2020年11月24日 16時04分



東京駅。年代特定の難しい1枚。駅頭の雰囲気から1914年(大正3年)12月20日の開業以降であることは確定として、では何時なのだろう?
写っている東京市電の形式が特定できれば、、、と思いつつも手元に資料無し。2扉のボギー車、2重屋根(ダブルルーフ)、運転台がオープン(吹きさらし)までは何とか分かる。
その条件に当てはまる(言葉であって、形そのものではありません)電車を探してみると、1915年(大正4年)に登場した東京市電気局の路面電車/1471形電車が近いと思うのですが、、、。
また手前に自動車が停車(?)していますが、電車の横には荷馬車もいます。ただ荷馬車では時代特定が出来ません。自動車ならば可能かと思いつつ、自動車の博物館で、日本の自動車史に詳しい方にお聞きするしか無さそうです。
※この絵はがきは2018年11月25日にもアップしています。
まあそんな堅苦しいことはともかく、今の東京駅。
2012年10月17撮影。日本の駅の中で、「優美さ」において私の中では一番の存在です。
おっと本題から外れましたが、絵はがきの撮影時期は昭和に入った1925年前後と思っています。
この10月から月に1回、鉄道模型(Nゲージ)ジオラマ製作講座に通っています。
建材のスタイロフォームを加工して作ります。
削り始めました。
今日はここまで。さあ12月はどこまで進めるかな?
因みにここまで削るのにかかった時間は約4時間。無口でコツコツとひたすら削って行く。
松坂屋屋上から見た大津通り(北側)。
高い建物が殆どなく見通しが良い。ふと左上を見てみれば…。
名古屋城が見える。松坂屋と名古屋城の間には広小路通りもあるので、当時とは言え高い建物もあったはずと思いつつ昨日UPした写真も見てみる。
私の結論。松坂屋が如何に高い建物だったかという点に行き着きました。今では考えられないですね。
天平七年ですから何と西暦735年の建立。大須の南エリアにある七ッ寺(長福寺)。私にとってはこの地にある小劇場、七ツ寺共同スタジオは何度も足を運んだ場所ですが、この前そこで演劇を見たのはいつの事だろう?2~30年は経っていそう。
かつては大規模なお寺だったようですが、戦災の結果、今の大須の街の一角といった佇まいとなったようです。
今回の絵はがきの最後は名古屋港。ふ頭が狭いのと線路が真ん中を走っているのが新鮮です。
「名古屋名所」の絵はがき。場所は広小路通り。
『名古屋駅と千種駅との中間で銀行、会社等宏大なる建物数知れず市内最も目抜きの街である
夜は露天の数々 一層の美観である』
当時の地図を見ると市街地と呼べる家並みが続く風景の東の端は「千種」となりそうで、それで『名古屋駅と千種駅との中間」という表現となったと思われます。
余談ですが、千種区(ちくさく)、千種高校(ちぐさこうこう)と読み方が異なるのを知っているのは卒業生もしくは友達がこの高校に通っていた人くらいでは?
参考までに1924 年(大正13年)4月8日発行「 大名古屋市街地図 中島大助 」によると駅名が「ちぐさ」となっています。が、これが当時の駅名の読み方として正解かどうかを判断する資料が少なすぎてギブアップ。
話を絵はがきに戻しますが、この絵はがきと対のものを見ても、撮影日時のヒントになるものが少ない。
唯一ヒントになりそうな1枚。「松坂屋呉服店」となっており、これが決め手で1925年(大正14年)以降の撮影であることは確定。何故って、全国で「松坂屋」の称号に統一され、かつ現在の位置に松坂屋が出来たのが大正14年なのです。
おかざき世界子ども美術博物館へのアクセスは少々難ありです。
名鉄の急行停車駅/美合駅が最寄りなのですが、接続する公共の交通機関がありません。徒歩ですと恐らく30分強。タクシーが便利なのですが乗車時間は約5分で1000円前後と思われます。参考までに私はタクシーで往復しています。
以前は路線バスでのアプローチがあったと記憶していますが、折角の良い施設なのでこうした状況が改善されることを切に願うばかりです。
さて写真はメインの展示スペース。
広大な鉄道模型ジオラマ。
この日は地元の小学校や幼稚園の見学が入っており、子ども達の目を釘付けにしていました。
一方こちらはパネル展示。NPO法人名古屋レール・アーカイブスの手による「走れ!夢の超特急」展です。この7月に名古屋市金山の名古屋都市センターまちづくり広場での展示と同一内容で、東京オリンピックの年に開業した新幹線の歴史を振り返っています。
このイベントの運営をされている方にお聞きしたところ、家族連れで会場に来た方の大人はこちらのパネルを楽しまれているとの事でした。小さなお子さんが見て楽しいとはとても思えないので、想定の範囲内内ですが、まずは反応があって何よりでした。
会場には0系からN700系までの新幹線の模型展示もあり、新幹線の歴史を改めて発見。
ドクターイエローの歴史は面白い!
リアルな鉄道イベントが殆ど開催されない中でもちゃんと開催されている模型イベント。希少な価値ありです。
愛知県岡崎市の「おかざき世界子ども美術館」。取材で数度お世話になったことがあります。
ここで今、鉄道のイベント「わくわく鉄道博物館2020 鉄道模型と巨大ジオラマ」が開催中です。
(開催概要)
期間: ~ 令和3年1月11日 ( 月曜日 )
開館時間:9時~17時 ( 入館は16時30分まで )
休館日:毎週月曜日 ( ただし11月23日は開館 )
11月24日.( 火曜日 )
年末年始 ( 12月28日 ~ 1月4日 )、
観覧料:一般 〔高校生以上} 500円
小中学生 100円
(展示内容)
タイトル通りの鉄道模型とジオラマを楽しむイベントです。
会場に入るとまずプラレールが目に飛び込んできます。
ここは子ども向けと言えるでしょうが、作り込んでいるので、大人の鑑賞にも十分、耐えます。
音楽とイルミネーション、そして照明で楽しむ鉄道模型。いつもやっているわけではないので、開始時間を受付で確認することをお勧めします。
常設ではないにも関わらず、ここまで凝った模型展示はそうはないのでは?
11月12日(木)に「木曽路の片道急行」をUPしたところ、知人から10月31日(土)、11月7日(土)の2日間運転された急行「▲▲中山道トレイン2020号▲▲」 のことかと思ったと連絡がありました。確かに急行「▲▲中山道トレイン2020号▲▲」 は片道運転であり、このブログで紹介するにはタイミングとしてもドンピシャで、なるほどなあと思った次第。
だからということではありませんが、名古屋エリアの片道急行、但し変形版を紹介します。
先回と同じ昭和42年(1967年)10月発行の時刻表。但し高山本線。ここに2本の急行「しろがね」号がいます。1本は昼行、1本は夜行。この列車の特徴は何れも循環急行であること。名古屋~岐阜~高山~富山~金沢~米原~岐阜~名古屋と高山本線~北陸本線を一周しており、昼行の「しろがね1号」は名古屋発8:14で名古屋着18:49。「しろがね2号」は名古屋発23:50で名古屋着11:09。
高山本線の時刻表の最下段に「金沢」「名古屋」の駅名が見えるのがその証拠。ところで先に「片道急行」と書きましたが、名古屋から米原経由で金沢~富山~高山と走る「しろがね号」はありません。
「しろがね号」と対になるのはこの時刻表のほぼ真ん中にいる「こがね号」。
名古屋を出る時にどこに行くのだろうとの混乱を避ける措置だったのでしょうか?
でも循環急行で、上下で同じ愛称の列車も存在していたことはあるので、何かルールがあったと言うことでは無かったようです。
鉄道模型を始めてみて初めてしったこと。
Nゲージの車両を購入しようとして調べてみたら、定番品と言えるものは少なく、各メーカーから常時新製品が投入されていました。鉄道模型のイベントも担当していたので、ある程度は聞きかじっていたものの、実際にやるのとこれまでの耳学問とは大違い。
このD51とオハも中古品。
発売後、しばらく経っているようですが、ナンバープレートもまだ貼っていない状態で、こうして写真を撮ってみると何とも存在感がないこと夥しい。
ただそうした状態で保存し、そして中古品として売り渡し、それを原資にして次のモデルを狙うという心理は分かる気がしました。
1970年1月2日の中央本線落合川~坂下間。D51牽引の旅客列車の私にとっての原点。
鉄道模型事始め。ジオラマレイアウトはオークションサイトで落札。
いつかは自作のジオラマレイアウトを作りたいとの想いから、その見本ともなりそうなものを手に入れました。
走るのは中古のキハ81系。気分は関西本線~紀勢本線~阪和線を走った特急「くろしお」号。昭和の列車が私にはお似合いです。