2021年07月20日 21時12分

名古屋鉄道株式会社の御乗車記念(の絵はがき)。天竜下りの謎が解けた。

岡崎市在住の地方史研究家/Fさんから再度の助け船。

2021年07月17日、18日に更新した記事で書いた「天竜下り」の謎が解けました。

三信鉄道電車の時刻表、の表面の右上。

佐久間駅のスタンプ。そこには天龍下りの図案あり。しかもスタンプのベースには一般的に知られている「天竜峡駅近くからの天龍下り」ともう一つ、「佐久間駅近くからの天龍下り」が描かれています。

私は17日に『もっとも長野県飯田市の「天竜川下り」ではなく、今の「中部天竜」駅の近くでそれがあったのかも知れません。』と書いていたのですが、図らずもそれが正解だったようです。私にとっても驚きでしたがそれ以上に、「自分の中の常識を疑え」という原稿を書く上での原理原則に立ち戻るきっかけにもなりました。

肝心の時刻表。スタンプの日付である昭和9年(1934年)11月11日時点で、ご覧の通り吉田(豊橋)~佐久間間(豊川鉄道~鳳来寺鉄道~三信鉄道を直通運転)が開通しています。吉田~佐久間(現在の中部天竜)間の所要時間は1時間58分で今の飯田線のダイヤとほぼ同じです。

ところでもう一度時刻表の表紙に戻ります。実はこのスタンプの日付は三信三輪駅から佐久間駅まで延伸開業した日。

Fさんは偶然、このスタンプの押された時刻表を手に入れたそうなのですが、日付を調べて驚いたそうです。

『スタンプの日付(9.11.11)は、三信三輪(現・東栄)-佐久間(現・中部天竜)間が開通した日であることが分かった。これは、開業日を記念して三駅を回って押印した当時の鉄道ファン?の手によるものだと思うと、貴重なものである。』とされており、私も確かにそう思います。何せ昭和9年のこと。列車本数もさほど多くない時代であっただけに、簡単に出掛けて手に入れたとは思えない「偉業」だとも言えそうです。ただそうした方のおかげで私の疑問が解けたわけで、Fさんだけではなく、先人にもただただ感謝しています。

    

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    稲見部長稲見眞一
    <自己紹介>
    昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!