2021年10月12日 14時23分

鉄印帳の旅(18)道南いさりび鉄道に乗る。

函館発15:15、木古内行き128D。

キハ40 1798は旧国鉄急行色。キハ40形でも目を細めれば、キハ58系と呼ばれる中の北海道向けキハ56形・27形~キハ53形に何となく見えてくるからあら不思議。

1両では様にならないがこれで3~4連あれば十分、昭和の函館駅。

本場のDF200形。エンジン音をこんな近くで聞くのは久しぶり。やっぱり迫力あり。

函館山を見ながらノンビリとした旅を楽しんでいた頃。

茂辺地の駅で131D、キハ40 1796 濃赤色 /豊穣 と交換。道南いさりび鉄道では全ての車両が開業時の塗装からオリジナル色塗装に生まれ変わっており、その出会いはなかなか楽しい物があります。数年かけてこの塗装変更を行ってきたようですが、6年ぶりとはいえ鉄印がなければ恐らく乗ることのなかった道南いさりび鉄道。これらの車両が私を新鮮な気分にさせてくれたのは間違いありません。

どうでも良いことですが、この乗り心地の悪そうな昔ながらの座席は私にとってはゆりかご。この直角シートがあるから今回もこうして乗っているのですが、外の塗装は変わってもここは変えないで欲しいと思うのは私だけ?

2016年頃はこうした色でした。何となくしっくり来る感じ。

列車は木古内駅を目指し、快調に走ります。この時までは…。

16:09発のはずの泉沢駅。停まったまま。交換の貨物列車が遅れているとのこと。

長距離を走る貨物列車が遅れること自体はそれほど驚きはしないのですが、この後、木古内駅で北海道新幹線への乗継ぎが待っており、その時間は14分。5~6分の遅れは織り込み済みだったものの10分を越えるとなると少々厳しい。何せ相手は絶対に接続待ちをしないでしょうから。

9分遅れ。

木古内駅に7分遅れの16:26到着。何とかなりそう。

北海道新幹線は木古内発16:33のはやぶさ40号。

駅の通路を足早に駆け抜ける。

ホームに上がると同時に電車の到着。コレに乗り遅れたとしても2時間20分後には次の電車が来るので…とか書けるのは予定の列車に間に合ったから。

いよいよここから爺パングの旅の始まり。はやぶさでの目的地は盛岡。18:10の到着です。

2021年10月11日 11時55分

鉄印帳の旅(17)摩周丸に乗船。

函館本線0マイル地点紀念碑を横目に歩いている。

目指すは函館市青函連絡船記念館摩周丸。

『1988(昭和63)年3月13日の青函連絡船最後の日まで運航していた摩周丸を実際の乗り場であった旧函館第二岸壁に係留・保存して公開しています。』と摩周丸の公式サイトにありました。この日、函館駅から道南いさりび鉄道木古内行きに乗るのは15:15。摩周丸は1時間少々あれば見学できると思い乗船することにしたのです。

青函連絡船。学生時代の私にとって北海道は「津軽海峡冬景色」を口ずさみながら船で渡る地。ただ就職してからは飛行機で渡道しており、青函連絡船を使うことはありませんでした。

私にとっての青函連絡船歴。

1974年(昭和49年)2月8日に大雪丸、同年2月24日に羊蹄丸。

1977年(昭和52年)2月10日に十和田丸、同年2月25日に松前丸。

計4回の乗船で同じ船に乗ったことがないのはある意味奇跡かも知れませんが、今思えば摩周丸に乗船していればこの日の見学も違った気分になったのかも。

座席は一部が残されていますが、ここには座っていないはず。

私にとっての青函連絡船はこの桟敷席。上の乗船日をご覧頂ければ分かりますが、何せ真冬の季節。日中の便でも外は吹雪で景色はなく、それでもダッシュで窓際の席(席ではなく場所ですね)を取りに走り、そこにへばりついてただただ時間の通り過ぎるのを待っていました。

とか感傷に浸ろうかと思っていたら、修学旅行生の一団に想いを一蹴されました。でも修学旅行に来られて良かったね。

昭和の時代には入れなかった操舵室。しばし船長気分。

コンパス甲板に上ってみた。10月とは思えない暖かさ。

出入りする船を見ていて気付いた。ほぼ正面に縦に短い白い線が1本ある。

末広町電停からほど近い「八幡坂」に間違いない。と確信。

ということで市電の撮影に成功。

念のため写っていますよ!と証拠のためのトリミング。

こちらは函館駅の近く。電車の時間は函館市電のウェブサイトに出ていますのでそれが参考になります。

2016年6月11日に八幡坂から撮影した写真。これを事前に見ていれば摩周丸からこの坂が見えると分かったのでしょうが…。

参考までに道路ですので、電車の前を通る車は避けられません。またファインダーを覗きっぱなし、カメラを構えっぱなしでその瞬間を待ち続けることは、私の年齢では厳しいことを悟りました。それゆえ「いつ通過していったのだろう」は数度あり。

最初はどこか手近なところで市電を撮ろうと思っていたのですが、この機会を逃せば摩周丸に来ることは無かろうとばかりにやってきました。結論から言えば来て良かったの一言です。

ついでの函館駅前チョイ撮り。記録写真。

画面構成の勉強中。せめてもう少し空を入れ、左に余裕を持たせた方が良かったと思った一枚。これにて函館市電の撮影終了。

2021年10月10日 18時03分

鉄印帳の旅(16)道南いさりび鉄道。

10月7日(木)。久しぶりの鉄印帳の旅。

乗るのはやっとかめのミュースカイで中部国際空港へ。

佐藤栄太郎作「新しき旅」。

『二十世紀の歴史と文化の英知(創造・挑戦・感動)を身につけた若者が、新しい二十一世紀の理想に向かって、グローバル社会に雄飛する姿を表現した。』

名古屋空港から移設された物で、中部国際空港駅開業時からあるのですが、ちゃんと見た(撮影した)のは今回が初めて。これまでは電車を降りれば搭乗カウンターにまっしぐら。また帰りは帰りで電車にまっしぐらで、ほんの目と鼻の先にあるこの像が目に入っていませんでした。コロナ禍の中で、私にとって今回は「新しき旅」の気分。それゆえこの像に向き合ったのかも知れません。

AIRDO/ADO 127( ANA4827)便函館行き。11:00発。この日の目的ですが、まずは道南いさりび鉄道の鉄印。

AIRDOに乗るのは初めてではありませんが、コーヒーのマドラーがプラスチック製から紙製のものに変更になっていました。いつから?という疑問はさておき、こうした環境配慮にこつこつと取り組むことは大切なことと思います。

12:18頃、函館の街を眼下に見る。

着陸時の揺れに耐えながら、撮るべき物はちゃんと狙ううつけ者。

2016年6月11日以来の函館駅。

函館駅で「函館⇒木古内」の乗車券を購入し、駅から歩いて5分ほどの道南いさりび鉄道本社へ。

鉄印を授与して頂く。2種類の違いは「開業5周年」の有無。参考までに開業5周年記念デザインは2022年3月25日までの期間限定。それもあって通常版も含め2枚と購入。

そう言えば前回の函館訪問は、道南いさりび鉄道の開業に合わせて運行を開始した観光列車「ながまれ海峡号」に乗りに来たのでした。

2021年09月05日 21時57分

続、JR北海道 駅名標キャラメル。

7月19日にアップした「JR北海道 駅名標キャラメル」の続編。

キャラメルを食べながら箱を展開してみました。

一箱に5駅あり。では一体いくつの種類があるのでしょうか?

メーカーさんのウェブサイトを見ましたら、駅名標は全部で84パターンあるそうです。が、駅名標は2019年4月現在のもので、今はなき駅もどこかにありそうです。

2021年07月19日 16時01分

JR北海道 駅名標キャラメル。

名古屋市郊外のショッピングモールの北海道物産を扱うお店で発見。

JR北海道 駅名標キャラメル。(1パック5箱入りで3パック購入)

北海道で、私は見たことが無かった駅名標キャラメル。それでも知っている人はいるわけで、今回は知人に教えられて買いに行きました。

旭川、南比布、抜海、南永山、輪西、新富士、小沢、安平、上芦別、大中山、尾白内、茶内、苫小牧、川端、桑園の計15駅。

買うときに油断していると同じ駅名を買いかねません。ただ商品の棚を漁るのが憚られたので、目に付いたところでこの3組を選択。こんなことで緊張してどうする私!

美味しく頂きつつ目をつむれば「北海道」気分。

なお余談ですが、南比布のように既に今年廃止された駅が含まれています。製造時期によるものでしょう。

2021年03月31日 18時00分

もう少しだけ JR 春のダイヤ改正。JR北海道で18駅が廃止。

名古屋鉄道/三河線廃線区間全駅入場券セット。

平成16年(2004年)3月31日発行。

廃線ですとこうした記念券が発売されることはままありますね。

さてJR北海道の話。今日で運行を終える日高本線鵡川~様似間(バス代行でも鉄道です)でも「日高本線記念入場券」が発売されました。JR北海道のHPに掲載されたその受付に私は気付かず、結局手にすることは出来ませんでした。

「そんな方に向けて、」と言うことでも無いのでしょうが、旅行代理店の方からJR北海道支援を兼ねて下記の発券をしても良いですよとの有り難いお誘い。謹んで受けました。但し、旅行代理店での発行ゆえ、廃止となる駅が「発駅」「着駅」となる子供運賃での乗車券。

1)日高本線

写真は4枚ですが、廃止区間の全駅が揃っています。

2)JR北海道18駅廃止

こちらは何かイベントをするにもやり難かったかとは思います。写真は宗谷本線のものですが、函館、石北、釧網の全18駅が揃っています。

何はともあれ、良い思い出にもなりました。

 

2021年03月09日 23時09分

続続 JR 春のダイヤ改正。JR北海道で18駅が廃止。

ところでこれは北海道というか豪雪地帯だけの特有な事情かも知れませんが、廃止された駅をどうするか?です。

端的に言えば廃止後にホームを撤去するかどうかということ。それは除雪作業対応。

ラッセル車は本線上では、写真の様にウイングと呼ばれる羽を外に開いて、線路上に積もった雪を取り除いています。

※撮影地…宗谷本線比布駅南方。

それが駅構内に入るとご覧の様にウイングを閉じます。もしウイングを開いたまま駅構内に入れば、ホームなどの施設を損壊させることになるのは容易に想像がつきます。

※撮影地…宗谷本線比布駅構内

ところで今回廃止される駅の多くは駅ホームの構造が1面1線。単線の線路に短いホームが1本あるだけです。

そうした構造の駅が廃止され、それに伴いホームが撤去されると、ラッセル車はその前後を含め、ウイングを開いたままで通過できるようになります。と考えると駅(のあった場所)の除雪そのものの在り方が変わるのをおわかり頂けるかと思います。

以上は宗谷本線沿線在住で、鉄道の除雪作業に詳しい方から教えて頂きました。

駅が廃止されれば、そこに列車が停車しなくなるだけ。私は単純にそう思っていました。しかし、駅の廃止とは単に旅客列車と地元利用者との関係にとどまらないことに驚きを禁じ得ません。JR北海道の駅の廃止問題をこれまで深く考えたことの無かった私ですが、こうして書いていて何かと考えさせられることの多い回でした。

今回、地元の市町村、住民の協力で残存が決まった駅も決して安泰とは言えないでしょう。何せそもそも利用客はほぼいない駅ばかり。駅の維持管理費と一言で言っても、JR北海道でしか面倒を見ることの出来ないこともきっとあるでしょうから、ここしばらくは目が離せない状況が続くと思われます。

2021年03月08日 12時00分

続 JR 春のダイヤ改正。JR北海道で18駅が廃止。

昨日の続きです。

https://www.town.horonobe.lg.jp/www4/section/jumin/public/le009f000001hwoa-att/le009f000001jop1.pdf

幌延町役場では上幌延駅と安牛駅の古い写真を探しています。

平成17年(2005年)までに撮影されたものは既に締め切られていますが、平成18年(2006年)以降に撮影された写真は今月末が締め切りの予定です。なおこの情報は「広報誌 ほろのべの窓2020年9月号」に掲載されたもの(上記URL)です。

それにしても時代だなあと思うのは、全国の広報紙がネットで見られること。自分たちは凄い時代を生きていると改めて実感。

同じ幌延町内の雄信内駅(おのっぷないえき)。

幌延町のウェブサイト『幌延町内における宗谷本線「極端に利用の少ない無人駅」に係る町方針について』にあったこの駅を存続するに至った理由は下記の通り。

*雄信内駅:宗谷本線の歴史を伝える国鉄型木造駅舎の希少性について考究が必要なこと

雄信内駅は1925年(大正14年)7月20日、現在の宗谷本線(当時は手塩南線)の駅として開業しました。その後、1953年(昭和28年)に改築されているとの記述を見つけましたが、「改築」なので大正時代の建物が残っている部分があるのかも知れません。ただ幌延町役場の資料には「国鉄型木造駅舎」とあるので、改築は大がかりであったものと推察しています。

この駅での定期列車の行き違いは朝の下り4321Dと上り4324Dの1日1回です。冬期、上りラッセルが走る時は(ダイヤ通りであれば)10:14頃、4323Dとラッセルがここでこのように交換を行っています。もっともこの光景がダイヤ改正後もあるかどうかは定かではありません。

この風景は、私が初めて北海道を訪れた1974年(昭和49年)の頃からきっと変わっていない。そしてこうした風景は当時、各所で見られたのですが、言われてみれば既に希少価値があるのではと幌延町役場の記述に納得しています。

幌延町が予算にゆとりがあるとは言えない中で、それでもこの駅を残すと判断したことにまずは敬意を表したいと思います。明治、大正期の建造物の保存は、比較的保存理由が分かりやすいのですが、「昭和」の産業遺産の保存は意外とハードルが高いのでは?もっともこれは私の個人的な感想です。

2021年03月07日 22時27分

JR 春のダイヤ改正。JR北海道で18駅が廃止。

3月13日に、JR各社でダイヤ改正が行われます。

今回私が注目しているのがJR北海道。経営が厳しい中、駅の大量廃止が発表されました。

以下、JR北海道の発表をそのまま転載します。

■駅の廃止(全18駅)

*函館本線:伊納駅

*宗谷本線:南比布駅、北比布駅、東六線駅、北剣淵駅、下士別駅、北星駅、南美深駅、紋穂内駅、豊清水駅、安牛駅、上幌延駅、徳満駅

*石北本線:北日ノ出駅、将軍山駅、東雲駅、生野駅

*釧網本線:南斜里駅

■駅の無人化

*根室本線:音別駅

■自治体による維持管理に移行する駅

※ご利用の少ない18駅について、沿線自治体から駅管理のための費用や人的な提供をいただくこととなりました。

*宗谷本線:蘭留駅、塩狩駅、日進駅、智北駅、恩根内駅、天塩川温泉駅、咲来駅、筬島駅、佐久駅、歌内駅、問寒別駅、糠南駅、雄信内駅、南幌延駅、下沼駅、兜沼駅、抜海駅

*石北本線:瀬戸瀬駅

【宗谷本線/幌延町の場合】

幌延町内でもともとJR北海道から廃止の意向を告げられたのは

*下沼駅
*上幌延駅
*南幌延駅
*安牛駅
*雄信内駅
*糠南駅
*問寒別駅

の7駅でしたが、最終的に上幌延、安牛の2駅を廃止し、それ以外の駅については、町が維持管理をするということとなりました。

ところでここでいう駅の維持管理とはどんなことがあるのでしょう?

(参照:幌延町内における宗谷本線「極端に利用の少ない無人駅」に係る町方針について 幌延町役場)

3.自治体維持管理人的負担
自治体が維持管理した場合必要となる人的負担は次のとおりです。
‧人材確保:駅巡回、除雪‧除草、清掃要員等
‧施設管理:定期巡回、駅舎乗降場修繕等

7駅を存続した場合、年間で410万円の支出が見込まれ、流石に全駅存続は断念。それでも何とか廃止は安牛駅、上幌延駅の2駅にとどめ、5駅は存続することとしました。

宗谷本線安牛駅。貨車駅舎(車掌車駅舎)の如何にも北海道らしい駅。

1日あたりの乗車人員は1人以下。(参照:JR北海道ウェブサイト/地域交通を持続的に維持するために)

冬場の積雪時でも駅への道路は通行できるようになっていましたし、ホームも列車の乗降が出来るまで除雪されていました。これを見る限り、駅は利用者の有無とは関係なく、使用できる状態でなければならないようで、確かに維持管理費がそれ相応にかかると言うことはなるほど納得でした。

私の不見識を吐露しますが、人の利用がない「秘境駅」で、どうして維持管理費がかかるのかちゃんと理解していませんでした。上に書いた「3.自治体維持管理人的負担」にあるとおり、考えるまでもなく「荒れるに任せる」ことなど現役の駅ではありえないことなのです。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!