2021年08月06日 19時08分

富山地方鉄道富山港線.

2020年(令和2年)2月22日、富山ライトレールが富山地方鉄道に吸収合併され、同年3月21日にはそれまでの起点、富山駅北停留場が富山駅の高架下にある富山駅停留場に統合されました。

それにより乗り鉄としては新規開通区間を乗らねばと思いつつ、コロナ禍の中で出掛けることはなりませんでした。

新規開通区間はわずか100メートル。以前の富山駅北~岩瀬浜間が7.6キロ。現在の富山駅~岩瀬浜間が7.7キロなのでその差は100メートルという計算です。

乗車したのは18:00発の岩瀬浜行き。

2つ目のインテック本社前停留場まで乗車。ここから先は徒歩で富山駅まで戻ります。

500メートルの距離をのんびり歩く。

電車の走る街、やっぱり好きです。

電車ではありません。ロードヒーティングの工事中。こんな構造になっているんですね。初めて知りました。

富山駅発18:33のはくたか574号に乗車。この日の宿泊地である上越妙高駅まで移動します。

2021年08月05日 11時50分

鉄印帳の旅(9)IRいしかわ鉄道&あいの風とやま鉄道。

7月21日、鉄印帳の旅。

金沢駅発16:44、455Mあいの風とやま鉄道泊行きに乗車。4両編成の電車は、出発時にはほぼ満席。でも金沢駅を出て暫くすると一駅ごとに下車客がいて徐々に席の余裕が生まれました。

IRいしかわ鉄道&あいの風とやま鉄道の境界駅、倶利伽羅。駅自体は石川県にあります。

乗車した電車は7分遅れで到着。次のスケジュールの関係で、これ以上の遅れはつらい状況。ギリギリ助かりました。

私が富山駅を訪れたとき、駅ピアノの彩色が行われていました。

最近、駅ピアノ(空港ピアノ、街角ピアノを含む)が増えていると新聞か雑誌か何かで読みました。「もしもピアノが弾けたなら」をふと思いだす。1981年に発売された曲なのでもう40年も経っているのですね。ピアノで何か曲は弾けたら…。あこがれはありました。でもそれだけで終わりました。我が人生は精々そのレベル。

かくして鉄印収集の旅は続く。

 

2021年08月04日 22時57分

鉄印帳の旅(8)のと鉄道&JR西日本/七尾駅。

604Dは七尾駅到着。広い構内の左端、短い切欠きホームに入線します。

のと鉄道専用の改札口。JR西日本の改札口とは供用していません。

こちらは和倉温泉駅にあったICカード用自動改札機。JR西日本の駅でもあるので設置されているのですが、のと鉄道の乗客は使えません。お隣りの七尾駅まではJRとの供用区間ですが、のと鉄道の普通列車に乗る人は、「のと鉄道の乗車券」が必要となります。勿論、JR西日本の特急に乗る方は、ICカードを使うことが出来ます。

なおのと鉄道の七尾駅の改札には「のと鉄道としてのICカード用自動改札機」は当然の事ながらありません。

七尾駅。人口約5万人の町の玄関口。

この駅のお出迎えは「とうはくん」。桃山時代を代表する絵師の一人、長谷川等伯(はせがわとうはく)がこの地の出身と言うことで誕生したそうですが、ちょっと渋すぎる気がしないでもない。

15:27発の3008M特急能登かがり火8号が15:25に定刻で到着。

平日午後の金沢行きは想像以上にガラガラでした。

2021年08月03日 10時16分

鉄印帳の旅(7)のと鉄道/能登中島駅。

のと鉄道/能登中島(のとなかじま)駅。

中島は漢字で書けばこの通りですが、私の知人には「なかしま」さんと「なかじま」さんがおり、混同することはありませんがややこしい。こんなこともあって駅名などでルビを振る場合は、慎重には慎重を期している私です。

さて我らが604Dは14:41着で14:56発。何と15分も停車します。この駅で下り列車との交換はあるのですが、発車時間の直前にならなければその列車は到着しません。

元々この列車は観光列車「のと里山里海」(水曜日を除く毎日運転)を併結するのですが、現在はコロナ禍の中でそれが土休日運行となっています。一方、「のと里山里海」が運転されない日でも、ダイヤを変えること無く、同じダイヤで運転されており、よってここで15分停車。まずは駅舎を撮影しようと外に出たところ、電話ボックスに私は釘付けになりました。

何かって言えば「ISDN」の文字。恐らく若い人のみならず、私の世代でも知る(覚えている)人は少数派。気になった方は一度検索してみて下さい。

ところでこの駅で停車時間を取っている本命がこれ。現在では全国に2両しかない郵便車「オユ10(2565)」が保存されていること。既に知る人ぞ知る存在になってしまった郵便車。

平日の午前中ならば中を見られるようですが、見学希望の方はのと鉄道さんに一度、問い合わせて頂くのが無難かと思います。

137D、穴水駅行きの到着。

車窓から眺める和倉温泉街。のと鉄道の列車から見えるとは思いませんでした。

当初乗る予定だった3008M「能登かがり火8号」を横目にひとまず先に七尾駅を目指します。

2021年08月02日 22時31分

鉄印帳の旅(6)のと鉄道/JR西日本。

のと鉄道の成り立ち。いろいろ調べて結局公式サイトの会社案内が一番分かり易い気がしたのでここに概略を転載。

【会社設立】1987年(昭和62年)4月30日

【営業開始】

1)能登線…1988年(昭和63年)3月25日(平成17年4月1日、営業廃止)

2)七尾線…1991年(平成3)9月1日(平成13年4月1日、穴水~輪島間営業廃止)

【免許形態】

七尾~穴水間 33.1km 第2種鉄道事業
※第2種鉄道事業とは、他人の鉄道路線を使用し運送を行う事業

私自身、こうしてここに来るまでのと鉄道については何も知らない状態でした。

そして分かったのは、JRからの転換時に線路を買い取るのではなく、借用を選択していたと言うこと。(上記の第2種鉄道事業)

また七尾駅~和倉温泉駅間はJRとの供用というか重複区間であったこと。なおかつこの区間の普通列車はJR西日本にはなくのと鉄道のみ。

のと鉄道の次に乗るJR西日本七尾線和倉温泉駅からの乗車券。乗車区間を更にトリミング。和倉温泉~(七尾線/IRいしかわ鉄道)~金沢~(IRいしかわ鉄道/あいの風とやま鉄道)~富山~(北陸新幹線)~長野の乗車券。

実は穴水駅から乗車した604Dから能登かがり火8号への乗換は当初、この券面通りの和倉温泉を予定していました。

ただ和倉温泉駅ではなく、その次の七尾駅で乗り換えれば、短時間ではあるものの七尾駅も楽しめると思い、それでJRの和倉温泉駅~七尾駅間の乗車券で、のと鉄道の同区間の列車に乗車出来るかどうかがふと不安になったのです。

ということを皆さんに分かってもらう(私自身の確認の意味も含め)べく、のと鉄道の概略を今回、書かせてもらいました。上記掲載の乗車券の使用について、結果は「問題なし」との事でしたが、正直、確認するまではドキドキものでした。

2021年08月01日 22時02分

鉄印帳の旅(5)のと鉄道/ぼら待ちやぐら。

穴水駅にあった「ぼら待ちやぐら」の顔だしパネル。思わず検索。

振り返ればホームにもやぐらあり。

穴水からの戻りの列車内から撮影。海の中に組まれたやぐら。一瞬、本当に人がいると思ったほどですが、さすがにそんなことは無い。と言うのが私の結論。

今はここ穴水駅がのと鉄道七尾線の終点となっていますが、かつてはここから先、七尾線は輪島駅まで繋がっており、かつここから蛸島駅まで能登線が走っていました。この姿が当時のままとするならば左側が七尾線輪島駅方面(2001年廃止)で、右側の線路が能登線蛸島駅方面(2005年廃止)です。

さて穴水駅からの折り返しは14:15発の604D。

分かりにくいかも知れませんがこれ吊革。一個おきに握り部が支柱にくくりつけられているのが見てとれます。恐らくはコロナ対策。このパターンは初めて見ました。

2021年07月31日 17時03分

鉄印帳の旅(4)のと鉄道穴水駅。

私が乗車した135D(和倉温泉駅発13:12)は能登中島駅で136Dと交換。ローカル線での交換風景は旅心を誘われます。そしてその場にいる幸せ。

穏やかな七尾湾。

能登鹿島駅のホームにはアマビエさんとかかし(?)。

のと鉄道の終点、穴水駅13:52着。授かった鉄印は2021年07月29日アップ分でご確認下さい。

 改札口には「敬天愛人」の扁額。前に来たときからあるかどうかは不明ですが、この場所にこうした扁額が掲げられているのは珍しいと思います。

ホームにはNT800形パノラマ気動車が静態保存されています。知りませんでした。

この駅名標にある「なかい」駅は今は廃線となった能登線の駅です。この駅名標の解説を本来ならここでしておきたいところですが、のと鉄道の変遷は私の力では到底書き切れません。

とりあえずこうした遺構があると言うことでお願いします。

2021年07月30日 21時26分

鉄印帳の旅(3)和倉温泉駅でのと鉄道に乗換。

特急能登かがり火3号は和倉温泉駅に12:22の定時着。

それにしても観光列車「花嫁のれん」が七尾線の主役のようで、「能登かがり火」で着いた身には少々寂しいですが、こうした出迎えは嫌いじゃ無いというか、どちらかと言えば好ましいというのが私の考えです。

七尾線に初めて乗ったのは1,978年(昭和53年)9月12日。その頃は「和倉駅」だった今の「和倉温泉駅」。

七尾駅時代の入場券。あったような気がして探したら、あるにはあったのですが残念ながらお隣の七尾駅。

駅頭の車輪は直径2メートル。地元のお祭りで使われたもの。「でか山」というそうで、お祭りの時期にまた来てみたい。

下り線ホームの七尾線電化記念の碑。1991年(平成3年)9月1日の完成。当時、交流電化されている北陸本線から分岐する七尾線が直流電化されたことに驚いた記憶があります。

のと鉄道NT200形201号が到着。

2021年07月29日 12時01分

鉄印帳の旅(2)IRいしかわ鉄道とのと鉄道。

金沢駅着10:48。北陸新幹線開業の乗り鉄で来た2015年6月13日以来。

見上げれば空がある金沢駅のもてなしドーム。

バスの発車時間の案内。公共の交通機関で金沢エリアを回る方には便利だと思います。

さて右側はIRいしかわ鉄道金沢駅での鉄印で、左側がのと鉄道穴水駅での鉄印。

いしかわ鉄道の鉄印は、七尾線の特急能登かがり火3号の発車時間、11:23までの間にゲット。これがここで手に入れられる理由ですが、特急能登かがり火3号は途中の七尾線尾分岐駅である津幡駅まで、IRいしかわ鉄道のIRいしかわ鉄道線を走ります。

また今更の余談ですが、北陸本線は米原~金沢間の路線で、金沢~直江津間は3つの第3セクターで繋がっています。昭和のおじさんにはついていけないというのが実情です。

どちらにしても金沢駅はJR西日本とIRいしかわ鉄道の共同使用駅。現実を受け入れることにしました。

特急能登かがり火3号。尾灯が点いていますが、こちらが先頭車。この写真を撮った直後に前照灯に切り替わりました。

列車名は赤地に白文字。名前にピッタリですね。

途中の停車駅/羽咋駅ホームで見かけたサンドアート。「制作完成から間もない…まだ柔らかい部分…」と注意書きがあったので、定期的に作品を新しいものに置き換えているようです。

2021年07月28日 22時42分

鉄印帳の旅(1)しらさぎ1号。

コロナ禍の中での趣味の活動。
ワクチンの効果について、十分な免疫が出来るのは2回目のワクチン接種を受けてから7日後との事でしたので、そこから少し余裕を見て、まずは北陸~信越地方の鉄印帳の旅に出掛けました。ところでワクチンを接種したとしても、結局のところ万全とまではなりませんから、不織布マスクをして除菌スプレーをカバンに入れて持ち歩くなど、これまでと行動は全く変わっていません。もっともここ数日の感染者数を見ていますと、ワクチンを接種した身であっても二の足を踏みます。
7月21日(水)、まず目指すはのと鉄道の穴水駅。和倉温泉駅までの乗車券は思いがけない手書き。少々複雑な連続切符でお願いしたのでこうなったようですが、こうした手書きの乗車券はJRでは回収しなければならないそうで、和倉温泉駅で、記念に頂くことは出来ませんでした。
名古屋駅発7:50の特急しらさぎ1号金沢駅行き。
681系って、行先はLEDなのに愛称はまだ幕なのですね。知りませんでした。
こちらは今は使われない「雷鳥」。
やっと「しらさぎ」。この幕はいつまで見られるのだろう。
しらさぎ1号は昭和の時代から、仕事&プライベートで何度も乗っていますが、繁忙期は名古屋から、閑散期でも米原からは満席に近いという記憶があります。
しかし名古屋からはご覧の通りで、米原からでも席は半分も埋まっていません。かつての状況に戻るのはいつになるのでしょう。
伊吹山。旅に出ているという実感は、こうした風景の中にあるのかも知れません。
敦賀駅で見かけた速度制限標識。681・683系と485・489系のこの差は何だろう?
それとも4形式の制限が95キロで、それ以外が90キロとも見えます。正解は?


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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!