2021年08月24日 22時56分

おいこっとの旅(3)飯山駅。

飯山駅9:57着。昭和の時代、よもやここに新幹線の駅が出来るとは思ってもみなかった。

コンコースでは「雪ん子」のお出迎え。

おいこっとの飯山駅発は10:12。その時間を使って「おいこっと まるしぇ」で買い物。

おやきのつぶあん。ほっこりやさしい味。10:02発130D長野駅行きと交換。

貨車駅舎の信濃平駅は10:19に通過。

以前、飯山線に乗ったのは1978年(昭和53年)5月8日。夜行列車からの乗継ぎだったので、この辺りはきっと夢の中だったのでしょう。風景に記憶がありません。

2021年08月23日 22時35分

おいこっとの旅(2)車内にて。

2両の色の違い。対比はともかくとして、このデザイン、塗色は品の良さを感じます。

飯山、十日町側の車両。私が乗車したのはこちら。

吊革のある全席指定の観光列車。つまりこの車両は、「おいこっと」が運転されない日は通常運用に入っているということなのでしょう。

整理券発行機がある。でもそのカバーは「おいこっと」のイメージを崩さない工夫だと思いました。

まず配られたのは車内販売のメニューと野沢菜漬。量は少ないですが、車内で食すには適量。

しなの路の風景。

2021年08月22日 21時51分

おいこっとの旅(1)長野駅。

今回宿泊したホテルの朝食。

こちらは7月21日。

7月22日。コロナ禍の中で、こうした弁当スタイルを取り入れているようで、どちらのホテルも部屋への持ち帰りがOKとなっていました。

JR長野駅。7月23日はこの駅からスタート。

乗車するのは2015年(平成27年)4月に誕生した「おいこっと」。JR東日本の「のって楽しい列車」の一つで、長野駅~十日町駅間を走ります。地理的には名古屋からそれほど遠いわけではありませんが、この列車だけを目的に行くのはちょっと勿体ない気がしていました。でも今回は北越急行の鉄印帳と組み合わせることで乗ることにした次第です。

お隣のホームにはしなの6号名古屋行き(9:01発)。これに乗れば12:01に名古屋駅着ですが、私の名古屋駅着は19:01。

9:17発の飯山線観光列車/8141D快速「おいこっと」は9:06に入線。

長野駅側と飯山&十日町駅側で色合いの異なる2両編成。

両サイドの列車種別は「快速」なのに連結面は「普通」。まあご愛敬ということで。

2021年07月04日 21時39分

100円ショップのおもちゃ。新幹線シリーズ。

今日は100円ショップのおもちゃコーナーで見つけた「新幹線シリーズ」。12歳以上が対象となっており、大きなお友だちのための「おもちゃ」のようです。

で、N700系、ドクターイエロー、E5系はやぶさ、E6系こまちの4種類をそれぞれの形式ごとに「先頭車+中間車+先頭車」の3両を大人買い。

組み立ては明日以降にすることにしたのですが、どうやら単純ではないような気配が…。

2020年09月13日 23時25分

絵はがきに見る鉄道史(4)大正3年「東京駅」。

1914年(大正3年)12月20日、日本の中央駅たる「東京駅」が開業しました。

とういうことで「東京駅停車場」の絵はがき。長島写真製版所をネットで検索してみましたが見当たらず。

これぞ東京駅という写真。

こちらは現在(2018年10月13日撮影)の東京駅。

ご休憩室前の廊下。休憩室は皇族の方や政府や各国の要人が使われたでしょうから、それで撮影が許されず、廊下を撮影?1枚の絵はがきから様々な推理をするのは楽しい。

こちらは改札口。改札口が絵はがきになるということで、やはりこの駅に対する国民の期待(関心)を感じます。

2020年08月12日 0時33分

1972年(昭和47年)3月13日の大糸線。

昭和40年代の鉄道事情。

1972年(昭和47年)3月13日の大糸線。白馬~信濃森上間のはずです。

小滝駅を出発する貨物列車。

小滝駅の北。糸魚川から信濃大町に向かう貨物列車。ディーゼル機関車が先頭であることから無煙化の訓練運転だったのかも知れません。いずれにしてもこれからしばらくして大糸線は無煙化されました。

2020年04月29日 23時48分

「んだ!いえてつ!」。

JR東日本秋田支社のウェブサイトで、「そうだ!“家”で“鉄道”を楽しもう」「んだ!いえてつ!」を見つけました。

●ぬりえギャラリー

●動画ギャラリー

●ポスターギャラリー

●いえてつ!検定

以上の4コンテンツがあり、それぞれ担当者の工夫が生きていると思います。このブログからのリンクが貼ってtいませんので、詳しくはご自身で検索~アクセスをお願いします。

ということで私も家で、「んだ!いえてつ!」中。

一見古そうな感じですが、

新幹線が開業する4年前の1960年(昭和35年)の発行ですから相当な年代モノ。

何せ私が小学校に入った年の発行です。

その中の記事に、特急「つばめ」「こだま」で電話が使えるようになったという記事を見つけました。

因みに通話料。今の物価と比較すると、さすがに高いですね。

参考までに、100円では40~43キロ、300円では123~127キロ乗ることが出来ます。

今の運賃にしますと、100円=770円、300円=2310円。やはり高い!けどそっちに私が驚いたのではなく、昭和35年に列車内に公衆電話があったこと。もっとも一部の近鉄特急に公衆電話が設置されたのはそれよりも早かったはず。

2019年12月23日 22時55分

相鉄新横浜線(3)西武の新車がドカ停中。

駅舎。JRと相模鉄道の境界駅は相模鉄道の管理。

JR貨物の横浜羽沢駅を越える陸橋。

甲種輸送の西武の新車が停車中。撮影者がそれなりにいる。

新幹線から見える横浜羽沢駅。思ったよりも狭い印象。

ホームに戻り、いよいよ新線区間に突入。12:17発の特急に乗車。

その前に新宿行き各駅停車を撮影。ここ羽沢横浜国大駅からの種別は各駅停車。もっともこの電車がここまで特急で来たか各駅停車で来たかは調べていない。

5分少々遅れて海老名行きの到着。

右側からの線からの到着で、正面のトンネルは建設中の新横浜駅経由で東急東横線への直通用(相鉄・東急直通線)

12:27、相模鉄道の西谷駅到着。相鉄新横浜線完乗達成!!!

 

2019年12月22日 22時21分

相鉄新横浜線(2)硬券の入場券を買いました。

武蔵小杉を出て横須賀線というか品鶴線(貨物線)を鶴見駅まで走り、そこから東海道貨物線をひた走ります。そう書くだけならそれまでですが、車窓は意外と新鮮です。そして11:34、羽沢横浜国大駅到着。

ここからが(納得出来ていないけど)新線区間なので一旦下車し駅舎の撮影に向かいます。それにしてもホームが狭い。

この駅から列車種別が特急に変わります。JRとは特急の意味合いが違うので、毎回この駅で、乗務員交代と行き先案内の種別変更を行っているようです。

先入観を持たないように、事前の調べはいつもしません。(単に不精という説あり。間違いなく当たっている)

で、早朝の下り列車4本が上り線(2番線)から出ることを知る。何故だろうと思ったら何と7:39発の電車が武蔵小杉方面からの最初の電車なのである。つまりその時間までは、東京の都心から直行で羽沢横浜国大で来ることは出来ず、横浜~西谷経由となるのです。

相鉄・JR相互直通運転まであと0日。

相鉄都心直通記念ムービー「100 YEARS TRAIN」を公開中だそうです。

まずは開業記念スタンプ。

そして硬券の入場券を購入。

2019年12月21日 21時47分

相鉄新横浜線(1)武蔵小杉駅で乗換え。

11月30日に開通した相模鉄道の新横浜線。12月14日(土)に乗ってきました。

スタートは品川駅。11:01発の逗子行きに乗車。この写真は、時間とかに意味がある訳ではありません。新旧の案内表示の比較のためです。左側の液晶は圧倒的に見易いですね。時代(技術)の進歩を実感。

列車はほんの少しだけ遅れて到着。でも先行列車との調整ということでこの後は6分遅れで出発。

武蔵小杉駅で横須賀線の電車から下車し、これからいよいよ開業したばかりの羽沢横浜国大駅を各駅停車海老名行きで目指します。

ところで相鉄の新横浜線ですが、整備主体である独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構(略称 鉄道・運輸機構)では「相鉄・JR直通線」となっており、まあそれはそれで良いのですが、JR東日本の武蔵小杉~羽沢横浜国大間は東海道貨物線であって新線ということでは無いようです。では乗りつぶしとしては一体どうカウントすれは良いのでしょう。眠れない夜を迎えそうです。

ホーム上の足元に真新しい表示発見!

この日のために時刻表検索サイトであらかじめ品川~羽沢横浜国大間の電車を調べておきました。何せ新横浜線は1時間に数本。どこかの駅で延々待ち続けるのは避けたいところ。-

ということで6分ほど遅れて海老名行き到着。JR車両の行き先表示が「海老名」となっているのは当分、慣れない気がする。



ADVERTISEMENT

カレンダー

2022年1月
« 12月    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!