2010年12月19日 18時00分

弘南鉄道の駅名票。

弘南鉄道大鰐線「石川駅」の駅名票です。
実はこの中にある矛盾が隠されています。

などと大仰に言う必要はないのかもしれませんが
「いしかわ」のローマ字表記は『ISHIKAWA』。
次駅の「いしかわぷーるまえ」の「ローマ字表記」は
『ISIKAWA・・・』。
「いしかわ」駅の『し』は“ヘボン式”表記の「SHI」、
そして何故か「いしかわぷーるまえ」駅の『し』は
“日本式(訓令式)”表記の「SI」なのです。

最近は、パスポートやクレジットカードのローマ字表記を
“ヘボン式”で書いたり、JRや大手私鉄の駅名表記、
また固有名詞もいわゆる英語の発音に近い“ヘボン式”が
使われることが多く、“日本式”は
「最近見かけなくなったなあ」と思っていたのですが、
ここ津軽の地でお目にかかるとは少々驚き!

別段“日本式”表記が『誤り』ということではありません。
私が驚いたのは“日本式”と“ヘボン式”の併用で
会社としての統一性(一貫性)が全く無いことにです。

因みに「いしかわぷーるまえ」駅の駅名票の「し」の字の表記は
「いしかわぷーるまえ」も次駅の「いしかわ」・「さばいし」も
全て「SI」です。
そもそもこれに気付いたのは「ちとせ」駅の「ち」の字の
ローマ字表記が「TI」になっていたからで
『珍しいなあ』と思ったのがきっかけだったのですが
普段何気なく見ている“駅名票”も『奥が深い』と
感じた1件でした。
※そもそも漢字表記の無い駅名票も十分珍しいのですが…。

2010年12月19日 9時00分

弘南鉄道大鰐線に久しぶりに乗りました。

平成22年12月6日、
「いったい何年振りなんだろう」と思った弘南鉄道乗車です。
弘南線は昭和52年8月31日、大鰐線は昭和52年9月1日に
乗っています。今回は時間の関係で、大鰐線だけ乗りました。

写真の「中央弘前駅」は、
「何でこんなところに駅があるのだろう」と
確か33年前にも思った記憶が蘇りましたが
今回も同様の感想を持ってしまいました。
どうしてもターミナルは「国鉄~JR」の駅や
単独立地なら西日本鉄道の「西鉄福岡」の様な商業の中心地に
構えるというのが私のイメージなのですが、
ここはそのどちらにも当てはまらない気がします。
同様の例をあげれば「北陸鉄道」の『野町』や
「熊本電鉄」の『藤崎宮前』でしょうか?
まあ、川沿いの立地はそれなりに風情はありますが…。

車両は様変わりで、すっかり「東急」の支線みたいな
感じになっています。
写真は元東急の7000系で、本当ならば6000系に
乗りたかったのですが、もうあまり走ることは無いようです。

(参考)
昭和52年に乗った列車。
●中央弘前発6:40 弘南大鰐着7:11
今回乗った列車。
●中央弘前発14:30 大鰐着14:58
JRが「大鰐」から「大鰐温泉」に改称したのは有名ですが
弘南鉄道の「弘南大鰐」が「大鰐」に改称されたのは
あまり知られていないんだろうなあ・・・。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!