2018年06月14日 10時29分

AKB48 53rd シングル世界選抜総選挙記念ドニチエコきっぷ。

マチュピチュ遺跡の話の途中ですが、やはり今日はこれ!

AKB48 53rd シングル世界選抜総選挙記念ドニチエコきっぷ、本日発売。

で、私も出勤の時に購入。朝の8時半では多分無いかもね?とか思いつつ窓口へ行ったところ無事手に入れることが出来ました。

発売枚数は駅によって数十枚から千枚単位と幅があるのですが、発売枚数の少ない駅の方が売切れが早かったようで、一方で名古屋駅などの方が残っていました。それでも流石にこのブログをUPした時点では売り切れているでしょう。

ところで…。このドニチエコきっぷは早速朝からフリーマーケットサイトやオークションサイトを賑わせています。購入にあたっては1人10枚の上限があるものの、使わない方が購入し、こうした形での提供にはやはり何だかなというのが私の感想。

このドニチエコきっぷでナゴヤドームに行きたい!けど今日は名古屋に行けない。残念。と言う方もいるかも知れませんが…。

2018年06月02日 14時10分

地下鉄名古屋駅の授乳室

ある日突然と言ったら怒られるかもしれませんが、地下鉄名古屋駅の桜通線駅長室の隣に授乳室が出来ていました。

入口に「授乳室」との案内はありますが、通路天井の案内はありません。

名古屋市営地下鉄のホームページに「交通局では、安心して地下鉄をご利用いただけるよう、名古屋駅及び千種駅の2駅に授乳室を設置しました。」とありますが、ほぼ毎日通る場所にも関わらず先日まで気付いておらず、そもそも地下鉄のホームページにいつ出たのしょう。

もっとも地味な存在なので、随分前から使えるようになっていたのかも?

利用する際はインターホンで連絡するようになっていますが、駅長室に直接申し出ても大丈夫なようです。

台湾ですと台北のMRT(地下鉄)では、主要駅にはかなりの確率で授乳室があった記憶があり、昨日までこのブログで書いていた「台鉄」でもやはり主要駅で見かけており、小さな子連れの方には安心して外出できる強い味方だと思っていました。

名古屋の地下鉄の場合、各駅での設置スペースの確保が課題となりそうですが、これは数が増えていくことに期待したいですね。

余談:授乳室の話ではありませんが子連れ外出の件。

1991年にスウェーデンに行ったことがあるのですが、その時、街の様子で名古屋(というか日本)と大きな違いを感じたのがベビーカーで行き交う人の数。バスは当時でも既に低床車が多く、ベビーカーを畳むことなく普通に乗り込んでいましたし、デパート店内も大型ベビーカーをよく見かけました。当時の日本は小さは子供を連れて市街地に出掛けることが容易でなかっただけはなく、混雑する電車内では迷惑な存在とされることもありました。名古屋駅の授乳室を見るにつけ、今は子連れ外出が日常であり、言葉を変えれば優しくなる方向で変わりつつあると実感。

2018年04月25日 17時10分

旧伊勢鉄道廃線跡巡り (6)昭和30年までは近鉄名古屋線でした。

今回のハイキングでは最後の見所。線路跡です。ある意味正しい廃止された線路用地の使い方。

今回回った場所の一覧。高田本山駅から江戸橋駅まで5.1キロ。ゆっくり歩いて1時間半。正確に言えば私の場合ですが9:57に出発し、11:27に到着しました。出発時は受付時間の関係で時間の制限がありますが、到着時間に制約がないこともあり、途中で弁当を広げている方もいて、確かに「ハイキング」。

電車が来れば撮影。江戸橋駅北側の踏切です。

江戸橋駅舎。この江戸橋駅は大正6年(1917年)に、(旧)伊勢鉄道の手で開業されており、昨年が開業100周年でした。

ところで今回の廃線跡巡りですが、実は昭和30年(1955年)まで、近鉄名古屋線として使われていた線路跡を歩いています。

加えて言えば、先の「一身田町駅」は、開業後暫くして「高田本山駅」と改称しており、今回のハイキングのスタート地点「高田本山駅」は昭和30年の白塚駅~江戸橋駅間が、現在のルートに変更された時に出来た(移転した)駅なのです。知れば知るほど面白い廃線跡巡り。

江戸橋駅南側で撮影。時間の関係で1本のみ。

江戸橋発11:42の急行近鉄名古屋行きに乗車。で、その電車の案内は反射があって写真ではほぼほぼ何が書いてあるのかは読めませんが、それが撮影した目的ではなく、その下の「近鉄長島駅」の臨時停車。「なばなの里イルミネーション」対応なのですが、「なばなの里」のホームページでも道路混雑時は「近鉄長島駅」からバスのルートは推奨されています。

これにて3月25日(日)の鉄活報告終了。皆さんの身近なところにも意外と廃線跡があるかも?ですね。今回は付け替え区間ですが、名鉄で言えば名古屋市内の堀田駅~呼続駅間が開業時と現在でほんの少し異なるルートを走っており、今、現地を歩いたとしてその痕跡は見つけられるのでしょうか?よしっ!いつか歩いてみよう。

2018年04月24日 17時08分

旧伊勢鉄道廃線跡巡り (5)水路橋脚跡

(現)伊勢鉄道の線路からほど近い(旧)伊勢鉄道の線路跡。なぜ断言できるかと言えば、田の中に明らかに違和感のある直線であったり、緩やかな曲線のあぜ道とは言えない道路ともつかない存在があることによります。ただこれまでの経験で言えば、廃線となり、暫くすると区画整理で線路用地が跡形も無くなることも多く、不思議と言えば不思議です。

側溝(という表現をお許しください)に煉瓦。

大正時代の鉄道の敷設方法を垣間見ている感じ。

「川」を渡る橋はイメージがし易いですが、水路の橋の跡はこれまで見たことがあったっけ?

水路の橋の跡巡りはここで終了。高田本山駅を出て、北方向に出た後、伊勢鉄道の高架橋の方面へぐるっと回りここまでで3.4キロ。

2018年04月23日 17時05分

旧伊勢鉄道廃線跡巡り (4)一身田町駅跡

大正4年(1915年)に(旧)伊勢鉄道が開業した当時の南の終点、「一身田町駅」跡。今は変電所になっています。

廃線跡巡りをしていますと、かつての痕跡が全くない場所はよくあります。その場合、ここに鉄道が走っていた、ここに駅があったと歴史ロマンに浸るパターンが私の場合は多いのですが、今回のこの場所について言えば、周辺に民家も少なく、この後に津市内まで開業するまでは鉄道経営は大変だっただろうなあと思った次第。

と書いていて、ここで足を止め、写真を撮影しているハイキング参加者が見当たらないことに気づく。

などともっともらしいことを書きましたが、浄土真宗高田派総本山専修寺への足としては、今の近鉄高田本山駅よりも近い場所にあり、恐らく開業時は善男善女の参詣客で賑い、ここに終点があることは理にかなっていたのでしょう。

※ここは変電所ですので目立つことは目立つので、その存在を探すのは難しくはないものの、この写真を撮影した場所に辿り着く道が細く、分かり難いのが難点です。

今回のハイキングで道を探す最難関ポイントでした。もっともう回路(別の道)はあるので、必ずしも案内されたルートに従うことは無さそうです。

2018年04月22日 16時59分

旧伊勢鉄道廃線跡巡り (3)水路橋脚跡

きっと大正時代にもここに田が広がり、そのための水路が張り巡らされていたのでしょう。その名残の橋脚跡があり、皆さん、興味津々でちゃんと見ておられます。

思ったよりも立派。

当時と今の水路との比較をする術はありませんが、多分、同じような規模だったのでしょう。

あまり花が詳しくないのですが、ちょっと気になり撮影。大正時代にもあったのかな?

真っすぐ続く如何にも線路跡が田になった場所?の向こうにも水路橋脚の跡が見える。

ちゃんと調べたら郷土史の大家になれるでしょうか?いやいやそうした地道なことを続ける根気は私にはありません。こうして見て、「へーっ」と思うのが精一杯。

(現)伊勢鉄道のローカル列車。そう言えば私がこれまで撮影してきた写真の中に、伊勢鉄道の車両の写真は無いかも。

昭和の伊勢鉄道と大正時代の伊勢鉄道の競演。

2018年04月21日 16時56分

旧伊勢鉄道廃線跡巡り (2)志登茂川橋脚跡

(現)伊勢鉄道を行く快速みえ。

北部運動広場、津市北部市民センター、三重武道館が並んでいる場所のほぼ南側。やはり航空写真で確認できる橋脚跡。

それにしてもよく残っているものだと驚き。今回、このハイキングに参加していなければ、一生知らずに過ごしていた。間違いない!

上流側は三角になっています。こうした形式の橋ってどれほどあるのでしょうか。もっともこれまで気にしたことが無かったと言えばその通りです。

橋脚跡の南側。如何にも鉄道の線路跡と言える光景がそこにあります。

そもそも廃線跡巡りはあまりする方ではありませんが、一般の方(鉄道ファンではないという意味)向けのハイキングに「廃線跡巡り」のあることが驚きです。ただ単に自然(季節)を楽しむというよりは、知的好奇心をくすぐる要素を入れたハイキングはよくありますが、そこに「鉄道」、しかも「廃線跡」というかなりレアなカテゴリーがあることに驚くのは私のような鉄道を趣味に持つものの逆の偏見かも知れませんね。

2018年04月20日 16時53分

旧伊勢鉄道廃線跡巡り (1)横川橋脚跡

(旧)伊勢鉄道は、現在の第三セクター鉄道としての「伊勢鉄道」ではなく、『旧』だけあり、大正4年(1915年)に一身田町駅~白子駅間を開業させた鉄道。その後、路線を南北に延ばし、大正15年(1926年)に伊勢電気鉄道に改称し、最終的に近畿日本鉄道となっています。

近鉄名古屋駅を9:25発の「伊勢志摩ライナー」。

津新町発近鉄名古屋駅普通電車の左側が最初の目的地。

横川の中に何かがある。

よく見れば確かにここに橋が架けられていたことが納得出来ます。ぽかぽか陽気というより暑い!ので上着を脱いでのハイキング。

場所は津市/北部運動広場の野球場の直ぐ東北方向。

航空写真でもこの橋脚跡は確認できます。それにしても航空写真は便利。特に今回のような場合にはうってつけです。

2018年04月19日 16時50分

旧伊勢鉄道廃線跡巡り

時計を巻き戻して平成30年(2018年)3月25日の午前中。

さてこの日は近鉄電車でお出かけ。近鉄名古屋を8:40に出る急行五十鈴川行きに乗車。名鉄電車から近鉄への乗換えは連絡口があって便利です。

名鉄桜駅で「桜」を撮影したその足での行動です。

目的地は名古屋線高田本山駅。白子駅で各駅停車に乗り換えて9:51に到着。この距離だといつもは特急を使うので、私にとっては珍しいパターン。ところでこの駅で下車した理由ですが、「近鉄ハイキング」への参加。たまたま近鉄のホームページを見ていたら「(旧)伊勢鉄道 廃線跡めぐり」なる回があり、これは呼ばれていると思い出かけることにしました。

近鉄のホームページ自体、いつもチェックしている訳ではなく、たまに「ニュースリリース」「お知らせ」を見ることはあっても「観光・おでかけ」の更に先のページに行くとは一体私に何が起きたのでしょう?

もっともそれがきっかけで近鉄名古屋線の歴史の一端を垣間見ることになったのは大きな収穫でした。

2018年04月17日 20時07分

瀬戸市の瀬戸蔵に出かけました。

台湾の鉄道についてはまだまだ続きがありますが、その前に3月25日(日)の鉄活の報告。

さてこの日の午前中は近鉄電車で津市まで出かけ、そして午後からは名鉄電車で「尾張瀬戸駅」へ。

栄町駅発13:00の尾張瀬戸行きに乗車。

13:37に尾張瀬戸駅着。急行で30分、準急で32分の道のりをノンビリ普通電車の旅。そう言えば先回瀬戸に来た時も普通電車に乗ったような記憶あり。30分に1本の電車との巡り合わせ。

目的地は瀬戸蔵。でもその時開催されていた「瀬戸蔵ロボット博2018」が目的ではなく、

瀬戸蔵ミュージアム企画展「開業30周年 愛知環状鉄道の歩み」【~平成30年(2018年)4月22日(日)までの開催】の見学。愛知環状鉄道が開業30周年とは、もうそんなに経つのかと感慨深い。もっとも「つい最近」は10年前くらいであり、「ちょっと前」は20年ほど前であることは昭和世代の『あるある話』の一つ。話は戻してこの企画展は、愛知環状鉄道の歴史が分かりやすくコンパクトに纏められており、是非ご覧いただきたい内容です。今週末までやっています。

カメラに付けっ放しのズームレンズでは目一杯広角にしても入りきらない尾張瀬戸駅。

携帯電話のカメラに魚眼アダプターを付けて撮影してみる。

続いて駅舎内も撮影。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!