2021年11月29日 12時06分

全国未成線サミットin浜田。広浜鉄道今福線の遺構(1)下府駅からスタート。

未成線とは?については昨日UPしましたが、ではそれで全国規模の「サミット」を開催するとはどういうことなのでしょう?

それを知る手がかりとして、今日は広浜鉄道今福線(未成線)の現在の状況について見てみましょう。

紹介する内容はサミット翌日、地元のボランティアガイドの方々に点在する鉄道遺構をご案内いただいたエクスカーション(体験型の見学会)『JR浜田駅発着 幻の鉄道遺産「広浜鉄道今福線」 遺構を巡るバスツアー』参加時のものです。

最初に訪れたのは山陰本線下府(しもこう)駅。

ここで今福線の簡単な歴史紹介。

(旧線)

*1933年(昭和8年)、下府駅を起点に岩見今福駅(現在の島根県浜田市金城町今福に作られる予定だった)まで着工。

*1940年(昭和15年)、戦争のため工事は中止。

(新線)

*1970年(昭和45年)、浜田市の起点を浜田駅に変更の上、浜田駅~岩見今福駅を着工。

*1980年(昭和55年)、日本国有鉄道経営再建促進特別措置法により今福線工事中止。

つまり今福線は戦前(旧線)、戦後(新線)と2度も工事中止の憂き目にあっているのです。

下府駅はホーム2面2線の交換可能駅。この写真では浜田駅側を臨んでおり、右側が京都方面に向かう上り線で、手前が下り線です。

その下り線ホームの右側の草むらが戦前の今福線の線路が敷かれる予定だった場所、幻の3番線。解説を聞きながらの見学ですので分かりますが、知識なしでこのホームを見た場合に、ホームの端に違和感を感じることはきっとないでしょう。

余談ですが、下府駅は100周年。駅本屋は開業当時のものだそうで、待合室の木のベンチも100周年。思わずひと座り。戦前の今福線が無事開業し、その線が昭和50年頃まで残っていたとしたら、乗りつぶしをいていた私はこの椅子に腰掛けていたかもしれません。

下府駅発8:37の424D益田駅発出雲市駅行き。列車が来ればシャッターは押します。世が世ならば、浜田駅発広島駅(方面)行き普通列車となっていたのかも知れない。

今福第一トンネル。そして振り向けば…。

橋脚群。

私は廃線跡巡りもしており、それはかつての栄華の余韻に浸る一つのロマンです。一方、未成線でも特に着工されたにも関わらず日の目を見ることなく終焉を迎えてしまった建造物にはもののあわれを感じ、一種独特の「美」を感じてしまう私です。

この写真は今回のテーマとは無縁です。美しい風景だなと感じシャッター押した1枚。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!