2018年05月23日 20時14分

芝山鉄道に乗車。(2)「芝山鉄道乗車記念証明書」を入手。

芝山千代田駅。1線1面ホームなのが勿体ないくらいの駅舎の存在感。

駅前には空飛ぶ埴輪?「離陸」という名前のタイトルですが、不思議なモニュメント。この地芝山町は町立の古墳・はにわ博物館があるほどの町。成田空港に出かけたついででの訪問は少し難しいでしょうが、芝山鉄道が目的ならば、駅ですぐに折り返さずに行ってみるのも歴史好きな方の選択肢になりそうかな?

駅には自動改札機がありますが、実はICカード非対応。私は知っていたので東成田駅から普通に乗車券を買って乗車したのですが、知らずにやってくる人は結構いるとのこと。(駅員さん談)

私が乗ってきた電車にもそういう方がおられて、芝山鉄道乗車記念証明書をもらうのに少し待ちました。

この電車の車止めの向こうに線路が伸びる話がありましたが、今はどうなっているのでしょうか?

この1枚のためにやってきた芝山千代田駅。長旅に出発する前に何をやっているのだろうとつくづく思う。でもそれをやるのが正しい趣味の道。と、分かってくれる人だけに向けて発信。これを半世紀やっている。そしてこれからも多分、続く。

東成田駅に戻り、ここからバスで第1ターミナルに向かいます。15分歩けば…という選択肢はありませんでした。この日は朝が早起きだったので…。

2018年05月22日 20時18分

芝山鉄道に乗車。(1)日本一短い芝山鉄道の顔出し看板。

「ついこの間」と言いたい平成14年(2002年)11月30日、芝山鉄道の東成田~芝山千代田間を乗っています。

「芝山鉄道乗車記念証明書」発行開始!のポスターに惹かれ芝山鉄道に再履修に出かけました。朝10時、とりあえず東成田駅探訪から始まった旅は思いがけない展開に!東成田駅10:38発の芝山千代田駅に乗車。

車内は予想通りご覧の状況。

芝山千代田駅に近くなると成田空港が見通せます。バニラエアが見えますが、この駐機場は第3ターミナルとは遠いと思うのですが…。

成田空港と芝山千代田駅はこんな位置関係。

一人では絶対に活用できない顔出し看板。

2018年05月21日 19時00分

京成東成田駅に行ってみた。(4)かつての面影。

旧成田空港駅にあって今も現役の『東成田駅』ホーム。

隣のホームは『成田空港駅』のまま時間が止まっています。

『成田空港』の駅名標は平成3年(1991年)3月に現在の成田空港駅した後もそのまま残されました。27年の年月により若干古ぼけた感はありますが、行灯が灯れば往時の輝きをともせるかも知れません。ただ昨日の公開ではそのままだったようです。

東武鉄道の特急「スペーシア」の広告。平成2年(1990年)に登場した電車ですので、僅か1年でこの広告は役目を終えたことになります。

「Welcome to Japan.」「See you.again.」が目立ちますが、実は同じ意味が世界各国の言葉で書かれたスカイライナーの広告。日本の玄関がここ『成田空港駅』だった頃の名残ですね。ただこの『成田空港駅』はバスへの乗換えが必要だったことから乗客数が伸びず、苦戦を強いられました。もう遠い過去の話ですね。

話は変わりますが、私がこの京成電車の旧成田空港駅を海外に行くのに使ったのは、最初にこの線を乗った時だけで、その後は乗った記憶がありません。

そもそも海外出張自体が殆ど無かったこともありますが、その時も名古屋空港~成田空港間を飛んでいた国際線連絡便を使っていたことにもよります。今もそうですが、名古屋起点で京成電車に乗って成田空港に行くのはなかなか大変なことで、成田空港を使う必要に迫られた時は以前ならJRの成田エクスプレスで東京駅乗換え。2003年に東海道新幹線の品川駅が出来てからは、品川駅乗換えがもっぱらです。

2018年05月20日 17時02分

京成東成田駅に行ってみた。(3)今や昔の物語。

使われているのかどうか不明なエスカレーター。

成田空港のターミナル間を繋ぐバスに乗ったことが無かったので知らなかったのですが、第1ターミナルと第2ターミナルを連絡するバスは、ここ東成田駅も寄っていくのですね。

東成田駅コンコースにある壁画。

残念ながら全く記憶に無い。それにしても旧成田空港駅の開業時にはきっと多くの人が、この壁画の日本情緒に触れたはず。今日、東成田駅を訪ねた方達もこの壁画を楽しんだのでしょうか?

タイトルは曲水の宴。ネットでこの言葉を検索するといろいろ出てくるのでここでは解説はしませんが、「雅(みやび)」であることは間違いありません。

日本の玄関口に相応しい壁画であったと改めて感じました。

さて第2ターミナル(空港第2ビル駅)から東成田駅までは簡単に来ることが出来ましたが、それでは第1ターミナルへはどうなのでしょうか?実は東成田駅のコンコースに歩いて行くルートが掲示されています。15分で辿り着けるようですが、ちょっとややこしそう。

ところでこの地図、だけではなく第2ターミナルとの連絡通路もですが、京成電車で成田空港に行くつもりが間違えて東成田駅に来てしまったという人がいるからこそ、ここまで丁寧な案内がされているのではと推察しています。

この駅に来て分かったことが一つ。東成田駅から京成成田駅まで戻って「空港第2ビル」「成田空港」の各駅に向かうのは意外と大変そうだという事。理由は東成田線の本数が少ないこともありますが、京成成田空港線(成田スカイアクセス)が京成成田駅を通っていないため、京成成田駅から成田空港駅に向かう電車は日中は1時間に3本であり、また京成成田駅では東成田駅方面から来て成田空港駅方面へ向かう乗換えの『接続』はしていないのもその理由。

2018年05月19日 16時42分

京成東成田駅に行ってみた。(2)到着。

ほぼ10時に空港第2ビル駅から歩きだし、2分でここに到着。100メートルごとに案内があるとは思っていませんでしたが、人通りが無いだけにこれがあるという安心感は何事にも代えがたい感じ。

5分で半分の行程を越える。

東成田駅が見えたのは10:07。500メートルなので思ったよりも近い印象。

途中ですれ違ったのは僅かに3人。

東成田駅の改札を臨む。

こちらは反対側。

表に出てみる。ここは初めての場所ではないはずなのですが、何とも記憶が無い。それより溢れかえる人に翻弄され、ただ空港ターミナルに向かうバスに乗ることだけを考えていた気がする。

2018年05月18日 15時54分

京成東成田駅に行ってみた。(1)空港第2ビル駅からスタート。

シリーズ「台鉄完乗への道/深澳(Shen’ao)線」を書き始めたばかりですが、次の日曜日(5月20日)に京成電鉄「東成田駅」/旧「成田空港駅」のスカイライナー専用ホームが公開されるとの報道があったので、その東成田駅の話を暫くの間、書くことにしました。

行ったのは先月(4月)19日の木曜日。

名古屋(中部国際空港)を8:20発JAL3082便で成田空港へ。9:30過ぎに成田着で、この後に搭乗する飛行機は14:25発のため時間に余裕があり、それもあって“秘境駅”と呼ばれる東成田駅を探訪することはあらかじめ自分で決めていた予定通りの行動でした。

京成空港第2ビル駅から東成田駅までは通路で結ばれているとは聞いていましたが実際にそこを通るのは初めて。

500メートルという距離を見て意外と近いというのが偽らざる感想。

もっとも今回が余裕のあるスケジュールだったので歩いて行ってみることにしたのですが、ついでが無ければわざわざここに来ようとはなかなか思わない場所ではあります。それと私の海外旅行では珍しくトランクを事前に宅配便で成田空港まで送っており、この日の私が海外へ出かけるには珍しく『身軽』だったこともこの行動に繋がったとも言えます。

通路で見つけた「芝山鉄道乗車記念証明書」発行開始!のポスター。これで芝山鉄道の2回目の乗車が決定。

(余談)

京成成田駅~現在の東成田駅/(旧)成田空港駅間を乗ったのは昭和55年(1980年)8月10日。参考までに京成成田駅と現在の成田空港駅間を乗ったのは平成3年(1991年)4月26日。成田空港の歩みに見る時代の紆余曲折は私の“乗り鉄”にも影を落としています。

2017年04月04日 20時21分

朋あり遠方より来る。

先週ですが、小田原在住の友人が拙宅を訪問。

で、お土産がこれ。

小田原名物「五郎力餅」。美味しい!です。

と言うことやその名の由来は置いといて、注目は小田急の売店のレジ袋。

ここまで書いて「へーっ」と思ったあなたは間違いなく鉄道マニアです。(笑)

この電車のイラストを未だに使っているとは知りませんでした。

もっとも私もその方からレジ袋を見て下さいと言われるまで気づかず。(汗)

そうっ!小田急10000形電車、通称「HiSE」。小田急から姿を消してもう5年も経つんですね。

もっとも長野電鉄では活躍しているので、今も現役と言えば現役なのですが、小田原土産の袋に残っているとは意外でした。

いつもならレジ袋は使いまわしか資源ゴミ。でもこれは私の鉄系とっとく箱に直行。

2017年02月06日 20時47分

1月15日。柴又駅でプチ撮り鉄。

2017_01_14~15 東京_58

柴又帝釈天をお参りするのは初めて。また「寅さん」の世界を肌に感じるのも勿論初めて。

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お約束の草餅は当然のように賞味。

2017_01_14~15 東京_60

柴又駅では電車を待つ間、プチ撮り鉄。鉄道が走る場所で時間が数分でもあれば、ほぼカメラを出して何かを撮影している。殆ど本能の赴くままです。この写真は同駅から京成高砂側を見ていますが、左側の線路が車庫に向かう線で、右側はこの先、高架を上り「京成高砂」駅に向かいます。

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出発信号の位置が低いのが目に留まりました。

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14:24発の電車が到着。今回はコンデジでの撮影。それにしても懲りずに撮っている。

さてこの電車は京成高砂駅14:27着。同駅14:30の特急上野駅行きに乗車し青砥駅着14:32。ここが運命の分かれ道で、そのまま日暮里駅(14:43着)まで乗り、山手線~東京駅~新幹線と繋ぐか、それとも青砥駅14:33発の快特~エアポート快特羽田空港行きで品川着15:02とするか?

どちらを選んでも乗れる新幹線は似たり寄ったりで、結局日暮里駅まで景色を楽しみ、日暮里駅での乗り換えを堪能し、東京駅15:23発ののぞみ289号に乗りました。参考までに同列車の品川発は15:30。

さて京成の駅員さんか車掌さんにどちらが良いですか?なんて手間というか答えるのに難渋しそうなことは聞きませんでしたが、聞いたならばどんな答えが返ってくるかについては興味あり。

2017年02月05日 20時41分

1月15日。柴又帝釈天に初詣。

ミャンマーシリーズのヤンゴン編が終わったので、しばし休憩。日本の鉄道。

1月14日(土)、15日(日)は鉄分無しの所用で東京へ。雪の影響が心配されましたが、往路の新幹線が名古屋で約25分遅れだったものの特に問題なく行くことが出来ました。それにしても驚いたのは「N700A」の実力。名古屋から新横浜までに約10分の回復運転。N700までの車両ではさすがにこのような回復は無理だったと聞いています。

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さて15日。名古屋に夕方までに戻れば良いので柴又帝釈天に初詣に行くことにしました。出かけていた場所の関係で「京成西船」駅から京成線に乗車。JR西船橋駅から少し歩いたところにある駅で「西船橋」を略して「西船」かと思いきや、今は地名が「西船」だそうで、ひょっとしてと思って検索した結果です。

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「かけこみ乗車はやめましょう」の看板がなんだか楽しそうで、こうしたやんわりとした注意は結構好きです。

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さて12:38発の上野行きが到着。なんてことはない写真ですが、「西船」の思い出。多分、2度と来ない気がする。

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高砂駅の京成金町線は、今や高架上の単独ホーム。本線の「京成高砂」駅とは改札が独立しており、「京成高砂」駅の改札を出て金町線「京成高砂」駅の改札を入るというスタイルは名古屋人には今一つ馴染めません。

(余談)

この写真を撮影した時に、私の隣にはもう一人同年代と思しき方(間違いなく同好)がやはり電車を撮影されていました。その方には同行者がおられ、その方のお顔が何とも…以下、自粛。人のことは言えません。

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柴又駅前の寅さんとのお約束の2ショット。

2016年08月15日 20時35分

T氏がかつて「鉄ちゃん」だった頃(5)私にとって垂涎の記念券。

さよなら魚沼線

まずは「さよなら魚沼線乗車券」。

昭和59年(1984年)に廃止されたこの線に、私は昭和53年(1978年)5月8日に乗っており、このブログでは昨年(2015年)4月25日にUPしています。それにしてもこのような乗車券が発売されていたのは驚きでした。

熊谷線廃止1

東武鉄道熊谷線廃止記念乗車券。

熊谷線廃止2

昭和58年5月31日まで有効と書かれており、その通り!と思った次第。

熊谷線廃止3

蒸気機関車の列車に乗ったことは当然ありませんが、こちらの気動車は乗っています。

名古屋暮らしの私から見て、埼玉県という場所は、気持ち的に意外と遠かったりします。そういえば千葉県の房総半島も遠かったのですが、今は、名古屋~品川~羽田空港~高速バスのルートがあるので以前よりは身近な印象です。

小坂鉄道1

最後は昭和57年10月1日発行の「全線改軌20周年記念」切符。

小坂鉄道2

ナロー時代の小坂鉄道は、今も「小坂鉄道レールパーク」で保存されている蒸気機関車や客車で知ることが出来ます。

今回紹介したT氏の数々のコレクションはまだほんの一部です。昭和の時代は遠い昔になってしまったことを実感しつつ、一方で堪能させてもらいました。(T氏に多謝)



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!