2020年01月13日 23時02分

台湾の鉄道/旧山線レールバイク(4)勝興站で方向転換。

勝興站の駅舎内。昭和レトロが溢れています。

でも日本とは違う。空襲時の避難についての案内を見たのは、9度目の台湾にして初めてですが、この時は再度この案内に出会うとは思ってもみませんでした。

それにしても整備はしていないように見えるものの状態は良さそうです。

10:42に後続のツアーが到着。

ところでどうやって方向転換をするのだろうと暫く見学。

車体を持ち上げている?

これがコントロールボックス。車体の下にジャッキを降ろし、それを軸に車体ごと回しているように見えました。

さて出発。ちゃんと係の方の合図あり。

往路では気づきませんでしたが、目の前に唐突に分岐があったので撮影。そんなことをしていたら舊山線鐵道自行車のガイドの方から個人的に解説。サミットを目指し列車を押し上げて来た機関車はここで開放され、本線からこの側線に入線。その後補機を連結する駅に機関車を戻していたそうです。
多分、合っている。

2020年01月10日 23時27分

台湾の鉄道/旧山線レールバイク(3)勝興站。

勝興站。站=駅と読み替えて下さい。

本来ならば山間(やまあい)の小駅。観光用のレールバイクが無ければこれほど人が集まる場所にはきっとなっていないはず。

駅前には観光客向けのお店が並んでいる。もっとも観光地化される前からこの場所に集落があったとのことで、鉄道が廃線され、住民の方はきっと不便を強いられているはず。公共の交通機関は無いにしても、思わぬ形で人が歩く町になっています。(私の憶測も入っています)

かつてと変わらないはずの駅舎ですが、以前はもっと地味だったかも知れません。何故かと言えば、駅員さんの人形は「禁煙」を呼びかけるものだからです。もっともこの人形と「記念」写真を撮影する方多数。

この勝興站はもと台湾の最高地点の駅です。海抜は402.326メートル。この写真は台北駅方面を望んでいますが、駅を出ると一気に下り勾配となっているのが見てとれます。

線路上はかつては通行禁止だったのが今は一通行OKとなっており、多くの観光客の方が歩いていました。

駅構内には電化された路線であった証も残っていました。

さっき通ってきたトンネルには、観光客が入れないように扉が閉められていましたが、やはり観光客を意識した意匠となっており、本当によく考えられていると感心しました。

2020年01月09日 22時43分

台湾の鉄道/旧山線レールバイク(2)トンネルがワンダーランド。

トンネルを通る。

トンネルの奥が何だか怪しい。

ライトアップ?

しかも色が変わる。だけではなく、、、

沿線の名所などが写し出されている。

そしてトンネルを出たところが終点の勝興站。

大きなハート発見。予想通りレールバイクを降りた方たちでこの後、撮影順番待ちの行列になっていました。

兎に角このレールバイクは大人気なのでそうです。そのため週末は発売直後に即全コース満席。実際には例え当初は満席であっても、当日が近づくとキャンセルがでることもあるそうです。私も11月22日の朝一番のB)コースはキャンセルが出たのに気付いて予約することが出来ました。

ところでこの人気の秘密の一つは、まずレールバイクのデザインが楽しいこと。そしてただ暗いだけのトンネルを楽しい場所に演出している事。まだ半分しか載っていない段階でそんなことを感じました。つまりアトラクションとして成立させているということでしょう。

2020年01月08日 21時38分

台湾の鉄道/旧山線レールバイク(1)出発。

「舊山線鐵道自行車」を日本語訳すると「 旧山線レールバイク」になります。で、それがどこにあるかと言えば1998年に新線に切り替えられた台湾鉄路管理局台中線(山線)三義駅~豊原駅間の旧線区間。その一部区間を使って営業しているレールバイクに乗るのが今回の訪台の2番目の目的です。

さて宿泊した三義駅近くの民宿。この建物の1番手前がそれですが、夜だと通り過ぎそうというのは納得していただけるでしょうか?

朝食。この宿のご主人は民宿ならではと言うか私がこの日行こうとしていた「舊山線鐵道自行車」について質問すると、私が分かるまで丁寧に設営してくれました。by翻訳機経由。

そしてふとテレビを見れば朝の情報番組?で「舊山線鐵道自行車」の放送中。いやあ気分が盛り上がります。

9:30。まずは龍騰站と勝興站間を往復するB路線に乗車。

●「舊山線鐵道自行車」の路線は勝興站~龍騰站~南斷橋秘境(經魚藤坪鐵橋)~6號隧道の約6キロなのですが、全線を通しで乗ることは出来ず、3つのルートに分割されています。

A)勝興站~龍騰站~南斷橋秘境(經魚藤坪鐵橋)

B)龍騰站~勝興站

C)龍騰站~南斷橋秘境(經魚藤坪鐵橋)~6號隧道

なおかつそれぞれ往復乗車がマストな為、全線乗ろうとする場合は、龍騰站を起点にB)とC)を組み合わせることになります。

そのため私がまず乗ったのはB)のコースで、写真は龍騰站です。そしてこのコースの終了後にC)コースに乗りました。

旧線と言っても電化区間でまだポールも残されています。またこのように複線区間もあったりします。ただ見て分かるように結構な勾配区間のため、自転車ではなく電動バイクとなっています。

すれ違い時には手を振りあってエールの交換。

単線区間に入るための信号待ち。もっとも信号ではなく、係員の乗車したバイクが通票替わり。

2020年01月07日 21時35分

台湾の鉄道/淡海軽軌(3)編成写真。

昨日までで淡海軽軌終了と思ったのですが、編成が分かる写真を上げていませんでした。もっとも雨が強くなっており、傘をさしていても撮るのが大変でこれが精一杯。またどこかで走っている所を撮ろうとは思ったものの同じ理由でギブアップ。ホテルにチェックインする前のトランクを持っての移動はそれなりに大変。

で、11月21日は台北泊まりではなく、これから大移動。

台北駅まで戻り、クリスマスツリーをチラッと見て新幹線ホームへ。

目的の駅に停車する新幹線は1時間に1本。17:11発の列車を待つ間に、16:50にして超遅めの昼ご飯。と言っても朝6時に家でトーストを食べ、10時過ぎに機内食を食べているので3食目と言えばその通り。毎度のことながら台湾の駅弁は安くて旨い。

17:57、新幹線を苗栗で下車。俗にネコの鳴き声のような駅名と言う人あり。

台湾高鐵(新幹線)から台灣鐵路管理局(在来線)に乗換え。写真の真ん中の横に一筋の光が在来線の駅。

毎度のことながら高鐵と台灣鐵路管理局で駅名が違うのは違和感あり。まして在来線の「苗栗」駅は乗換駅である豊富駅の隣の駅。

20分少々乗って三義駅下車。

この日の宿は表通りから一筋入った道沿いの民宿。分かってはいたもののあまりに「民家」で、何と宿の前を通り過ぎてしまうという失態を演じてしまった。

2020年01月06日 21時18分

台湾の鉄道/淡海軽軌(2)パブリックアートが素敵。

淡海軽軌に乗車するにはまず台北駅から台北MRTの淡水信義線淡水行きに乗り、紅樹林駅下車します。通常であれば34分で到着です。

ホームに降り立てばそこには淡海軽軌の案内がありますから、あとはそれに従って歩くだけ。

ホームの高さが極端に低いのを除けば一般の鉄道と同じ感じ。

ホームにオブジェがあるのは台湾ではたまに見かけますが、路面電車スタイルの鉄道では初めてだと思います。

恐らく何かこの場所に縁のあるものだと思うのですが、違っているかもしれません。

折り返し14:30発の電車の到着。今時のLRV/Light Rail Vehicle – 軽量軌道用の車両らしいスタイル。

暫くはこうした高架線を走ります。

淡水行政中心駅を出て地上に降ります。

24分で終点の崁頂駅に到着。ローマ字ではKandingなので、カンディンとでも読めば良いのでしょうか?

日本風に言えば路面電車の電停ですが、それで済ますのは少し勿体ない感じ。

ホームにはやはりオブジェあり。

※ウェブサイト「フォーカス台湾」によれば、このオブジェ(パブリックアート)は、台湾の人気絵本作家のジミー(幾米)さんが手掛けているとのこと。鉄道に興味がない方もアート巡りをされては如何でしょう。私からの提案です。

2020年01月05日 23時57分

台湾の鉄道/淡海軽軌(1)5泊6日ののんびり鉄旅。

昨年の11月21日から26日までは台湾にいました。タイ同様、自主企画のイベントを計画された方がおられ、それに乗っかって行くことにしたのですが、5泊6日と長丁場となったのには理由あり。

ところでもう忘れられた存在ではありそうですが、出発の翌日、22日から名古屋でG20の会合があり、その関係で中部国際空港はなかなかの警備体制。

まず名鉄の駅を降りたところから、航空旅客(搭乗客/搭乗券等の提示必要)、一般来港者、空港スタッフの3つの通路に振り分けられます。それぞれ検査の様なことを実施するようになっているのですが、これがまた緩い。海外でそれなりに「検査」経験はあるのですが、私からみてどれほど真剣にやっていたかに疑問符が付くほど。

日本の空港での保安検査の緩さは定評はありますが、少しは海外を見習っても良いと思う点も多々あります。

さて今回の台湾旅行は日本航空を選びました。9回目の台湾旅行で多分3回目かな?

そしてこの選択が5泊6日になった理由。実はJALのマイレージで期限切れ寸前があり、一方でJAL便を利用する場合、必要なマイル数は変動制となっており、以前なら楽々往復できたところがそうは行かず、今回の場合11月21日出発、11月26日帰国ならば使えることがわかって旅行日程をそれに合わせることにしたのです。

ただ勤労感謝の日を挟んでいる関係からかLCCを含め安いチケットが見つからなかったことも、この日程を選択した理由ではあります。

キャリアの路線だけあって、機内食にアルコール類が無償で提供されるのは、単純に嬉しい。

台湾/桃園空港に到着して真っすぐに向かったのは、丁度1年前の2018年12月に開業した新北捷運 淡海軽軌。特に下調べをぜずに出かけたのですが、路面電車の部類の電車が走る路線なのに始発駅の紅樹林駅は何と高架で、まずはいきなり驚かされました。

2019年12月29日 18時50分

スパンブリー線(10)DD511137&1142@タイ


2015年1月26日の札幌駅。特急「北斗星」を牽くのはDD51 1137と、、、2両目は不明。

その1137号機ともう1両、1142号機は今はタイにいます。居場所は今回の旅の途中でもあるノンプラドゥク・ジャンクション駅。

普段はこんな感じ。現在、この駅周辺では国鉄南本線の複線化工事が行われており、その工事車両の牽引用と聞きました。

一応、形式写真となるような写真はちゃんと撮影しています。そしてその撮影後にこんな遊びに取り掛かりました。段ボールで台紙を作り、それにヘッドマークを印刷した紙を貼りつけたものですが、これを考え、実際に作ってタイまで持ってきた方のエネルギーにはただただ感謝です。

そしてもう一枚。最初の実際の走行写真と見比べて下さい。ヘッドマークの完成度の高さには脱帽です。趣味の世界は、本気で遊ぶから楽しいのです。

遊びと言えばこうした入場券も用意されていました。

※「62」はタイの暦年2562年の下2桁です。

最後にこちらも参加者への記念品。

今回の旅で出会った皆さん、本当にありがとうございました。

そして何よりこの貸切列車を企画し、タイ国鉄と交渉~実現させた幹事の方には心から御礼申し上げます。

2019年12月28日 23時28分

スパンブリー線(9)帰路。

帰路も大空を優雅に舞うコウノトリを車窓に見つつの旅。

美しい田園地帯。ただ晴れたら晴れたでひたすら暑い。車内の日の当たっている席から人影が無くなったのは当然のこと。

手を振ってくれる人あらば、こちらも降り返す。列車の中と外で手を振りあうと言うのは、私の経験値の範囲限定ですが、世界共通です!と言い切る。

ノンプラドゥック・ジャンクション駅まで戻ってきました。

到着して暫くするとタブレットが準備完了。

受け取るのはバンコク/トンブリ駅13:55発のナムトク行き。10分ほど遅れての到着。

受取り方は腕全体でするものと思っていたら、何と手!

スピードが遅いのと、そもそもこの駅は停車駅であり、受取りに失敗してもあとで挽回ができる訳ですが、そうすると何故わざわざ走行中にこれを行うかの理由が分からない。

不思議が一杯のタイ国鉄。

2019年12月27日 23時29分

スパンブリー線(8)スパンブリー駅。

マライメン仮乗降場での撮影大会が終わり、スパンブリー駅に戻ってきました。

1面1線のホームはやたら広い。

駅を出て正面を見るとこんな感じ。

更に少し離れた場所から駅を見てみた。見えている人工物は駅舎だけ。これが深夜だときっと淋しかろう。

駅構内には駅長と助役がいる。

南国の花には華がある。

13:28、30分少々の撮影タイムが終了し、いざ出発。

終点なのにその先があった不思議な駅、スパンブリー駅。さようなら。きっともう一生来ない。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!