2011年02月19日 17時01分

丁度今頃釧路では…C11整備中?

(写真は、2010「海底力モニター体験会」参加時に撮影)

写真は「JR北海道釧路運輸車両所」の機関庫です。

昨日(2月18日)から明日20日まで、北海道の釧路では、
以前、このブログでも紹介しました
JR北海道主催のツアー「冬のSLと石炭のマチ・釧路」が
開催されています。

このツアーがスケジュール通り進んでいれば、
昨日、ここの見学をしているはずです。
天気予報では、昨日が「曇後晴」、今日は「晴後曇」で
最高気温がプラス1度。皆さん、寒さに負けないようにして下さい。

昨年、私が訪れたのはツアー初日の2月19日午後3時40分頃で、
庫内では、「SL冬の湿原号」の運転から戻ってきた
『C11 207号』の整備中でした。
※その時間に合わせての訪問だったはずです。
※今日も、今、この時間は整備が終わった頃かな?

さて、如何にも作業中という写真は、昭和の時代、“規制”がまだゆるく、
SLの機関区内への立ち入りが一定の条件で許可されていた時代でも
流石に撮影した記憶はありません。

それでも、機関庫の外から中を覗き見た記憶は
おぼろげながらあるのですが、
その当時、このC11の煙突の上で稼動している、
筒状の排煙装置があったかどうかまでは
定かではありません。

それでも写真で見て、分かっていただけると思いますが
とにかく、激しく煙を吸い上げており、
機関車がこれだけ“煙”を出していても、庫内が全く煙たくなく、
機関庫の「煙たそう」というイメージを覆してくれるには十分でした。

と思ったところで、「梅小路蒸気機関車館」の写真を見たら
扇形庫の屋根に煙突が並んでおり、
多分、この下に同様の装置があったはずと、妙なところで
納得してしまいました。

2011年02月19日 8時01分

三岐鉄道北勢線のこと(8)近鉄時代の車内補充券。

北勢線の最後に、近鉄時代の「車内補充券」です。
左側がそのものズバリ!
右側が北勢線区間のUPです。

今もある駅もあれば無くなった駅もあります。
例えば、「在良」と「七和」の間の「坂井橋」は今は無く、
その近くに「星川」が開業しています。

先にも書きましたが「東員」の名前が無い代わりに「六把野」と
「北大社」の名前があります。
※「大社」=「おおやしろ」と読みますが、
 実は桑名市内に親戚があり、
 それで子供の頃からこの駅名の読み方を知っているのですが、
 考えようによっては意外と“難読”駅かもしれませんね。

ところで「北大社」は、「東員」開業に伴って
廃駅となりましたが、
車庫はそのまま「北大社」にあるため、
駅のあった場所は、そのまま信号所&車庫として機能しており、
比較的珍しいことなのでは思っています。

「大泉東」と「長宮」は駅統合&駅移転で「大泉」に。
「上笠田」・「六石」は乗客が少なく廃駅に。
ただ、この区間は駅間距離が長いので、
乗客が一定確保できていれば残っていたのでは
勝手に思っています。

私は『車内補充券』をいつも購入していたわけではありませんが、
今回、スキャンして思ったのは、ひたすら「乗りつぶし」をしていた時に、
買えるものは買っておけば良かったと少し残念な気持ちを持っています。
それは、特に、大手の鉄道会社では
この写真のような全駅名の記載のある車内乗車券を
最近、見かけなくなった気がしているからです・・・。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!