2020年08月14日 22時42分
1972年(昭和47年)。蒸気機関車の終焉間近の時代。
昭和47年8月11日の小海線。C56の牽引する混合列車(客車と貨車を併結した列車)は定期列車ではなく、蒸気機関車の終焉を前にイベント列車として貨物列車に客車1両を連結して運転されたと記憶しています。ただこの写真、高原ぽく見えないのは、ベストの場所まで移動する時間がなくやむを得ない選択でした。
同じ日の野辺山駅。国鉄最高駅の案内標の標高の数字、一、三、四五米の三と四の間の「、」は何なのだろう?未だに解けない謎。
同年の9月5日の草津線、貴生川駅。近江鉄道の電車を撮影しているのですが、なぜこの画角なのでしょうか?ただ当時の雰囲気はなんとなく伝わります。
この年の10月のダイヤ改正で草津線から蒸気機関車の牽く旅客列車は無くなりました。
その直前、のんびりとした風景の中を汽車が行く。
自分で言うのも何ですが、当時の撮影行は本当に気合いが入っていませんでした。撮れれば良し。撮れなくてもまあしょうが無いかな。今思えばお金と時間の使い方が無駄だらけ。私に限らず、当時はそんな人も少なからずいた時代だったのでしょう。