2021年06月16日 16時08分

開業20周年のゆとりーとライン(1)記念グッズ。

鉄道なのにバス。それが名古屋ガイドウェイバス株式会社が運行するガイドウェイバス志段味線。一般的には「ゆとりーとライン」(名古屋市交通局+名古屋ガイドウェイバス)と呼ばれています。

一見、バスにしか見えませんが、、、もっともシステムとしても「ガイドウェイバス」と「バス」と呼ばれるのですが、実は鉄道です。

(「ゆとりーとライン」公式サイトより転載)

平成4(1992)年1月運輸政策審議会答申
(中量軌道系の交通システムとして整備することが適当と位置づけ)

平成6(1994)年10月軌道法に基づく特許の取得

平成8(1996)年1月軌道法に基づく工事施工認可・工事着手

とあるように、実は分かり易く言えば路面電車の仲間(法律上)だったりします。

細かい仕組みはゆとりーとラインの公式サイトに「ガイドウェイバスのしくみ」というページがありますのでそちらをご覧下さい。

ところでゆとりーとラインの開業は2001年(平成13年)3月23日。つまり今年は20年目の記念すべき年なのです。

たまたまゆとりーとラインの公式サイトを見ていたら、6月1日から「開業20周年ポスタープレゼント」との事でしたので、大曽根駅まで出掛けてきました。

1枚だと思ったら何と3種類3枚セット。私としては名古屋市、名古屋鉄道株式会社、ジェイアール東海バス株式会社の交通事業者3者が株主で連なるという珍しい企業「名古屋ガイドウェイバス」と名古屋市交通局の路線バスの直通運行の歴史的記録を保存という気持ちで伺ったので、3枚セットを有り難く頂戴しました。今のご時世、あまり広報がされておらず、欲しい方には受け取ってもらおうという方針と見受けました。

記念乗車券、記念入場券と言った記念券は恐らく馴染まないゆとりーとラインなのですが、記念グッズは各種発売されており、私はストラップを購入して鉄カードを頂きました。

2021年06月15日 15時55分

地下鉄名城線の路線図。

身近な所で「鉄活」。今日は地下鉄名城線の車内の路線図。

ふと気付いたら随分古びた感じ。

駅ナンバリングが入っているからそんなに古いモノでは無いのだな。とか思ったのですが…。

調べてみたら名古屋市交通局の駅ナンバリングは2004年(平成16年)のスタート。すでに17年も経っているのですね。そりゃあ古びてくるのは当たり前。ところでこの2004年ですが、地下鉄名城線が全通し、環状運転を開始した年。合わせて金山~名古屋港間が「名港線」という愛称となった年です。

そう言えば駅ナンバリングの名城線が「M」なのは分かりますが、名港線が何故「E」なのだろう?とはたまに聞かれる話し。「MEIJO」の「M」の次の「E」とか言っても信じてもらえない。

昭和世代の「ついこないだ」は、少なくとも15年は経っていることに気付かされました。

2021年06月10日 11時33分

国指定文化財(建造物) 東山植物園温室前館。

名古屋市役所のウェブサイトに『国指定文化財(建造物)一覧』というサイトがあります。

これは国指定重要文化財のことであり、名古屋市内であれば名古屋市庁舎、愛知県庁舎などがあり、そこに「東山植物園温室前館」も載っています。

以下、文化庁の国指定文化財データベースからの転載。

『名古屋市東山植物園温室前館は,園内の中核施設として市土木部建築課の設計により,昭和11年に建設された。
平面は,中央ヤシ室,東翼のシダ室及び西翼の多肉植物室を東西の花卉室で繋ぎ,中央ヤシ室の正面中央に玄関を張り出している。
構造は,基礎と腰の部分を鉄筋コンクリート造とし,アングル材を主とした鉄骨で架構をつくり,ガラスを張る。架構の主要部は全て電弧熔接により施工されている。
名古屋市東山植物園温室前館は,我が国最初期の本格的な鉄骨造温室建築として重要であり,鉄とガラスによる建築物の造形的特質を良く示している。また,我が国最初期の全熔接建築物として建築技術史上,高い価値がある。』

指定されたのは2006年(平成18年)12月19日。その当時の印象があまりないので申し訳ありませんが、今回はその保守修理工事が終わったというニュースがあって、初めてこの建物が重要文化財だと知りました。

学校の遠足で入り、それ以降、多分数度は入っているものの前回いつ行ったのかは記憶がありません。が、それでも1歩足を踏み入れれば私にとっては昔と変わらぬ姿。

東山動植物園の内、植物園が開園したのは1937年(昭和12年)3月3日。(※東山動植物園公式HP)

※「東山植物園温室前館」の完成はその前年。

当時の絵葉書「名古屋名勝」に入っていた8枚の写真の一つが「東山植物園温室前館」。名古屋城、大須観音、日泰寺などと並び、名古屋を代表する観光地だったという証となります。

この昭和12年という時代の名古屋は、昭和9年に人口が100万人を突破(※名古屋市役所のウェブサイト)し、東洋一の駅舎と言われた名古屋駅(今のJR名古屋駅)が開業(それまであった笹島から線路を高架化して移転)。そして入場者数が480万人と言われた「名古屋汎太平洋平和博覧会」の開催と、勢いがあった時代だったと思います。

ところで今回、「東山植物園温室前館」を紹介したわけ。

目の前を走るモノレールを撮影出来る。

ではなく、名古屋市内の公共交通を語る上で、重要な場所だからです。

当時の名古屋市電が東山公園に達したのは1937年(昭和12年)2月27日。名古屋市営地下鉄東山線が東山公園まだ開業したのは1963年(昭和38年)4月1日。

来年(2022年)は名古屋の市営交通の100周年。今私は、それがあって名古屋の公共交通機関の歴史を調べ始めています。

もしも東山動植物園がこの地につくられなかったら、それでも名古屋の町は東に膨張していったのでしょうか?そんな歴史の「もしも」を妄想しつつ今日はこのブログを書いてみました。

2021年05月30日 22時44分

あおなみ線の見える公園。港区稲永東公園。

名古屋市港区の稲永東公園。あおなみ線の野跡(のせき)駅から徒歩10分ほど。

で、この写真の左の林の向こうに実は電車が写っています。

前の写真をトリミング。陽炎(かげろう)のような電車の姿が見えます。緑が濃いのは、強い日差しを防いでくれて散歩するには気持ちが良いのですが、こうした写真を撮るにはコントラストが強くなり、不向きということを知りました。

ここでは散歩だけを楽しむのが良さそうです。

2021年05月29日 10時18分

コロナ禍の記録。

地下鉄ホームの柱にある貼紙。

金曜夜の電車の運休も随分、長くなりました。

「当面の間」というものの終わりの目処がたたない「当面」。

私はこうした写真も記録として撮影しています。

2021年05月24日 16時00分

名古屋市営バスのレトロカラーバス。

今日は鉄道ではなく市バスの話。

5月17日(土)の鉄道模型講座の帰り道。名鉄「神宮前」駅というか市バスの「神宮東門」で「レトロカラーバス」を見かけました。私は車に乗っていて信号待ち中。慌ててスマホでこの1枚を撮影しました。

名古屋市交通局のウェブサイトによりますと

●令和元年6月18日から12月までは「幹栄2(栄起点 笹島町経由 新大正橋西終点)」「栄21(栄起点 金山経由 泉楽通四終点)」

●令和2年1月から3月までは「幹星丘2(星ケ丘起点 牧の原経由 地下鉄植田終点)」、「(星ケ丘起点 西里町五(左まわり)経由 星ケ丘終点)」

●令和2年4月から令和3年3月までは如意営業所

そして今年の4月から1年間は中川営業所ということで、ようやく私の目に留まることになったようです。

わざわざ撮影にしている知人もいますが、私にとってこれまではご縁の薄い場所ばかり。もっともこれからも出会うチャンスは宝くじに当る確率と同様だと思っています。

それでもこうして出会えたのは素直に嬉しい限り。出来れば一度乗ってみたし。

昭和50年代の復刻塗装。遙か彼方の記憶を呼び戻しています。

2021年05月24日 0時03分

爺散歩。名鉄本笠寺駅付近。

ノスタルジー、爺散歩。

昭和49年(1974年)3月、名古屋市電の廃止直前の情景。名鉄は本笠寺~本星崎間。名古屋市電は本城中学前電停。

同じ歩道橋からの撮影。

懐かしいと言ってもあと少しで半世紀前の出来事。ノスタルジーならぬノスタル爺。

2021年05月22日 23時38分

地下鉄本山駅の陶芸品。

これを陶芸品と呼ぶにはあまりにも大きい。かと言って「壁画」というには…。

地下鉄東山線・名城線の本山駅の改札内壁画。んーっ、陶器なので壁画とはやはり言わないか?

ここを通る人はもう慣れているのか、これほど立体的なオブジェにも関わらず、素知らぬ顔をして通り過ぎて行きます。

特にガードされている訳ではありませんが、触れるには気が引けるというか圧倒されてその気になりません。

加藤重孝作「森の精」。作者は私も取材させていただいたことのある陶芸家。数十年ぶりの作品との出会い。

東山線と名城線の連絡通路にあります。一度ご覧あれ。

2021年05月21日 16時54分

緊急事態宣言の中の地下鉄。

通院のために地下鉄乗車。

網棚の上の広告スペースは空いたまま。

窓に付けられたステッカー。

この光景が思い出となる日が早く来るのを願うばかり。

2021年05月11日 12時25分

続々 絵はがきに見る鉄道史(49)名古屋市電車運転系統図。

名古屋市電車運転系統図の追記。普通の絵はがきでは見かけない「資料」としての価値。

ここにある乗車料は、当時の物価と比較していないのでその値段の“価値”が良く分かりませんが、系統図と一対と言えるでしょう。で、ここまでは納得。

こちらは各路線の延長。1923年(大正12年)頃の距離なのですが、区間と路線名と必ずしも合致していません。(詳細は略)

ただ運転系統から見ると「そうだよね」という事はありますが、一般の乗客からして、これって必要な情報かどうなのかはよく分かりません。

更に言えばこの車両数と定員数。散水車が4両あると言うことは、未舗装の道路区間がそれなりにあったと言うことでしょう。

ただ「趣味的には面白い」と思いもののやはり一般の乗客に必要な情報かどうかちょっと、、、。

なお当時のことをもっと知りたい方は、下記で調べることが出来ます。

【国会図書館 「市営十年」(昭和8年.名古屋市電気局発行)https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1210924】

 



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!