2021年07月15日 22時31分

続 高雄、台北、新京の市内交通の回数券。

新京交通の回数乗車券。右側にある「御注意」の内容に特段、私の回数券に対する知識と差はありません。

さて高雄共栄自動車の回数券の「御注意」。

「此ノ表紙ハ最後ノ一片ト共ニ御返シ下サイ」とあり、要は使用後は表紙もお返し下さいとのことですが、こうして表紙が私の手元にやってきましたので、ルールはルールとしてあるものの現場では柔軟な対応をしていたのでしょう。

台湾総督府交通局の「注意」。

「此の乗車券は記名人の外其同行者四名以内に限り使うことが出来ます」「同行者が一二年未満の小児ならば券片一枚で二人乗ることが出来ます」。

比較するのも如何と言われそうですが、東海道新幹線の回数券では

●「回数券6枚と表紙券1枚のセットのきっぷで、回数券1枚ずつ使用できます。」

●「回数券1枚でこども2人の利用はできません。」

とあり、私の「回数券」のイメージはこのパターンです。

つまり使用者(購入者)の名前の入った表紙がないと回数券を使用することが出来ないというのは、私の知識の外となります。定期券に近い運用だったのでしょうか?

また回数券1枚で子供2人が乗れるというのは興味深い規則で、同行の子供二人ということが当時の家族事情を反映しているのかなと思った次第。

2021年07月14日 23時16分

高雄、台北、新京の市内交通の回数券。

左側から高雄共栄自動車(台湾)、台湾総督府交通局(台湾)、新京交通(満州)の回数券(の表紙)。

高雄と新京はバスで、台湾総督府は鉄道です。

それぞれの現在の所在地。

1)高雄…台湾/高雄市

2)台湾総督府交通局の画像にある新北投、台北…現在ではそれぞれ台北MRT(MRT=Mass Rapid Transit)台北捷運/淡水信義線/台北駅と台北捷運/新北投支線/新北投駅となっています。この区間はざっくり言えば、日本統治下の時代は「国鉄」だったのが地下鉄として再整備されたと思ってください。

3)新京…旧満州国の首都。現在の中華人民共和国吉林省長春市。

それぞれの裏面。何が書いてあるかはともかく、台湾の回数券の表記は日本語のみ。一方、新京は日本語+中国語となっており、昭和14年頃の日本との関わりの違い、台湾は日本領であり満州は独立した国であったことによると推察していますが、そこから先は私の手には負えません。

2021年06月25日 23時56分

画像編集ソフト。ブルガリアの首都/ソフィアの鉄道。

今日は画像編集ソフトを使っての色補正について。

2001年11月19日に日本を出発。28日に帰国で ブルガリアの首都/ソフィアに取材で出掛けていました。その時、撮影の移動中に撮影した写真はご覧の通りの変色ぶり。

それを元の色に近づけるべく加工を試みる。と言っても、画像編集ソフトの「自動レベル補正」「自動カラー補正」を使っての作業で、これ以上の手動の調整は私の能力の限界越え。

1989年に共産党政権が崩壊して。まだそれほど時間は経ってはいませんでしたが街中は随分、西欧に近づいている感じもしました。

21世紀に入ってなお首都で馬車が現役の国。

国鉄のソフィア中央駅構内。

現地のコーディネーターさんから、駅は治安が良くないので、パパッと撮ってすぐに戻って下さいと言われていたので、それはしっかりと遵守。取材で出掛けるとき、編成部から広報用の写真撮影を依頼されている場合を除き、スチールカメラを持って行ったことはあまりありません。とはいうもののブルガリアはカメラを持参。もっとも一眼レフではなく、ポケットに入るオートフォーカスのコンパクトカメラでしたので、どことなく画像が甘い感じ。

今思えば随分、勿体ないことをしていました。

2021年06月07日 22時24分

イタリアの展望電車「セッテベロ」のこと。

イタリア国鉄ETR300電車。(ETR=Elettro Treno Rapido)

1952年の登場で、当時のイタリアを代表する高速電車。ローマ~ミラノ間を結ぶ「セッテベロ」はイタリア国内線の列車にも関わらず、ヨーロッパ各地を結ぶTEE(Trans Europ Express)として運転されました。

そしてこの前面展望車のデザインは、その後名鉄パノラマカーの原型となったと言われています。

なお私は1983年(昭和58年)10月26日、セッテベロにローマからフィレンツェまで乗車しています。
ただこのチケットは自力で窓口で買ったわけではなく、ローマの日本語の通じる旅行社に手配してもらいました。
チケットを渡されたときは実は「セッテベロ」に乗れる!とも思っておらず、テルミニ駅でその姿を見て思わずガッツポーズ!
列車番号の68がその証。列車名が無いのが残念。
フェレンツェ駅到着時。
昨日の続きになりますが、私が「鉄道ファン」に出会っていなければ撮っていない写真。
祝!!「月刊鉄道ファン(交友社)」60周年!

2020年10月14日 12時38分

突然ですが台湾の普通列車の話。

今年の12月23日限りで定期列車としての普快車が運行を修了するという情報を頂きました。もうそろそろと聞いており、どうもその時が来たようです。

さてこの普快車とは、冷房の無い3両の客車をディーゼル機関車が牽いてのんびり走る普通列車のこと。南廻線枋寮駅と台東駅の間を全ての駅に停車しながら結んでおり、台東駅行きは2時間25分。折り返しの枋寮駅行きは2時間7分で結んでいます。昭和のローカル列車の雰囲気を今も色濃く残しており、ということで私の様な日本の鉄ちゃんに愛されるだけではなく、ここ数年はこの列車を敢えて選んで乗っている台湾の方も多く見受けるようになっていました。

その列車を最初に撮影したのは2016年3月21日の南廻線太麻里駅近くの超有名撮影地。天候に恵まれず、写真の出来は今ひとつ。

2016年3月21日は、太麻里から宿を取っていた高雄に戻る際、この普快車に乗車。敢えての選択です。

2016年、すでにこの列車は日本人と台湾の人の人気列車となっており、途中の信号所での長時間停車では、私を含めて撮影大会になっていました。

2018年2月24日。再び南廻線太麻里駅近く。

同じ日の知本駅~太麻里駅間。この時の旅では残念ながら乗っていません。

2回目にして最後に乗ったのは2019年11月24日。

この時は仲間との団体乗車。いやあ楽しかったですね。

いつまでもあるとは思っていませんでしたが、もう一回位乗りたかった。

旧型客車だけが目的では無く、この絶景も乗車の楽しみ。まずは台湾海峡。

こちらは太平洋。

勿論、この風景が無くなることはありません。でも窓を開けてのこの景色はこの時が見納めとなりました。

今の身動き取れない状況では致し方ありませんが、次回南廻線に乗るときはきっと快適な電車になっているでしょう。そうなんです。恐らく今年度中にはこの線は電化開業の日を迎えます。

2020年08月28日 22時13分

台湾高鐵(台湾新幹線)700T。

コレクションシリーズ。インテリア小物と言って良いのかな?ブリキの蒸気機関車はオルゴールです。もっとも曲は知っているのですが曲名が出てこない。

「特急」は名鉄のもので、部品の販売会で買った記憶あり。

手前の置物はイギリス・ヨークのイギリス国立鉄道博物館で購入したもので、1991年に我が家にやってきました。

右の路面電車風の置物は、確か中にお菓子が入っていた。

一番右にある古ぼけた陶器の置き物は灰皿です。そして、、、。

台湾高鐵700T型電車の模型。

中京テレビでは2000年(平成12年)にNNN(日本テレビ系列のニュースネットワーク)台北支局を開設しており、その関係で、台湾高鐵が関係者に配布した記念品が、報道経由で私の手元にやってきました。

注目すべきはこの銘板。「台湾南北高速鉄路700T型列車出廠紀年2004.1.30」とあります。(出廠は恐らく納入という意味でしょう。)

台湾高鐵(台湾新幹線)の開通は2007年1月5日。そこから遡ること3年前の段階で「台湾南北高速鉄路」とあり、確かに「南北」を結ぶ鉄道なのですが、それでもその後の開通時には「南北」という文字は無かったはずで、一つの時代が作られていく経緯をここで見た気がしています。

2020年03月24日 21時19分

オランダ/アンネ・フランクの家とアムステルダムのトラム。

12月24日、ハーグからアムステルダムに戻った後は舟遊び(運河巡り)。

次の予定まで時間があったので観光船に乗ったのですが、思ったよりも楽しく時間が過ぎ、納得の一時間。

街歩き。

この1枚の写真の中にどれだけの自転車とトラムが写っているのだろう。オランダらしい風景と私は思っています。

今回のオランダ訪問の一番の目的が「アンネ・フランクの家」。

入場が予約制の「アンネ・フランク」の家は、一年を通して予約が取りにくいスポットです。私たちは「アンネ・フランクの家」への入場だけではない「museum visit + introductory program」を訪問の一週間前に予約しました。運が良かったと思います。

正面の建物の屋根裏にアンネ・フランクは暮らしていたそうです。入門プログラムは英語で行われましたので、言っていることはあまり分かっていませんでしたが、それでもあらすじは予習していたので、ポイントポイントはそれなりに理解できました。

ということでこの写真の解説に繋がっています。いろいろ考えさせられるひと時でした。

2020年03月23日 20時54分

オランダ/フェルメール作「真珠の耳飾りの少女」とハーグのトラム。

12月24日はオランダ/ハーグの町へ。

オランダ/ハーグ市にあるマウリッツハイス美術館所蔵のフェルメール作「真珠の耳飾りの少女」。絵を前にして立ち尽くす。ただただ惹き込まれます。

私の知人に世界中のフェルメールを求めて旅をした人がいます。彼の気持ちが何だか分かるような気がしました。

美術館の近くでトラムの撮影。

小雨に煙る街を行くトラム。こんなロケーションの中を走っているという確認のために撮影した一枚。

海沿いの町なので、こんな風景も見られます。それにしてもこのカモメ。逃げません。後ろに電車が来るまでじっと待っていてくれました。

ハーグ名物、ニシンの塩漬け「ハーリング」。

こんな風に地元の方たちは食べるのだそうです。

2020年03月20日 20時54分

オランダ/フェルメール作「牛乳を注ぐ女」とアムステルダムのトラム。

オランダ。今はとても行けそうにないヨーロッパの国。昨年の年末、12月23日~25日の3日間滞在していました。

アムステルダム国立美術館所蔵のフェルメール作「牛乳を注ぐ女」。

12月23日のアムステルダム国立美術館では「牛乳を注ぐ女」のデッサンの勉強会(?)が開催中。しかしこの「女」(少女)はじっとしていません。

彼女が手招きしたのは日本からの観光客。「牛乳を注ぐ女」は何とサインをしてくれたそうな。こういう展開はヨーロッパならではでしょうか?周りにいた方からは笑顔がこぼれていました。

オランダの首都、アムステルダムの街はトラムの街。そこかしこでその姿を見るこてが出来ます。

国鉄アムステルダム中央駅はひっきりなしに電車がやってきて、そして市内各所に散っていきます。

2020年03月15日 22時55分

台湾の鉄道/台北から近い撮り鉄ポイント。

11月26日の帰国を前に、台湾通の旅行写真作家/結解喜幸さんに教えて頂いた「台北から近い撮り鉄ポイント」である宜蘭線三貂嶺車站へ。

駅から徒歩数分の場所。

あいにくの天候でしたが本数も多く、列車のバリエーションもあって滞在時間1時間強でしたが楽しめました。

貨物列車は先頭がDLでしたが、最後尾にELがついていました。これは 2つ隣の雙溪駅から連結される山越えの後補機ですが、本務機DL、後補機ELのパターンは日本では(私には)記憶がないかも。

首振りの練習も。何回かチャレンジしてこれが一番ましだった。

三貂嶺駅は平渓線の分岐駅でもあり、少し歩けばこんな風景にも出会えます。

撮影を終え、三貂嶺駅に戻って気が付いた駅構内の表示。

それがあったのは改札口の上。

これにて11月21日から26日までの5泊6日の台湾報告終了。

新型コロナウイルス感染が世界に広がっている今、海外に安心して出かけられた日が、ものすごく遠い昔だった気がする。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!