2020年10月02日 11時52分

絵はがきに見る鉄道史(19)市営十周年記念 大名古屋祭花電車。その3。

1933年(昭和8年)8月発行の「市庁舎竣工 市営十周年 記念 大名古屋祭花電車」の絵はがき。

花電車のどこを見ても資金提供者名が見つけられませんでした。当の名古屋市が作ったものかも知れません。

電車のセンターに構える武将は誰?その右側は愛馬?深まる謎。

電車だけかと思っていたら「花バス」の絵はがきもありました。ところで「花バス」と書きましたが、写真の左下に「大名古屋祭花自動車」の文字があり、当時「花バス」という言葉はまだ無かったのかも知れません。

さて昭和8年の絵はがきを見てきましたが、そもそも「花電車」「花自動車」っていつからあるの?という疑問にぶち当たりました。これが今回の宿題。私が会員のNPO法人名古屋レール・アーカイブスで何か資料が見つけられないか探してみます。

2020年10月01日 11時45分

絵はがきに見る鉄道史(18)市営十周年記念 大名古屋祭花電車。その2。

1933年(昭和8年)8月発行の「市庁舎竣工 市営十周年 記念 大名古屋祭花電車」の絵はがき。

屋根にある「祝市営十周年」が目立つ花電車。意匠は工場がテーマでしょう。きっと。

中京工業地帯という言葉がいつからあるかは分かりませんが、今から半世紀前の高校生の時にはあったと記憶しています。日本を代表する工業地帯であることは間違いなく今も続いています。

ところでこの花電車のスポンサーは?

工場を囲む半円の右下に小さなプレートがあり、そこには「矢場町 名倉商会」の文字が見えます。しかしそれが資金提供を意味するかどうかまでの判断は出来ませんでした。

車体横には「タマゴシャンプー」、全面には「玉子洗粉」の文字あり。「タマゴシャンプー」で検索するとヒットするので、その会社と関係はありそうです。(名古屋の会社)

こちらのスポンサーはコロムビアかと思えばどうやらそんな単純では無さそう。

「コロムビア専売店」「蓄音機とレコードは三福 広小路」までは読めました。

さて当時の蓄音機とレコード事情はどうだったのでしょうか?それに関する論文を一つ見つけたので、この1枚の写真を深掘りするべく、読んでみようと思っています。(今のところは、思っている、、、です)

こうした絵はがきを、電車の側から見るか?それとも装飾に時代を感じるか?は人それぞれです。因みに私はこうした装飾(広告)を面白いと思う派です。

2020年09月30日 22時40分

絵はがきに見る鉄道史(17)市営十周年記念 大名古屋祭花電車。

1933年(昭和8年)8月発行の「市庁舎竣工 市営十周年 記念 大名古屋祭花電車」の絵はがき。この年の9月6日に現在の名古屋市役所本庁舎が竣工し、これに合わせて「大名古屋祭」が開催され、花電車が走りました。

●大名古屋祭と言っても、現在の名古屋祭との関連は無さそうです。

●市庁舎は昨日UPした絵はがきの続きとも言える、昭和天皇御大典事業として建設されたものです。(参考:名古屋市のHP)

●名古屋市電は1898年(明治31年)5月6日 に名古屋電気鉄道の路線として開業し、その後1922年(大正11年)8月1日から名古屋市電気局の運営による『市電』となりました。

もう花電車を知らない世代が世の中の過半を占めているのでしょうが、私の記憶にある昭和40年代の花電車は、各企業の協賛金で運営されていました。で、この絵はがきを見てその図式は昭和の初期でも同じと言うことを知りました。

こちらは明治製菓売店。と言ってもこの写真では企業名がよく分からない。

これなら何とか分かります。売店と言っても喫茶店が主だったように見受けます。

明治があれば森永もある。森永キャンデーストアー。

沢井鈴一氏の「名古屋広小路ものがたり」第5講 戦前の広小路 第3回「鬼より黒く恋より甘いブラジルコーヒー」によれば、広小路通を挟んで明治と森永のお店があったそうです。

ところでこの絵はがきの宛名面のスタンプ。1枚目の袋にもありますが、「市営十周年」が全面に出ています。…って、それが言いたいのではなく、宛名面のこの場所にスタンプを押すのが当時のはやりだったのでしょうか?

2020年09月29日 23時25分

絵はがきに見る鉄道史(16)御大典奉祝名古屋博覧会。

「御大典奉祝名古屋博覧会」とは1928年(昭和3年)9月15日〜11月30o日の77日間、鶴舞公園(つるまこうえん)で開催されたイベントです。で、この写真がその入り口。

真ん中の矢印の左側の小さな橋に見えるのが中央本線です。このイベントの開催中+その前後を含めた期間、ここには「鶴舞公園(つるまいこうえん)」駅が開設されており、約194万人の来場者の内、かなりの方が利用したのではないでしょうか?

そしてこのイベントがきっかけかどうかはともかく、1937年(昭和12年)4月21日、同じ場所に新生「鶴舞(つるまい)」駅が誕生しました。

何だかきっと当時は大いに目立ったであろう塔。その名も奉祝塔。このイベントは期間限定とは言え、昭和天皇の即位記念で開催されており、それに相応しい偉容だったことであろうと推察します。

キリンビールの看板が見える農林館。名前の通りこの館では農産品の展示を行ったようですが、この他「御大典奉祝名古屋博覧会」では様々な展示館に、それこそありとあらゆる種類のおよそ10万点の展示があったそうです。

こちらは電気館。昭和初期でも、短期間のイベントにこれほどの建造物群を建設していたというのがある意味、凄いと思う。

で、私の手元にあるのは全14枚。今日はここまでのUPにしますが、その内に、何かの機会を見つけて全ての絵はがきを紹介したいと思っています。

2020年09月27日 16時34分

絵はがきに見る鉄道史(15)新名古屋駅竣工記念絵葉書。

鉄道省名古屋鉄道局編集の「新名古屋駅竣工記念絵葉書」。

1937年(昭和12年)2月1日に三代目名古屋駅の使用が開始されました。

絵はがきは2枚あり、まずは初代名古屋駅との組み合わせ。

そして二代目名古屋駅との組み合わせ。(私の掘下げ不足を棚に上げますが)こちらの写真は他で目にしたことがなく、珍しいと思っています。二代目の名古屋駅前には車が並んでおり、この頃には世の中で自動車が普通の存在になっていったと言うことが見てとれます。

また三代目の写真で、広大な駅構内には感動ものですが、完成前とは言え、そこに車両が全くないのはどこか不思議な感じです。今なら試運転列車などを入れて撮影するのではないでしょうか?

合わせて架線と架線柱がなく、それがより構内を広く感じさせてくれていると思いました。

2020年09月26日 23時28分

絵はがきに見る鉄道史(14)鉄道展。

「鉄道展」というスタンプの押された絵はがき。1935年(昭和10年)10月14日~15日。恐らく鉄道省名古屋鉄道局主催で「鉄道展」というイベントが行われたのでしょうが、詳細はさっぱり分からず。

昭和12年開業予定(当時)の新「名古屋駅」の模型と初代名古屋駅舎。1886年(明治19年)開業の初代駅舎の写真は、私が知る限りこの1枚のみ。名古屋駅の歴史を紐解いた本だけで無く、ありとあらゆる資料でこれしか出てきません。

1892年(明治25年)、濃尾地震で倒壊した駅舎から再建された建物。

ここからは写真をお楽しみください。

形式名は写真でご確認下さい。

流線型なのはC53形蒸気機関車。

下の段の写真が、流線型の覆いの無い原型C53形。流線型でなくとも格好いいと思う。

除雪車の絵はがきもあり。所属は札幌鉄道局のようです。

こちらは仙台鉄道局の所属のようです。

で、これらの車両群ですが、恐らくどこかで実際に展示したからこれらの絵はがきが販売されたと思っています。ではどこで展示したのでしょうか?

これは私の憶測ですが、それは笹島駅(ささじまえき)。かつての貨物駅で、今は中京テレビ、グローバルゲートなどがある場所ですが、その歴史の始まりは貨物を扱う名古屋駅の一部でした。その後、3代目名古屋駅の開業に伴い独立した駅としての「笹島駅」となったのですが、三代目の新「名古屋駅」よりも一足先に建設が進み1929年(昭和4年)には稼働を始めていました。

そしてこれは推測ですが、昭和10年頃はまだ線路に余裕があり、そこを使って昭和12年開業予定の三代目名古屋駅を知らしめる展示したのでは無いかということ。正解かどうかではなく、浪漫として考えるのも楽しいのでは。

2020年09月25日 16時25分

絵はがきに見る鉄道史(13)伊勢大廟参拝記念。

「伊勢大廟参拝記念」と称した浮世絵。

大正時代ではなく、昭和の時代の発行であることは間違い無いと思われる1枚。(理由は後述)

もっともその時代であれば「絵はがき」もあったので、こうした浮世絵での観光案内があるのは少々驚きですが、それは令和を生きる私の思い込みであったり、先入観だったりするのでしょう。

この画像の真ん中にあるのは「山田停車場」(今の伊勢市駅)。もともと参宮鉄道が津と山田間を開通させたときに開業した駅で、1907年(明治40年)に国有化されました。なお近鉄山田線(開業時は参宮急行電鉄)が伊勢市内に到達したのは1930年(昭和5年)のことで、この浮世絵にはそれらしき電車がないので、時代考証としては昭和5年以前と思われます。

駅前の電車は三重交通神都線(当時は伊勢電気鉄道)です。

また左にあるケーブルカーは「朝熊(あさま)岳登山電車」とありますが、正式には朝熊登山鉄道のはずです。大正14年の開業で、ケーブルカーの左側にある開設には「傾斜ノ急ナルハ日本第一ト称セラル」と書かれています。東京の高尾山に登るケーブルカーが今は日本一の急勾配なのですが、このケーブルカーが残っていれば、それだけで観光客が増えたかも知れません。

※この項は三重県博物館のHPを参照して書いています。

さて朝熊登山鉄道がこの浮世絵にあるということから最終的な発行年代の特定は昭和に入ってからであることは間違い無さそうで、なおかつ1枚目の画像下段に式年遷宮と思われる行列もあることと、やはりこの浮世絵が出されることの意味に鑑み、昭和4年の第58回式年遷宮の前後の発行であろうというのが私の結論です。

蒸気機関車が牽く列車。そこにある数字は山田駅から各名所までの距離。キロメートルではなく、「里」での表記が思いっきり新鮮です。また「丁」という表記もありますが、「一丁」はざっくり109メートルであり、一里=36丁ということもあってこの表記に慣れないものにはイメージがつかみにくいこと夥しいというのが私の感想です。

とまあとりあえずの解説はこれくらいにして、皆さんも見ていて何だか楽しくなってきませんか。

2020年09月24日 22時41分

絵はがきに見る鉄道史(12)豊橋鉄道田口線「清崎駅」。

1931年(昭和6年)の豊橋鉄道田口線清崎駅。年号は私の推測。

1930年(昭和5年)に田口鉄道(当時)の終着駅として開業。と書きつつ、恐らくこのブログを読んでいる方にとってそれどこよ?なのではないでしょうか。

今のJR東海飯田線本長篠駅から愛知県北設楽郡設楽町(したらちょう)の中心地、田口を結んでいた路線で、全線開業は1932年(昭和7年)。当初は田口鉄道でしたが1956年(昭和31年)に豊橋鉄道田口線となり、1968年(昭和43年)に全廃されました。

あくまでも一時的な終点に過ぎなかった清崎駅部分をトリミング。電車と電気機関車、そして貨車がいます。と写っているものをただ列挙。1枚目の写真で、左側の方向に田口までの新線建設工事がおこなわれているはずなのに、その息吹を感じることができませんでした。

2020年09月23日 23時06分

絵はがきに見る鉄道史(11)名古屋市役所「絵葉書」。

名古屋市役所「絵葉書」という表題の絵はがき。

名古屋の中心街、栄町通を市電と荷馬車が行き来しています。

名古屋港。今の時代にも通じる夥しい(おびただしい)数の船が見えます。

ところでこの絵はがきはいつの時代のものなのでしょうか?

それを推理するには、この鉄道路線図が役に立ちそうです。

まず名古屋駅と中村公園を結ぶ電車が、名古屋駅の東側と繋がっていません。

名鉄電車(今の時代の名称です)の終点が名古屋駅ではなく押切町の時代です。

名古屋市電の路線その他から推察し、1924年(大正13年)前後ではないかというのが私なりの結論です。さて正解は、、、。

2020年09月22日 21時43分

絵はがきに見る鉄道史(10)「金城名古屋名所図」繁華街。

1921年(大正10年)3月8日印刷の「金城名古屋名所図」。

今も昔も名古屋の繁華街と言えば栄(当時は栄町)。

建物であったり電車であったり、それは繁華街の象徴なのでしょうが、それよりも私が気になったのは町を歩く人々。市電はあるにしろさしたる交通機関が無かったと思う大正時代に想像以上に多くの人出があります。

そして熱田築港。名古屋港が整備されるのは1907年(明治40年)のことで、この名所図に描かれているのは今の名古屋港と推定されます。しかし名称は「熱田築港」。

名古屋港管理組合のHP内、『Port of Nagoya 2020‐2021』~名古屋港の歴史 History of the Port of Nagoyaには、1907年に熱田港が名古屋港に改称との解説があり、結局のところ大正10年にもなったものの、まだ熱田築港の名前が根付いていたのではないかと思う次第です。さて正解はどこにあるのでしょうか?



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!