2021年07月21日 16時16分

名鉄急行電車の特別車両券。

名古屋鉄道では今年の3月15日から、特急車両を使用する急行列車2本の特別車が乗れるようになりました。

名鉄の公式HPでも3月5日付けで「一部の急行列車における特別車両券の発売について」というタイトルで出ており、そうなったんだとは知っていました。が、タイトルだけ見て中身を読んでいませんでした。

これは金山駅に掲載されていたその案内。新鵜沼駅6時00分発・6時16分発の急行2本が対象で、それぞれが豊川稲荷行き、河和行きであることを知りましたが、名古屋からそれぞれへの利用客のイメージがつかめないのは多分、私がその時間の電車に乗らないからでしょう。

それはそれとして豊川稲荷行きは新安城で特急豊橋行きに追い越されるので、この駅では特急車両の2本並びが日常的に見られる訳です。これは少し興味あり。

またこの掲示にある「急行列車」の文字。本来は「列車」であって「電車」ではないのですが、私自身、電化区間を走る列車はほぼ「電車」と言っており、こんな所で本来の用語を確認してしまいました。もっともこの「列車」があったからこの写真を撮ったのですが…。

2021年07月18日 15時32分

名古屋鉄道株式会社の御乗車記念(の絵はがき)。小倉公園の謎。

昨日の続きです。

7月10日の記事で「小倉公園については、常滑市に小倉の地名を見つけたもののそこから先、不明。絵はがきになる位だからそれなりだっとは思うものの…。」とした小倉公園の謎が解けました。

1961年頃発行の名鉄電車沿線案内。

その中の美濃町線沿線をトリミング。そしてそこに小倉公園と長良峡があります。

「こくらこうえん」ではなく「おぐらこうえん」。場所は岐阜県美濃市。

絵はがきでは知多半島の名所の中にこの小倉公園があったので、知多半島を探していたのですが、よもやの岐阜県でした。そして写真の遠景の水辺は伊勢湾ではなく長良川。常滑市の「小倉」には高台を発見できなかったのですが、美濃市の小倉は航空写真で高台であることを確認。

また苦戦していたもう一つの「長良川下り」も見つけることが出来ました。

そしてもう一点、名古屋鉄道の絵はがきにもあった天竜下り。飯田線の全通を見込んだ紹介だと思っていましたが、名古屋~飯田間を結ぶ急行バスが1938年(昭和13年)に開業しており、その布石もあったのかも知れないと今、思い始めています。

但し、証拠となる資料が見つけられずあくまでも私見です。

Fさんに多謝。

2021年07月17日 14時35分

名古屋鉄道株式会社の御乗車記念(の絵はがき)。番外編。

この7月8日~10日で紹介した名古屋鉄道御乗車記念(の絵はがき)。

この件で昨日紹介させて頂いた岡崎市在住の地方史研究家/Fさんからアドバイスを頂きました。

名古屋鉄道の前身の一つである愛知電鉄の「御乗車記念絵葉書」。

絵はがきにあるのは聚楽園大仏、三河三弘法、熱田神宮、豊川稲荷、時志観音、鳳来寺、南知多、鳴海球場、新舞子海岸、岡崎公園、新箱根ドライブウェー、天竜下り。

愛知電鉄が名古屋鉄道となったのは1935年(昭和10年)。よってこの絵葉書はそれ以前の発行。ただ、豊橋駅は1943年(昭和18年)まで吉田駅を名乗っており、この絵はがきでは正式な駅名より一般市民の分かり易さを優先させたものと思われます。

河和線(当時は知多鉄道)の成岩~河和口間が開業したのは1932年(昭和7年)なので、この絵葉書はそれ以降の発行。

ただ要注意は、愛知電鉄が名古屋鉄道となったのは先に書いたとおりで昭和10年ですが、知多鉄道が名古屋鉄道に吸収されたのは1943年(昭和18年)の事です。

それはともかくここでの考察は、

1)一枚の絵はがきにいくつもの観光地が紹介されていること。

これは7月10日に紹介した絵はがきの再掲ですが、これまで私が見てきた絵はがきは1枚1箇所が一般的で、複数箇所の紹介があっても精々2~3箇所です。ということから名古屋鉄道の絵はがきは愛知電鉄の絵はがきのスタイルを踏襲したものと推察されます。

2)絵はがきに選ばれた場所は必ずしも同一エリアではない。

この写真は天竜下りですが、当時まだ飯田線は全通していません。大嵐駅 – 小和田駅間 (3.1 km) が延伸開業して現在の飯田線が全通したのは1937年(昭和12年)のことで、この絵はがきが発行されたと思われる昭和9年頃ではまだつぎはぎ状態で、豊橋からの観光には適していません。もっとも長野県飯田市の「天竜川下り」ではなく、今の「中部天竜」駅の近くでそれがあったのかも知れません。

また合わせて愛電沿線図に、「佐久間」の先に「中部」があることについても今は調べ切れていませんのでここまでとします。ところで何が言いたいかなのですが、どうやら愛電でも名鉄でも、1枚の絵はがきに紹介されているのが同一エリアで無い可能性があると言うことです。

2021年07月10日 11時15分

名古屋鉄道株式会社の御乗車記念(の絵はがき)(3)昭和12年頃?

名古屋鉄道の御乗車記念。「御乗車記念」ですから、乗った方に配布していたのでしょうか?それとも乗客に売っていたのでしょうか?

誰にでも配布とは考えにくいので、例えば特急の乗客だけとか?考えるのはこれ位にして次に進めましょう。

聚楽園大仏、豊川稲荷、新箱根ドライブ、天竜峡、岡崎公園、鳳来寺。

聚楽園大仏は1927年(昭和2年)に開眼供養。(参照;東海市観光HP)

新箱根ドライブを走るバス、レオ号は1934年(昭和9年)から運行開始。(参照;名古屋鉄道社史/1961年)

但し、いつまで走っていたかまでは不明。

南知多、新舞子海水浴場、内海海水浴場、長浦海水浴場、小倉公園、新舞子帝国大学水族館。

長浦海水浴場のタコ(鉄筋コンクリート製の「タコのターちゃん」)のオブジェは、1927年に作られた物。(参照;知多デジタルミュージアム デジタル写真館 ~知多の記憶~)

小倉公園については、常滑市に小倉の地名を見つけたもののそこから先、不明。絵はがきになる位だからそれなりだっとは思うものの…。

最後の砦は新舞子帝国大学水族館。東京大学の施設で、昭和11年8月、新舞子駅の西側に東洋一の水族館として開館したものだというところまでは分かりました。(参照;東大農学部の歴史HP)

ということで結局のところ1937年(昭和12年)以降であることは分かったような、そしてその先は分からないような頼りない歴史検証。

最後に私の結論は、昭和12年に名古屋で開催された名古屋汎太平洋平和博覧会(1937年(昭和12年)3月15日~5月31日)の輸送を、名古屋鉄道も担ったとのことでしたので、それと3400系の登場を合わせて発行、配布された物であろうと言うこと。

さてここから進むことは出来るのだろうか?

などなど堅い話はさておき、私自身は古い絵はがきを見て往時を偲ぶのがただただ好きなだけで、今回も楽しい時間を過ごすことが出来ました。

2021年07月09日 9時31分

名古屋鉄道株式会社の御乗車記念(の絵はがき)(2)検証ならず。

昨日の続き。

もう一度タトウを見てみましょう。

まず見開きの表側となる部分には銀の縁取りがあります。そのことから何かのタイミングで、力をいれて作った物では無いかと思われます。ただ名古屋鉄道の発足記念でないことだけは3400系の図案で断定できます。

1枚目の絵はがき。名古屋信貴山、渥美半島、天竜下り、河和口海水浴場、源義朝公御廟(愛知県美浜町)がありますが、当時はともかく今はメジャーではない所もあって時代は分からず。

鬼岩公園、日本ライン、入鹿遊園地、蘇水峡、犬山公園、蒲郡。ライン下りで何かないかと思いつつ、撮影時期を特定する物は見当たらず。

谷汲山、長良川鵜飼、金華山、中山七里、下呂温泉、長良川下り。

帆掛け船の長良川下りって「いつどこの話しよ?」。ネットで検索しても、それらしきものを発見できず。

下呂温泉の写真に写る鉄橋は間違いなく高山本線。区間としては下呂~禅昌寺間で、その区間は1931年(昭和6年)5月9日開業ですから、年代特定ならず。(続く)

2021年07月08日 23時19分

名古屋鉄道株式会社の御乗車記念(の絵はがき)。

今回、NPO法人名古屋レール・アーカイブスに寄贈を受けた絵はがきの紹介。

現在の名古屋鉄道が誕生(名岐鉄道と愛知電気鉄道が合併)したのは1935年(昭和10年)8月1日。この絵はがきは当然ですがそれ以降の発行。

さてここから私の仕事として時代考証が始まります。

絵はがきのタトウ(包紙と言った方が分かり易いかな?正確には包紙とは違うようなのですが…)の右上の電車。

名鉄3400系電車。「いもむし」の愛称で親しまれた電車で、1937年(昭和12年)の登場。と言うことはそれ以降の発行となります。言葉が軽いですが、この絵はカッコいいですよね。

ここから更に絞っていくのですが、実は私も全く知らないというか、これまで手に入れた絵はがきには無かった施設が出てきました。ここから先はまた明日。

 

2021年07月06日 14時25分

Inspired by 南田裕介さん。名鉄電車の吊革。

6月26日に名鉄カルチャースクールで行われた南田裕介さんの講座に触発されました。

天井に直接取り付けられた吊革が名鉄名物とは知りませんでした。講演会の時、参加者の中には頷いておられる方もいたので、どうやら知っていた人はいるようでした。

こちらは地下鉄車内。なるほど!

ところでどうして名鉄電車の吊革は天井に直接付けられたのでしょう?

また最近の電車でそれを止めたのは何故でしょう?これも研究課題になりそう。

2021年06月29日 15時34分

「名鉄カルチャースクール」がトレインビューだった件。

今月末で閉校となる「名鉄カルチャースクール」(名鉄神宮前)は、一部にトレインビューの教室がありました。

この日曜日の講義終了後、暫し撮影。

絶景とかではないのですが、これぞ名鉄らしい風景ではないかと密かに思っています。

熱田駅の側線に停車するキハ85系。「南紀」か「ひだ」かは不明。681系「しらさぎ」の車両の留置は時折見かけますが、85系もあるんですね。

列車本数が多い割には、意外とこうした行き違いが撮影出来ない。

常滑線の電車がやはり収まりが良さそう。この風景ともいよいよお別れ。

実は5階のレストラン街でも、眺望が少しダウンするもののトレインビューが楽しめました。

そしてこの風景ともいよいよお別れ。そしてこのビルともお別れ。

新しいビルでも「トレインビュー」スポットが出来ることを期待したいですね。

2021年06月28日 11時55分

ありがとう「名鉄カルチャースクール」。昨日の講演会報告。

昨日(6月27日)の講演会は、午前の部がホリプロ所属のフリーアナウンサー/久野知美さん。そして午後の部がホリプロ・マネージャー/南田裕介さん。

私は午後からの参加。

南田さんの講演の始まる直前。3shot。

こちらは記念写真。右側の方は「名鉄カルチャースクール」責任者の上野さん。

このカルチャースクールでの鉄道系講座は。前日の福原さん、この日の南田さん&久野さんといった単発の講座のみならず、木村裕子さんの定期講座であったり、今私が通っている鉄道模型講座など、すべからくこの方の企画でした。

さて本題。

今回は名鉄を「100のテーマ」で語るものでしたが、一つ一つの括り方に工夫があり、今回の参加者レベルで言えば、話題としては決して目新しい物ばかりではなかったものの、必ずどこかに笑いあり、へーぇというポイントありとなっており、さすがの90分でした。

私自身、こうしてブログを定期的にアップしているのですが、その際の纏め方の参考になりました。

そして最後に参加者全員参加で窓ガラスに手書きメッセージを貼り付けました。

「名鉄カルチャースクール37年間ありがとうございました!未来へ出発進行!」。私の書いた文字は、、、。ここではそんな無粋なことを書くのはやめておきましょう。

名鉄神宮前駅から見た名鉄カルチャースクールがあるビル。

もし、神宮前駅を利用される機会がありましたら是非、ご覧下さい。当分の間はあるかと思います。

2021年06月27日 22時58分

ありがとう「名鉄カルチャースクール」。昨日、今日の講演会報告。

まず昨日(6月26日)は近鉄の広報部/福原稔浩(ふくはらとしひろ)さんによる「名鉄のお膝元で近鉄名物広報マンが語る鉄道の魅力」。

久々の福原節を生で堪能。

福原さんのお話の一例。近鉄名古屋線の前身、関西急行電鉄が名古屋に到達したのは1938年(昭和13年)6月。「当時と変わらないのが近鉄米野駅すぐの『出る電』スポット。」だそうです。毎度の事ながら、福原さんの調査による報告は目から鱗の連続です。

※2019年8月25日、名古屋プリンスホテル スカイ​タワーから撮影。

見慣れた風景ではありますが、これからここを通るときには少し気持ちが変わりそう。

上本町~宇治山田間で使用された特別車。これは私も初見。

今でいえばさながら「しまかぜの和風個室」などと色々思い浮かべながらの90分+α。

福原さんのその知識を表現する語り口は「話芸」の域だと思う私ですが、皆さんも講演会に参加するチャンスがあれば是非、どうぞ。知的好奇心をくすぐられること間違い無しのお勧めです。

ところで昨日の講演会にはおまけがあり、夕方から名古屋市中村区の会議室をお借りし、福原さんによるこれまでの「鉄道イベント」参加者を中心とした会費制の延長戦(講演主体のアフター会)が行われました。

お土産は「駅弁のあら竹」の「松阪名物黒毛和牛 牛めし」。あら竹さんと言えば「元祖特撰牛肉弁当」が私にとっては一番の馴染みですが、この「牛めし」もお気に入りです。

本来ならば参加者同士の懇親も含め、ビール片手に駅弁をつつきながら福原さんのトークに皆で、ちゃちゃをいれながら楽しむ!という会になるはずだったのですが、それはまた次回のお楽しみ。

駅弁は家でゆっくり楽しみました。

ところで表題の「ありがとう」ですが、この講演会を開催した「名鉄カルチャースクール」さんへのお礼という意味もありますが、実は名鉄カルチャースクールは、入っているビルの営業終了に伴い、今月末で閉校。その最後を飾る特別講座の一つがこの講演会だったのです。「ありがとう」は鉄道系の講座をいくつも開講してくれた同スクールへのお礼の意味もあります。(続く)



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!