2020年07月28日 0時21分

1969年12月21日の名古屋市電。

暫くの間、昭和40年代の鉄道をご覧頂きます。ということで今日は名古屋市電。

若い方には名古屋に市電があったことを知って頂き、年配の方には懐かしんで頂ければ幸いです。

ここは老松町の電停。100メートル通(若宮大通)の中央本線と名古屋高速都心環状線の丁度中間辺りです。電停があったのは東行きと西行きの真ん中で、鶴舞駅のほぼ北です。

私が好きだった名古屋の電車、1300形。武骨と言えば聞こえは良いですが、単にゴツゴツしていただけだったとも言えます。この電車に乗り、たいした速度でもないのに、右に左に思いっきり揺られていたのは今でもいい思い出です。

新栄町。地下鉄の新栄駅は錦通にありますが、ここはその一本南の広小路通との交差点。道幅が狭かったので、名古屋市内では珍しく安全地帯がありませんでした。

安全地帯がないのはこの写真の方が分かり易いですね。

2020年07月19日 21時41分

中勢鉄道廃線跡巡り(3)座学。

2020年2月8日(土)の中勢鉄道廃線跡巡り。阿漕(あこぎ)駅から1駅の津駅に向かいます。駅のアナウンスが「つ」ではなく「つーぅ」に聞こえると言われたあの「津」です。

11:57頃に顔を出した快速「みえ」は阿漕駅通過。その後を走る12:11発の普通列車に乗車です。

さて午後は津市の三重県生涯学習センターにて座学。いわゆる勉強会です。

その前に腹ごしらえ。

駅弁のあら竹特製の「元祖特選牛肉弁当」。ところでこのお弁当の特徴の一つに、牛肉だけではなくご飯の美味しさもあります。その秘密は…。是非、松阪駅前のあら竹さんで社長からお聞き下さい。なおあらかじめ乗る予定の電車の時間を社長に告げておくことは必須です。(笑)

さて中勢鉄道についての勉強会の中身はここでは割愛します。ただ廃線跡巡りの沼は、その歴史を知れば知るほどどんどん深みにはまっていくと言うことは悟りました。

で、今回のイベント用に幹事さん達が作った「乗車券」。区間もさることながら旧字体を使っているのはさすがです。

ダッチングマシーンもあれば、パンチもある。ところで硬券乗車券を行先別に保管してある棚は何という名前でしょうか?

硬券用乗車券箱、硬券切符販売棚とかそんな所ではないかと思うのですが、頭の中を疑問符がぐるぐる回っています。

今回の参加者の方が作られた中勢鉄道の列車。アーバンライナーと同じ縮尺とのことで、その可愛らしさは特筆ものですが、それよりその非力さも十分に伝わってくるわけで二重池付近の勾配はきっときつかったであろう、、、そして時に登り切れずに止まることもあったであろう。

2020年07月09日 23時09分

名城線ダイヤ改正。

2020年(令和2年)5月23日(土)、名古屋市交通局名城線・名港線のダイヤが改正されました。何を今頃ですが、先月末に久しぶりに名城線に乗り、初めて気付いたのです。

ダイヤ改正は可動式ホーム柵稼働に伴うもので、写真の金山駅ではこの5日から使用されています。

地下鉄のダイヤ改正って、日中しか使わない人にとってはあまり気にすることはないでしょう。では何故今回は気付いたかと言えば、自粛明けで乗った名城線電車の各駅での停車時間が長い!と感じたからで、以前、桜通線の可動式ホーム柵稼働時に「所要時間が長くなった」経験が今回に生かされました。

真新しくなった案内表示を見ると確かに所要時間が延びている。自分の肌感覚に拍手(パチパチ)とかそこまで言うほどのものでは無いですね。

2020年06月11日 22時22分

加悦(かや)SL広場(3)キハ08 3。

特徴のある個性的な古典機が並んでいた加悦SL広場。その中で私のお気に入りはこのキハ08 2。

客車改造気動車。その独特のフォルム/形状は気動車らしくなく客車そのもの。

いろいろな角度から撮影してみる。

これはちょっと狙いすぎました。

2020年05月28日 23時42分

バーチャル背景。

本日はオンライン呑み会。

特段、私の顔に意味があるわけではありませんが、リモートワーク時のWeb会議システムでその名を知られるようになった「Zoom」使用時に、PC画面の自分の顔の部分を撮影しました。

背景は「バーチャル背景」と呼ばれるもので、今日の背景は2019年6月15日にでかけた奥三河/粟代鉱山軌道ですが、実際にPCカメラが撮っているのは私の部屋ですので背景は自室です。

もっとも仕事部屋ならともかく自室は、、、で登場したのがバーチャル背景なのだそうです。そのニーズ分かります。

ところでこのブログでそれを取り上げた理由ですが、テレビ放送ではこれをクロマキー(合成)と呼び、今も高度な技術の一つのはずです。通常はブルーかグリーンのパネルの前で、同色の服を着ずに立ち、そのブルーかグリーンの部分に別途用意した映像がはめ込まれます。

今驚きなのは、このバーチャル背景ではブルーかグリーンのパネルの前に自身がいる必要がないことです。PCのカメラが高機能化し、人間の顔認識技術が進んだことと、顔のある場所の位置とそれ以外の場所を検知し、それによって顔と異なる場所(前後の関係)を“背景”として置き換えているのではないか?というのが私のPCに詳しい知人の弁ですが、技術の進歩にとてもついて行けそうにありません。

2020年04月10日 22時34分

加悦(かや)SL広場(3)2020年3月1日の加悦SL広場。

愛知県が独自の緊急事態宣言を出しました。鉄道の趣味者としては当面、近所の散歩鉄位は楽しもうかと思っていますが、それにしても私個人としては富山地方鉄道軌道線南北接続を乗りに行ける日が早く来るのをただ祈るばかりです。

もっともその前に、ひたすら感染しないように自衛の日々です。

先月の1日(日)、閉園を前にした加悦SL広場を訪問。この日一日は、実はとあるグループの企画に便乗させて頂いたのですが、これが私の完全プライベートお出かけ鉄活の最後となりました。それにしてもこれがわずか1か月前のこと。

ところでこの日のこの場所、他の訪問者も名残りで来られているのは間違いないのですが、「葬式鉄」とは若干異なる感じで入園しました。現役の鉄道が廃線になるのではないということもありますが、何せ展示してある車両に皆さん、馴染みがないので、普通に見学して回っておられました。かく言う私も同類です。

旧加悦駅を移転させたと見紛う(みまごう)ほどの建物ですが、本物ではなく。レプリカ/複製です。そうした来歴を知らなければ、きっと旧加悦駅がここにあったと思う人も多そうです。

 

2020年04月06日 20時59分

加悦(かや)SL広場(2)2006年9月24日の加悦SL広場。

3月31日で営業終了した加悦SL広場が開業したのは1977 年 9 月 (昭和52年) 。つまり一昨日UPした写真に写っている加悦駅構内の蒸気機関車や客車は単に駅構内に休車の状態で留置されていたものです。

2006年(平成18年)9月24日の加悦SL広場。名古屋からドライブで出掛けてました。

加悦SL広場の入り口にある蒸気機関車のモニュメント。なのですが、恐らくこれは1996年(平成8年)11月に今の場所に移転した際に作られたものだと思っています。

ちょっと分かり難い話で恐縮ですが、もともと加悦駅・加悦SL広場があった場所は、当時の加悦町(現在は合併により与謝野町)に譲渡されており、今の加悦SL広場があるのは旧大江山鉱山駅(おおえやまこうざんえき)跡なのです。

今とあまり変わらない姿の加悦SL広場。

『近年、展示車両や施設の老朽化により、お客様の安全を確保し営業を継続する事が非常に困難な環境となり、誠に勝手ながら 2020 年 3 月 31 日をもちまして閉園する事を決定致しました。』というコメントが宮津海陸運輸株式会社「加悦SL広場公式サイト」に出ていましたが、これまでよく持ちこたえていたというのが私の偽らざる感想です。

その時から戻ること30年の1976年よりも美しく見えたキハ08 3。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!