2012年03月12日 18時42分

JR北海道と台湾鉄路管理局(2)。

1日おいての続きの話しです。今日、「SL冬の湿原号」と台湾の蒸気機関車牽引列車の『姉妹列車提携文書交換式』は無時行われたようです。

その台湾側の蒸気機関車の1両が今回の写真の『CK124号機』です。平成22年3月10日にUPした写真と同じ平成20年8月24日の撮影ですが、台湾鉄路局集集線の終着駅「車てい駅」で撮影したものです。
※「車ていえき(しゃていえき)」は現地での読み方ではなく、日本語での読み方です。「てい」の字は「土」偏の右側に「口」とその下に「壬」がついた字です。「しゃていえき」で検索すればWikipedia等で確認できます。文字化けの可能性があり、こうした表現にしました。ご了承ください。

台湾ではこの『CK124号機』と『CK101号機』の重連が牽引する列車が運転されたはずです。
その列車が走ったのは台北からほど近い内湾線で、先回書いた「新竹駅」から終点の「内湾駅」の間です。

私事で恐縮ですが、台湾の鉄道は地下鉄も含め、一般の営業路線はほぼ乗っているのですが、数少ない未乗区間の一つが今回、記念列車が走る「内湾線」で、乗っていない理由は、昨年の秋まで工事のため4年半ほど区間運休をしており、乗りたくても乗れなかったためです。

(参考;JR北海道のプレスリリース資料から)台湾の『CK124号機』は日本の『C12形』と同形です。一方、『CK101号機』は台湾オリジナル形のタンク機で大正6年製のオールドタイマーで、写真で見る限り絵に描いたような“古豪”でした。

ところで今回の写真を見て、線路の際というか、日本では絶対に入ることが許されない位置に人が写っていますが、この周りにも人が一杯いて台湾での蒸気機関車熱(鉄道ブーム)をこの時に初めて実感する一方、列車が徐行することも警笛を鳴らすことも無く平然として入線した事は驚きでした。古き良き昭和の時代の日本でも、ここまでは許されていませんでした。
もっとも、4年の歳月を経て、多少の変化はあるかもしれませんが…。

また言うまでもなく、平成20年の列車の車内は当然ながら満席で、私が当日予約で乗車できたのは“奇跡”と言っても過言ではない状況であることを乗ってから実感しました。
よって今日、3月12日は、台湾側の内湾線沿線でも日本同様、人で溢れる事態があったかも?です。また4年前は台湾では「撮り鉄」さんを殆ど見なかった記憶ですが、今回は日本からではなく、地元の“撮り鉄”さんの姿も見られたかもしれません。

それにつけてもこうした姉妹列車提携は素晴らしいことだと思います。



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プロフィール

稲見部長稲見眞一
<自己紹介>
昭和52年4月、中京テレビ放送入社。「ズームイン!!朝!」を始めとした情報番組や「ドラマ」「ドキュメンタリー」等のディレクター・プロデューサーを務めた。鉄研最終回(2010年1月29日放送)では自ら自慢の鉄道写真「俺の一枚」を持って出演。 鉄道歴は小学校5年からスタートしはや半世紀。昭和55年には当時の国鉄・私鉄(ケーブルカーを除く)を完全乗破。平成18年にはケーブルカーも完全乗破。その後も新線が開業するたびに乗りつぶしている筋金入りの“乗り鉄”。好きな鉄道は路面電車。電車に揺られながら窓外に流れる街並みを眺めているのが至福のとき。さてスジを寝かせてゆったり乗り鉄と行きましょう!