2011年07月07日 18時03分

房総半島横断(15)「いすみ鉄道」~「小湊鐵道」の直通運転の可能性は?

今のようにどこにでもビジネスホテルがない時代、
“乗りつぶし”の際の宿泊は、殆どの場合、駅前の『商人宿』
(当時、そういう言葉がまだ生きていた)で、規模は小さいものの
家庭的な雰囲気が残っていました。ただ日本中どこでも予約なしの
飛び込みであったため、この時のように宿泊できない事態はあり得たのですが、
宿の人がどこかしかスペースを作って泊めてくれることが多く、
この「上総中野」は私にとって本当の緊急事態でした。
(昭和54年の移動のまとめ)
●五井発16:46、上総中野着17:57
●上総中野発19:03、大原着20:01

ところで「いすみ鉄道」「小湊鐵道」について書かれたブログを
検索して見ていると、よく登場する“夢”に両鉄道の直通運転があります。
まずは現状分析ですが、上段写真の「いすみ鉄道」の線路は、
下段写真の真ん中の行き止まりの線です。
一方、下段写真の一番右側の線路が「小湊鐵道」で、
上段写真のもう少し「大原」よりで行き止まりとなっています。
一方、下段写真の一番左側の側線は、「いすみ鉄道」~「小湊鐵道」と
繋がっています。

何のために繋がっているかは私には分かりませんが、
繋がった線にはホームが無いものの、この駅を“通過”する列車であれば、
今でも『直通』は可能に見えました。

もしも直通するならば「いすみ鉄道」の「キハ52-125号」が
候補なのでしょうが、鉄道会社を跨ぐ運転となるため、事前の試運転を含め、
経費面のハードルがあるでしょうし、そもそも両鉄道とも1つの閉塞区間が
長いだけに、ダイヤ作成も難しそうです。

ただ、実現すれば、日本中から注目を浴びそうな気もします。
可能性は低いかもしれませんが、私としては気長に待ってみたいと思います。

2011年07月07日 8時06分

房総半島横断(14)「小湊鐵道」との接続駅『上総中野』。

上総中野駅17:09。私の乗った「いすみ鉄道」の列車は定時で到着。
ここから「小湊鐵道」への乗り継ぎですが、この日は平日だったため、
五井と結ぶ列車はたった4往復。
JR以外でこの本数の運転を私は知りません。
それゆえ「デンタルサポート大多喜駅」で一旦降り、
1列車遅らせたわけですが、それはそれとして、ここで上総中野駅の
「思い出」を少々。

まず上段写真は平成23年の姿です。
真ん中も平成の駅名標ですが、接続駅とは言え、異なる鉄道会社の駅名が
1枚の中に表現されており、左方向に「小湊鐵道」の
『ようろうけいこく』の名前が、右方向には「いすみ鉄道」の
『にしはた』の名前があり、昭和の時代に既にそうであったかは
覚えていませんが、国鉄木原線の第3セクター化によるものであれば、
面白いと思いました。

さて、下段写真は昭和54年1月14日の「上総中野」駅です。
改札の向こう側に、「小湊鐵道」のキハ200形が見えています。
この日私は、五井発16:46上総中野着17:57の
列車に乗っていました。本当は、ここ上総中野で1泊し、翌朝、
木原線で大原に向かう予定だったのですが、駅周辺にあった旅館
(確か2軒?)は、何れも土木工事の関係者の宿泊により満室で、
『廊下でも…』と粘ったものの、旅館の方から
『この時間なら五井か大原に行けますよ』と言われ、
“「上総中野」~「大原」”間で想定外の夜間乗車をするはめに
なってしまったのです。(続く)



ADVERTISEMENT

電子書籍「稲見駅長の鉄道だよ人生は!!」
稲見駅長の鉄道だよ人生は!! ―各駅停写の旅―

カレンダー

2011年7月
« 6月   8月 »
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  

プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!