

2014_04_22スキャン・名古屋市電 リサイズ

先週の水曜日(4月16日)にUPした「名古屋市電のサヨナラ電車時刻表」の後日談。その時は時刻表の全体像がUPできませんでしたが…。

私が知らなかっただけかもしれないのですが、コンビニのコピー機の機能が進化しており、何とスキャンしてUSBメモリーに保存できるようになっていました。(驚)
たまたま名古屋レール・アーカイブスの展示会用参考資料としてこの時刻表(B4サイズ)をカラーコピーしようとして見つけたもので、早速400dpiでスキャンしました、お代は30円也。家ではA4が限界なのですがコンビニはA3対応。これからは重宝しそうです。

ところでこの資料は昭和49年3月31日の名古屋市電・サヨナラ電車の時刻表(青焼き)というところまでは先日書いた通りなのですが、名古屋レール・アーカイブスの名古屋市電に精通している会員さんにこの資料について聞いたのですが初見とのことで、市電の最後の最後を記した貴重な資料ということがわかりました。思わぬ展開に驚いています。

2014年04月17日 19時49分

1974年(昭和49年)の名古屋市電、最後に。

●昭和町~開橋間にて撮影。

M4-1_4

今回、名古屋市電の思い出を綴っていて、名古屋市電に「撮り鉄」スポットが意外に多かったことを改めて知ることになりました。それとやはり市電は「街と共にある」ことも感じました。

もう40年なのか、まだ40年なのか、、、やはりもう40年なのでしょうが、そんな過去を懐かしむばかりではなく、名古屋市民いや名古屋の街を移動する人にとって市電がもう一度登場する時期が到来したと思っています。今、都心部でのLRT導入が取り沙汰されていますが、それだけではなく、例えば今池~大曽根間であったり、桜本町~名鉄/道徳~東海通~あおなみ線/名古屋競馬場前とかもあったら便利と思える区間です。

交通信号の公共交通優先化などを導入したりして、今や世界で建設が進められています。そのような近代化された路面交通の拡充を期待しつつ名古屋市電廃止40年の纏めにします。

(追伸)私が公共交通(特に路面交通)に拘る訳…今から5年ほど前ですが、足を痛め数か月間にわたり杖を頼りにする生活をしました。右足だったため車の運転もできず、通勤のみならずどこに出かけるにも公共交通が頼りでした。その時、名古屋は車『だけ』社会だと改めて思いました。地下鉄沿線以外ははっきり言って不便です。

その地下鉄ですが地上と地下の垂直移動は思いの他大変です。特に階段は、上るよりも下るのが大変だと思い知りました。上りは一段ずつ一歩一歩進めばいいのですが、一方、階段を下る怖さ(転げ落ちそうな感覚)は何とも言えませんでした。エスカレーターは上りより下りにしてくれよ!とか勝手に思っていたらお年寄りの方も上り(階段は疲れるけど怖くない)より下りが欲しいという人が結構いたのには驚かされました。さてエレベーターはと言えば、八事日赤のように使い勝手が良い駅とそうではない駅の差がはっきりあり、エレベーターに辿り着くまでに疲れてしまいそうな駅もあり、それまではあるだけましとか思っていましたが、ベビーカーや車椅子の方たちの大変さも少し理解できました。その後、ドイツ・フランスのトラムを何か所か利用し、本当に利用しやすい都市交通とは何かを知った気がしました。追伸が長くなり申し訳ありません。ご精読ありがとうございました。

2014年04月16日 19時52分

1974年(昭和49年)3月31日、名古屋市電の最終電車時刻表。

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「サヨナラ電車の最終電車通過予定時刻表」こんな時刻表が私の手元にあります。どこかでもらったような記憶がありますが入手経路を思い出せません。

トリミング2

そして「昭和町」14:15のサヨナラ電車が、4月4日にUPした電車となる訳です。

DSC_0038

その電車だったかどうかは忘れましたが、とにかく市電の運転士さんからもらったスターフ。スターフは運転士さん用の時刻表ですが、「もう必要が無いから」とこれをポケットから無造作に出して私にくれました。

2014年04月15日 20時30分

1974年(昭和49年)の名古屋市電、桜本町一丁目~昭和町。

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桜本町一丁目~桜本町四丁目間。広い道路の真ん中を悠々と走る路面電車。日本というよりヨーロッパ的な感じさえします。

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笠寺西門~本城中学前間。名鉄のガードをくぐるところです。何故か名鉄電車が来るのを待ちきれなかったようです。

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本城中学前電停と名鉄線。手前の木をこんなに写しこまなくてもいいのに、、、と、今は言えます。パノラマカーが写っているのはまあ良しとしても工夫の余地が一杯あったと40年の時を経て反省です。

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笠寺駅前~北頭間。国鉄を立体交差で越えていくところです。

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加福町あたりは工場地帯で、こんな風景もありました。それにしてもこんなに狭い絵ではなく、もっと広い絵をなぜ撮っていないかが不思議です。

2014年04月14日 20時00分

1974年(昭和49年)の名古屋市電、金山橋他。

 

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ここからは廃止の年の1974年(昭和49年)に撮影したのは間違いないものの、撮影月日が書いてなかったネガからのスキャン写真です。まずは「金山橋」駅。

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ここは「瑞穂通三丁目」。私が物心ついた頃はそういう電停名でしたがその後、「瑞穂区役所」に改称されました。右側に市場が写っていますが、当時、電停があるところには市場ありと言っても良いほど市場が多くありました。今思えばとにかくそこに行けば食品から衣料品まで何でも揃う便利な存在でした。

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桜本町一丁目の電停のすぐ北側にあったいつも通院していた耳鼻科の入っていたビルから撮影した一枚。さりげない風景ですが、市電が街とともにあったということを実感させてくれます。

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ふと目を西に向けたら名鉄電車が目に入りました。おまけの一枚ですが、これがパノラマカーでないのが意外と味噌かもしれません。

2014年04月13日 20時43分

平成の「桜山」に残る名古屋市電。

地下鉄「桜山」駅には壁画として名古屋市電の姿が残されています。(このブログでも2012年8月9日にUP)

桜山駅_18

ここ桜山だけの風景ではないのですが、やはり市電とは切っても切れない街だったことが伺えます。

桜山駅_20

これらの壁画群の存在は、残念ながら知る人ぞ知る存在のようですが、市電廃止40年にあたり一度みに行かれては如何でしょうか?

桜山駅_29

因みに市電よりもずーっと昔に廃止されたトロリーバスの壁画もあります。もっとも60歳の私が生まれる前の話です。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!