2011年02月17日 17時56分

三岐鉄道北勢線のこと(5)楚原駅。

北勢線で働く全ての電車が『三岐色』になったのは
いつのことでしょうか?
一気に進んだ気もしますが、そうでは無かったかも?
それにしても、この電車でこの色をほぼ初めて見るに等しい私にとっても
馴染んで見えるのは、地元の足として定着している証なのかも知れません。

さて、この駅は「楚原」(そはら)です。「いなべ市」の中心駅ですが
どこか懐かしさの残る駅です。

日中は毎時1本がここで折り返します。
が、私の乗った電車は、何とこの駅で9分停車。
11:57に到着して、12:06出発。
運転士さんも手持ち無沙汰な感じでした。

●そう言えばこの「北勢線」に女性運転士に登場しましたが、
その事をすっかり忘れていて
対向列車の運転士さんが女性であったかどうかを確認しませんでした。
出来れば見つけて“エール”を送りたかったのですが…。

それはさておき、何故9分も停車?
この日、帰りがけに「三岐鉄道」本社で購入した
『列車運行図表』(所謂「ダイヤ」です)を見たのですが、
思わず「ンーッ」と唸ってしまいました。

流石にプロが考えて(交換待ち時間を)短く出来ないものは、
素人が考えたって何も答えは出て来やしないということです。
もしも解決方法があるとするならば、朝夕のダイヤのように、
きっと「ネットダイヤ」を崩すことで見つかるのかもしれないのですが、
それは昼間の利用客の利便性を悪くしかねないことであり、
やはり「西桑名駅」方面から「麻生田駅」「阿下喜駅」までの利用客には
多少の不便を我慢してもらうしかないのでしょう。

私の乗った電車は西桑名⇒阿下喜…60分で、
因みに同時間帯の阿下喜⇒西桑名…47分です。
また、同区間の三重交通の路線バスは、
この上下電車のほぼ真ん中位の所要時間です。

2011年02月17日 9時02分

三岐鉄道北勢線のこと(4)東員駅。

一部の列車の始終点にもなっている「東員駅」です。

私が昭和53年に乗った当時は影も形も無く、
近鉄から三岐鉄道に生まれ変わった平成15年以降の新駅で、
平成17年に「六把野」と「北大社」の2つの駅を統合して生まれました。

『新しい』ということはさておき、この新駅だけではなく、
三岐鉄道になってからの北勢線は駅舎・線路・車両等の改良等が
一気に進み、特にこの小さい電車をよくぞ冷房化したものだと
感心せざるを得ません。

まあ、大正3年開業ということから考えれば、
様々な設備の更新時期であったり、
時代の要請の変わり目はあったかとも思いますが、
それにしても乗客にとっては嬉しい変革だったのでは感じています。

さて、この「東員駅」では朝のラッシュ時を除き、
ほぼ全列車がここで交換します。
私が乗車した「西桑名駅」発11:20の電車も4分ほど停車し、
対向列車を待ちました。
この日、この駅のホームからは鈴鹿の山並みもくっきりと見え、
待ち時間はさほど苦になりませんでした。

また側線には保線車両も止まっており、
ここが保線基地のよう見え、そんなところをチェックしていると
待ち時間はもう少しあってもOKなのですが、
こんなことを思うのは一部の「鉄」だけで、
大多数というか、普通は交換待ちの時間は短ければ短いほど
GOODということでしょう。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!