2011年10月21日 18時30分

小さな鉄道博物館(2)一歩入れば「鉄分」満載。

「帯広の郊外に鉄道の資料館を個人でやっている人がいる」とは
昨年の2月に初めて知ったのですが、その時『館長』の穂積さんに
「必ず伺います。その時はよろしくお願いします。」と約束し、
空手形になることなく今回訪問が実現しました。

穂積さんによると、最近は『何故か観光バスの団体が来ることもある』
この「小さな鉄道博物館」だそうですが、まずは玄関を一歩入って
いきなり「鉄」のカウンターパンチを食らいます。
左側の写真がそうですが、玄関を入った真正面の2階にある“博物館”に向かう
階段の取っ掛かりのところで、写真では分かりにくいですが真ん中の上に
あるのは廃線となった「北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線本別駅」の
運賃表です。そして階段にピッタリな『橋をお渡り下さい』の看板も
“博物館”の雰囲気を盛り上げてくれます。

右側の写真は、階段を上り始めて右に進路をとったところですが、
今度は左側に「ふるさと銀河線本別駅」「ふるさと銀河線塩幌駅」で
掲示されていた発車時刻表があり、正に『おもちゃ箱をひっくり返した
ような』とはこの“博物館”のためにあるといっても過言ではないと
思ったほどです。
でもここはまだまだ序の口で、幕内には到達していません。

(観光バスの件)
最近は『こだわり』のあるツアーが人気のようで、『2429Dの旅』でも
8時間の普通列車がツアーコースになっていることに驚かされましたが、
この「小さな鉄道博物館」に観光バスが来る時代になっているとは
更に驚かされました。
因みにその時のツアー参加者は中高年の女性中心だったそうで、
“博物館”は10人も入れば見学困難なほどの狭さゆえ、
順番に入ってもらったそうです。

2011年10月20日 18時23分

小さな鉄道博物館(1)博物館は民家だった。

7月の北海道「鉄旅」話しの終着点です。(10月3日以来です)

北海道帯広市の北隣、音更(おとふけ)町の一角に、
「鉄道」を趣味とされている穂積規(ほづみただし)さんが開設された
「小さな鉄道博物館」があります。

上段写真がその“博物館”ですが、どこからどう見ても民家にしか
見えませんが、それもそのはずで穂積さんの自宅です。
玄関先に下段写真の「母恋」の駅名標が「博物館」の目印となっており、
それ以外にこの場所を探す手段はありません。
と言っても分かりにくい場所ではなく、レンタカーのカーナビに住所を
打ち込んで、迷うことなくここに到着しました。
●実は玄関ドアに「小さな鉄道博物館」の標識があるのですが、多分、
見落とします。
(上段写真の玄関ドアの真ん中あたりにある小さな白い部分です)

さて穂積さんと私の出会いですが、昨年(平成22年)2月26日から
UPした『冬のSLと石炭のマチ・釧路』というツアー(平成22年
2月19日~21日実施)の際に、その案内役のボランティアの一人として
参加されており、その際、たまたま観光バスの車内で隣の席となり、
名刺交換をしたのがきっかけでした。

博物館の話しをする前に、穂積さんについてお話ししますと、この9月9日に
『釧路行き鈍行2429Dの完全乗車証明書』をUPしましたが、
そのタラコ色のキハ40の写真を撮影されたのが正に穂積さんなのです。
「撮り鉄」(特に道東)として著名な方で、2429Dの証明書写真は
JR北海道からの依頼で急遽撮影したものだそうで、“生写真”を
私は見せていただきました。
今もフィルムで撮影されており、デジタルで鉄道写真を撮ることは
無いそうです。また、雑誌に寄稿する場合、その原稿も手書きと言うことで、
仕事ではパソコンを使っているのでワープロも使うことは出来るそうですが、
自らの拘りでそうしているそうです。
アナログ世代の私はとても共感及び納得してしまいました。
ただ私はもう後戻りできそうにありません。ある種羨ましくもありました。
ただその分のご苦労も多そうです。

また写真撮影時に、“脚立”を使って写真を撮る先駆者としても知られており、
その存在のユニークさは特筆すべきものがあり、
それゆえ「小さな博物館」があるといっても過言ではないでしょう。
※脚立+手持ちカメラの撮影は、単にカメラ『ポジション』等の
選択肢が増えると言うメリットのみならず、人気撮影地に遅れて着いても
先に到着した方と共存できるメリットもあるそうです。
ただ移動の際の荷物が多くなるのが欠点だそうです。

ところで「小さな鉄道博物館」ですが、穂積さんのご自宅2階の
部屋が改装されてその展示スペースとなっています。

2011年10月19日 19時08分

雑誌「日本の美術」No.545。

あまり皆さんには馴染みがない雑誌と思われますが、この10月10日発行の
「日本の美術」No.545号は『近代化遺産 交通編』の特集です。
交通編ということで当然の事ながら「鉄道」に関する話題も誌面を飾っており
早速、私も一冊購入しました。
※表紙写真はご覧の通り「梅小路蒸気機関車館」です。
なお出版社「株式会社ぎょうせい」の許諾を得て掲載しています。

ところで誌名の「日本の美術」の“美術”と、『近代化遺産』との組み合わせに
「???」となる方もいらっしゃるかと思いますが、そもそもこの雑誌は
“美術”だけを扱ってきたわけではなく、どちらかというと
“美術”のみならず“文化財”もしくは“日本の文化”を感じさせる
ものについても特集をしてきました。
そうっ!この雑誌は毎回1テーマの特集形式を取っており、
今を去ること30年程前には私も時折購入していました。
それは主に「陶器」を特集した回等だったのですが、実は私は結構
「陶器」好きで「乗り鉄」ついでに『窯元』に出向むくこともありました。

その後、仕事が忙しくなるにつけ、「鉄」以外に割く時間が全く無くなり、
この「日本の美術」とも縁がなくなってしまっていたのですが、
今回はテーマがテーマであるがゆえに購入したものです。ただ文化財としての
『鉄道』を取り上げるのはきっとこの雑誌にとって最初にして“最後”だと
思います。

その“最後”と言う意味は、この雑誌が今号を以って『休刊』と
なったからです。
今回はたまたま特集に惹かれて購入したのですが、この雑誌の最後の“号”を
それによって私が手に取ったのは何がしかの『縁』を感じました。

内容は「鉄道」に限らず、「水運」「道路」「航空」と交通全般を
俯瞰しており、確かな読み応えがあります。
「日本の美術」という私の中では一時代を画してきたと思っている雑誌の
休刊に当たり、今回は少々感傷に浸った内容をお許しください。

2011年10月18日 17時47分

「こども鉄道博士選手権」を開催します。

中京テレビでは、年末に特別番組で「こども鉄道博士選手権」を
放送します。(放送日はまだ決まっていません)

詳しくはこのブログの写真部分の右あたりにバナーがありますので
それからご覧いただきたいのですが、
小学生のお子さんとお父様もしくはお母様のペアで鉄道の知識を競い、
その頂点を目指そうと言うもので、その予選をweb上で11月10日まで
行っています。
※PCでご覧の方には、今、同じキャラクターが2つ並んで見えると
思いますが、このブログの写真にはバナーが貼れないので、
右側のキャラクターをクリックしてください。
※また携帯でこのブログをご覧の方はお手数ですが、
携帯の中京テレビ公式サイトのトップページに、「こども鉄道博士選手権」の
バナーがありますので、そちらからお入りください。

予選の問題の監修を不肖私がしており、スタッフが作成した問題を
まとめています。
と言っても予選は僅か10問。問題は厳選していますが、
鉄道の基本的な知識があれば誰でも答えられる内容です。
これを突破し、次に11月19日(土)に2次予選。
決勝は12月10日(土)に、今やこのエリアの「鉄」の聖地と言っても
過言ではないリニア・鉄道館で行います。

さて「お父様」と「お母様」とのペアと言っても主役は小学生の
お子さんです。“大人”の知識だけでは勝ち抜けません。
是非、ご参加ください。

本日は中京テレビ「鉄研」からのお知らせでした。

2011年10月17日 18時05分

鉄道の見える部屋/京都「新・都ホテル」編(2)

上段写真の撮影時間は8:32で、下段写真が8:40です。

上段・下段とも一番手前は「クハ221-24」で、奈良線の朝の
ラッシュ運用を終えて、側線でしばしの休憩(?)といったところでしょう。

次に上段写真の一番奥は、智頭急行HOT7000系で、
画面左側から右側に走っています。
ということは折り返し「スーパーはくと3号」(京都発~鳥取行き)と
思われ、その京都発は8:52なのでそのために京都総合運転所から
回送での入線でしょう。
その手前は恐らく京都発18:31の新快速姫路行き。

下段写真の一番奥は京都駅8:36に到着した「きのさき4号・
まいづる2号」(福知山・東舞鶴発京都行き)の新鋭287系。
その手前は京都発8:41の「サンダーバード5号」(和倉温泉行き)。
更にその手前はサンダーバード4号(金沢始発)と思われ、
京都駅発は8:37ですので少々遅れているようです。

何も考えずにただボーっと眺めているだけで、どんどん時間が
経っていきますが、取りあえず8:45に部屋を出て、この日の仕事先に向かいました。

2011年10月16日 16時38分

鉄道の見える部屋/京都「新・都ホテル」編(1)

写真は10月7日(金)午前8時40分に撮影しました。

この前日、私は京都に出張し京都駅八条口正面にある
「新・都ホテル」の10階、京都駅側の部屋に宿泊しました。
目の前に一番手前から新幹線・近鉄・JR線の眺望が開け、
正に「鉄道の見える部屋」ですが、ただ右にも左にもこの写真+アルファの
広がりしかないのが少し惜しいです。

また眺望もさることながら、このホテルの窓は開けることが出来、
昼間の喧騒が一息ついた夜、窓を開けているとレールの繋ぎ目の
ジョイント音が部屋まで届き、特に貨物列車が通るといつまでも
「タタン、タタン…」という音が響きわたり、いつしか私の心の中まで
染みこんでいきました。

さて上段写真手前が下りの「のぞみ303号(新大阪行き)」で
京都発は8:39です。
そして奥の上りは「のぞみ218号」で京都着8:41。
日本の鉄道は本当に定時で運転されているので、撮影した時間から列車が
特定できるのはある種、驚きでもありますが感動的ですらあります。

またこの部屋からは下段写真の様な京都駅の新大阪方に留置されている
保線車両もいい感じで見下せます。

2011年10月15日 18時17分

DVD「スイッチバック2号車」の超お宝映像。

今回、札幌テレビの担当者の方にお願いし、DVDに使われている映像の
静止画データを送ってもらいました。

上段写真が「羽幌線」で、中段写真は「広尾線」。
この2枚はジャケットにも使われていますが、さて下段写真は?
これは根室本線厚床駅と根釧原野の中心地・中標津を結んでいた
「殖民軌道」で、既に廃線になっている標津線の前身に当たる
ものだそうです。
なお撮影時期は昭和初期だそうで、そもそもその時代にテレビは無かった訳で
札幌テレビがどうやってこの映像を手に入れたのかということが
妙に気になってしまいました。

この他にも「天北線」「標津線」の画像を送っていただいたのですが、
何れもマニア垂涎の映像であることは間違い無さそうです。

札幌テレビのHPには収録される各路線名の一覧があるので、最終的に
そこで内容をご確認いただければと思うのですが、このDVD
「スイッチバック」の魅力は例えば“1号車”なら廃線記念列車
(最終列車)を空撮(ヘリコプターからの撮影)を含めて
追いかけていることもあったりする点で、こうした映像はテレビ局が纏めた
DVDらしさを感じさせます。

とは言うものの・・・、一方でこうしたDVDを発売できると言うことは、
それだけ北海道の鉄道が廃線となってきたという『歴史』がある訳で、
収録映像の「懐かしさ」とか「資料性」と言った価値とは別に、
一抹の寂しさを感じるのはきっと私だけではないと思います。

このDVDの監修は“1号車” “2号車”とも元国鉄の車掌長さんで
作家の「田中和夫」さんがされており、今回も期待が持てそうな予感が
しています。

2011年10月14日 17時48分

DVD「スイッチバック2号車」予約受付中(1)。

中京テレビの北海道の系列会社「札幌テレビ放送」が12月4日に
DVD「スイッチバック 北の鉄道 2号車」を発売します。
販売価格は税込み1980円で、11月15日まで先行予約受付中です。
(予約特典あり)

今回はそのジャケット写真を掲載していますが、札幌テレビは
昭和34年開局の老舗テレビ局で、中京テレビより10年以上先輩に
当たるだけあり、その所蔵する映像の種類・豊富さは特筆すべきものが
あります。

当然の事ながら鉄道の映像も、その時々の取材・放送で終わらず、
その後の保存もキッチリなされており、こうして所蔵している映像の
DVD化も可能となるわけです。

ところでこのDVDは“2号車”という位で、実は“1号車”
(今年の4月10日発売)があります。と言っても“1号車”という
『タイトル』はなく、「スイッチバック 北の大地」で、実は“1号車”が
好評だったため、“2号車”を増結することにしたのだそうです。

因みに“2号車”で扱っている路線は、ここの所私がUPしている
「士幌線」「池北線」「広尾線」を始め「標津線」・・・等全9路線に
及んでいます。
参考までに“1号車”で登場する路線は「定山渓鉄道」「手宮線」「万字線」
「根北線」「白糠線」「勇網線」「相生線」「三井芦別鉄道」
「興浜南線・北線」で、私もこのDVDを入手しましたが、
現役当時の映像や“廃線”時の「番組企画」等撮影された映像は、
昭和の時代を生きてきた人間にとって、また一部ではあるもののその路線の
『現役』時代を知っているものにはたまらない内容でした。

2011年10月13日 18時38分

N3000形の甲種輸送(2)大江駅。

先回の写真を撮影した後、所用があり一旦家に戻りました。
そして一仕事(と言っても私用ですが…)片付け、午後5時前に
「大江駅」に向かいました。
『いるだろう』とは思っていたもののやっぱりいて少しホッとしました。

ただその後も用事があったため、ここでの滞在時間は僅か10分。
取りあえずここにUPした写真を撮影した2箇所でタイムアップでした。
「木曽川」で結構“楽しく”なっていたので、この大江駅ではすっかり
『後ろ髪』を引かれる思いで立ち去りました。

それにしてもたまたま今回は連休中だったからなのでしょうが、
思いのほか撮影する人が多く驚きでした。
木曽川駅だけではなく、やはり定番の「尾張一宮駅」ホームにも多くの方が
いたそうですし、私が「木曽川」から「笠寺」駅への移動で乗車した
電車でも、各駅から乗車した同じ『目的』の方を見かけました。

また笠寺駅周辺でも数十人の方を見かけましたし、大江駅では私の撮影した
場所だけではなく、駅のホームにも“人だかり”が出来ており、
『流石』と思わず唸ってしまいました。

デキ601+デキ603と、もう一両のデキ(番号不明)という
名鉄デキ大集合に挟まれた「N3000形」は日付が変わった
10日(月)に大江を出発し、深夜、日進工場に到着したものと
思われますが、こうやって撮影していると、「1日も早く乗ってみたい」と
思えてくるから不思議ですね。
等と“撮り”に行ったわりには「乗り鉄」的まとめで
恐縮ですが、今回は私の“初”甲種輸送『撮影』体験リポートでした。

2011年10月12日 18時26分

N3000形の甲種輸送(1)木曽川駅北方。

10月8日(土)~10日(月)の3連休に「鉄活動」に励んだ方は多いと
思いますが、私もおかげさまで8日・9日に2日間、出掛けてきました。
8日の「鉄活動」は後日、改めてUPしますが、取りあえず9日の事を。

写真でもう分かっていただけると思いますが、名古屋市交通局鶴舞線の
新車「N3000形」の甲種輸送です。
山口県下松市の日立製作所笠戸事業所で製造された車両は、
「鉄道ダイヤ情報」によれば、「下松」を8日(土)12:54に出発し、
愛知県に入ったところが上段の写真です。撮影した時間は、
カメラの時計で9日(日)11:38頃でした。

場所はJR東海道本線「木曽川駅」北方の、「撮り鉄」さん達にとっては
定番のスポットで、季節柄、黄金の波の向こう側をEF66113に牽かれた
「N3000形」6連が通り過ぎて行きました。
(私の予想では“順光”だったのですが、少々残念でした)

私はこの写真を撮影した後、「木曽川」駅から普通列車に乗り
「笠寺」に移動。下段の写真を撮影しました。
●「木曽川」発12:04~「笠寺」着12:45

定時運転ならN3000形のここ「笠寺」到着は12:38で、
しばしここにいるのかと思っていたのですが、あにはからんやこの写真を
撮影した12:51の直後、
「東名古屋港」に向けて出発して行きました。
よってこの写真が私にとっての精一杯でした。

ところで私は「撮り鉄」ではないこともあって、こうした甲種輸送を
撮影した事は一度もありません。
今回はたまたま名古屋市営地下鉄車両の甲種輸送を数多く撮影している方から
「所用で撮影できないので、どこかで1枚で良いので押さえて
もらえませんか?」と依頼され、そんなことでもなければ
『撮影に行くことは無かろう』と思い、勇躍出掛けることにしたのです。

その感想は異種格闘技というか異業種交流というか「結構面白かった」と
いうものです。
ただ「木曽川駅」北方では、居合わせた30~40人の殆どの方が
一眼レフ(デジタルだけではなくフィルムの方もいて驚き!)に三脚という
組み合わせで列車の到着を待つ中、私の様な手持ちコンデジはほんの数人で、
多分、そんなことは誰も気にしていなかったでしょうが、
私は少々カメラを構えるのに気恥かしい気分でした。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!