2020年04月02日 22時55分

北丹鉄道の廃線跡トンネル。

大阪市と京都府宮津市を結ぶ国道176号線。その道路を福知山から京都丹後鉄道宮福線に寄り添うように北上し、宮福線下天津(しもあまづ)駅を過ぎて直ぐの場所。

トンネルが見えますがこれが北丹鉄道の廃線跡。

ここは2つのトンネルが連続しており、こうして先が見通せます。

ところでこのトンネルですが、実際に歩いてみて感じたのは随分小さい(高さが低い)なあということ。いくら1923年(大正12年)9月22日開業で、鉄道車両が小さかった可能性はあるもののそれだけでは説明がつかないというのが私たちの感想。恐らくですが、廃線後にここを道路にした際、線路面を道路にせず嵩上げして舗装したと考えると、合点がいくよねとなりましたが、さて真相や如何に?

さて1枚目の写真に戻ります。そこにあった案内看板。

「元伊勢」という地名?場所?もさることながら、内宮(ないくう)、外宮(げぐう)まであります。本家との違いは、三重県伊勢市では外宮=「げくう」であり、どうやらここ京都府福知山市では外宮=「げぐう」と読み方が違うようです。

2020年04月01日 20時42分

北丹鉄道を知っていますか?

京都府福知山市にある今も昔も鉄道の要衝、福知山駅。そこから京都丹後鉄道宮福線が京都府宮津市に向けて分岐します。

福知山駅からその宮福線の途中にある「大江駅」の近くまで、かつて北丹鉄道(ほくたんてつどう)という鉄道が走っていました。

3月1日の京都駅。その頃はまだ鉄道を求めて出かけることが出来ました。ここで全員集合。バスでまず向かったのは1971年(昭和46年)に休止、その後廃止された北丹鉄道の廃線跡巡り。

福知山駅から北へ1キロ少々。かつての北丹鉄道の本社があった場所。

そこには福知山西駅という駅があったからだと思うのですが、今は「西駅公園」という名の場所です。

滑り台もある公園に集う大きなお友達たち。んっ、奥にいるのは蒸気機関車?

2号機関車。1923年(大正12年)9月の開業に際して作られた機関車なのですが、何とこの機関車は実物大のレプリカ。

どこからどうみても本物にしか見えません。

強いて言うならばこの銘板の美しさがレプリカの象徴。

2020年03月31日 23時08分

インターネットラジオ「野月・南田のエアトレインch.」運行終了。

インターネットラジオ「野月・南田のエアトレインch.」の最終列車が出発しました。

一昨年(2018)の12月21日、『第0号 鉄道番組「タイトル未定」試運転列車出発進行!』で開業したこの番組。ひたすら鉄の道を歩んできました。

何とも自然体の録音現場。レコーダーが回っている時間だけではなく、、、メディアに記録しているので「回っている」という表現はあたらないでしょうが、それはまあ雰囲気としてとにかくずーっと徹底的に鉄な時間が流れていました。

それにしてもテレビ局が何故ラジオ?と何度も聞かれましたが、この番組に限ればスポンサーを付けない中での実験・挑戦であり、当初から期間限定でのスタートでした。

ディレクターはラジオ番組のプロであり、出演のお二人もラジオのプロ。翻って私は放送というジャンルは同じなのですがラジオの制作経験がゼロ。よもや65歳の第2定年を終えた後に新しいジャンルの仕事をするとは予想だにしていませんでした。

ただそれが出来たのは趣味である「鉄道」がテーマだったからであることは間違いありません。

関係した皆さんにはただただ感謝しかありません。なお「野月・南田のエアトレインch.」は当分の間聞くことが出来ます。皆さんにもお聞きいただきたいのですが、私自身も全204話(0号~203号)を聞き直してみようかと思っています。

2020年03月29日 20時31分

トレインビューホテル、東京/品川編。

東京/品川駅近くのホテル。鉄道の見える部屋があることで、私も時折泊まっています。ただ敢えてホテルスタッフに部屋のリクエストはせず、いつも運を天に任せています。何故かってそれは睡眠時間が短くなり可能性があるから。とか言ったりして。

ホテルにチェックインして取り敢えず撮影したのは23:51。この日はこれでお休みなさい。

前の写真とほぼ同じカット。高輪ゲートウェイ駅は2週間後の3月14に開業しました。

京浜急行電鉄八ツ山橋。ホテルからこの橋を狙ってみて分かったのは、鉄橋、架線などが絡み合って、肝心の電車が見にくい。なかなか思うようにはいかないものですね。

今の状況がいつ落ち着くかは分かりませんが、安全安心に旅ができる日を心待ちにし、当面は大人しくしていよう。

2020年03月28日 20時20分

東京/新橋駅前のC11292。

東京/新橋駅前にいるC11292。1972年(昭和47年)、鉄道開業100周年を機にこの地にやってきました。

1995年(平成7年)5月、中京テレビの東京支社がそれまであった東銀座から新橋に引っ越しました。

それ以前にも新橋に降り立ったことはあったのですが、やはりその頻度はあがりました。

季節によって、装いを変えるその姿をこれまで何度も見てきました。ただじっくりと、興味深く見たことはこれまでなかったと思います。

裏側(?)に回り、腕木式信号機を仰ぎ見る。たまにはいいか。

ちゃんと整備されているんですね。

2度目の定年退職をし、それ以降もフリーの制作者として通った東京。次にこの場に立つのはいつだろう?2月28日は私にとって一つの区切りの日となりました。

2020年03月27日 18時42分

第三セクター鉄道初!プラレールラッピング車登場。

今日は樽見鉄道へ。

ハイモ295-315号の新ラッピングのお披露目です。


今回はプラレールとのコラボ。伊豆急行の「リゾート21“赤いプラレール号”」や西武鉄道の「西武ちちプラレール駅」、JR四国の「鉄道ホビートレイン(プラレール号)」などなどプラレールとのコラボはいろいろありましたが、第3セクターのラッピング車は間違いなく初めてだと思う。

樽見鉄道ではこれまで薬草列車、しし鍋列車、たにぐみ盆梅展など高齢者の方が楽しめる列車はあっても、子供やファミリー向け列車が無く、それではと言うことでタカラトミー社にこのラッピングの話を持ち込んだところ、思いがけずOKが出たとのことでした。

因みにこの方が仕掛け人の企画営業課の清水さんです。

ところでこの濃い赤のライン。

何だろうと思って清水さんに聞いたら、トンネルの縁取りだそうです。

ラッピング列車の運行期間は明日の樽見発5:55の大垣行きから2022年3月31日まで。
車内は、今は通常のままですが、新型コロナウイルスが落ち着いてイベントが出来るようになったら、畳を敷いてプラレールを走らせたいとしていました。

折角樽見鉄道本社まで出かけたので、ついでに「薄墨桜」と「樽見鉄道×桜」見学。

薄墨桜はもう満開で、いつもより一週間以上早いのでは?


一方、日当駅(ひなたえき)をはじめとした沿線の撮影ポイントはどこも満開までまだまだ時間がかかりそう。


樽見鉄道の方にお聞きしたところ、今年は開花の順番の見当がつかないとのことでしたが、そもそも薄墨桜が先に満開って多分、聞いたことがないかも。やはり異常気象かな。

2020年03月26日 22時25分

京急ミュージアム(2)京急ラインジオラマ。

ジオラマ。

疾走する電車。

ジオラマを走る電車の先頭に付けられたカメラを見ながら、本物の800形電車の運転台で、操作体験も出来ます。大きなお兄さんは流石にこの席に座ることを遠慮しましたが、今はそれを後悔しています。

車庫がある。思わず覗き込んでしまった。

飛行場。京急のジオラマですので、何がしかのギミック(仕掛け)があるはずなのですが…。

もう一回行くチャンスがあれば、目を皿のようにしていろいろ見つけたいと今、思っている。

2020年03月25日 22時20分

京急ミュージアム(1)京急デハ230形デハ236号。

もう遠い昔のような気がする先月(2月)28日、インターネットラジオ「野月・南田のエアトレインch.」録音のため東京へ。その日の新幹線はご覧の状況。空いているのぞみ号に乗ったことはあるが、ほぼ空気を運ぶのぞみ号に乗ったのは初めてだったと思う。

清々しい美しさの富士山を見つつ、東京が近づいてくる。

夕方からの録音を前に、1月21日にオープンした京急ミュージアムへ。横浜駅から歩いて10分弱の場所。この時は無事、見学が出来たのですが、よもや翌2月29日からこのミュージアムが臨時休館するとは夢にも思っていませんでした。

お出迎えは京急デハ230形デハ236号。

京急時代のこの形式は私とあまり接点がなく、1976年9月20日に最後の活躍の場であった大師線に乗りに行っているので、恐らくその際に乗っているかも?というレベルです。

私が一枚だけ撮影していた高松琴平電気鉄道へ譲渡されたデハ230形(デハ265号)⇒30形(33号)。琴電で初めてこの電車を見た時、窓の大きさに驚いたことだけははっきり覚えています。もっとも私にとっての京急と言えば1000形(初代)だったりするのですが、それはあくまでも印象であって、京浜急行電鉄という会社にとって、このミュージアムに入るべき電車はこれだ!ということで、私のこの電車を見る目が変わったのは間違いありません。

車内に入った印象は「狭い!」。京王の2000系もそうですが、名鉄電車の車内がさほど広かったわけではないものの、昭和の関東の大手私鉄には思いの他小柄な電車が走っていたという今更ながらの“新たな発見”となりました。

ホーム。この時はただのホームだと思っていました。でも、ホリプロ南田さんからこのホームの秘密を、、、ここだけではなく他にも京急の方たちの色々細かいこだわりがあると教えてもらいました。

2020年03月24日 21時19分

オランダ/アンネ・フランクの家とアムステルダムのトラム。

12月24日、ハーグからアムステルダムに戻った後は舟遊び(運河巡り)。

次の予定まで時間があったので観光船に乗ったのですが、思ったよりも楽しく時間が過ぎ、納得の一時間。

街歩き。

この1枚の写真の中にどれだけの自転車とトラムが写っているのだろう。オランダらしい風景と私は思っています。

今回のオランダ訪問の一番の目的が「アンネ・フランクの家」。

入場が予約制の「アンネ・フランク」の家は、一年を通して予約が取りにくいスポットです。私たちは「アンネ・フランクの家」への入場だけではない「museum visit + introductory program」を訪問の一週間前に予約しました。運が良かったと思います。

正面の建物の屋根裏にアンネ・フランクは暮らしていたそうです。入門プログラムは英語で行われましたので、言っていることはあまり分かっていませんでしたが、それでもあらすじは予習していたので、ポイントポイントはそれなりに理解できました。

ということでこの写真の解説に繋がっています。いろいろ考えさせられるひと時でした。

2020年03月23日 20時54分

オランダ/フェルメール作「真珠の耳飾りの少女」とハーグのトラム。

12月24日はオランダ/ハーグの町へ。

オランダ/ハーグ市にあるマウリッツハイス美術館所蔵のフェルメール作「真珠の耳飾りの少女」。絵を前にして立ち尽くす。ただただ惹き込まれます。

私の知人に世界中のフェルメールを求めて旅をした人がいます。彼の気持ちが何だか分かるような気がしました。

美術館の近くでトラムの撮影。

小雨に煙る街を行くトラム。こんなロケーションの中を走っているという確認のために撮影した一枚。

海沿いの町なので、こんな風景も見られます。それにしてもこのカモメ。逃げません。後ろに電車が来るまでじっと待っていてくれました。

ハーグ名物、ニシンの塩漬け「ハーリング」。

こんな風に地元の方たちは食べるのだそうです。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!