2021年03月11日 22時58分

東日本大震災から10年。

東日本大震災から10年が経ちました。

宮城県南三陸町防災対策庁舎。(2031年まで宮城県が維持・管理)

2013年9月27日、地元の新聞社の協力を得て被災地で地元の方々の話を聞いていました。

この地の住所は宮城県本吉郡南三陸町志津川字塩入77。「塩入」というかってここに「津波」が来た事からついた地名の可能性があり、1995年(平成7年)の建設時には、町議会で高台に建設すべきではと反対する意見も出たが、県の補助金申請の期限があり、結局この建物の高さを超える津波は来ないであろうとこの地に建設されたそうです。

ところで南三陸町には縄文遺跡が多数あります。その遺跡は高台にあり、その場所はこの地震で津波に襲われることは無かったそうです。縄文人が津波の来ない高台に住居を構えたか、もしくは今ある遺跡が津波被害に遭わなかったことで現存しているかは定かではありませんが、実に示唆にとんだ事実と地元の方が話されていたのを今も思い出します。

当初の予想をはるかに越える高さの津波(当初6m、その後10m、実際には15.5m)が襲ったことが結果として被害を大きくしたのですが、それにしてもこの地に建設を容認した事への反省を口にする方がおられました。

石巻市立大川小学校。

児童ら84名が犠牲となりました。この小学校の出来事は「民事」裁判で最高裁まで行きましたが、結果原告の児童の保護者が勝訴しました。

この裁判の経緯は様々なメディア等で詳しく出ていますのでここでは割愛しますが、「山へ逃げよう」という児童の声をおさえた先生達(学校そして教育委員会)。その責任を問うことは、先生達も亡くなっていただけに、訴える側にとっても過酷な裁判でした。

ただ石巻市・石巻市議会の対応を含め、行政サイドは責任を取りたくないから責任を認めないとしか思えない対応で、原告の方は、「生き延びた子どもたちから聞いたことを教育委員会が(子どもの話は信用するに足らないとして)事実として認定せず、学校および教育委員会に責任はない」としたことで、「山に逃げよう」という子ども達の声が無かったことにされたことが裁判のきっかけとも話をされました。

その話を聞いた後、この裁判の行方を見ていたのですが、最終的に司法の判断が真っ当であり、これで原告の保護者の方達がやっと犠牲になった子ども達に報告出来るようになったであろうと思いました。

JR東日本石巻線女川駅。

2016年2月19日、2015年(平成27年)に高台移転で移設されたこの駅を訪問しています。

2013年9月28日の女川の町。震災から2年が過ぎていましたが、復興とはほど遠い状況でした。

3月11日は私にとり震災で起きた事、そしてその後どうなったかを思い出す日。それは「忘れない」ことが必ず来るであろう大震災への唯一の備えだと思うからです。

2020年06月21日 22時05分

おばこアマビエで応援セット第3弾。

由利高原鉄道を応援しています。

今回は「地元の味噌で旬の味わいセット」。

  • 青豆味噌450g 【真坂糀味噌店】
  • 生貯蔵酒(アマビエラベル)300ml【佐藤酒造店】又は「雪の茅舎 奥山山廃」300ml【齋彌酒造店】
  • タケノコ
  • 山菜又は旬の野菜⇒これはアスパラでした。
  • オリジナルポストカード(2種類)

アスパラはニンニク・椎茸と炒めてみた。

タケノコはフライパンで焼いて味噌をつけて食す。これが旨かった。

日本酒は美味しい。呑みすぎ注意報発令!

2020年06月05日 22時48分

三陸鉄道の「さんてつサイダー」。

5月9日にこのブログで紹介しました「さんてつサイダー」。

今日も暑かった!ということでキンキンに冷えたサイダーの栓を抜きました。

気分はさんてつカフェ。

2020年06月01日 23時01分

由利高原鉄道応援の続き。さくらぷりん。

一昨日UPした「おばこアマビエで応援セット第2弾」と一緒に頼んだ「さくらぷりん」が届きました。由利高原鉄道×「ゆりてつ~私立百合ヶ咲女子高鉄道部」のコラボ商品で、桜エキスを使用しており、ほのかな桜の香りが鼻をくすぐります。

ということで本体の周りの余白の部分は、いつもならトリミングしてカットするのですが、今日はあえて左右の空間を残し、余韻を楽しんでいます。

2020年05月30日 23時18分

由利高原鉄道の「おばこアマビエで応援セット第2弾」。

由利高原鉄道から「おばこアマビエで応援セット第2弾」が我が家に届きました。

【セット内容】

  • 自家焙煎珈琲豆 彩豆ドリップコーヒー 5個
  • お菓子のくらた おばこナ3個 ひでこナ2個
  • おばこアマビエ缶バッチ(当セット限定)
  • ゆりてつオリジナルポストカード2枚

気分は由利高原鉄道乗車中。

税込2500円の「美味しい」支援。

2020年03月11日 22時50分

東日本大震災を忘れない。繋がること。

東日本大震災から今日で9年の歳月が流れました。

東日本大震災後に、初めて訪れた三陸鉄道北リアス線。2014年5月31日のこと。ここは陸中野田間~十府ヶ浦海岸駅間。線路の道床の色の違いは、そこからが復旧工事により、繋がった証です。

大幅な付け替え工事が行われた仙石線野蒜駅は2016年2月19日に訪れました。

石巻線女川駅。高台に移転して復旧を果たしました。上の写真と同日での訪問です。

2013年9月28日の女川の街。震災から2年経ってなお、これが女川の現実でした。

私がその裁判の行方を注目していた石巻市の大川小学校。この地でご遺族の方から聞いた避難の経緯、そして市役所の職員も原告団におられ、苦渋の判断を迫られながら、それでも訴えなければ真実は明らかにならないと振り絞るように発した言葉を私は一生忘れません。

この地をはじめ2013年9月27日は、宮城県内の被災地を回り、津波に襲われながら九死に一生を得た方の体験談を聞いたり、仮設住宅で実際にそこで暮らす方からの話も聞きました。

宮城県南三陸町防災対策庁舎。住所は 宮城県本吉郡南三陸町志津川塩入77。ここに防災対策庁舎を建設することは、すんなり決まったわけではなく、町議会では「塩入」の地名のある場所、かつ標高の低い地に作ることは反対もあったそうです。

忘れない。これは大切なこと。そしてもう一つ私たちに出来ることは被災地と繋がること。久慈を起点に、太平洋岸をまずは仙台まで鉄路とバスで繋げてみようと思っている。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!