2020年08月22日 23時45分

地下鉄名城線・名港線の可動式ホーム柵。

地下鉄名城線・名港線の可動式ホーム柵が徐々に増えています。

これは昨日の矢場町。栄・市役所方面の可動式ホーム柵は既に使われていますが、金山方面はこれから供用開始となります。来年の3月までに全駅の設置完了とのことですが、まだまだ先だと思っていたのがもう随分、近くになってきました。

2020年08月09日 22時32分

1974年(昭和49年)3月31日。名古屋市電の終焉。

大学1年生の春休み。アルバイトと旅行に明け暮れる中、この日の直前に実家に戻りました。

61号系統の南の終点、名古屋市港区の昭和町電停。文字通りの最終電車は「市大病院」行きでした。

大江町電停。真っ直ぐ行けば熱田神宮前方面となりますが、同年の2月16日に廃止となっており、一見現役の路線に見えますが、全廃より一足先に電車が走らなくなっていました。

当時、実家のあった桜本町一丁目電停で下車。高校に通っていた頃は、ここから毎日乗って市大病院に向かっていた(そこからバスに乗り換え)のですが、最終日は何と、市大病院行きから降りるという幕切れ。何せ市大病院まで乗っていっても戻ってくる電車はなく、それはそれとしてもバスで帰って来るという発想はありませんでした。今なら間違いなく最終電車の終点まで乗ったいったことでしょう。

葬式鉄と言う言葉はなく、この最終電車も混んではいても乗り切れないほどではなく、なんとも平和な時代でした。

最終日の最終電車の運行表。何故にこれがあるかと言えば、最終電車の運転士さんからもらった記憶あり。一番前に陣取っていたら「市電が好きか?」と聞かれ、「毎日、市電で学校に通っていました」と答えたら、「やるよ」と言われてもらったような、、、。

名古屋市交通局にこれが残っているかどうかは不明ですが、私にとってはとても大切な宝物です。10歳の時に桜本町に引っ越してきてそれから10年弱。学校だけではなく繁華街の栄も、叔母の家に行く時もいつも市電に乗っていました。いまだに鮮明な記憶にある名古屋市電。資料を整理しつつ思い出が蘇り、作業が進まない日々。

2020年08月07日 22時41分

1972年(昭和47年)10月13日と15日。名古屋市電の花電車。

名古屋市電の終焉は1974年。それを前に1973年(昭和48年)の名古屋まつりで恒例の花電車がその歴史を閉じました。私はその年は撮影しておらず、この写真、昭和47年が最後の撮影となりました。

前の写真とこの写真は市大病院(今の昭和区桜山交差点)電停で撮影しています。

熱田神宮の東側(名鉄神宮前とJR熱田駅の間)を走る花電車。当時は新聞でダイヤが公開されており、こうして撮影して回った方は結構いました。

名鉄本笠寺駅近くの場所での撮影。フィルムの時代は感度に限界があり、低速シャッター&手持ちでの撮影は困難を極め、それでも花電車の明るさのおかげでこの程度は撮れました。

2020年07月04日 22時16分

オリジナルの書体「修悦体」(しゅうえつたい)。

◆知人からの情報提供です。

東京ではJR東日本 新宿駅、JR東日本 日暮里駅他で見られたことで有名になったオリジナルの書体だそうです。

※今も上記の駅で見られるかは不明。

ガムテープを使った案内表示とのことで、目立つ!ということもありますが見やすいことで評判となったそうです。

今これが見られるのが名古屋市交通局の地下鉄上前津駅。

この書体を考えたのは鉄道駅における工事の際、乗客の安全誘導などの業務を行う三和警備保障株式会社に勤務する警備員の佐藤 修悦(さとう しゅうえつ)さん。(参照:Wikipedia)

ただ佐藤さんが勤務する三和警備保障株式会社はそのHPを見る限り名古屋に営業所はなく、何故これがあるかは不明です。

ところで書体が目立つと言えばこのポスター。情報に埋もれないということは案内表示に限らずポスターでも重要な要素です。

2020年06月04日 21時48分

モノクロ写真のカラー化

最近はモノクロ写真をカラー化するソフトがあります。かつてはそんなことは思いもよらなかったのですが、それが今ではネットで無償でできたりする訳でして時代の進化には目を見張るものがあります。

1974年3月撮影のモノクロ写真。名古屋市電の終焉を前に、私には珍しく「撮り」に行っていました。

有償で購入した画像加工ソフトを使ってのカラー化。

まるで最初からカラーで撮影したような感じ。思ったよりも夕方の雰囲気が出ていました。優美さも醸し出していると言ったら、、、それはさすがに大仰ですね。

またその内に遊んでみよう。

2020年06月03日 23時52分

名古屋市交通局の「新型コロナウイルス対策」

名古屋市交通局のウェブサイトに「新型コロナウイルス対策について」という項があります。
*消毒について
*車内換気について
*職員の取り組みについて
*ビニールカーテンの設置について
*バス車内の最前列の使用中止について
記載は上記5点ですが、公共交通機関の方々のご苦労も察するにあまりあります。
ところで私は先日、ほぼ2か月ぶりに地下鉄に乗り「*車内換気について」を実際に体感しました。
東山線では気付くことはなかったのですが、桜通線6000形で肌に当たる風を感じ、ふと目を向ければ窓が開いていました。
桜通線開業以来、窓の開いている6000形に乗るのは初めてのこと。
私自身としては、改めて新型コロナウィルスに対して気を引き締めねばと思った次第。
ところで昨今いわれ始めている「気の緩み」ですが、マスクをしていない人が増えている気がします。この日も若い世代のノーマスクが散見(私が乗った車両で数人程度)されましたが、義務ではないものの大丈夫かな?と心配になります。

2019年08月12日 22時53分

名古屋市交通局N3000形甲種輸送。

7月12日(金)~14日(日)の3日間、豊川市の日本車輛製造で作られた名古屋市交通局鶴舞線用のN3000形が、名鉄経由で甲種輸送されました。

名古屋臨海鉄道が環状線(道路です)と交差するところで待つこと15分ほど、9時19分にその姿を見せました。前日、ネットで東海道本線を走っているとの情報があり、であればこの時間と推測し来た次第。とりあえずの記録の撮影なのですが、皆さんが集まる定番の場所は既に一杯。ということで撮影できる場所で撮影できる範囲で、穏やかにシャッターを押す。

環状線でこの電車の通過を待たされたトラックの運転手さんは慣れたものでしょうか?いやいやきっと慣れている人はいないはず。それでもこの場所には10人以上はいたはずなので、それなりに見慣れない光景ではあったでしょう。

単純に時間の経過順に掲載。9時24分ですから、顔を見てから5分経過。

大江駅には知立~豊田市~赤池と走るための電気機関車がスタンバイ。

築港線を走り、大江駅に到着したN3000形。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!