2010年05月14日 20時37分

三重県紀和町紀州鉱山 小口谷駅鉱車

曖昧な記憶で申し訳ありませんが
多分、小口谷駅だと思います。

沢山の鉱車が並んでいますが
ほぼ全てに鉱石が積まれているのが
お分かり頂けますでしょうか?

閉山直前でも鉱山(やま)は生きていました。
実は、写真では1枚もないのですが
私は地下の坑道での作業も取材しており
これらの鉱車は、一両ずつエレベーターで
地上に運ばれていました。
※エレベーター!です。
 昭和53年4月30日に
 この話題を放送した時のフィルムが
 当社の映像ライブラリーで見つかり、
 それを確認しました。
 また、その当時の坑道は
 海抜0メートルよりも低いところだったと
 聞いた記憶もあります。

この写真は日本を代表する銅鉱山の宴の終焉まで
残すところあと僅かの最後の打ち上げ花火のような
一瞬だったのでしょうか?

2010年05月14日 8時00分

シベリア鉄道 日本を出発

1991年(平成3年)10月4日(金)
新潟空港からソ連/ハバロフスク行
アエロフロート812便に搭乗しました。

ハバロフスクからモスクワまで8531キロ、
シベリア鉄道「ロシア」号の
旅を楽しむためです。

機体はツポレフ154型。
機内は簡素で、シート間隔が非常に狭い上に
壊れかけた椅子もあったり、
食事も「機内食」という夢を根底から覆す
“質素”と言うのもはばかられる代物でしたが
この時はまだ食事ができることが
どれほどの幸せかということに
気付いていませんでした。
※機内食は、製造費の関係で、
 ハバロフスクで作ったものを
 往復分積み込んできているとのことでした。
サービスという感覚は全くなく
さすがソ連国営航空会社でした。

当時、個人手配でシベリア鉄道に乗ろうとした場合
ハバロフスクを起点にするのが一般的だったため
このルートとなったのですが
いきなりパンチを食らった気分でした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!