2018年06月23日 16時06分

ペルーレイル、ビスタドーム(3)オリャンタイタンボ駅に到着。

あと数分で終点のオリャンタイタンボ駅に到着しようとするその時、その先が扉で閉ざされた分岐が登場。

中にはインカレイルの塗色の車両を見かけたので、その車庫かも?転車台もあるのでディーゼル機関車の方向転換用なのでしょうか。謎が深まります。

1分遅れ(遅れとは言えない範囲)の12:33、オリャンタイタンボ駅に到着。

左から2本目の線路に前後で2列車が停車中。手前が12:36発のインカレイル「The 360° Machu Picchu Train」。奥が12:55発ペルーレイルの「エクスペディション」。

下車する直前にドア使いのボタンを撮影。ふむふむ。

到着後に改めて乗車してきた列車の撮影。

パっと見では分かりませんが、運転台の右側に席があります。

2018年06月22日 16時04分

ペルーレイル、ビスタドーム(2)交換列車2。

線路沿いを歩く人。道が無く線路が地元の人の「道」であることを改めて感じる。

今更ですがビスタドームの車内。天井まで広がる窓ガラスで正に「ビスタドーム」。車内はとても明るく、惜しむらくは見上げても山の景色が今一つの雨模様。

濁流のウルバンバ川。

トイレの写真をUPすることはこれまであまりありませんでしたが、今回は特別。シンプルですがとても清潔です。清潔すぎる日本からの観光客にも受けが良さそう。

12:18にも交換。機関車の牽引する客車列車。それにしても分岐する線路の角度が急。

エクスペディションと呼ばれるカテゴリー。こんな列車でノンビリ旅をするのも良さそう。

2018年06月21日 15時57分

ペルーレイル、ビスタドーム(1)交換列車。

マチュピチュ駅発10:55のビスタドーム(VISTADOME) 302レに乗車。オリャンタイタンボ駅には12:32到着予定。

オリャンタイタンボ駅からマチュピチュ駅に向かう時は気づかなかったのですが、気動車は何と片運転台。しかも最前列にも座席あり。団体乗車ではその場所の指定はできないでしょうが、その席に「座りたい」と本気で思った次第。ところでこの写真はマチュピチュ駅出発直前の撮影です。

11:37の撮影。側線に入っていた貨車。道路が未整備なのでショベルカーも貨車に積んで運ぶということなのでしょう。

ホテルを出る時にもパラパラ雨が降っていましたが、列車が動き始めたら本降りに。丁度対向列車のヘッドライトが正面窓の水滴にあたり、列車がいるということしか分からない。

信号所での行き違いの後、列車のいなくなった向こう側を見ると大きな花を手に抱えた老人の姿を見つけました。道があるとは思えず、どうやって、そしてどこへ行くのでしょう。そもそも駅とは思えない場所ですが、交換したのがペルー人の乗れる列車のように見えましたので、今、ここに到着したのでしょうか?

一つ前の信号所を11:46頃に出て、10分後の11:56に次の信号所に到着。ここでも運転停車。

その頃、車内ではペルー版「なまはげ」(私の印象です)のダンスや(乗務員さんによる)ファッションショーあり。因みにファッションショーでの衣装は全て車内販売あり。

11:59に対向列車が到着。転轍機は手動のため、雨の中、係員が作業をする姿が見られました。

2018年06月20日 20時55分

マチュピチュ村で撮り鉄(3)最後の撮影。

2日前のマチュピチュ駅到着時に、降りて直ぐにホテルに向かったため撮影していなかった駅舎の写真。

思ったより広い待合室。世界的な観光地の駅ですので、これ位は必要なのでしょう。

この写真を撮影したのは9:36ですが、私たちの乗車する列車の出発時間は10:55。まだ1時間以上あり、こうしてノンビリ散策中。

到着列車があったので、駅舎側ではなく反対側に行き、構内を覗いてみる。

予想通り、9:50に回送列車で出発。

あらかじめ探しておいた場所、と言ってもほんの少しだけ移動しただけですが、そこで撮影。

スイッチバックで折り返し、留置線に向かう列車を待ち受ける。

狭い谷に作られた街だけに、撮影場所捜しは意外と難渋。まあこんなところを走っているという雰囲気で。

またしても見送る1枚。でもこうして人通りの向こうを去っていく列車を見るのは、少し寂しげな感傷にもひたれて結構好みです。

2018年06月19日 20時10分

マチュピチュ村で撮り鉄(2)村内観光。

今日は撮り鉄編ではなくマチュピチュ村内観光編。

市場には生鮮食料品から日用品まで様々な物を売っており、雰囲気はアジアと変わらない印象です。

ただ生の肉類はどうやって運んでくるのでしょう?地元で育てている?それとも朝一番で到着する貨物列車で運んで来る(推測です)のでしょうか?

2階は食堂街になっていますが、マチュピチュ遺跡に向かう人はほぼ出かけている時間帯のはずなので、それもあってか静かな感じでした。

広場に出ました。ペルーではこうした広場を各地で見ることが出来ます。ヨーロッパの雰囲気を醸し出しており、きっとスペイン統治の影響なのでしょう。

最後にマチュピチュ遺跡観光への足。小型バスが連なっていますが、全て遺跡との間のピストン輸送用です。

バスは原則、満席になると出発するスタイルで、乗車定員に限りがあり、1時間待ちになることもあるそうです。前日は往復ともあまり待つことはありませんでしたが、運が良かったのかも知れません。

2018年06月18日 18時50分

マチュピチュ村で撮り鉄(1)インカレイル「Machu Picchu Train」。

今朝8時前、大阪府北部を震源にした地震はその揺れから阪神淡路大震災の時を思い起こしました。震度6弱となった茨木市には知人も住んでおり、状況を心配していましたが、その後被害としては食器が割れたり家財道具が動いたりしたけど無事との報告がありました。(ガスは止まっているとのこと)

私自身の経験では震度4が最大ですが、栃木県真岡市に出掛けていた際、ホテルのエレベーターに乗っている時に地震が発生し、一瞬停まったあと近い階まで動きドアが開くまで、それはほんの短い時間だったはずが、世界がスローモーションで動いているような気分で生きた心地がしませんでした。耐震基準を満たした建物で地震発生による非常時も安全とされているエレベーターであっても、頭では分かっていたつもりでも実際には心が追い付かないものですね。

さて平成30年(2018年)4月24日(火)。

ホテルでの朝食。

この日はマチュピチュを離れる日。外の川の流れは相変わらず速い。

この日はゆったりとしたスケジュールということもあり、少し外にでる。この風景も2日目ともなれば私にとっても日常となることを知る。

マチュピチュ駅と留置線に向かう列車、貨車が通る線の位置関係。もっともマチュピチュ駅を発着する全列車がここを通る訳でもなさそうです。詳細は不明。

添乗員さんが希望者をマチュピチュ村の観光に案内するというのでそれに参加。その矢先、9:02にインカレイルの(回送)列車が通過。因みに左側に写っているバスは「マチュピチュ遺跡」行きで、ここはそのバス乗り場。知っている人が見ればマチュピチュ村らしさが分かる1枚。

後ろ打ちを撮影するために少しだけ駆け足をしたら息が切れ、この日から始まる標高の高い地の旅に一抹の不安を感じていました。

ところでこの列車、ヘッドマークを頼りに時刻表を探したところ「The 360° Machu Picchu Train」という列車で、クスコのポロイ(POROY)発05 : 55 、 オリャンタイタンボ(OLLANTAYTAMBO)発07 : 22、マチュピチュ(MACHU PICCHU)着 08 : 48 と思われます。時間の計算は合っているはずです。

2018年06月17日 10時56分

マチュピチュ遺跡で撮り鉄(4)下山。

登る時は心の余裕もなく、また肉体的にも一杯一杯だったのですが、下りは周囲に目が行きます。

花の名前は分かりませんが、標高が2400mなので日本で言えば多分、高山植物の類でしょう。

自然の豊かさに触れて足取りが軽くなります。苦しかった呼吸も下りる時にあまり感じないのは、何故でしょう?標高に慣れ始めてきたのでしょうか?その時はそう思っていました。

癒される。

16:23、ふと気が付くと虹が出ていました。

思い出がまた一つ増える喜び。

夕食前にホテルの前でまったり。列車は来ませんでしたが、思いのほか人が歩いていることに気付き、ここが世界的な観光地であることを改めて感じました。

2018年06月16日 20時51分

マチュピチュ遺跡で撮り鉄(3)インカ道&太陽の門。

午後はマチュピチュ遺跡から約1時間半かけて絶景ポイント「太陽の門」(INTIPUNKU)へ向かいます。高地ゆえの息苦しさもあり、ガイドさんに自分のペースで歩きたいと願い出たところ、OKということで一人、マイペースで歩を進める。青息吐息で到着した太陽の門はとてもインターナショナルな場所で、私の記念写真はどこの国から来たのか分からない方が撮影してくれました。

「太陽の門」からの絶景がこれ。

手前左にあるのが石畳の道がインカ道。その向こうに段々畑。その更に奥、遺跡が見えます。

また画面右下の九十九折の道がマチュピチュ村からのバスが通う道。

この風景に見とれてしまい、私はこの場所に20分ほどいました。

太陽の門から見た留置線。走る列車はありませんでしたが大満足。

時間は前後しますは、最後にマチュピチュ遺跡から太陽の門までの登る途中で撮影した3本目の列車。カメラの時計で14:00ジャスト。

太陽の門からの帰途も列車の撮影が出来れば良いなとは思っていましたが、タイミングが合いませんでした。

2018年06月15日 20時49分

マチュピチュ遺跡で撮り鉄(2)撮りました。

マチュピチュ遺跡の写真を熱心に撮っている図、ではありません。

もう何年もの間、憧れ続けていたマチュピチュ。そしてやっと来ることが出来たマチュピチュ。そのマチュピチュで「ここまできて何をやっているのだろう」と心底思う出来事。きっかけは谷底からはるか上空にあるこの遺跡まで、ディーゼルエンジンの雄叫びとタイフォンの音が聞こえたこと。そしてその時、その音のする方向を見ると…。

何とマチュピチュ遺跡から、眼下に見える鉄道の写真が撮影できます。(驚)

今回の旅は個人ではなく、一般のツアーに参加しているため行動の自由はないに等しく、撮影できた写真は本当に偶然の産物です。

ダイヤは分からなくともエンジン音やタイフォンの音で、列車が来る予兆は十分に感じられ、ある程度の心の準備は出来ます。問題は谷底が見える場所にその時にいるかどうかです。

是非誰か、マチュピチュ遺跡を込みにした鉄道写真をモノにして欲しいと思っています。

なお昨日UPした写真はちゃんと遺跡を観光した証拠です。

で、まずは午前9時半頃撮影の一本目。突然の事ゆえピントを合わせるのに手間取り、列車は少しボケています。

13:36の2本目。

その列車は駅のような所に入っていきます。

そこでようやく飲み込めた事情は、マチュピチュ駅の構内が狭く待機出来る列車の本数が限られ、そのゆえ折り返しの留置や車内整備をマチュピチュ駅の先にあるこの場所で行っているのではないかという事。

この想像は帰国後にマチュピチュに詳しい方から情報が提供されて当たっていることが分かりました。

遺跡と線路との位置関係。遥か眼下にかろうじて線路が見えます。

2018年06月13日 19時46分

マチュピチュ遺跡で撮り鉄(1)絶景そして。

マチュピチュ村の風景を画像加工して遊んでみる。

ここに並んでいるのはマチュピチュ村からマチュピチュ遺跡に向かうバス。午前8時半過ぎにこのバスに乗り込みました。

そして到着したマチュピチュ遺跡。ここは生きているに来たいと思っていた場所の一つ。長年の夢が叶った瞬間です。

山の天気予報は当てにならないとは言われていましたが、確かにその通り。良い方に外れ、高山らしい風景に圧倒されます。

それにしても世界中から観光客が来ている。さてマチュピチュ遺跡の写真は私が紹介するまでもありませんのでこれ位にしておきます。そして…。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!