2021年01月06日 14時22分

西枇杷島駅(5)レンガ造りのトンネル。

今回、西枇杷島駅に出かけたことで、東海道本線をくぐるレンガのトンネルを見つけました。

西枇杷島駅を名鉄岐阜方から撮影しようと思い、駅の西側をぐるっと回って気付きました。

トンネルの高さは多分180センチ(位)。しっかりとした構造なのですが、一体いつからあるのでしょう?

名古屋電気鉄道津島線西枇杷島駅が出来たのは1914年(大正3年)1月なので、、、と書きつつ、それとの立体交差のため東海道本線が高架化されていたと言うことはないですね。

東海道本線がこの辺りで高架っぽくなっているのは、すぐ南側の庄内川を渡るために徐々に高度を上げていたと考えるのが妥当で、ただ線路下を東西に結ぶこの(歩行者用)トンネルがいつからあるかはネットで検索しても分かりませんでした。

このレンガのトンネルの来歴もいつかは調べようと心に誓った次第。

2020年12月31日 21時40分

名古屋駅における「列車進路地上表示装置」の新設。

タイトルはJR東海のニュースリリースの発表のそのままです。

それはともかく1年の締めにどんなことを書こうかと考えていて、いわゆる趣味的な話ではなく、在来線の保守点検作業の進歩もたまには良いと思い、この話題に決めました。

趣味誌などを賑わすものではありませんが、鉄道を下支えするものにも目を向けていきたいという私の決意というほどのことはなく、もっと軽い気持ちからです。

線路の中で青く光るLED。

「装置概要 進入してくる列車の進路を軌道内に設置した表示灯の点滅により明示」とのことで、「表示灯の点滅により、列車見張員は、列車の進路を確実かつ容易に把握する ことが可能。」なのだそうです。

「列車の接近を作業員に伝達して、作業員を線路外に待避させることで安全を確保」という目的での設置だそうですが、こうした地道な取り組みもしっかりと行われているのですね。

で、今回これを書いた理由。この設備の運用は今年に入ってからで、鉄道事業者として苦境に立たされる中でのスタートでした。日々のニュースの中で、埋もれて欲しくない。それが偽らざる私の想いです。

今の状況がどこまで続くかは分かりません。でもいつかは終わると信じています。「前へ」。

来年もよろしくお願いします。

2020年12月30日 21時16分

JR名古屋駅のホームで食すきしめん。

12月25日、四日市からの帰りは名古屋駅に12:30着。(電車の到着した)10・11番線ホームの「住よし」へまっしぐら。

以前は5・6番線ホームの「住よし」で食べることが多かったのですが、今は特に決めてはいません。

注文は毎度の「かき揚げきしめん(玉子入り)」。この「住よし」でも天ぷらは揚げたて。

美味しいかどうかは個人の感覚なのですが、私は気に入っています。数年前まではお稲荷さんも付けていましたが、流石に最近はそこまではおなかに入りません。

いつまでも続いて欲しい名古屋駅名物です。

2020年12月28日 14時12分

続 祝!JR亀山駅130周年。

亀山駅構内には開業130周年の飾り付けあり。

亀山駅の貴重な写真の展示あり。

列車愛称板、それともサボでも良いのかな?懐かしの列車名が並んでいた。

「名古屋~京都」って知らないなあ。で、調べたらありました。急行「平安」。一往復は名古屋~京都の往復なのですが、もう一往復の「平安」は何と桑名~京都間の運転。

※1967年(昭和42年)10月号の時刻表(交通公社)で確認。

亀山駅の「鉄カード」を手にして、次の目的地は四日市。(このブログでのUP順とは異なります。)

10:24発の名古屋行きにギリギリ間に合いました。

四日市駅からは11:40発のワンマン名古屋行きに乗車。虹に心が癒やされました。

2020年12月27日 23時02分

祝!JR亀山駅130周年。

130周年は四日市駅だけでなく、亀山駅も同じです。

12月25日(金)、亀山駅開業130周年記念入場券を購入。

台紙。

記念入場券、実はマルス発券と自動券売機発券。でも右側に何かがある。

それは鉄カード。JR東海では初めてのお目見えです。

この日、早くから並んだ方にはスタンプカード(スタンプは自分で押します)が配布されました。ただ私の順番が回ってきた時には既に限定数に達しており手に入れることは出来ませんでした。なおこのカードは手に入れた方からお借りして撮影したものです。

その代わりフリクションが付いてきました。

2020年12月26日 10時57分

続 祝!JR四日市駅130周年。JR貨物のこだわり。

四日市駅前ではJR貨物の物販が行われていましたが…。

コンテナを使っています。…のですが。

よく見れば番号が『130』。よくぞ探したものだと感服。あまたあるコンテナの中で、この番号を使おうというアイデアは分かるのですが、探し出してここに持ってきたことに拍手!!!

そう言えば構内展示のDF200の車番は『222』。DF200形に『130』は無いとのことですので、愛知機関区所属車の中で、このイベントを楽しんでもらおうという選択だと私は思いましたが、考えすぎでしょうか?

毎度!「駅弁のあら竹」新竹浩子さんとの2ショット。

今回の掛け紙も凝っています。ただ今回私は撮影しただけ。到着時間が遅く買えませんでした。

また駅構内では記念カードを配布中。

入場券購入でもOKとの事でしたのでこの2枚を選択。

何せC57139号機のお別れ運転は、名古屋駅で私も撮影しており、思い入れあり。

※この写真は、リニア・鉄道館の「C57139」の展示説明ボードに使って頂いています。

それにしても12月25日の半日限りでは勿体ない感じのイベントでしたが、「開業日」という日付が大事でしょうからまあ致し方無しですね。

2020年12月25日 16時11分

祝!JR四日市駅130周年。

今日から130年前の1890年(明治23年)12月25日、関西鉄道(現在の草津線~関西本線)が柘植駅から延伸した際の終着駅として四日市駅が誕生しました。

ということで今日の午前中、JR四日市駅でイベントが行われました。

実はこれ、JR四日市駅名物といえる、駅員さんによる掲示板。時季に合わせて色々工夫を凝らしたイラストとコメントで利用者を楽しませてくれます。

四日市駅の一番駅舎寄りの線路にはDF200が展示されました。

ヘッドマークは「ありがとう!開業130年 JR四日市駅」。

タイミング良く南松本行きのタンカーとの並び。

駅舎内に併設の「四日市市シルバー人材センター」では「四日市駅開業130周年記念パネル展」を開催。

四日市を中心とした懐かしい写真の数々。

個人的にはこの駅スタンプも「オーっ」な展示。

ところでこのパネル展は、今日は片付けないとのことでしたので、ひょっとするとしばらくあるのかも知れませんが、もっとも明日、明後日は土日でお休みですし、年末は29日からお休みですので見られるチャンスは無いかも知れません。

2020年11月16日 23時29分

木曽路の片道急行、パート2。

11月12日(木)に「木曽路の片道急行」をUPしたところ、知人から10月31日(土)、11月7日(土)の2日間運転された急行「▲▲中山道トレイン2020号▲▲」 のことかと思ったと連絡がありました。確かに急行「▲▲中山道トレイン2020号▲▲」 は片道運転であり、このブログで紹介するにはタイミングとしてもドンピシャで、なるほどなあと思った次第。

だからということではありませんが、名古屋エリアの片道急行、但し変形版を紹介します。

先回と同じ昭和42年(1967年)10月発行の時刻表。但し高山本線。ここに2本の急行「しろがね」号がいます。1本は昼行、1本は夜行。この列車の特徴は何れも循環急行であること。名古屋~岐阜~高山~富山~金沢~米原~岐阜~名古屋と高山本線~北陸本線を一周しており、昼行の「しろがね1号」は名古屋発8:14で名古屋着18:49。「しろがね2号」は名古屋発23:50で名古屋着11:09。

高山本線の時刻表の最下段に「金沢」「名古屋」の駅名が見えるのがその証拠。ところで先に「片道急行」と書きましたが、名古屋から米原経由で金沢~富山~高山と走る「しろがね号」はありません。

「しろがね号」と対になるのはこの時刻表のほぼ真ん中にいる「こがね号」。

名古屋を出る時にどこに行くのだろうとの混乱を避ける措置だったのでしょうか?

でも循環急行で、上下で同じ愛称の列車も存在していたことはあるので、何かルールがあったと言うことでは無かったようです。

2020年08月21日 23時15分

ジェイアール名古屋タカシマヤ/鉄道の未来展。

ジェイアール名古屋タカシマヤで開催中の「鉄道の未来展」に行ってきました。その一部をピックアップ。

N700Sの塗装前の先頭構体。この写真だけ見ると大きさがよく分かりませんが正真正銘の本物です。もっとも思ったよりも小さかったというのが私の感想なのですが、新幹線(N700系)と313系の大きさを比較すると、、、。

N700系…横幅 3360mm、高さ 3,500mm(先頭車前位)

313系……横幅 2978mm、高さ 4,020mm

全長は比べるまでもないのですが、こうして数字を並べて見るとN700Sがこじんまりと見えたのは単なる印象ではないことが分かります。

それにしてもこのフォルム(立体的な形状)の美しさ。アルミの質感も含め惚れ惚れします。

個人的に面白いと思った前照灯(ヘッドライト)の点灯。

尾灯(テールライト)の点灯。まあ珍しい体験をさせてもらいました。でも地味なのか、やらずに通り過ぎる人多数。

「Nゲージリニア 浮上走行大型ジオラマ展示」は「おっ!」と思える展示。実物に見た後の感想は、「速い!!!」ということ。模型だから速さはそれほどでもないだろうと思っていましたが、見事に裏切られました。因みにこの写真のシャッター速度は1/40秒。

映像系の展示では「N700Sプロジェクションマッピング」「リニアプロジェクトの軌跡」がありましたが、どちらもお勧めです。

このイベントは来週の月曜日(24日)までの開催となっています。

2020年07月30日 0時07分

1970年8月1日の中央本線。

1970年、高校2年生の夏休み。

8月1日は中央本線に同級生と撮影に出かけています。

ここは中津川駅~落合川駅間の落合峠。貨物列車はD51の重連で運転されていた区間です。

さてキハ181系。大出力エンジンを積んだ勾配区間の特急専用で、1968年にここ中央本線の「しなの」号でデビューしました。もっとも私はここ中央本線で181系に乗った記憶がありません。非電化時代の中央本線はもっぱら急行に乗っており、会社勤めをする頃には181系の姿はここにはありませんでした。

多分、宮ノ越駅近く。D51重連が牽く貨物列車を狙って中央本線詣でをする撮り鉄(当時、撮り鉄と言う言葉はまだ無かったと思う)さんが結構いました。もっとも夏場は威勢の良い煙が期待できないこともあり、それほど人は多くなかった記憶です。

D51単機の貨物列車。のんびりと撮影しており、ひたすら穏やかな時間が流れていました。と言うのも高校生なので当然、歩き鉄。駅から延々と撮影地を目指して歩き、あとは列車の到着までボーっと待っているだけ。

もっとも私たちだけではなく、車で撮影に回っている人はまだ少数派でした。(これは断言できます)



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!