2021年07月24日 22時56分

近鉄時刻表。2021年7月 3 日(土)ダイヤ変更号。

近鉄の時刻表で間違いなく初めてのパターンであろう「ダイヤ変更」号。

ダイヤ「改正」ではなく、「変更」となったことに今のコロナ禍の影響を感じます。

このブログでは変更点については触れませんので、詳細は近鉄のウェブサイトをご覧頂くとして、紙の時刻表の話。私個人としてはこれからも継続して紙の時刻表が発行されることを願うばかり。ネットの検索で○○駅を□時△分に出発して…といったような「移動」についての時刻は瞬時に調べられます。ただ最短時間を調べるのではなく、急行と各駅停車を組み合わせて移動しようとするなど、なにがしか“面白い”行程を調べようとすると、紙の時刻表が秀でていると思っています。

2021年07月02日 11時42分

近鉄の「硬券入場券」。(番外編)

現在、近鉄では土日祝の特急で運休になっている電車があります。これは近鉄四日市駅に貼りだされていた現状での時刻表ですが、半来はあるはずの毎時19分発の特急がありません。なお平日の19分発は運転されています。

この電車は伊勢若松駅で撮影。近鉄四日市駅を14:14に出た宇治山田行き急行で、本来ならばここで後続の特急に道を譲ります。実際には抜かれることのない運転停車状態で、早発と言ったダイヤの変更はしていません。

伊勢若松駅の駅舎は現在、工事中。

ところで出札窓口にはこの貼紙あり。一瞬「えっ!どうしよう?」と思ったのですが、駅員さんに聞いたら、入場券はすぐに発行して頂けました。それでも結構驚いたのは事実です。

近鉄の桜駅は、停車中に撮影。一応、来た証。

桑名駅は昨年、新駅舎が開業しており、その記念の案内が窓口にありました。しまかぜは停車しませんが、近鉄を代表する車両と言うことのようです。

新駅舎の自由通路から撮影。時間の都合で近鉄、JRとも電車の姿は無しでの撮影。かろうじて北勢線の電車の姿が見えます。桑名市役所では開業時に「電車が撮れる!」と宣伝していましたが、架線と架線柱が多いので、工夫は必要。

話しを桑名駅の窓口に戻します。そこにはこんな古レールの展示あり。

桑名駅の陸橋の柱として使用されていたとのことで、製造された年代の記述はありませんでしたが、それでもこうして以前の名残を留めることは、価値があると思います。

最後に近鉄蟹江駅。構内踏切があるのがポイント。200万都市に隣接する市町村の大手私鉄の優等列車停車駅で、この姿が見られるのはかなり珍しいでしょう。いつまでも残って欲しいと言うことではありませんが、昭和で時代が止まっていると思うのは私だけではないでしょう。

2021年07月01日 20時56分

近鉄の「硬券入場券」。(後編)

今日は券面の裏側。なのですが今回はこちらが主役かも?

戸田駅と佐古木駅なのですが、「戸田駅発行」「佐古木駅発行」の下に「近鉄蟹江駅(企)」の文字が…。

近鉄長島駅、伊勢朝日駅、霞ヶ浦駅、阿倉川駅には「桑名駅」。

川原町駅は近鉄四日市駅、桜駅は湯の山温泉駅、鈴鹿市駅は伊勢若松駅。

種明かしは2011年(令和3年)6月21日(月)から2022年(令和4年)3月31日(木)の間、ご覧の駅の「硬券入場券」の発売駅が変更され、括弧()内の駅での発売となったのです。つまり桜駅の入場券は桜駅で買うことは出来ず、湯の山温泉駅まで行かなければなりません。

では実際に、桜駅の構内に入るために湯の山温泉駅まで入場券を買いに出掛ける人はいるのでしょうか?これについては、券番号からも分かるように今回の変更に伴い新たに印刷された物であり、実用に供すると言うよりはどう見ても収集マニア向けでしょう。

されはさておき、券番号を見ると同じ駅での取り扱いでもばらけていたりします。私のように全部買う人もいるのでしょうが、そうで無い人もいるというのが興味深い現象でした。

ところでこの硬券入場券ですが、6月20日までは各駅で発売されていたので、今回、該当駅の窓口が終日無人化されたということなのでしょうか?調べ切れていないので憶測でしかないのはご容赦下さい。

なお私の知人で入場券収集をされている方は今後、全駅制覇を目指すそうです。

2021年06月30日 14時38分

近鉄の「硬券入場券」。(前編)

最近、硬券の乗車券、入場券が人気のようです。私自身もどうせ集める(買う)なら「硬券」という気持ちはあったりします。

そこで近鉄の硬券入場券。

まずは戸田駅と佐古木(さこぎ)駅。

話しは飛びますが、「さこぎ」えきをかつて、「さこき」えきと読んで利用者の知人から訂正された経験あり。

近鉄長島駅、伊勢朝日駅、霞ヶ浦駅、阿倉川駅。

その中で伊勢朝日駅。この駅のある三重県三重郡朝日町は1889年(明治22年)から「朝日」(当初は村。その後、町となる)を名乗っており、同駅は伊勢電鉄の駅として1929年(昭和4年)1月30日に開業しました。

何故こうしたことを書いているかと言えば、同じ町内にあるJRの駅が「朝日駅」を名乗っているから。その駅の開業が1983年(昭和58年)なので、町内の駅の差別化という意味で「伊勢」を名乗っている訳ではなく、恐らくですが、全国に「朝日」を名乗る自治体が幾つかあるのでそれとの区別かも知れないと思っているものの、正解や如何に?

川原町駅、桜駅(と言っても名鉄ではなく近鉄湯の山線)、鈴鹿市駅。

以上、9駅に共通点あり。

こちらの4駅にプラス

桑名駅。近鉄名物「ご当地入場券」なのは折角なので購入した次第。湯の山温泉駅が「ご当地入場券」でないのは、単に持っていたからですが、実は今回、行方不明になっていることが発覚。

それはともかく合わせての5駅の共通点は有人駅であること。(窓口の開いている時間が限られている場合あり)

これから先は明日に続く。

2021年06月27日 22時58分

ありがとう「名鉄カルチャースクール」。昨日、今日の講演会報告。

まず昨日(6月26日)は近鉄の広報部/福原稔浩(ふくはらとしひろ)さんによる「名鉄のお膝元で近鉄名物広報マンが語る鉄道の魅力」。

久々の福原節を生で堪能。

福原さんのお話の一例。近鉄名古屋線の前身、関西急行電鉄が名古屋に到達したのは1938年(昭和13年)6月。「当時と変わらないのが近鉄米野駅すぐの『出る電』スポット。」だそうです。毎度の事ながら、福原さんの調査による報告は目から鱗の連続です。

※2019年8月25日、名古屋プリンスホテル スカイ​タワーから撮影。

見慣れた風景ではありますが、これからここを通るときには少し気持ちが変わりそう。

上本町~宇治山田間で使用された特別車。これは私も初見。

今でいえばさながら「しまかぜの和風個室」などと色々思い浮かべながらの90分+α。

福原さんのその知識を表現する語り口は「話芸」の域だと思う私ですが、皆さんも講演会に参加するチャンスがあれば是非、どうぞ。知的好奇心をくすぐられること間違い無しのお勧めです。

ところで昨日の講演会にはおまけがあり、夕方から名古屋市中村区の会議室をお借りし、福原さんによるこれまでの「鉄道イベント」参加者を中心とした会費制の延長戦(講演主体のアフター会)が行われました。

お土産は「駅弁のあら竹」の「松阪名物黒毛和牛 牛めし」。あら竹さんと言えば「元祖特撰牛肉弁当」が私にとっては一番の馴染みですが、この「牛めし」もお気に入りです。

本来ならば参加者同士の懇親も含め、ビール片手に駅弁をつつきながら福原さんのトークに皆で、ちゃちゃをいれながら楽しむ!という会になるはずだったのですが、それはまた次回のお楽しみ。

駅弁は家でゆっくり楽しみました。

ところで表題の「ありがとう」ですが、この講演会を開催した「名鉄カルチャースクール」さんへのお礼という意味もありますが、実は名鉄カルチャースクールは、入っているビルの営業終了に伴い、今月末で閉校。その最後を飾る特別講座の一つがこの講演会だったのです。「ありがとう」は鉄道系の講座をいくつも開講してくれた同スクールへのお礼の意味もあります。(続く)

2021年06月14日 17時56分

磁気式記念入場券と硬券の記念入場券。

近鉄の「ひのとり運行開始1周年記念入場券。

硬券の入場券。実際に使えますが、使う人はきっといないでしょう。でも時々猛烈に受かってみたくなり、記念入場券に改札の押印を入れてもらいたくなります。

名鉄の最近の記念入場券。磁気式で、「限定」というしばりがなくなり、収集マニアとしては、買うことは買うものの収集意欲は多少そがれるかも知れません。一方で、発売期間内ならばいつでも手に入るというメリットがあります。(だから両方とも私の手元にある)

今日はどちらがマニアの心をくすぐるかという比較対象の話しでは無く、磁気式でOKなので、1色だというのが残念と言うのが私個人の感想。せめて2~3色になればといいなあと思いつつも、きっと難しいのでしょうね。

ところでなぜ、唐突にそんなことを思ったのか?それは名探偵コナンとパノラマカーだから。コナンは総天然色のアニメですし、パノラマカーはやっぱり赤くないと気分が出ないという何とも個人的な理由です。

2021年05月27日 21時57分

2021年ブルーリボン賞は近畿日本鉄道80000系「ひのとり」に決定!!!

今日は所用でほぼ1年ぶりの中京テレビ本社。

雨の止んだ名古屋の街に、近鉄特急「ひのとり」の赤色が目立ちます。と言っても米野の車庫なのでちらっとしか見えていない。

打ち合わせが終わり帰途の途中、「ささしまライブ」駅のホームからその勇姿が見えました。

 2021年ブルーリボン賞の受賞おめでとうございます。

2010年ローレル賞受賞の22600系が祝福のご挨拶。

そして1990年の受賞を次点で逃したキハ85系がちょっぴり悔しそうに通り過ぎて行きました。

2021年05月05日 18時07分

近畿日本鉄道 旅客運賃表。

1966年(昭和41年)1月20日改正。

どうして1月20日に改正したかは良く分かりませんが、新線の開業があったとか何かトピックな話題はあったということでは無さそうです。

一番安い運賃が20円の時代。名古屋から近鉄四日市までは130円。55年の歳月の経過を感じます。

2021年05月04日 17時10分

続 近畿日本鉄道案内図。

昨日UPしました「近畿日本鉄道案内図」。

近鉄の歴史をフィールドワークで探究している知人から思わずご教示がありました。それは…。

近鉄ではなく名鉄。

名古屋駅の北側にある「枇杷島橋駅」がその鍵。枇杷島橋駅があったのは1912年(大正元年)8月6日から1949年(昭和24年)7月31日の間。

そうすると信貴線の東高安駅がもとの「信貴山口駅」から改称したのは1948年(昭和23年)7月1日なので、この地図が作られたのは、表記されているものが全て正しいとした場合、1948年(昭和23年)7月1日から1949年(昭和24年)7月31日の約1年の間となります。

本来こうした発行年の無い印刷物、写真等の時代考証は、対象物を隅から隅まで俯瞰しつつ、敢えて重箱の隅を楊枝でほじくる着眼点が必要かと思います。そんな基本を今回、私はすっ飛ばしており深く反省!

ではありますが、こうした作業は面白いと思ってやっています。

2021年05月03日 21時29分

近畿日本鉄道案内図。

近畿日本鉄道案内図。(画像データが大きくなるのを避けるため低画素です。路線の雰囲気としてご覧ください)

時代考証)東高安駅。信貴線信貴山口駅が「東高安駅」だったのは1948年(昭和23年)から1957年(唱和32年)。東高安駅(現信貴山口駅)から先のケーブルカー(現・近鉄西信貴鋼索線)は、1944年(昭和19年)に廃止されていたものが、1957年(昭和32年)に復旧、営業再開です。

という事で、この案内図は昭和32年よりも前となります。

●宇治山田駅の左上の「山田駅」は現/伊勢市駅。1959年(昭和34年)の改称。

●奈良電鉄が近鉄となったのは1963年(昭和38年)で、この案内図の年代特定には影響なし。

●その他、石切駅の右隣の孔舎衛坂(くさえざか)駅は1964年(昭和39年)の廃止。

時代考証)諏訪駅と四日市駅。1956年(昭和31年)9月23日 、経路変更に伴い諏訪駅が移転し、近畿日本四日市(現/近鉄四日市)駅となっています。という事で時代は少し遡ります。

もっとも時代考証が可能なのはここまで。昭和30年前後であることは間違いなさそうですが…。

余談ですが、一見まともに見える「橿原神宮駅」。実は「橿原神宮駅駅」。「橿原神宮前駅」となったのは1970年(昭和45年)3月1日。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!