2010年11月07日 18時05分

キハ183系「北斗」で思ったこと。

5014D特急「北斗14号」は
長万部駅に15:27定時入線。
私が指定席よりも空いている自由席に
座るやいなや15:28定時出発。

進行方向左側に席を陣取り、
内浦湾(噴火湾)の向こうに見える駒ケ岳の雄姿に
しばし見とれていました。
※正式には「内浦湾」だそうですが、
 以前は「噴火湾」の方が通りが良かったような気が?
 そもそも「内浦湾」と言われてもどこにあるか
 パッと思い出しませんが「噴火湾」なら即OKです。
この後、駒ケ岳は暫く私の旅の伴でした。

とかしている内に、昭和52年2月24日に乗った
瀬棚線の分岐駅「国縫」はいつの間にか通過してしまいました。

話しは変わって、私としては、折角ここまで来たのだから
「森駅」から既に私の記憶の外となってしまっている
「砂原廻り」を選択したかったのですが
何せその場合、長万部発16:16、函館着19:29で
函館着の時間はともかく、夜の早い北海道では
景色は楽しむ時間帯ではないので諦めました。
というか、「北斗」が「森駅」に停車してくれれば
森発16:22の5886Dに乗り継げるはずで
函館着17:49なので、上手くいけば大沼辺りまでは
車窓を楽しめたはず。(ついでに「いかめし」も買えたはず)
何でこの「北斗」は「森駅」通過なのだと思っていました。
しょうがないのですが…。
※森駅通過直後、渡島砂原方面からの下り2843D
 森駅着16:11とすれ違ったので5886Dに
 絶対に乗り継げるはず。

などなどそんなことを考えているうちに
16:47函館駅に定時で到着しました。

2010年11月07日 8時53分

初「キハ150系」で、いざ長万部へ。

「キハ150 14」と「キハ150 17」の2連の
2940D(小樽発長万部行き)はニセコ駅発14:07。

SL牽引客車からDCに変わっても、
のんびりしたムードは変わりません。
※先頭のパノラマデッキ(?)や最後尾まで
 行ったり来たりしながら、コンデジで撮影している私と違い
 一眼レフで写真をずっと撮影していた
 「鉄」お父さんに振り回されている雰囲気の家族連れに
 妙に親近感を覚えました。以前は私もこうだった…。

「SLニセコ号」の折り返し駅「蘭越」を通り、
いつの間にかなくなってしまった
C62牽引の「急行ニセコ号」の撮影名所の下車駅
「上目名」の跡は『えっ、どこ?』状態で通過し、
その昔、私は乗りたいと思いつつ中学生ゆえ
その願いは叶わなかった寿都鉄道の分岐駅「黒松内」で
下り2943Dと交換。

息つく間もなく「蕨岱」「二股」と、
貨車駅舎の駅に連続して停車・・・。(車内から写真撮影)
函館本線山線はどこまで行っても見所一杯で
居眠りを許してくれません。
※「蕨岱」はよくある緩急車改造でしたが
 「二股」は貨車そのまんま。
 私にとってはちょっとした発見でした。

そして暫くすると進行方向左手から室蘭本線が近づいてきて
15:21、長万部に定時に到着。
心の栄養補給には丁度良い1時間強という時間でした。

さあここからは「北斗」で函館に一直線。
その前に、「長万部」発15:26の札幌行
「スーパー北斗」を見送りました。
今回も函館行きはやっぱり「北斗」。
つくづく「スーパー北斗」には縁が無い。
※10月22日にUPした「平成14年のSL函館大沼号」を
 ご参照下さい。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!