2021年05月16日 22時18分
今日は鉄道ではなくバスの話し。
昭和5年(1930年)10月1日改訂の時間表。
知多自動車は1918年(大正7年)に設立され、1943年(昭和18年)に知多半島を走っていた他のバス事業者と合併し、知多乗合(知多バス)となっています。
路線図からすると常滑、半田、武豊,河和、内海ほか馴染みのある地名が並んでいます。
大府~武豊は今のJR武豊線。その上には名古屋~大府間の時刻があり、名古屋と知多半島各所を結ぶ鉄道&バスの連絡運輸が成立していたことが見て取れます。それにしても列車到着からバスの発車まで3分。うかうかしていると乗り遅れそうです。
逆方向。武豊での接続時間は10分ほどで流石に余裕を見ていると納得です。バスは1時間に1本程度あり、これが多いか少ないかということになりますが、一定の利便性は確保されていたのではないでしょうか?
ところでこの頃はまだ今の名鉄河和線は開通しておらず、知多鉄道の手によって1935年(昭和10年)8月1日に河和まで開通した後はバス路線は恐らく再編されたと推察されます。